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第6章 花よ鳥よ月よ

<1>



 タイタンボウという共通の敵を倒した後、俺たちはどうするべきかそれぞれで思い悩もうとしていたはずだ。

 ここにはセラセラと亜人がいる。タイタンボウが出現するまで争っていた者同士だ。まだ何も終わっていない。アレを倒したからって『はいそうですか』と引き下がれるわけがないのだ。


「それじゃあ森に住む人たち。続きをやりましょうか」


 だから。ドリスがそんなことを言ったのも、何となくだが予想はついていた。

 俺と黒盾さんはキリハリリハの助けで地上に戻り、回復アイテムを使っていた。ドリスはじいっとこっちを睨んでいた。セラセラ兵も亜人たちもざわついている。今の今まで力を合わせて戦って、またすぐやり合えってのはどうにも難しい話だ。心がついていかないのだ。


「どうしたのかしら。だってまだ、誰も勝っていないじゃない。私たちは王都を、そしてキャラウェイ城をこんな目に遭わされたのよ? こんなところで手打ちにしましょうなんて、誰が言うものですか」


 セラセラの兵士は皆、俯いていた。ドリスの顔を見られないのだ。目を合わせれば、きっと従わざるを得ないって分かっているからだ。

 ドリスは鼻を鳴らすと、黒盾さんを見遣った。


「そう。そうなのね。皆、そういうことなのね。いいわ、だったらあなたがやりなさい、百人斬り。造作もないでしょう?」

「ドリス・セラセラ。俺は負けを認めている。もうこの戦いに関わるつもりはないということだ」

「はあ?」


 一呼吸置いた後、ドリスは周囲を見回す。いったい、彼女には何が見えているのだろう。


「いまさら亜人と手を取り合うとでも? 冗談じゃないわ。根絶やしよ。どちらかが滅びるまで戦いは続く。私たちはそうやってこの大陸で生きてきたのよ!」


 取り合うものはいないと思われたが、星詠みと共にいたエルフの男が怒りをあらわにする。


「生きてきただと? 舐めるなよ小娘がっ。民の上であぐらをかき、城の中でぬくぬくと過ごしてきた分際で何を言うか! 貴様がものの生き死にを語るな!」

「私は歴史を語っているのよ。セラセラとあなたたちのね」

「貴様如きが俺たちを語るなァ!」


 エルフが目にも止まらぬ速度で矢を放ったが、ドリスの傍にいた兵士が盾で受け止めた。自分たちの姫を守ろうとして、セラセラ兵はドリスを囲み、武器を構えて亜人と対峙する。


「やはりこうなるか、セラセラ!」

「黙りなさい、蛮族!」


 ドリスがここにいる。彼女を殺せばこの戦いに勝利出来るかもしれない、そんな思いが亜人を揺らがせていた。皆が皆やる気ってわけではないが、俺たちだって一枚岩じゃあない。大勢の人の引き起こす、流れってやつには抗えないのだ。星詠みと一緒に行動していた亜人は血の気も多そうだった。星詠みも積極的に諌めようとはしない。触れれば爆発してしまいそうな、嫌な緊張感が張り詰めていた。


「いくらレベルを上げて装備を鍛えても、剣だけではどうしようもない。そんなこともある」


 黒盾さんは誰に言うでもなく呟いた。俺はハッとする。少しだけ怖かったが、ドリスの方へさり気なく歩き、彼女の傍に立った。近くにいた兵士は不思議そうに俺を見ていた。

 俺の存在に気がついたドリスは、こっちを指差して声を荒らげる。


「こいつを捕らえなさいっ」

「静かにしてろよ」


 周りにいた兵士を武器で牽制し、ドリスの首元に短剣を突きつけた。暴れる彼女を片手で抱き寄せ、兵士たちの囲みから脱する。亜人の一部から歓声が上がったが、俺は彼らの期待には応えられない。


