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第3章 figureheadⅤ

<1>



 最後尾の馬車に乗っていた誰かが悲鳴を上げる。その声は長く尾を引いたから、断末魔なのだとも気づいた。敵だと誰かが叫ぶ。そんなこと、皆が知っていた。本隊のメンバーは急いで武器を取るもの、空手のまま立ち向かうものの二種類に大別された。

 俺は抜き身の剣を持って荷台から飛び出す。ひゅん、と、風を切る音が耳元に聞こえて怖気が走った。既に戦いは始まっているのだ。

 相手は、やはりセラセラ兵であった。あの鎧、あの兜、何度も見たことがある。数はこちらより多いか。百はいないが五十人程度はいるかもしれない。間違いなく不利である。先んじて仕掛けられたし、こちらの足並みは揃わず、意気も上がらない。

 俺はシャーラブーラ、サンシチの姿を探した。あいつらに撤退するように言ってもらおうと思ったのだ。が、シャーラブーラは頭に血が上っているのか、兵士に囲まれながらも剣を振り回している。サンシチの姿は見えなかった。


「待て、待て! セラセラの兵だろうっ、お前らは!」


 呼びかけたが誰も聞く耳を持ってくれなかった。

 俺はこの時になって、『こいつら』が本当に戦争じみたことをやろうとしているのだと実感した。俺はいつまでも部外者で、傍観者だったのだ。しかし今は違う。当事者という立場まで追いやられた。彼らの戦いに巻き込まれて、呑み込まれたのだ。


「くそっ」


 勝つとか負けるとかじゃない。先ずはこの場を生きて脱するのが先決だ。

 俺は、亜人を助けるようにして剣を振るい、風の魔法でセラセラ兵を妨害する。しかし数が多い。しかも、亜人はそれぞれが勝手に動いている。ばらばらなのだ。これでは助かるものも助からない。


「ナガオっ」


 セラセラ兵を打ち倒したキリハリリハが駆け寄ってくる。


「ここはいい。主は前の敵をやれ」

「……やれって」

「怯むでない。主が死ぬぞ。それに、前から来るのは兵ではない。冒険者じゃ。他のものでは荷が重い」


 冒険者? なんで、ここに?

 だが、考えている余裕はなかった。俺はキリハリリハに後を任せ、先頭の馬車へと向かう。すると、見えた。森の中から多種多様、カラフルな服を着た連中が。皆、着ているものがばらばらだ。統一された兵ではない。

 相手がプレイヤーってか。確かにストトストンの人たちじゃあきついだろうけど、俺だって無傷で戦えるわけじゃない。


「やるしかねえのか」


 前からは冒険者。後ろからはセラセラ兵。

 全くもって頭は働かないが、ここで全員死ぬのなんてごめんだった。俺はメニューを操作して、さっき荷台からもらった武器を呼び出す。剣を鞘に収め、槍を掴んだ。

 冒険者の数は六人。一パーティ分の戦力だ。俺一人でぶつかるにはあほらし過ぎる話である。近くにいた亜人に声をかけ、飛び道具で援護してもらうことになった。


「ぶつかるな! 俺が当たる!」


 声が震えそうになったが堪えた。俺は短剣を引っ掴み、風の魔法を使って投擲する。狙いは正面、重装備の剣士だ。


「おっ、マジでいるじゃん。すげーな、このイベント」

「だな」


 気楽そうに言う冒険者。俺の投げた短剣は容易く弾かれる。


「お前ら、退けえ!」


 後ろから風切り音。降ってくる矢と共に、俺も突っ込む。盾役であろう重装備の剣士を槍で突くも、でかい楯で防がれた。へっへ、と、剣士は笑う。

 俺は槍を手放し、更に前へと踏み込む。


「えっ」

「はやくね、こいつ」


 重剣士の体を踏み台にし、とんぼを切った。中空にいる状態で剣を抜き、標的を見定める。相手は、盾が一人。魔法使いが二人。剣士が一人。侍者が一人。もう一人は分からんが軽装だ。得物を持っていないから支援職だろう。狙うのは……。

 身を捩り、着地と同時に無言で剣を振り下ろす。侍者の女の目がぱっくりと開かれて、光と化した。


「うっそ!?」

「は? え? 何?」


 俺は敵パーティの中心にいた。剣をしまい、斧を呼び出す。そうしてぐるりと得物を振るった。重戦士には受け止められたが、剣士を一人仕留めることに成功する。逆上した魔法使いが同時に攻撃を仕掛けるが、俺はその場から脱した。魔法使いの発動した火属性のそれが仲間を焼く。

