第3章 figureheadⅢ
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セラセラ家をセラセラ家足らしめているのは、現王チャーチルの圧倒的なカリスマ性、というわけではない。むしろ彼らはお飾りの頭だ。無能ではないがあまり余計なことに気を使い過ぎるのも困る。セラセラを支えているのは別の人材である。無論、彼らだけでセラセラ家を、王都をどうにか出来るわけではないが。
その人材とやらの一人、バースニップ・フォロークラウン。
長身と禿頭、常にしかめ面で身につけるのは息苦しさを覚えるほどの漆黒衣というその厳つい風貌で、鋼鉄大臣とも呼ばれる男である。現王の信頼厚く、長年仕えていたことから右腕とも称されていた。いかなる時でも冷静さを失わず、頭の中は常に有益な献策でいっぱいであり、淡々と的確な指示を下す。というのが彼に対する周囲の評価だ。
チャーチルがセリアックで臥せっている今、王都の中心的人物はバースニップだ。そんな彼はある人物の部屋の前に立ち、ううむと低く唸っていた。
ノックするか、せざるべきか。
鋼鉄大臣はそれだけのことで酷く悩んでいた。ストトストンに生を受けてからの五十余年、ここまで悩むことはなかった。だが、それも無理からぬことである。何せこれからの自身、ひいてはセラセラ家に関わることなのだ。
「…………ぐ、む」
バースニップは扉をねめつける。
「あら、フォロークラウン伯。私の部屋の前で何か考えごとかしら」
振り向くと、供を連れた少女が立っていた。彼女こそ、バースニップを悩ませている張本人である。少女の名はドリス・セラセラ。王位継承レースをひた走る姫である。
バースニップは相好を崩した(とはいえ彼が『笑った』のだと認識できるものは、彼の妻以外にほとんどいない)。
「お話したいことが」
バースニップの声は地獄の底から響いてくるかのように低いが、よく通った。ドリスは小さく頷き、壁に背を預けて顎をしゃくった。
「お父さまのことかしら」
現王チャーチルは生死の境にいる。民が不安になるゆえ発表こそしていないが、人の口に戸は立てられない。耳の速いものは既に王の状態と、柱を襲ったものについて聞き及んでいるだろう。
だが、バースニップを不安にさせているのはそれだけではない。無論、王が死ねば次の王が必要になる。三姉妹でやっている王位継承争いの決着を急いでもらうところだが、その暇すら与えられないかもしれないのだ。
「亜人の動きに妙なところが見受けられます」
「亜人?」
ドリスは眉根を寄せた後、傍にいる供へと視線を移す。彼女の側近中の側近、ダークエルフのラベージャは表情を崩さなかった。
「氏族、種族を問わず、亜人が南下しているようです」
「南。ああ、ヴェロッジに向かっているのね」
「恐らくは」
バースニップの持ってきた本題はそれだった。頭痛の種こと、亜人の大移動である。数日前からセリアック、ロムレム、カルディア周辺に根を張っていた亜人が集団で移動を始めたのだ。彼らの目的地はヴェロッジと見て間違いない。
ヴェロッジは、亜人の中でも特に力の強いエルフが多い町だ。大方、王が死にかけていると話を聞き、同士を呼び集めているのだろう。
「看過できないのね」
「できません」
今はまずいのだ。
バースニップは知っている。ロムレムの町が燃え、柱に最も近い町であるセリアックに王とフェネルが臥せっていることを。今、亜人に動かれると対処し切れない可能性がある。
「領内の街道、砦にはこれ以上の人員を割けません」
「割けないのね」
「人はふとした拍子に木の根から現れてくるわけではありません」
セラセラ家は急速に成長してきた。周囲を叩き潰して呑み込んできた。その為に地盤が固くない。領土全てに目を配れているとは言い難かった。亜人の動きに目を光らせたいが、兵の数にも限りがある。亜人は人よりも森を知っている。まともな道を使わず、森を伝うようにして移動されれば感知するのは困難を極める。
また、王がビュリャジリャドゥドゥメの森に連れて行ったのは数こそ少ないが精鋭ばかりである。その内の八割が未帰還であり、未帰還者の中には将軍級の人間も含まれていた。
ジェラルド・シシーウッド将軍。若いが有能で、フェネル・セラセラに懸想していた男だ。野心があったがバースニップにとっては扱い易い相手であった。
「そう。まあ、そうよね。ロムレムは復興で手一杯だし、セリアックにはお父さまがいるから、そちらから人を借りてくるのも難しいわよね。王都にはあまり兵が詰めてないし……あら、現状を維持するのも難しい状況なのね」
