第4章 恋々狼火Ⅱ
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そのまま、俺たちは会議を始めた。そりゃそうかもだけど、こういうことは生まれて初めてだったから俺の言葉は拙かっただろう。それでも皆、真剣に話を聞いてくれた。
俺が提案したのは二方面作戦である。狙いは王城への侵入。そしてドリスとの交渉だ。
「キャラウェイにドリス・セラセラがいるのは間違いない。兵を使い、亜人と戦っているのは自分だと触れ回っていたように見えた」
「あいつならやるだろうな」
「そうなのか」
「そりゃあ、王様になろうとしてるやつだしな」
ドリスなら、今を好機だと喜んでいるのかもしれない。上昇志向の強いやつっぽいからな。
星詠みの率いる本隊を囮にし、俺たちは本丸をつく。内部の協力者はいないから、俺がどれだけ城を覚えているのかに作戦の成否が左右されるかもしれない。不安だ。
「囮にするのは構わないが、俺たちはどこから城へ侵入するんだ。王都に突入したあと、正面から行くのか?」
「いや……」
俺は地図のある部分を指差した。
「ザワー河はどうだ。使えないか」
王都キャラウェイは水上の町だ。王城も湖の上にある。その湖は、ザワー河から水を引っ張って作られた人工のものだとも聞いている。
皆は低く唸った。俺は構わず話を続ける。
「王都の北側にある河だ。俺が前に見た限り、流れは急じゃなかったし、そこまで深くもないだろうと思うんだ。小舟が調達出来ればそれで河を進もう。水路を伝って城のある陸地に上がるんだ」
「しかし、そちらにも見張りはあるだろう」
「正面よりかは少ないと思う。そこは囮部隊の活躍がカギだな」
囮が頑張れば頑張るほど、こちらとしてはやりやすい。
「肝心の星詠みさまの居所はまだ判明していないんだぞ」
「確かに、あいつの動きを掴んでからだな。けど、王都から離れた場所にもいないと思う」
結局、あいつは自分以外を信じていない節がある。星詠みが俺の予想通りの性分なら、詰めは自分でやるはずだ。大事なところを人任せにはしないはず。
「……全く無理というわけではないだろうが、現地で船を用意するのか?」
「キャラウェイじゃあ水路をよく使ってた。商人とかが小舟で町を移動してるんだ。近くには絶対泊まってる、とは思う」
「だが、やはり船だと目立つような気もするな」
「うーん。じゃあ泳いでいくか。時期的にはいけないことはないだろうし」
俺がそう言うと、場の流れがぴたりと止まった。部屋の中の空気が重く、硬いものに変化しつつある。
「俺、おかしなこと言ったか?」
「い、いや、そうではなくてだな」
俺以外の皆が顔を見合わせて、何とも言えない表情を浮かべている。
「亜人はたぶん、泳げねえんだよな」
え?
「泳げないのか……?」
皆は俺から顔を逸らした。
マジか。いや、でも、そうか。ホワイトルートの亜人は森で暮らすのが常だったか。だったら、泳ぐ機会には恵まれないのだろう。
「み、湖とかはあったんじゃないのか」
「水浴びくらいならするけど、泳ぐのは、あまり……」
イア族の女が気恥ずかしそうに顔を伏せる。
「あ。だから河を使うって言った時に微妙な反応だったのか」
「面目ねえ。船で行くのは構わないんだが、もし向こうにバレてて、船がぶっ壊されちまったら。そう考えるとな」
バレてなかったとして、船が転覆でもすればパニックになるかもしれない。そうなりゃあ騒ぎを聞きつけられて、矢でも射られておしまいだな。そうか。河を使うのは難しいか。
どうするものかと悩んでいると、シャーラブーラが小さく手を上げた。
「待て。エルフなら平気だろう」
「そうなのか?」
シャーラブーラは首肯する。
「エルフも泳ぐのは不得手だが、河さえ渡れればそれでいいのだろう? ならば魔法を使えばいい。船ではなく風に乗るのだ」
「水の上を歩くってことか?」
「ああ、そうだ。ただ、エルフならば全員が出来るという話でもない」
うむ、と、キリハリリハがシャーラブーラの話を引き継いだ。
「風の精霊は気紛れじゃ。風の力を借り、そいつを相手にぶつけたりするのは簡単じゃが、水の上を進むには足の裏に風を押しとどめておく必要がある。しかし気紛れな精霊さまは、気がつくとどこかへ行ってしまう。風の魔法を長く使うのは非常に難しいというわけじゃ」
なるほどな。じゃあ、レベルの高い人にしか無理ってことか。
「そういうのが出来るのは何人くらいかな」
「わしじゃな」
食い気味にキリハリリハが言った。
「ふふん、シャーラブーラもいけるな?」
「もちろんですご隠居様。あとは、二、三人というところか」
