第2章 パーティを組もうⅡ
<1>
油断した。
油断しまくっていた。やべえかなとは思いながらも、ほとんど丸腰で森に入ったのは自殺行為にも近かった。正直、セルビル周辺ならソロでも余裕だろうと踏んでいたのが大きな間違いだった。猛省。
そも、MMOはソロでやるよりマルチっつーか、パーティ組んでやる方がメリットが多い。よほどのコミュ障じゃなけりゃあ、野良で呼びかけるなりクランを探すなりしてさっさとパーティを組むべきだ。
俺もそうしたい。だけどナナクロはプレイ人口が少ない。セルビルには俺以外のプレイヤーがほとんどいない。黒盾さんはソロプレイヤーみたいだし、俺とは組んでくれないだろう。
はたして、王都に行ったところで俺みたいな初心者と遊んでくれる人はいるのだろうか。不安でしようがない。
「ま、なんとでもなるか」
俺は自宅で晩飯を食い、風呂に入ってさっぱりしたところで、気を取り直して本日二度目のログインを試みる。時間がかかるだろうと覚悟していたが、今回はすんなりログインすることが出来た。
<2>
「ふう……」
俺は、自分が宿屋にいることを確認して息を吐く。ここはもう俺の第二の部屋みたいなものだ。この部屋に戻ってくると安心してしまう。何だか複雑だ。ともあれ、稼ぎに行かなきゃな。
前回と同じ轍は踏むまいと、道具屋で回復アイテムを、武器屋で出来る限りの装備品を購入した。金は大事だが命はもっと大事だ。ゲームでならキャラクターの状態異常は鬱陶しいだけだが、実際に麻痺やら毒やらを受けてみると、あの苦しさは正しく死活問題なんだよな。もう痛い目を見るのはごめんだった。
宿屋を出てセルビルから発とうとしたところで、プロエさんたちギルド職員が慌ただしくどこかへ走っていくのが見えた。何となく気になったので追いかけてみると、件の三人は門を潜って町の外に出る。
三人は立ち止まり、地面を指差した。そこには幾何学模様の図形が描かれている。あれは、魔法陣か? そういや見覚えがあるな。俺が最初にここへ呼ばれた時も、あんな図形があったっけ。
……ってことは、もしかして新しいプレイヤーが来るってことじゃないのか? ちょっとアレだけど、ここで様子を見させてもらおう。
プロエさんが魔法陣(恐らく)の上に何かを落とした。きらきら光った塊だ。そいつは落下の拍子に砕けてしまったが、誰も気にしていない様子である。やがて魔法陣が淡い光を放つ。
見覚えがある。メニュー画面からアイテムや武器を呼び出す時の光に似ているな。そんなことを思っていると『シュヴァーン』的な音が聞こえた。プロエさんたちの声も聞こえてくる。
魔法陣から放たれていた光が消えると、そこに一人の女の子が立っていた。
黒くて長い髪、短い手足、小学生くらいの幼い体型(中の人はどうだか知らないが)。こっからではよく見えないが、頭の上に獣の耳のようなものが生えている。もしかして種族が人間じゃないのか?
ケモ耳の女の子はプロエさんたちの話を聞いているのかいないのか、だんまりを通している。……って、そりゃそうか。NPCに一々反応するって頭おかしいもんな。
女の子がチュートリアルクエストという名の魔物退治を頑張っている間、俺はプロエさんたちのところに近づいていった。
「あれー、ナガオくんじゃない。今日はどうしたの、クエスト受けないの?」
「お、久しぶりだなあ兄ちゃん。今ちょっと忙しいんだよ、用があんなら後にしてくれよな」
「あそこで戦ってるのって、新しいプレイヤーさんですよね」
髭面の中年こと、ジャモが頷く。やっぱりそうか。あの子も俺と同じことをしているんだろう。まあ、微妙に状況は違うのだろうけど。
「いっこ気になったんすけど、あの子、頭から耳が生えてないすか?」
「ああー、《イア族》だからな」
イア族? 初めて聞いたぞ、そんなもん。
「兄ちゃんは人間だし、セルビルには人間しか住んでねえからな。珍しいっちゃあ珍しいか。イア族ってな亜人よ。パッと見た限りじゃあ俺たちと変わらないが、獣の耳が生えている。ケツにゃあ尻尾も生えているってなもんよ」
「ふーん。あ、ホントだ」
ようく見りゃキツネのような耳だな。尻尾もそれっぽい。
キツネ耳の女の子の得物は剣だ。さして苦戦している様子もなく、淡々とゴブリンとニードルボアを狩っている。俺とは大違いだ。
「種族って、イア族以外にもなんかいるんですか?」
「おう、いるとも」
忙しいとか抜かしていたジャモだが、この世界の種族について話してくれた。