ドリスは気楽そうに言う。しかし全くもってその通りであった。
「カルディアのアニス姉さまは?」
「カルディアに留まって頂きたく存じます」
「そう。フェネル姉さまも、今はお体を休めるのに精いっぱいですものねえ」
バースニップの胃が音を上げ始める。ドリスの横顔は物憂げで、彼女は少しの間だけ窓の外を見ていたが、振り返った時にはぱっとした笑みを浮かべていた。まるで花が咲いたようだと、若いものは言うのだろう。
「フォロークラウン伯はどうお考えなのかしら」
バースニップは答えに窮した。……否、答えは既に持っている。それを自ら口にするのを躊躇ったのだ。彼の逡巡する様にも飽いたのか、ドリスはすすすと距離を詰め、お小遣いを強請る市井の娘のようにしてバースニップを見上げた。
「お母さまはお優しいお方。このような状況をさぞやお嘆きになっているでしょう」
王妃は健在だが、セラセラ家を動かせるだけの力はない。当面の間、彼女には王の代わりを務めてもらうつもりだが、あくまで必要なのは首から上だけだ。もっと言えば、指示を代わりに伝えてもらう為の顔と声だけだ。
「お父さまに代わって、城内で偉ぶれる人も知れているものね。そうねえ、大臣に、将軍。ああ、でも、シシーウッド伯は森でお亡くなりになったのだったかしら」
今、ここで出張ろうとするものは少ない。何せ次代の王が誰かも分からぬ権力闘争の真っただ中なのだ。物事が確定するまで、目立った動きは誰もが避けたがる。今回の問題、亜人に裏をかかれて王都に攻め入られるような下手を打てば首が飛ぶ。自然、『何をどうするのか』発言できる人物は限られてくる。
「それで? 伯はどうお考えなのかしら?」
再度問われ、バースニップは腹をくくった。
「セラセラのものだけでは現状を維持するのにも困窮する様です。しかし新たな兵を用立てようにも時が許してはくれないでしょう。亜人の動きは風のように速いのです。彼らは森の中で住み暮らす故」
「そうね。もたもたしていると矢を射かけられてしまうわね」
「つきましては、姫さまの私兵で対処するのがよろしいかと」
ドリスは笑みを深める。にいいと、口の端をつり上げて。
「私の? 私兵?」
「冒険者のことを言うておるのです」
フェネル、アニス、ドリスによる継承権争いは終わりに近づこうとしていた。先ず一人、フェネルが脱落した。彼女は負けを認めないかもしれないが、セラセラ家の一大事に臥せっているだけなのは非難されるだろう。そもそも、彼女が王に頼みごとをしなければ、王は王都で采配を振るっていたのだ。否、王が健在だったならば、亜人が動くこともなかった。と、そのように言う輩も城内にはいるだろう。
アニスか、ドリスか。
要はここだ。この二択なのだ。チャーチルが崩御すれば次の王が必要になる。だが、ことが起こってからでは遅いのだ。このキャラウェイ城は湖上の華と称されているが、その実、内にいるものからすれば生き馬の目を抜くような万魔殿である。今の内からどちらにつくか、どちらを王にするか決めておかねばならなかった。
バースニップはドリスにつくことを決めたのであった。彼の知る限り、ドリス・セラセラはフェネルよりも経験がなく、アニスよりも人心を掴めていない。しかし誰よりも――――恐らくは城内にいる誰よりも――――わがままで悪辣だ。その性質はチャーチルにはないもので、だからこそ次代の王に相応しいのかもしれなかった。
「件の王位継承権の争いで、姫さまが冒険者を集めていることは知られております。いえ、知らせていたのでしょう?」
「さあ。そんなつもりはなかったけれど。けれど、知られていたなら仕方がないわね。ええ、認めます。私はお父さまのお言いつけ通り、冒険者の心を掴むために奔走しているの」
ドリスはこうなることを予想していなかっただろうが、きっちりと駒を用意していたのだ。似たようなことをしているアニスよりも上手かった。アニスはドリスよりも速く、多くの冒険者を、奴隷貿易や歓楽街経営の真似事で集めたが、何故かそれを途中で止めて、手放したのだ。その為か、今やカルディアに昔日の賑わいはない。
「もはや姫さまに頼る他はないかと存じます」
「そう。私じゃないと駄目なのね。でも、他のお姉さまや妹たちだっているじゃない」
「お判りでしょう、姫さまになら」
バースニップは、問答は無用だとばかりにドリスを見た。彼女はその視線をまっすぐに受け止める。
