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第2章 耳が長けりゃえらいのかⅡ

<1>



 俺は、いきなり現れたシャーラブーラに、いきなり胸ぐらを掴まれていた。


「シャイアに何をしたっ」


 突然向けられる敵意と、突きつけられる状況。

 こっちも頭に血が上りかけるが、俺は思っていたよりも冷静だった。

 シャーラブーラは怒っている。こいつは人間おれを嫌っているから、妹のシャイアさんが俺のところに来るのが気に入らないのだろう。そしておそらく、シャイアさんはシャーラブーラには俺のところに行っているのだとは伝えていないはずだ。

 この世界の神、ハシラサマにだって誓えるが、俺はシャイアさんに対して何もしていない。そのことについては本人も、キリハリリハも擁護してくれるだろう。


 だが。


 シャーラブーラはそういう理屈でものを言っているのではないんだろうな。

 気に入らないものは気に入らないのだ。


「王都攻めの準備は整ってるのか?」

「何ぃ……!?」


 俺がそう聞くと、シャーラブーラは憤怒の形相になった。

 陽の下で見ると、彼ももやはり整った顔立ちである。金色の髪も絹のように滑らかなのだろう。肌にもシミの一つもなく、髭の一本も生えていない。シャイアさんの兄というか、エルフというのは皆、美形なのかもしれない。俺が女なら見惚れていたかもな。


「整ってるみたいだな」


 俺はシャーラブーラに捕まれたまま彼を眇める。

 こいつは妹を大切にしている。俺が思っているよりも、ずっと、深く。

 だが、それなら今日までここに来なかったのは何故だ? 真に妹のことを思っているならもっと早くにここへ来てもよかったんじゃないか。ヴェロッジはそんなに広くないし、確かめようと思えばすぐに確かめられたはずだ。

 ……シャーラブーラには他に気にする事柄があったんじゃないか? それはきっと、王都を攻めるってことに他ならない。その準備が終わったから、初めてシャイアさんのことに時間を割けたんじゃないか?


「人間風情がっ。やはり、ご隠居様にお任せしてはならなかった。あの時、もっと早くにお前を殺しておけばよかったんだ」

「やめよシャーラブーラ。主もあの場で納得したはずではないか」

「怪しいと思ったなら殺す! 俺はそうも付け足したはず」

「兄さん、私はナガオさまには何もされていません。私からナガオさまに会いに来たのです」

「子供は黙っていろ!」


 この剣幕。もはや剣呑な事態は避けられないんだな。

 仕方ないと言えば仕方ない。ここでの生活は名残惜しいが、ヴェロッジに骨を埋めるつもりもなかった。つまるところ、潮時である。


「離せよ」


 俺はシャーラブーラの腕を解き、彼から数歩、離れる。


「俺を殺すつもりだな、お前」

「そのつもり以外に、どのようなつもりがある!」

「……そうやって、他の冒険者も殺したのか」


 シャーラブーラの目つきが更に険しくなった。


「俺以外にも冒険者を呼んでたんだろ。一人二人に力を借りたってどうにもならないからな。で、断ったやつをぶっ殺したんじゃないのか?」

「くだらんことを言うな」


 証拠はない。だが、そうしているんだろうなという確信はある。

 こいつらには決して言わないし、そもそもこいつらだって知っているだろうが、プレイヤーは死ねば教会に飛ぶ。ヴェロッジには教会らしき建物はなかったから、別の町の教会まで飛ばされる。そうなりゃ殺されたプレイヤーから話は伝わるはずだ。