まずは俺たち人間。そんでケモ耳のイア族。
見た目が美しく、剣も魔法も扱えるチートっぽい種族、エルフ。
体格は小さいが、手先が器用なドワーフ。
この世界の種族の中で最も屈強なオウガ。頭に角が生えているのが特徴らしい。
「兄ちゃんたちみたいな冒険者は、この五つの種族の内のどれかだな。他のは見たことねえからよ」
また、俺たちプレイヤーが選べる種族とは別に、ケンタウロスやドラゴニュートなんてのもいるらしい。NPC専用ってやつか。後々アップデートで追加されるのかもしれないな。
種族について情報を仕入れ終わった時、イア族の女の子はクエストを無事に終えたらしい。プロエさんたちがじゃあねと俺に手を振り、彼女のもとに向かう。
えーと。確か、この後は町を案内されて、ギルドでカードを作ってチュートリアルは終わりだったっけ。……さて、どうしよう。ぶっちゃけ、ここで新人のプレイヤーを見逃すのは勿体ない気がする。今の内に声をかけてパーティを組んでもらうようにお願いするべきだろう。
そうと決まれば話は早い。プロエさんたちは女の子を連れて町を歩く。俺はさり気なくプロエさんたちの後をつけてギルドの中に入る。
女の子は書類と向き合っていた。よしよし、あと少しでチュートリアルが終わるな。終わったら速攻声をかけよう。
<3>
「話しかけないでください」
「はっ?」
チュートリアルの終わった新人プレイヤーの女の子に、よかったらパーティ組まないですかと声をかけたところ、死ぬほど冷たい目で邪険にされてしまった。なぜだ。
女の子――――名前は『さゆねこ』というらしい――――は可愛らしい外見だが、非常にトゲトゲした雰囲気の持ち主である。
「ど、どうして? 俺、何かした?」
「いや、さっきからずっとわたしのあとをついてきてましたよね? しかもNPCと会話もしてましたし、気持ちが悪いです」
「うっ」
言い返せなかった。全くもってその通りだったからだ。傍から見れば俺は頭のおかしい変態ストーカーでしかない。
「い、いや、その、他のプレイヤーに会えたのが嬉しくて、つい。他意はないし悪気はないんだよ」
「悪気がないんですか? そういう人が一番タチが悪いと思います。わたしはあなたみたいな※※※※とパーティを組みませんし関わりたくありません」
なんてしっかりした子なんだろう。さり気なくNGワードまで使われてディスられたし、ここまで拒絶されればもうどうしようもない。
「それでは」
さゆねこはギルドを出ていった。去り際、俺に思い切りぶつかってきた。なんだこれは。なんなんだこの気持ちは。涙でアイセンサーがかすんでしまいそうだ。
「あーあー、フラれちゃったねナガオくん」
カウンターの向こうに座っているプロエさんたちがにやにやとした笑みを浮かべている。ちくしょう。あんたたちのせいでもあるんだぞ。
<4>
防具を装備したおかげか、モンスターとの戦闘が少しだけ楽になった。一番安い装備ばかりだが、これで装飾品を除く五か所が埋まったことになる。
さっきのショックな出来事を打ち消したかったので、半ば八つ当たり気味に草原のモンスターをしばき回していると、
『ワンハンドソードのレベルが最大になりました』
メニューくんがそんなことを俺に告げた。
同じ分の経験値を獲得しているはずだが、プレイヤーやジョブと比べると武器レベルは上がりやすいらしい。恐らくだが、武器の性能というか、格によっても差異はありそうだ。
『スキル《横薙ぎ(ワイプアウト)》を習得しました』
おっ、やったぜ。初スキルだ。
俺は今覚えたばかりのスキルとヘルプを確かめる。やはりというか案の定というかこの野郎というか、ヘルプの項目がまたもや更新されている。
俺の覚えたスキル《横薙ぎ》は、複数の敵にダメージを与えるという技らしい。
また、覚えたスキルはスキルスロットに登録することで初めて使用できるそうだ。スロットに登録したスキルは取り外しが自由であり、モンスターに合わせて構成したり、自分なりの組み合わせを楽しめるそうだ。まあ、スキルスロットは無制限ってわけじゃないんだけどな。後で解放されるのか、あるいは課金して枠を開放するのかもしれない。
ともかく、スキルを覚えたってことは一つ強くなったってことだ。強くなるってのはいいことだ。モンスター狩りが捗るぜ。
そうだ。これでワンハンドソードも卒業できるな。スキルさえ覚えちまえばこんな初期装備に用はねえ。でも今までお世話になりました、ありがとうございます。よし。今日は装備用の金稼ぎを目標にしよう。