「離しなさい、お前っ」


 瓦礫の山を登っていく。枯れてばらばらになった巨人の欠片を踏みつけにしながら。

 俺は皆を見回し、見下ろせる場所に着くと、ドリスから少し離れて剣を抜く。地鳴りのような。そんな、亜人たちの声が轟いた。


「殺せ」と。

「滅ぼせ」と。

「根絶やせ」と。


 もはや怨嗟とかいうより、彼らの声は願いであった。

 だが、その願いも他者に託す程度のものなのだ。だから俺はうるせえと言った。亜人たちは一様に困惑し、黙るものもいた。


「俺はドリスを殺さない。セラセラとの戦いもこれで終わりだ」

「日和見を……あなたは我らの長だろうに!」

「おお、そうだ。俺が長だ。亜人の英雄だ。あの巨人を呼んだのは亜人だろ。だったらこっちにも原因と非があるじゃねえか。よそ様の家荒らして殺せも何もないわな」

「泣き寝入りしろとでも言うのか!」


 それも違う。

 俺はドリスを見据えた。


「巨人の不始末は俺たちにある。だけど、セラセラのリーダーは俺の手の内にある。何が言いたいか分かるよな、ドリス」

「は、あ……?」

「俺たちの勝ちだってことだ」

「ふざけないで。笑わせないで。私一人がどうなろうと、セラセラの負けも何もないわ。戦いは続くのよ」

「続かねえよ」


 俺に向けて、アニスが小さく手を振っている。そして口をぱくぱくと開けている。たぶん、ドリスをやっちまえとかそんなことを煽っているのだろう。なんてやつだ。だが、現状ではドリスの代わりを務めるのはアニスだろう。アニスならこれ以上の戦いをしないはずだ。


「俺たちが勝った。俺が勝った! だから俺の好きにやる! 文句があってもおせえんだよ。俺をお飾りにしたことを後悔するんだな」


 亜人たちから罵声を浴びせかけられたし、危うく魔法を撃たれて武器を投げつけられそうにもなったが、俺は退かなかった。


「俺は人間だ! しかも外の世界の、こことは違う世界の! だけど俺だって差別とか奴隷とか、そういうのは嫌なんだ。でも嫌だからって、世界を自分の好きな風にするなんて無理なんだよ! だからセラセラと話し合うんだ! そうやって折り合いつけて生きていかなきゃ、本当に俺たちは絶滅するぞ!」

「そんなもん無理に決まってんだろっ」

「頭から決めつけんなよ! 話したことがあるのかよ! 俺は、お前らにもやってもらうぞ。滅ぼすとか殺すとか、そういうことをしたいわけじゃない。戦いを終わらせたいから、その為にここまで来たんだ」


 ドリスを見下ろすと、彼女は不満そうに鼻を鳴らした。


「ほ、本当にどうにかなるのかよ!」

「なる!」

「人間に追い出されなくても済むのかっ。もう、普通に暮らしてもよくなるのか!?」

「そうだ!」


 亜人たちにそう言った後、俺はセラセラ兵にも目を向けた。


「亜人だってなんだって、好き好んで戦いたいやつなんていないんだ。王様とか姫さまとかじゃない、みんな分かってるはずなんだ。俺たちは同じものなんだ。殴られりゃあ痛いし腹が減れば飯を食う。戦ったのなら仲良くするのだって出来るはずだ! 昔はそりゃ、色々あっただろうけどさ、少なくとも今、ここにいる人たちで、これ以上血を流したいって考えてる人はいないだろ。だったら俺たちから、ここから始めればいいんだ。新しいやり方を!」

「ああ、そうだ!」 シャーラブーラが、

「ほら、そうだとお云いなさい」 アニスが、

「おっ、おお! そうだ! ナガオさまの言う通りだ!」 皆が乗っかった。

「いいぞ! 俺の名前を言ってみろ!」


 ヤサカ・ナガオ!

 亜人の王! 風の英雄!