「人を集めなさい。私を玉座に座らせたいものだけを」
「御意」
「お父さまに代わって、私が王都を守ります」
大きく頷き、バースニップはドリスに背を向けた。彼の胃は、きりきりと痛みを訴え続けていた。
<2>
「こちらの動きは筒抜けでしょうなあ」
「え? そうなの?」
五月五日、午前十時。ヴェロッジの集会所にて。
俺は、有力な人たちと共に、どういう風に王都を攻めようかという話し合いに参加していた。
俺はネットで調べた知識を頼りに、こういうやり方はどうかと言ってみたのだが、星詠みは首を縦には振らず、そんなことを言ったのだった。
「あちらも無能が揃っている訳ではなかろう。シャーラブーラや、少し動くのが急過ぎたのう」
「ご隠居様は黙っていてください」
話し合いの場にはキリハリリハやシャーラブーラもいた。昨夜は殺し合い寸前だったが、今はまだ穏やかだ。昨夜に比べれば、だが。
とはいえ、シャーラブーラは俺と目が合うたび、つまらなそうに鼻を鳴らしたり、睨んだりしてくる。やめろよう。
「そんじゃあどうすんだよ。真っ向から突っ込んでいくのか?」
「は、馬鹿め。人間はやはり馬鹿だ」
「いや、それが一番いいかもしれませんなあ」
「なっ……!?」
やはり話し合いの機先を制するのは星詠みだ。こいつには人をなんとなーく納得させちまうだけの話術がある。少なくとも俺よりかは色々なことを知ってるし、ヴェロッジや亜人をどうにかしたいって気持ちは本当だから、ある程度は信じてもいいとは思う。
「何せ我らの狙いは王都を落とすことにあります。正確には、ドリス・セラセラの命ですな」
ドリスの?
「どういうことだよ」
「今、王都に残っていて、セラセラ家を指揮できるのは彼女以外におりますまい。セラセラには強い背骨などありませぬ。頭を潰せば手足はもがくだけ。少しずつ始末していけば済む話です」
「何も全滅させる必要はないってことだな」
「ええ、ええ、さすがはナガオさま。よくお分かりで。戦いが長引けば我らが負けるのは必定でしょうからな」
余計なことには目もくれず、放たれた矢のようにまっすぐに王都を目指す。なるほど。確かにそれが一番確率が高いんだろうな。実行されるとちょいとまずいことになりそうだ。
「じゃが星詠みよ、そのようなことは向こうとて分かっておるだろうに」
「分かってはいても止められるかどうかはまたは別の話。ナガオさま、ここは一つ、多方面に部隊を分けるのはどうですかな」
「そうやって揺さぶりをかけるのか?」
「というよりも布石ですな」
布石ときたか。
「放つ矢が一本では足りん可能性があるのです」
「分散させて、どれか一本でも当たれば勝ちってことか? にしたって、部隊を分けたら一個当たりの戦力は減るだろ」
「それは向こうも同じことですな。よいですかナガオさま。亜人は人に貶められてはおりますが、優れているところもあるのです」
星詠みは集会所にいる連中を見回して、杖で机を叩く。皆、そこに目を向けた。
「それは我らの数が少なく、寿命が長いということ。亜人は皆、肉体面だけで言えば人よりも頑健なのです。幼い頃から村落のものとは家族同然に付き合って生きる。それ故に統率が取れていると言えるでしょうな」
「だけどセラセラにだって軍はあるぞ」
軍人だって統率が取れている。おまけにこっちよりも数が多い。
「いや、今この時だけに限れば、そうはなりますまい。ナガオさまはビュリャジリャドゥドゥメの森で起こったことをご存じですな」
「ああ、その場にいたからな」
少しだけ場がざわついたが、皆、取り繕うようにして咳払いなんかを始めた。
「あの場にはセラセラ王が兵を連れてきておりましたが、さて、何人が無事にセリアックへ戻れたかご存じか」
「いや、そこまでは……」
だけど、大勢の人がやられたはずだ。
「その中には兵だけでなく将もおったと聞いております。よろしいですかな。人間の兵士は有能な将に率いられるのです。しかしその将がいないのであれば、さしたる脅威ではありますまい。我らには優秀な将がいなくとも、兵一人一人が自らの意志で動き、連係が取れるのです」
だから数は減っても、相対的にパワーダウンはしていないって言いたいわけか。まあ、かもしれないな。森に誘い込んじまえばセラセラ兵だって身動きがとりづらくなる。所謂ゲリラ戦を仕掛けようって腹積もりなのか。
……だけど、結局王都まで行くんじゃないのか? 開けたところに出た時、亜人はどうやって人間と戦うつもりなんだ?
