第一話 御神体? 初耳なんだけど……。
私のお母さんは、いわゆる神様らしい。
お父さんはそんな神様のお母さんよりも、ずっと強い神の力を体得している。
そして私は、そのお父さんと同等かそれ以上の神の力を持っているらしい。
両親は神の力のことを“神気”と呼ぶ。なんでも、以前の神様に殺されそうになったから神様になったとか言っていた。
うちの親は、少し頭がおかしいのだろう。
だからといって、まるっきり二人の言葉が嘘とは限らない。
私は実際に、神気という神の力を感じている。毎朝学校へ行く前に、力を制御する訓練をさせられているし。制御できなかったら大変なことが起きるから、自主的でもあるけれど。
事実、私が生まれてから訓練を開始するまでは、ものすごく危険な状態だったと聞いている。部屋のものがあちこちに飛んで、砕けて割れて、潰れてひしゃげる。挙句、魔法、としか思えないようなものまで、無意識で行っていたらしい。
この神気というのは、魔法を使うのにも、身体能力を引き上げるのにも、いろいろな使い方がある。
最近わかったとても便利な魔法の中でも、お気に入りと呼べる魔法がある。それは“瞬間移動”だ。これがあれば、どれだけ離れていても一瞬で行きたいところに行ける。
ただ、行ったことがあり、明確に思い出せるような場所でないと行けないのだけど。
西暦二一二五年、一〇月九日、午前二時四二分。それがいま。
私は唐突に、お母さんから起こされた。
二階にある自室から一階に下り、洗面台で顔を洗ってからリビングへ行った。
リビングで待ち受けていたのは、お母さんのほかにお父さんもいて、二人とも深刻な顔をしている。
「あ、きたきた」
努めて明るく振る舞う、お母さん。そんなお母さんを、お父さんは心配そうに見る。
私が寝不足になったら……というのは一切考えていないようだ。それとも、心配する余裕がないだけのことが起きたのか。
「優花、座って」
お母さんに促されて、椅子を引いて座った。
私の名前は坂上優花と言って、日本最大の財閥・坂上財閥の跡取り娘だ。下に双子がいて、あとから生まれたほうは男の子だったけれど、私が跡取りになった。
それもこれも、男女平等社会が築かれているから。男のほうが優遇される社会、女が優遇される時代は、八〇年前に淘汰されてしまった。
「いまから大事な話するから、よく聞いてね」
お母さんは、少し、なんというか、子どもっぽい。見た目もずっと変わっていないし、これが神様効果かもしれない。
「はいはい。で、こんな夜中に起こした理由はなに?」
お母さんの言う「大事な話」が大事だったことは、私の覚えている限りではまったくない。
「大事な話」と言われて、結婚記念日にどこに旅行に行けばいいかとか。そんなのは当人同士が相談して決めればいいのに。
「実は……“御神体”が奪われちゃった」
てへっ、と可愛くして見せるお母さんに、自分の歳を考えろ、と言ってやりたい。
まだ二〇歳にも見えないお母さんは、高二の私がいることを踏まえると、最低でも一六年前に私を産んだ。どこかで拾ってきただとか、ミサイルに運ばれてきただとか、そういう冗談はよく聞くけれど。
本当にそんな話がまかり通れば、日本は浮浪児で溢れている。
お母さんはいま、三五歳。一九歳のときに私を産んだ。二五歳以上で産む人が大半の中、それだけはやく産む人は滅多にいなくて、実家のこともあるし、とても目立ってしまう。
「…………ちょっと、理解が追いつかない」
「そうだよね。いくら優花でも、難しいよね」
うんうん、と頷くお母さんは、私のことを過大評価しすぎている。
ちなみに私は、その“御神体”とやらを知らない。
「その、“御神体”ってなに?」
「ああ、いまこの宇宙を管理してる……はずだった、僕の不在時に宇宙を調整する役割を持つ球だね」
お母さんはいわゆる、ボクっ子だ。娘として、恥ずかしい思いもある。
優しかったり、私のことは信じてくれたり、とても良い母親だとは思うけれど……そういう、ちょっとしたことがあまり好きじゃない。
「……それが、なくなったの?」
「そういうこと! で、犯人はわからないし、何に使うのかもわかんないから捕らえないといけないんだよ」
なんだか、途轍もなく嫌な予感がした。
これ以上は聞いてはいけないような。
そんな気が。
「僕は神界で宇宙の調整に奔走しないといけなくて、来希は財閥があるし、地球も任せたい。だから、信用できて、力もあってってなると、犯人を確保できそうな人が一人しか思い当たらなかったんだ」
そこで、とお母さんは続ける。
「優花に頼もうと思って。ね、いいでしょ? ちょっと危険なアルバイトだと思ってさ。大丈夫、高校は卒業したことにしておくし、アルバイト代も弾むから」
神様の御神体、もとい宇宙を調整する球。それを持ち逃げする人を相手にするのに、“ちょっと危険なアルバイト”? ちょっとどころじゃなくて、とっても危険に思う。
「安心して。時々、助っ人を送り込むから」
「送り……? あ、待って! まさか、その捜索って……」
「たぶん、思ってる通り。宇宙全域だよ」
がつん、と鈍器で思い切り頭を殴られた気分だ。
宇宙全域の捜索なんて、何年かかることやら。
この若造りお母さんはいったい、私に何を望むのか。いや、まぁ、犯人と球探しを望んでいるのだろうけれど。
だからといって、宇宙全域の捜索なんてどだい無理な話だ。しかも、そんな球を盗む犯人が弱いはずがない。私の“神気”が神様以上のお父さんと同等かそれ以上、というだけで、模擬戦をするときはお母さんにさえ負ける。
力の差があっても、経験の差というものがあるのだ。力が大きければ大きいほど、経験の差を埋められる。でも、その逆もある。経験があればあるほど、力の差を縮められる。私はお母さんにそのことを直接教わった。
「大丈夫だよ。球の位置はわかるから。でも、球は一〇個に割れたらしくて、反応が一〇個あるんだよね……。だからその全部を集めて、犯人も捕らえてきてくれる?」
確認の形を取っている。でもそれは、もう決定事項なのだ。私が断れば、きっとお母さんとお父さんの負担が大きくなるし、その助っ人っていう人も、おそらく地球での役割があったりするのだ。
私しか、できない。
何年かかるかなぁ、と思いを馳せて、ふと思う。
……球の位置がわかっているなら、お母さんとお父さんが速攻で片付けてくれればいいのに。
そうできない理由がある? ないと思う。
「優花?」
「あ、うん。なに?」
「それで、探してくれる?」
受けるしかない。そう思った。
お母さんの有無を言わさぬ表情に、仕方なく首を縦に振る。
「よかった! 明後日に出発ね! それで、明日は友だちにお別れを言ってきてね。また……たぶん三年後には帰って来れるよ」
「は~い」
力なく返事して、私は椅子から立ち上がる。あまりにも早い出発に、まずはこの寝不足を解消しないといけない。
「おやすみ」
両親にそう言って、階段を上る。いつになく、足は重かった。
……ダイエット、いるかも。
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