「そうだ! いい名前だろ! いい名前のやつはいいことをするぞ!」


 ちょっとやり過ぎかなってくらい煽っていたら、俺の足元が爆発した。城の破片を投げつけられたのだ。


「ふざけるな」


 キリハリリハが俺に剣を向けていた。風の糸を使って、中空に武器を浮かせている。俺へ容易に攻撃を加えられる位置だった。


「本気だぞ俺は」

「無理なものは無理なんじゃ。言うたではないか。理ではない。わしらは血で動いておる。わしらにエルフの血が、主らに人の血が流れておる以上は争うことなど止められん。ここでドリス・セラセラを仕留めい、ナガオ。それ以外に戦いを終わらせる手段など存在せん」

「嫌だ」

「わしの言うことが聞けんのか!」


 聞けない。


「お前らの血が人と争えって言うんなら、人と交わってその血を薄めればいい」

「……主、自分で何を言うておるか、分かっておるんじゃろうな」

「前から考えてたことだよ」


 違うもの同士が表面上だけでも仲良くなる方法っていったら、それくらいしか思いつかない。


「交わるですって!? 冗談じゃ……そんなこと許さないわ、セラセラに穢れた血を――――んんっ!?」


 ドリスが余計なことを言いそうだったので手で口を塞いだ。尚も彼女は暴れるが、俺は必死に押し留める。


「いだっ!?」


 めっちゃ噛まれた! ドリスは俺から離れると、兵士を見下ろし指差して金切り声で泣き叫んだ。


「殺しなさい! こいつらをっ、私をむちゃくちゃにする敵を!」

「ドリス。この期に及んで見苦しいですわよ」


 アニスが宥めようとするも火に油を注ぐだけである。ドリスはまるで、子供のように駄々をこね続けた。彼女があまりにも大きい声で喚くので、嘶いた馬を、馬上にいるものを見たものは少なかった。

 神の庭に到着した一騎がこちらに近づいてくる。馬上の人は槍を杖代わりにして馬から降り、ドリスの傍に立った。セラセラ兵がどよめき、次の瞬間には、歓声が上がった。


「みっともないですよ、ドリス」


 その声に、ドリスは弾かれるようにして顔を上げる。


「お姉、さま……?」

「はい」


 頭や腕に包帯を巻いたフェネルが、いつになく優しい笑みを浮かべた。



<2>



 先までの喧騒が嘘だったかのように、神の庭は静まり返っていた。

 俺たちは皆、フェネルの言葉を一言一句逃すまいと神経を集中させていた。……少数の兵を連れ、セリアックからワープストーンを使ってここまできたフェネルは、あるものを持ってきた。それは王の言葉である。ただの言付けではない。現王チャービル・セラセラの言葉は、セラセラ家だけでなく、この大陸の住人にとってある種絶対的なものであった。

 フェネルの声も態度も凛として聞き取りやすかったが、難しい言い回しで何を言っているのかはよく分からなかった。ただ、セラセラ王が戦いを望んでいないことは分かった。


『ハシラサマが去り、ホワイトルートには危難の風が吹き荒れるだろう。戦いを止め、大陸に住まうもの皆が力を合わせて未曽有の危機に立ち向かうのだ』


 そのような言葉で締めくくると、フェネルは息を漏らした。一見平気そうに見えるが、彼女もあの森での戦いで負傷している。辛そうだった。


「王の言葉。確かにこのフェネル・セラセラが伝えました。よいですか。剣を下ろす時が来たのです」


 フェネルが言うと、セラセラの兵士たちは近くにいるもの同士で顔を見合わせ、そうして、両腕を空へと突きだした。

 鳴り止まない歓声を引き裂くようにして、フェネルは指示を下していく。街道や、砦にいる兵士を引き揚げさせることや、王都の安全を確保することなどをよく伝えた後、彼女は乗ってきた馬の傍に戻り、鼻づらを撫でた。


「終わった……?」

「本当に、もういいのか?」


 今度は、亜人たちが喜びを叫ぶ番だった。

 俺は声を出せなかった。疲れて、瓦礫の山の上に座り込む。上から見ると、種族とかそんなもの関係なく、近くにいる人たちが抱き合ったり笑い合ったりしていた。


「終わった、か」


 少しだけ目を瞑る。

 まだ、本当のところでは終わっていない。剣で戦う状況が終わっただけだ。この後、俺たちは話し合う。その必要がある。しっかりと互いの目を見て、分かり合わなくちゃいけない。壊れたものも、いなくなった人のことも考えなくちゃいけない。やることは山積みだ。だけど、たぶん、俺に出来るのはここまでなんだって気もしていた。所詮俺は一プレイヤーである。力を振るうしか能がない。手伝えることがあったら手伝いたいが、俺にも目的ってものがある。