「ちょっと心もとないなあ」
俺は泳いで行けるが、五、六人ってのはやはり不安だ。
「まだ問題は残っておるな。ナガオ、主は泳いでいくと言うておるが、それでは遅いじゃろう。わしらがやるのは本丸への奇襲じゃ。エルフだけなら並以上の速度で迫れるかもしれんが」
「俺に留守番しとけってことか?」
「わしは、正直そう思うておる」
「いや、俺はそうは思いません」
「ぬ?」
意外にも、キリハリリハの言にシャーラブーラが反論した。
「今やナガオは俺たちを率いる、れっきとしたリーダーです。こいつの能力には疑問が残りますが、大勢から必要とされているんだろうとは分かります。だから、こいつが先頭にいないでどうするのですか。こいつが先を進むから、ついてくるものがいるのです」
褒められてるのかけなされてるのか分からない。
「ご隠居様。俺がナガオを引っ張ります。何、魔法にも自信はあります。二人分くらいどうにでもなる」
「しかしじゃなあ。主は戦力としても当てになる。魔力を使い過ぎるのは……」
「では、ナガオさまは私が連れていきましょう」
「なっ……!」
いつの間にそこにいたのか、人懐こい笑顔のシャイアさんが入り口の近くから、こちらを覗いていた。
「シャイア! 今は大人の話し合いの時間なのだ!」
「でも、兄さんより私の方が魔法は上手ですよ?」
シャーラブーラは言葉に詰まっている。あんぐりと口を開いて固まっている。これは、どういうリアクションなんだ。
「キリハリリハさん、本当なのか」
「うーん。まあ、そういうことになるかのう。こと魔法に関して言えばシャイアには天稟がある。この子は精霊に好かれやすい気質なのじゃろうな」
「し、しかし! シャイアを戦いに連れ出すことは……!」
「ここで戦わないでいつ戦うというのですか。私にも誇り高きエルフの血が流れているんです!」
「言うことを聞くんだ!」
「兄さんこそ聞き分けがなくって、意地っ張り」
「そんな口の利き方をするように育てた覚えはないのに! ないのになあ! どうしてかなあライアシャイア!」
兄妹間で揉めているところにオウガの男が割り込んだ。
「俺は生まれてすぐに戦いに駆り出されたけどな」
「貴様は黙っていろォ!」
おお、怖。
「しようがない。河のことは一度置いておいて、別ルートを探ってみようか」
「ああ、それでだな、もう偵察は出しておかねえか? 星詠みさまを早いところ見つけておかねえと俺たちだって動けないからな」
「だな。じゃあ、悪いけど偵察に向いてる人を見繕ってくれ」
「おう!」
焦るな、焦るな。まだ時間はある。のんびりとはしていられないけど、猪みたいに突進する必要はない。こうして皆で話すべきなんだ。
「な、ナガオさま! ナガオさまぁ!」
「おいおい、どうした。汗みずくじゃねえかよ。水でも飲むか」
「たっ、大変なんだ!」
猫みたいな耳を生やしたイア族の少年が、壁に手をついてぜえぜえと息をしていた。いったいどうしたってんだ。
「ゆっくりでいいから、落ち着いて話してくれ」
「か……」
俺たちはイア族の少年に近づいていく。
「か。囲まれてます。この森を、セラセラの兵隊がぐるりと」
「ええ、そんな馬鹿な」
「じきにここにも押し寄せてきますよう!」
冗談、だろ。上手くいきそう。いくかもしれないって時だったのに。
「うーん。やはり都合のいいことなど簡単には起こってくれないみたいだのう」
「ご隠居様、茶を啜っている場合ですか」
「だってもう囲まれてるんじゃろー。のう、どこのどいつが兵を率いておったか分かるか?」
キリハリリハに問われ、少年は首をふるふると振った。
「でも、下級の悪魔みたいな笑い方をする女の子が、ごっつい兵隊さんに守られてるのは見えました」
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「ふ、ふふ。ふふふ、あ、は。あはっ。あははははっ、あ(↑)はーはっはっはっは! んんっ、げほっ、げほっ」
下級の悪魔みたいな笑い方をする少女は、自分を守るはずの兵士から哀れみというか、悲しみというか、そのような目で見られていた。当の本人はあまり気にしていないらしかった。
この少女の名はアニス・セラセラ。王位継承レースにも参加している、れっきとしたセラセラの姫である。ただ、彼女は王位継承権を諦めかけていた。なんかもうどうでもいいかなあと屋敷に引きこもってだらーっとした生活が続いていた。とはいえ今がセラセラ家の危機的状況であることに間違いはない。カルディアを任されているアニスは周辺の亜人たちの動きに警戒を払っていた。王都から運ばれた跳石を使い、亜人の撃退にあたっていたのだ。しかし積極的に亜人を追撃することはなかった。あくまで防衛行動に徹していたのである。