 短い呼気を吐き出す。相手の呼吸を確認する。相手は浮足立っている。引くべきではないはずだ。


「撃てえ!」


 亜人に指示を遣ると、彼らは戸惑いながらも矢を放った。相手はどうせプレイヤーだ。本当に死にはしない。そんなことを考えている自分が空恐ろしかった。

 矢は魔法使いと、軽装の支援職を捉える。回復役を失い、体勢を整えるのにいっぱいいっぱいらしい。俺は魔法使いの首を刎ね、軽装の男を殴り飛ばす。また、二つの光が空へ向かった。

 背に衝撃。魔法を受けたか。ダメージを確認するに、二割ほど減ったぐらいだ。まだいける。捨て置いた槍を呼び戻し、《閃光菖蒲》でもう一人の魔法使いも仕留める。どうやら、相手は俺よりもレベルの低いプレイヤーの集まりだったらしい。


「……は? ん? えーと」


 最後に残った重剣士は、腕をだらんと下げていた。得物の切っ先ががりがりと地面を削っている。数名の亜人に囲まれた彼は、自らの趨勢を知り、その後に待ち受ける運命を悟ったのだろう。おお、と、威勢のいい声を発して切りかかろうとするが、距離を取られて射かけられ、最後にはリザードマンの曲刀で鎧の隙間を突かれた。

 短い間に、合計六つの光が教会へと向かうことになった。良心が痛むが、相手はやはり俺たちが来ることを知っていたようだ。ともあれこれで道は開けた。


「撤退だ!」



<2>



 三台あった馬車は二台になっていた。馬は死にそうな鳴き声を上げるが、足を止めさせるわけにはいかない。御者台のシャーラブーラが必死に鞭を打つ。

 三分の一だ。

 精鋭とか言って集められた本隊のメンバーが、王都に辿り着く前に三分の一削られた。削られた。そう言えば容易いが、こちらは人間の操作する冒険者ではない。死んだのだ。明確に、この世界でその生涯を終えたのだ。

 死者を悼む気持ちも、後悔も、何もかもを引き連れたまま馬車は曲がりくねった道を疾走する。後ろからはまだ追い手の気配がする。道の左右に面した森から、別の敵が出て来やしないかと冷や汗が止まらない。


「畜生!」


 誰かが叫んだ。俺だってそうしようと思っていた。



<3>



 ほとんど夜通し馬は走っていたが、遂に限界を迎えた。俺たちは荷台から降りて、いったん森の中に身を隠す。馬車を隠せるようなスペースはないから、誰かに見られて追いつかれればそこまでであった。

 何がどうなったのか考えようとしたが、奇襲を受けたことに変わりはない。とにかく体が疲れていた。


「くそ、ヤマリがやられたぞ」

「ニッカニッカもだ。あいつ、オウガをまとめてたんだぞ。やつが死んだらこの先どうなる」


 俺はその場に座り込もうとしたが、キリハリリハに座るなと言われて、仕方なく木の幹に背を預けるだけにした。


「やはり待ち伏せじゃったか」

「くっそ……!」

「サンシチはどうした?」

「馬車に乗る前から姿は見えませんでした。くそ! くそう、セラセラにやられてしまったんだ!」


 シャーラブーラが木の幹を叩く。


「何故だっ、人間より、俺たちの方が速かったはずだ!」


 待ち伏せは万全に近い状態だった。俺たちに抜かれこそしたが、道の前後を兵と冒険者で挟んでいたのである。セラセラ側も亜人の動きを読んでいたのだろうが、シャーラブーラが憤る気持ちはもっともだ。戦いってのは何が起こるか分からないが、それでも、どうしてって気持ちが湧いてくるのも分かる。