「薄情ね」


 ドリスが俺の隣に座っていた。ちょこんと。この世界に自分の居場所なんてないんだ、なんて言いたげな顔で。


「お前はもう別のことを考えているじゃない。次はどこへ行こう、なんてことを」

「……まあ。うん」

「言っていたわね。兄を捜していると。見つかったの?」

「ああ。だけど逃がした」

「そ。じゃあ、やっぱりまた旅に出るのね」


 罪悪感。そんな感情がちくちくと胸を刺した。


「ふ。ふふ。やっぱり、お前を捕まえておけばよかった。ラベージャじゃなくって、私が、自分の手で」

「何がだよ」

「いいえ。別に」


 ドリスは笑った。自嘲気味で、どこか儚げだったが。それでも、これで何か一つのことが終わったのだと俺は確信した。


「ねえ。さっき言ってたのってどこまで本気だったのかしら」

「え? あ、何、さっきって?」

「みんな一緒に幸せになろうって。差別をなくして、奴隷をなくそうって」


 ああ、それか。


「本心だよ。そうなりゃいいなと思ってる。でも」

「でも?」

「そういうのが無理なんじゃねえかって、そうも思ってる。差別なんてなくならないし、奴隷がどうとかも、そんなもんすぐにどうにかなるってわけじゃない」

「ええ、そうね」


 俺たちは種族とか、国籍とか、宗教とか、そういうもんがなくても根っこの部分では分かり合えない。兄弟姉妹で戦ったりもする。血が繋がってたって分からないところは存在する。


「無理なのよ。無理なものは」

「うん。だけどさ、お前だってエルフと……ラベージャと仲良くできてるじゃないか。みんなを見ろよ。笑い合ってる。だからさ、時間がかかってもいい。これから先、俺たちの子供とか、孫とか、ひ孫とか、俺たちが死んだ後で、遠い未来のどこかでみーんなで仲良くなれるかもしれない。そういう未来に繋がるような道を作れるかもしれない。今はそれでいいじゃねえか。そう思っとけば、割かし何だって上手くいくよ」

「お前も少しは現実を見ているのかしら」

「好き好んで見たくねえけどな」


 現実なんて。本当なんて、嫌なことばっかりだ。目ぇ逸らせればどんだけ楽か。


「今は現実よりも夢を見たい」

「疲れたの?」

「うん。寝たい。今なら半日くらい寝られそうな気がする」

「そう。私も、疲れたわ。久しぶりに、よく眠れそうよ」


 そりゃあそうだろうな。

 俺は立ち上がり、握ったままだった剣を鞘に納めた。柔らかな風が吹き、俺たちを撫でる。少し寒気がして、俺はくしゃみをした。



<3>



 その後、俺を含めた亜人たちは、バースニップとかいうセラセラの大臣から宿泊場所を提供された。が、それは固辞しておいた。俺たちには森がある。王都にも住む場所を失った人たちがいるだろう。その人たちに使ってもらいたいと言って、神の庭を発った。

 王都にも、街道の外にも、戦いの痕が生々しく残っていた。俺たちは目を逸らさなかった。自分たちのやったことを見て、近くの森に戻った。ここいらにも使われていない亜人の集落があり、そこを仮のねぐらとした。


「……さすがに多いな」


 亜人のほとんどが同じ森にいるのだ。戦いの後ということで昂ってもいる。アニスに持たされた酒や食料を肴に宴会が始まろうとしていた。俺は、いったん家に戻ろうと決めた。シャーラブーラと星詠みに後のことをいったん任せて、森の中でログアウトする。キリハリリハとは会えなかった。それが心残りだった。