事情が変わったのは二日前のことだ。部下からの報告で、近くの森に亜人が集まっている可能性が高いことが分かった。彼らが、無人だったはずの、イア族の集落に集まっているのが判明するのはすぐのことだった。
「天の配剤とはこのことですわ。風は吹くもので、運は巡るものなのですね」
アニスが王位継承権を諦めかけていたのはドリスに先手を打たれたからだ。父親である王が倒れた今、ここで点を稼げば次代の王への道が開けるはずだった。アニスも少しずつ派閥の勢力を大きくしていたが、今少し遅かった。今やドリスはセラセラの司令官じみて、鋼鉄大臣ことバースニップ・フォロークラウンですらも彼女についた。
戦いはまだ終わっていない。アニスには気がかりなことがあった。それは亜人の動きである。横合いから勝手に参戦してきた冒険者に目がいきがちだが、亜人の脅威は健在である。彼らは森へ逃げ込み、こちらを誘い込もうとしている。押せば退き、退けば押してくる。亜人の部隊の多くは陽動なのだと察したが、肝心の本命の動きがいまだ見えてこない。
「ふふふ、ここにいたというわけですね。本命が」
亜人の氏族、有力な長の首を持ち帰り、戦いを終結まで持っていければ自分にもまだ可能性がある。あの小生意気なドリスに一泡吹かせられるのだ。アニスは笑った。めっちゃ笑った。
副官の男にどうするのか尋ねられ、アニスは小さく頷く。
「決まっています。撃滅ですわ。亜人なんて野卑で下品な蛮族は、セラセラ家の治める大陸には必要ありませんもの」
「はあ。しかし、最近は亜人を奴隷にすることをお止めになっていたような……」
「アレは。アレは、ちょっとしたパフォーマンスですわ」
アニスには欲しいものがあった。王位よりも欲しいと思わせる何かを持った、ある男であった。
「でもあの方は私を気にかけてはくれませんのね。実らない恋など、靡かない相手など愛しさ余って憎さ百倍というわけです」
「はあ」副官にはアニスの言うことがよく分かっていなかった。
「ともかくこのまま包囲を続けましょう。さすがに森を焼くわけにはいかないでしょうから……」
副官は我が意を得たりとばかりに頷く。亜人の出方を見るのもいいが、戦力的にはどう考えて、どう転んでもセラセラが上だった。
「お昼をいただいたら、さっさと攻め入って打ち滅ぼしましょう」
「……こ、降伏勧告をしなくてもよろしいのですか」
「だって面倒なんですもの。私が負けるはずはありませんし、そも、私たちがここにいることは向こうだって分かっているでしょう。その上でドブネズミのような亜人どもは森に引きこもっているのです。抗戦の構えがあるということに他なりません」
それから。アニスは可愛らしい顔で、アホみたいなことを口にした。
「亜人って、私たちの言葉が分かるんですの? 何も通じないのではなくって?」
「そのようなことはありませんが……」
「うふふ。一切の情け容赦なく、血祭りにあげてくださって構いません。こちらの兵だって亜人に殺されているのですから、何らおかしいことはありません。戦いと恋愛は同じなのですから」
「は。と、おっしゃると」
「何をしてもオールオッケーってことですわ!」
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俺たちは頭を抱えていた。ついに、セラセラ軍が森の中へ入ってきたのだ。その数はこちらの三倍、いや、五倍以上か。ともかく数の上で圧倒的不利なことに変わりはない。逃げようにも包囲されている。その包囲が徐々に狭まってきているのだ。
建物を出て、俺たちは武器を取る。徹底抗戦しても全滅必至だ。包囲の薄いところを一点突破で食い破る。これしかなさそうだった。
「話し合いするつもりはないんだな、やっぱり」
キリハリリハはふっと笑った。嘲っているのだった。
「構わぬ。これがこの大陸に生きるものの習い性じゃからな」
「……仕方ねえ。完全に囲まれる前に動くか。偵察は戻ったか」
「ああ、数だけで見りゃあ、東っ側が手薄らしい」
「わざとらしかったか?」
「どうだろうなあ」
罠か? いや、行くしかないか。
「突っ切るぞ。俺とキリハリリハが先頭でいく。シャーラブーラたちは後ろを頼む」
作戦はまとまらないままだ。次にどこへ行くのかも決まっていない。森から森へ、伝うように移動するしかない。亜人ってのは、ずっと昔からこういうことをやらされていたんだな。せめて、命だけでも助けてやりたい。