「無論、小さく、細い矢では心もとない。太く、大きい矢を。本隊を定めましょう。残りの部隊は陽動として使い、兵の薄くなったところがあればそこを本隊が突破すればよろしい」
「うむ、流石は星詠み殿」
「決まったようですな」
話し合い、というか、星詠みトークショーはすんなりと終わりつつあった。だけど陽動ってのが少し引っかかる。
「なあ。聞こえはいいけど陽動って要は囮ってことだろ。そいつらはどうすんだよ。セラセラの兵士とぶつかったらさ」
「森にさえ誘い込めば我らの独壇場ですからな。戦うも逃げるも好きにすればよろしいではありませんか」
「誘い込めなかったらどうすんだ? そもそも、セラセラの兵士の目ぇ引くためにはさ、一回こっちが顔出さなきゃダメじゃないか。じゃないとずっと森に隠れてるだけってことになる。相手を釣らなきゃダメなんだろ」
星詠みは眉根を寄せた。
「だからさ、誘い込むまでの間に追いつかれて、戦わなきゃいけないって状況になったらどうすんだよ」
「その時は、その時追いつかれた部隊のものが考えるでしょうな」
……なんかずれてるっつーか、妙な感じがするんだよな。
「なあ、地図とかないのか。もうちょっと考えた方がいいんじゃ……」
俺が席を立ち上がろうとすると、星詠みが杖を、シャーラブーラが剣の切っ先を俺の目の前に突きつけた。
「なんだよ」
「いけませんぞナガオさま。そのように気弱な考えでは」
「はあ? なんだよ気弱って。俺はただ」
「黙れッ」
シャーラブーラは唾を飛ばして声を発した。
「時間がないのだっ、これしかあるまい!」
「そんなことないだろ。自分たちのことじゃないか。もう少し考えたって……」
「俺はっ! 俺は貴様に従うつもりはない! 貴様は余計な口を利かず、ただ愛想を振り撒いていればいいんだ!」
この野郎。
俺は剣を手で退かして立ち上がる。すると、星詠みがふぉふぉふぉとかいう声を発した。あ、笑ってるのか。
「これこれ、よさぬかシャーラブーラ。ただ、ようくお考えくだされナガオさま。こやつの言うたとおり、我らに時間がないのは確かなのです。もっと時間と、人員さえ揃っておれば。取れる手も、いくつか浮かびはしますが」
「今は、これしかないって言いたいのか」
「ともかく、何にしろ部隊を作る必要はありますな。ナガオさまは我らのことなど知らないでしょうから、こちらでやっておくとしましょう」
「あ、ああ、それは、頼む」
「ナガオさま。あまり気に病まれるな。どのような結果になろうとも、ですぞ」
星詠みは何か意味ありげなことを言い、シャーラブーラを伴って集会所を出た。俺は席から立ち上がれないでいた。
見かねたのか、キリハリリハがすっと近づいてきて、バナナのような果実を机の上に置いてくる。気持ちは有り難かったが、俺はそれよりも剣を振るいたかった。あの木剣を、あの場所で。
そのことを申し出ると、キリハリリハは何とも言えない笑みを浮かべて、ついてくるようにと集会所を出た。