<4>



 夢を見た。

 いい夢ではない。俺が、剣を振るい続ける別の俺を、空からじっと見ているだけの夢だった。

 俺が剣を振る度、誰かが斬られて動かなくなる。そうして俺は死体の山の上で、あることないこと笑顔で言うのだ。


「欺瞞」


 そう言った人を、俺は剣で斬った。



<5>



 翌日。昼過ぎに目覚めた俺は、ぼーっとした頭のまま、寝間着のままでナナクロへログインする。

 昨夜の森に戻ったが、集落は静かだった。嫌な予感が頭をよぎったが、皆、朝まで飲み食いしていたらしい。火は消してあるが、そこら中散らかり放題である。まあ、昨日の今日だもんな。


「戻ったか」


 ちょうど小屋からシャーラブーラが出てきた。彼は俺を手招きし、俺は誘われるまま小屋の中へと入る。

 中には誰もいなかった。不思議に思っていると、シャーラブーラは苦笑を浮かべる。


「昨夜だが、俺や一部のものは宴に参加しなかった。セラセラの大臣たちと少し話すことがあってな。戦後処理というものだ。当分終わりそうにない事柄でな、戦っている時の方が気楽だったぞ」


 なるほど、悪いと思った人がシャーラブーラにこの小屋をあてがったのだろう。


「面倒ごと押しつけちゃったな」

「いや、何、あの巨人を倒すのに比べればな」


 シャーラブーラは椅子に座り、対面の椅子を俺に勧めた。俺もそこに座り、窓の外を見た。


「礼を言うぞ、ナガオ。お前のお陰で俺たちは救われた」

「まだ何も終わってないだろ」


 亜人の立場とか、そういうのはこれからだ。


「魂が救われたんだ。お前は俺たちの誇りを守ってくれた。お前が分からなくても、俺たちはそれを分かっている」


 俺は何となく気恥ずかしくなって、頭に手を遣った。魂とか、そういうのはやっぱりよく分からない。ただ、俺が頑張った意味もあるのかなって、こっちが救われたような気になった。


「だからナガオ、後のことは俺たちに任せてもいい。お前は自分の家族を捜しているんだったな」

「それは、キリハリリハさんから聞いたのか」

「すまん。どうしても気になってな。なぜ、お前が俺たちと共に戦ってくれたのかが最後まで引っかかっていた。ご隠居様はお前と長く一緒にいただろう。だからしつこく聞いてしまった」


 まあ、そういうことだ。俺は百パーセントの善意から亜人を助けようとしたわけじゃない。


「兄貴のしでかしたことが原因かもしれねえ。そんでまた、何かやらかそうとしてる。俺は止めなくっちゃいけない」

「戦いが終わったらまた次の戦いか。いや、冒険者とは本来そのような性質なのだな」

「すぐに行くってわけじゃあない。俺もここが落ち着くまでは残るよ。まだ何も分かっちゃいないしな」

「そうか」

「ところでさ、キリハリリハさんは」


 ああ、と、シャーラブーラは苦い顔になった。俺がそう言うのを予想していたのかもしれない。


「知らぬ間にいなくなっていた。たぶん、ヴェロッジに戻ったのだろう」


 だろうな。

 最後に見たあの人は、俺のことを敵として見ていた。挨拶の一つもないってのは、もう会わないつもりなのだろう。俺がヴェロッジに押しかけても、顔すら出してくれそうにないな。


「お礼を言いたかったんだけどな」

「ご隠居様に会う機会はあるだろう。いつでもヴェロッジに来るといい。歓迎する。……それと、もう一人、いなくなった人がいるのだ」


 シャーラブーラは頭を掻いた。


「星詠みさまだ」

「あいつが? なんで?」

「ここを去るあの方の姿を見たものがいるのだが、どうやらヴェロッジとは違う場所へ向かったようだ」


 まさか、まだ何かやろうってわけじゃないよな。


「宴にも参加していたようだが、何か、晴れがましい顔つきになっていたと聞く。あの方はセラセラを滅ぼすとおっしゃっていたが、内心どのように思っていたのかまでは、まあ、当然だが分からん。ただ、ご隠居様から気になることを聞いてな」

「星詠みのことか?」

「ああ。どうやら、過去に占い師としてセラセラの家に仕えていたらしいのだ」


 ええ? あの星詠みが、かあ?