<5>
『《横薙ぎ》発動します』
「ふんっ!」
とりあえずスキルを使ってみた。
ゴブリンA・B・Cの三体にダメージが通り、三体まとめて黒い霧と化す。……想像していたとおりの効果だったな。威力は通常攻撃と変わらず、俺の得物が届く範囲のやつらに対して攻撃するのみ。地味だけど、雑魚を散らすのには便利だ。
というか、割かし前から横薙ぎに攻撃するのはやってたんだけどな。今更って感じがする。
もう一つ気づいたことがある。前々から何に使うんだろうと思っていた『SP』だ。これはどうやらスキルを使うのに必要らしい。使ったスキルに応じてSPが減少するようだ。
横薙ぎ一回につき『10』のSPを消費した。現状、SPを回復するアイテムは存在しているし道具屋でも売っているが、HPを回復するものよりも高価だ。スキルの無駄遣いはやめておこう。
さて、さっき倒したゴブリンのおかげでクエストは完了した。一度ギルドに戻って、また新しいクエストを受けよう。そう思ってセルビルに戻ろうとしたが、妙な気配を感じた。誰かに見られているような、そんな気がしてならない。俺はあちこちに目を向けるが、のんびり草を食んでいるニードルボアしか見当たらなかった。
奇妙に思いながらも、俺は草原を後にした。
<6>
ギルドに戻って、クエストの紙が留められた案内板と睨めっこする。寝ても覚めても待てど暮らせど、旨味のあるものは見つからなかった。
やはりソロでやるにも限界はあるみたいだ。だけどなあ。黒盾さんもさっきの子も俺とは組んでくれそうになかったし。
「……ん?」
またもや視線を感じた。俺は咄嗟に後ろへ振り返る。すると、ギルドの出入り口の方で何かが動いたのを認めた。つーか物陰から尻尾が見えている。あの尻尾には見覚えがある。さっきの子だ。さゆねことかいう、俺をメタクソに言った子だ。
俺に対してまだ何か言い足りないことがあるのだろうか。正直やめて欲しい。俺の心はそんなに強くない。
しばらく固まっていると、向こうから俺の方につかつかとやってきた。ごくりと息を呑む。
「……な、何か?」
さゆねこはむっとした表情で俺を見上げてくる。逃げるのもアレだから、こいつが口を開くまでじっと待っていると、
「あっ、お、お前……!」
『さゆねこ@近づかないでください』
こいつの名前がちょっと変わってるし、間違いなく俺に対するあてつけじゃねえか!
「変態のお兄さん。さっきはすみませんでした」
ん?
「お兄さん以外の人とパーティを組みたかったのですが、ここらには他の人がいないみたいです。びっくりするほど人気のないゲームなんですね、これ」
「ああ、そうなんだよ。だから言ったじゃねえか」
「すぐに辞めるのもどうかと思いますし、食わず嫌いはよくないと言われているのでもう少しだけこのゲームを続けるつもりになりました」
いい心がけだと思う。
「だから、仕方がないので変態のお兄さんとパーティを組んであげます」
目線こそこっちを見上げているが、その態度ときたら一万フィート上空から見下ろしているとしか思えない。クソ生意気なお子様め。今更になって掌大回転させたところで俺が有り難がると、許すとでも思っているのか。
「マジ? ありがとう! いやー、助かったよ」
「そうでしょうね」
しかし決して口には出すまい。所詮はガキだ。適当にご機嫌伺って懐かせておくに限る。困っているのはお互いさまだしな。
「ま、まあ、よろしく。俺は八坂長緒だ」
「やさかながお……難しい名前ですね。わたしはさゆねこです。よろしくです。あ、フレンド登録しておいてください。パーティを組みやすくなるので」
「フレンド……どうやるんだ?」
「そんなことも知らないんですか」
さゆねこはじっとりとした目つきで俺を見る。心の底から馬鹿にしているのだろう。
「わたしが変態のお兄さんにフレンド申請するので、それを許可してください」
「なあ、一々『変態の』って付けるのはやめてくれないか」
『《さゆねこ@近づかないでください》さんからフレンドの申請がきています』
あ。メニューくんが出てきた。とりあえず申請を受け入れてみる。すると、メニュー画面のフレンドという項目が更新された。フレンドリストのところには『さゆねこ』とある。
「何も知らないお兄さんに教えてあげると、フレンドになるとこっそり会話したり、離れていても呼びかけて連絡が取れるのです。アイテムの受け渡しも出来るのです」