「俺たちがあの道を通ることを知っていたみたいだったな」

「馬鹿な、ありえん!」

「落ち着かんか、シャーラブーラ。……ナガオ、どう見る」


 どう見るもクソもなかった。


「何もかもばれてやがる。しかも、セラセラは冒険者と組んでるぞ。向こうの兵士の数は減ってるけど、それを冒険者で穴埋めしたんだ」


 冒険者がついたとなると、やはりまずい。普通の兵士よりも強いし、プレイヤーは死んだって教会に戻るだけだ。ほとんどゾンビじゃねえか。


「そこまで準備してるってことは、俺たちの動きを見抜いてるってことだよな」


 それはしようがない。向こうにはドリスやアニスがいる。自分のところの人間が使えないとなると、次に目を向けるのは冒険者だってのは分かっていた。

 気になるのは俺たち本隊のことだ。本隊がずたぼろにやられたんなら星詠みの立てた作戦は半ば以上ご破算である。


「……なあ、考えたくないことなんだけどさ。俺たち、星詠みに騙されたんじゃねえのか」


 俺がそう言うと、亜人たちがハッと顔を上げる。シャーラブーラは悪鬼のような形相でこっちを睨んできた。


「星詠みさまが、俺たちを? ふざけるな、言うに事欠いて、よくも!」

「俺たちに街道を使わせたのはどうしてだ? 馬車で商人騙るのはいいけど、さっき襲ってきた連中はそんなことお構いなしに仕掛けてきやがった。普通、俺たちが何者なのか確かめやしないか? そうしなかったのは向こうに確証があったからだ。知ってたんだよ、全部」

「……星詠みさまが、俺たちを売ったとでも言うのか?」


 シャーラブーラはふらつきそうになったが、体を木に預けることで、どうにか立てているといった有様だ。


「そりゃあ、分からねえよ。でもな、本隊が星詠みの言う作戦の要だとしたら、やっぱり避けられる危険は避けさせるはずじゃないか」

「ヴェロッジの星詠みが、亜人を裏切ったのか?」


 動揺が走る。余計なことを言っちまったかもしれないと後悔していた時、いや、と、キリハリリハが口を開いた。


「主らが今考えておるのは、『わしらが本隊であった』場合じゃな。星詠みは何を考えておるのか分からぬやつじゃが、それでも人間に与することはない」

「だったら、何故ですか!」

「わしらもまた、囮であったと考えるべきじゃ」


 俺は驚かなかった。この部隊が本隊だったとして、下された指示や与えられた情報は杜撰の一言に尽きる。そんな状態で王都なんか落とせるはずがない。心当たりはある。たぶん、星詠みもセラセラと同じことをしているはずだ。

 シャーラブーラを見据える。彼は目を泳がせていたが、すぐに平静を取り戻した。


「お前ら、俺以外にも冒険者を召喚してたんだよな」

「あ、ああ。そうだ。星詠みさまがそうしろと」

「俺以外の冒険者はどこへ行ったんだ」


 シャーラブーラは言葉に詰まった。どうやら、こいつは何も知らないらしい。


「実際に呼び出した冒険者を手にかけたってやつはいるのか」

「いや、俺の知る限り、冒険者は皆、外へ帰したはずだ」

「お前は、冒険者が外へ帰るのをその目で見たか? 俺以外に、ヴェロッジに冒険者が入ってくるのを見たことは?」

「何が言いたいんだ、貴様は」

「星詠みも冒険者を使ったんだよ」


 情報が漏れたんじゃない。恐らくだが、星詠みが冒険者を使って、あえて漏らしたのだ。


「星詠みの作戦は終わっちゃいない。本命の部隊は、あいつが率いているんだ。ほとんど間違いないと思うけど、冒険者が混ざってると思うぜ」


 シャーラブーラは遂に立てなくなって、がくりと膝を突く。俺に食ってかかってこないところを見るに、彼もまた以前から星詠みを疑っていたのかもしれない。


「うむ。わしも主と同じように考えておった。それでナガオや、これからどうするつもりじゃ?」

「え? 俺?」


 俺は周囲を見回す。皆、俺に視線を注いでいた。……そう、か。ここまで俺たちを引っ張っていたのはシャーラブーラだが、今の彼に指示を仰ぐのは酷というものだろう。


「リーダー。俺ぁ、あんたなら信じられるぜ」


 リザードマンの男が言った。彼に続いて、イア族の女も頷く。


「あの時、冒険者に向かっていったあなたは本当の英雄に見えたの」

「こんな状況だ。あんたについていくよ」


 ……よし。少しばかり気は重いが、俺だってこの人たちを見捨てたくはない。

 口を開きかけた時、がさりと物音がして、俺たちは弾かれるようにそっちを見た。

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