「何故あの方がセラセラにつき、離れていったのかは俺には分からん」

「サンシチもそのことを知っていたのかな」

「長が? いや、分からん。……はは、分からないことばかりだな。あの長が、どうしてあんなものを呼び出したのかさえ俺には分からん。なあ、ナガオ。俺にもいつか、あの方々の考えが分かるようになるのかな」


 シャーラブーラはヴェロッジの長になるのだろう。サンシチが死に、星詠みが去った今、亜人をまとめられるのは彼くらいだ。

 一つ、気になっていることがあった。


「なあ。星詠みはさ、本当はキャラウェイを落とすつもりがなかったんじゃないか。あいつが本気なら、俺たちよりももっと上手く、色々な手を使ってたと思うんだ」


 俺たちは水路を使い、隠し通路から城の中庭に出た。星詠みにだってそれくらいは出来たと思う。第一、あんな真っ向からやり合わなくてもよかったはずだ。もっと静かに、少ない人数でこっそりと王城に忍び込むのも不可能じゃあない。ドリス一人が狙いなら、もっと汚いというか、卑怯に立ち回ればよかったんだ。


「かもしれんな。これは俺の考えだが、星詠みさまは結果より過程を重視していたのだろうと思う。戦った結果何かを得たかったわけではなく、戦いそのものが目的だったのかもしれん。だが、確かめる術はないな」

「まあ、そうだな」


 こう言っては元も子もないが、過ぎたことなのだ。思い悩んでいても答えは出ない。


「おっと、すまんな。俺はそろそろ行かねばならん。他の氏族の長と共に、王城へ向かう」

「今後について話をするんだな」

「ああ、そうだ。ふ、長い戦いになるかもしれん」


 シャーラブーラは椅子から立ち上がった。


「ごめんな。中途で見捨てるようなことになっちまって」

「謝るな。お前は所詮、俺たちにとって他人で、部外者なのだ」


 責めているような口調ではなかった。俺も立ち上がり、体を伸ばす。


「だから他人おまえに頼るのはもう止めだ。全ておんぶにだっこというのは、俺たちの誇りが許さない。ありがとうナガオ。俺たちの望みは俺たちで叶える。ここまで来られたのはヤサカ・ナガオ、お前のお陰だ」

「色々あったな。まだ過去にしちゃダメだし、こう言っちゃなんだけど、楽しかったよ。また会おう。いや、会いに来るよ」

「そうしてくれ。皆も喜ぶ」


 初めて会った時は、こんな風に話せる間柄になるとは思ってなかったな。お互いに。

 出て行こうとしたシャーラブーラが、ふと足を止めた。


「そうだ、シャイアを見ていないか? 今朝から捜しているのだが、見つからないのだ」



<6>



 星詠みは本気で王都攻めをしていなかったかもしれない。彼はもしかすると、自分の望みを優先させて、そのついでに亜人やヴェロッジを守ろうとしていたのかもしれない。その答えは星詠みにしか分からない。

 ……だが。俺やシャーラブーラと同じように考えている人物が、もう一人いたとしたら。


『やはり、間違いではなかったか』


 戦いを終わりまで導いたのは、俺でもなければセラセラ王でもない。俺や王が何を言っても、皆が耳を貸してくれなきゃ始まらないからだ。皆が終わりを望み、誰かの話に耳を傾ける気になったのは、タイタンボウを協力して倒したからではないだろうか。

 サンシチは星詠みの真意を見抜いていて、星詠みに与した亜人の立場を守る為にタイタンボウを呼び、自分一人だけを悪者にした。そう考えるのは、流石に人が良過ぎるだろうか。

 ねぐら代わりの森を出ようとしたところで、ふと、妙な視線と気配に感づいた。


「シャイアさんですか」


 答えは返ってこなかったし、シャイアさんは姿を見せなかったが、俺はここに彼女がいるのだと分かった。


「そのままで構いません。一つだけ、聞いておきたいことがあるんです」

「はい」


 俺がそう言うと、か細い声が返ってきた。


「言いたくなかったらそれでもいいです。……シャイアさんは、ヴェロッジを出た俺たちと、あの街道で合流しましたよね。その時、あなたはサンシチとも出会ったと言っていた。サンシチは何か言っていませんでしたか。いや、あなたに何か、頼みごとをしませんでしたか」