「ほー、まあ、その辺は他のゲームとだいたい同じだな」
「アイテムの受け渡しも出来るのです」
「どうして同じことを繰り返して言うんだ」
もしかしてこいつ、アイテムを要求しているのか? やべーな、素質がある。
「ともかくよろしくお願いします。少なくともセルビルにいる間はな」
「お兄さんは王都に行くのですか?」
「ああ。王都行きの馬車が来るまで今日を含めてあと三日だからな。出来れば金を稼ぎたいんだけど」
「いいですよ。二人以上からというクエストを受けましょう」
「オッケー、よろしく頼む」
「そのクエスト、私も一緒に受けて構わないかしら?」
俺とさゆねこはギルドの入り口に目を向ける。そこには、フードを被り、白いローブを羽織った背の高い人がいた。
『☆カァヤ(61)』
うお、NPCじゃねえ。プレイヤーだ。しかもかなりレベルが高い。黒盾さんもそうだったが、どうしてセルビルに高ランクの人がいるんだろう。
「……クエストを、あなたも一緒にですか?」
「ええ、ダメかしら?」
「ダメとかじゃないんですけど、その、めちゃめちゃレベルが高くないすか? わざわざセルビルのクエストを受けても意味がなさそうだなあって」
俺がそう言うと、さゆねこもこくこくと頷く。
カァヤというプレイヤーは被っていたフードを外した。栗色の長い髪が露わになり、その人の顔にかかる。彼女は顔にかかった髪をゆっくりと指で払った。
肌の白さが目に眩しかった。カァヤさんの目つきは鋭く、クールな美人さんだ。……耳が長い。この人も人間ではなくエルフって種族なのかもしれない。
「ちょっと初心に帰りたくって。セルビルに戻ったら二人がいたから、つい声をかけちゃった。ダメかな?」
初心に、か。まあ、そういうこともあるだろう。ゲームなんてのは常に最前線で攻略をしていると疲れるし、飽きるものだしな。
「俺は一緒にクエストをやってもらえるとすげえ助かります。おい、お前は?」
「お前とか言わないでください。……わたしは大歓迎ですよ。お兄さんと二人きりでやるよりずっと気が楽になりそうですから」
「俺もだよ」
俺たちのやり取りを見ていたカァヤさんは、俺とさゆねこにフレンド申請をしてきた。
「決まりね。ありがとう、私はカァヤ。ジョブは狩人よ」
「あ、俺は八坂長緒です。ジョブは……冒険者です」
「さゆねこです。ジョブはお兄さんと同じです」
「最初は誰だって冒険者からのスタートだもの。あんまり気にしないでね」
棚からぼたもちというか、なんつーか。俺にとって都合のいい流れだ。これでクエストをこなせれば、ソロの時よりも効率よく稼げるに違いない。
「それじゃあさっそく……!」
「あ。ごめんなさい」
「え?」
俺がクエストを受けようとすると、さゆねこは俺の服の裾を引っ張って押しとどめた。
「もう九時なのです。お母さんにゲームはここまでと言われてしまいました」
ええー……? これからってところだったのに。
「そう? 残念ね。八坂くんはどうする?」
「うーん。じゃあ、さゆねことはここで別れるとして」
「お兄さんは※※なのです。わたしは都合のいい女なのですね」
「……分かった分かった。それじゃあまた明日な。カァヤさんもそれでいいですか?」
「構わないわ」
正直、このお子様をほっといてカァヤさんと二人でクエストを進めたかったってのはある。だが、さゆねこを無視するのもどうかと思う。ナナクロのプレイ人口は少ない。助け合いの精神を忘れないようにしよう。
俺たちは明日、17時にセルビルのギルドで合流することを約束した。さゆねこはその場でログアウトしていった。
「君はまだ残るの?」
「いや、俺もいったん帰ることにします」
カァヤさんは小さく頷いた。彼女に聞きたいことは山ほどあったし、初心者にも優しい感じの人だろうが、あんまり付き合わせるのも悪い。
「あ、一つだけ聞いていいですか? あの、カァヤさんの名前、俺たちのとは色が違うんですけど」
「ああ、名前ね」
俺やさゆねこ、黒盾さんもそうだったが、白い文字で名前が表示されていた。しかしカァヤさんは緑色だったので気になっていた。
「クランに入っていると名前が緑になるの。ちょっとした目印ね」
「へえ、クランですか」
いずれは俺も強くてでかいクランに所属してみたい。当分先の話になりそうだけどな。
俺もカァヤさんに別れを告げて宿屋に戻った。部屋でログアウトをし、地球での自分の部屋に戻る。
よし。明日は三人でクエストだ。