 俺は話を続ける。


「自分の体に字を描くように頼まれませんでしたか」


 答えはない。だが、木陰からシャイアさんが立ち上がった。彼女は青い顔をしている。このまま話を続けるのは酷かもしれない。だけど、シャイアさん一人で抱え込むものでもないはずだ。辛いから、彼女だって俺の前に出てきたはずだ。


「ナガオさまは、見たのですね」

「タイタンボウの召喚に使う陣は、サンシチの体にびっしりと描かれていたんです。最初に見た時は何も思わなかったんですけど、落ち着いてみると、あれ? って。背中とか、字を描くには自分ではどうしても難しい場所だってあるじゃないですか」


 俺は魔法に明るくないが、あれだけのものを召喚する陣である。きっちりと描かなければならないだろう。そしてあの文字には見覚えがあった。


「あの文字は、サンシチに描かれていたのは旧エルフ文字でした。あれを使っている人は、エルフでもほとんどいないんですよね」


 そして俺は魔法を使うなら旧エルフ文字を知っていて損はない、とも聞いた。魔法が得意な人じゃないと、あれだけの文字は描けないんじゃないかって思った。亜人の多くは魔法を使えず、魔法を使えるエルフの中でも力量に差はある。あのシャーラブーラでさえ及ばない人だっている。

 サンシチの召喚陣の手伝いが出来た人物は限られてくるんだ。まず、魔法の扱いに長けたエルフ。そしてサンシチが単独行動を開始した以降に出会った人物。……いや、もういいか。


「責めてるとか、そういうわけじゃないんです。俺はただ、サンシチが何を考えてたのかなって。それが知りたかっただけですから」


 シャイアさんは、否定も肯定もしなかった。泣きそうな顔で笑って、俺の目をまっすぐに射抜いた。触れてはならぬものがこの世にはあるのだと、息を呑んだ


「サンシチさまは、優しい人でした。長は、私たちを守ろうとしてくださっていたのです。最後の最後まで、魂のひとかけらさえ妥協しないで、ひたすらに」


 真実は。本当のことは誰にも分からない。いなくなった人たちだけがそれを知っている。だったら、後はこっちの都合でいい。自分がそうなんだって信じたいことを信じていればいい。


「ナガオさま。わがままを言ってもいいですか」

「え? あ、はい」

「泣きたいのです。シャイアは。ですから、どうか、今は一人にしておいてください」


 華奢な人だった。体も、心も。抱き締めてやれれば、シャイアさんは慰められるだろうか。いや、よそう。彼女は強い心を持っている。もしかすると誰よりも強靭な心を。

 俺は小さく頷き、森を出た。押し殺し切れなかったであろう泣き声が、背中越しに痛かった。



<7>



 ……森を出たはいいものの行く当てはない。兄貴たちを追いたいが、手掛かりはゼロだった。闇雲に捜すのもアレだし、俺もまだ疲れが抜けきっていない。装備やアイテムだって補充したいし、ジョブだって変えたかった。

 とりあえず、王都に行ってみようか。タイタンボウが無茶苦茶にしたけど、人間というのは逞しい。店が壊れていても露店が出ているかもしれないし。


「つーか。俺は放置されるんだな」


 一応、俺だって亜人の英雄みたいなもんなんだけど。こんな風に好きにしていいのだろうか、なんて不安になってくる。それかアレか、もう用済みってことなのか。それはそれで寂しかったりするな。


「こちらでしたか!」


 街道から王都方面へ歩いていると、馬に乗った兵士が二人、俺の前で立ち止まる。


「いやー、捜しましたよ」

「え?」

「至急王城へ、とのことです。ささ、どうぞ後ろにお乗りください」

「俺が、城に?」

「ええ、さる方があなたを」


 ああ。なるほど。あの(・・)三人の内の誰かだな。

 他に行くところもなかったし、亜人とセラセラの話がどうなるのかは気になっていた。渡りに船というやつで、俺は王城まで行くことになった。

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