「随分とまあ、詰めの甘いことをするんだな」

「お前には関係のないことだ」


 それとも他に意味が、作戦みたいなものがあるんだろうか。秘密を知ったものを捕縛せず、逃がしても構わない何かが。

 いや、考えても詮無いことか。今は自分の身だけを考えよう。


「今は見逃してやる。来い、シャイア」

「兄さんっ」

「シャイアァ! 俺は同じことを二度は言わんぞ」


 シャーラブーラは町に向かって歩いていく。シャイアさんは俺たちの方を何度も振り返り、頭を下げていたが、結局は彼の後を追いかけていった。

 残された俺とキリハリリハは、重たい息を同じタイミングで吐き出す。


「キリハリリハさんは何も聞かされてないんだな」

「口惜しいがの。くそー、マジでわしをハブにしとるんじゃな」

「仕方ないけど、ここまでみたいだ」


 俺を殺そうとしているのはシャーラブーラだけではないだろう。この町の住人、そのほとんどを敵に回すかもしれない。


「主、まさか大人しく殺されるつもりではあるまいな」


 そんな馬鹿な。


「今日の内に大人しく出て行く」

「……それしか、ないか」


 ヴェロッジを発つ。エルフたちに襲われる前に。

 それが一番だ。自分の身を守る為だけなら。


「と、そう思ってたんだけど」

「む?」

「その前にやることやってからここを出てくよ」

「やるとは、何を」


 決まってんだろ。



<2>



 亜人たちによる王都攻めは間もなく始まるのだろう。時間をかけ過ぎてもセラセラ家の態勢が整ってしまう。

 俺に出来ることは、実のところ、あまりない。カチコミかけて『やめろ』と言っても弓矢を構えられて尻の穴を増やされるのがオチだろう。逃げるにしても情報を持ち帰らなくちゃあいけない。でないと、俺がここにいた意味がない。


「わしは反対じゃ」


 そのことをキリハリリハに言ってみた。よくよく考えたら、チクられたら俺の行動が筒抜けになるんだが、彼女なら味方にならなくても、敵には回らないんじゃないかって淡い期待があった。


「逃げるなら一目散に逃げよ。半端な真似はするでない。欲をかけば戦いになる。戦いになれば、無事では済まんぞ」

「出来ることなら説得したいんだけどな」

「無駄じゃ。亜人と人間は交わらんよ」

「俺とキリハリリハさんは? 師弟関係じゃんか」


 キリハリリハは唇を噛んで、頭を掻いた。


「それは、わしが主を敵として相手にしておらんだけじゃ。そうさのう。主はペットのようなものじゃ。弱い生き物を可愛がっておるに過ぎんよ」


 そう言われると、どうしようもなかったりする。実際、力の差はかなり開いているんだし。


「主はエルフを、わしらを舐めておる。少し物事の仕組みを教えてもらったところで、主一人でヴェロッジをどうこう出来るわけなかろうに。それでもやると言うのか」

「ああ」

「エルフを敵に回すつもりか」


 俺は頷く。すると、対面に座っていたキリハリリハの視線が鋭くなる。それだけで俺は息苦しさを感じた。


「ということは、わしを敵に回すつもりか」

「……それは、嫌だ」

「何?」


 他のエルフを百人敵に回しても、キリハリリハを敵に回すのは心情的に避けたい。きついことをされても、彼女は俺の命の恩人であるし、戦い方を教えてくれているのだ。


「出来ればキリハリリハさんには見て見ぬふりをして欲しい。誓うよ。俺はこの町の人に殺されても、この町の人を殺さない。まあ、多少は痛い目に遭わせるかもしれないけど」

「わしは、よく分からん。長く生きてきたが、主のようなやつに会ったのは初めてじゃ。どうにも言えん感情を持て余しておるよ」

「一つお願いしてもいいかな」


 俺は話題を変えてみた。


「買い物を頼みたいんだ。俺じゃあ、この町の人は何も売ってくれないみたいだから」

「武器はダメじゃぞ。警戒されておる」

「それじゃあアイテムと……」


 俺は欲しいものをいくつか挙げた。キリハリリハも、それくらいなら目を瞑ってくれるだろうと判断したのか、首を縦に振った。


「わしが買い物に行っておる間、ここで大人しゅうしておれ」

「分かった」



<3>



 キリハリリハが買い物に行っている間、俺は自分の状態を確かめてみた。



○名前:☆八坂長緒(37)

 種族:人間

 職業:格闘家(30) 剣士(5)



「おお……?」


 かなりレベルが上がっている。やはり、あの森で兄貴たちや、狼王と戦ったのがでかかったか。

 おまけに格闘家のレベルが30に。ってことは、このジョブはマスターしたってことか。正直、さっさと転職したい。この先入手するであろう経験値がもったいない。

 HPなどのステータスも軒並み上昇していた。しかし上昇幅が掴み辛い。ジョブをマスターしたことでボーナスが付与されたのもあるんだろうけど、どういう計算式なんだろうか。



○装備

 頭:

 右手:

 左手:ドーンナックル

 体:エルフの服

 足:剣士の鉄靴

 装飾品:鞘

 装飾品2:



 うーん。装備は貧弱極まりないな。

 今は剣士の胸当てとケトルハットを外して、キリハリリハから借りた服を着ているだけだし。

 特に、グラディウスを失ったのが痛い。俺は基本的に武器をアレしか持っていなかったからな。となると、頼れるのは左手のドーンナックルだけか。

 次にスキルの欄をチェックした時、俺は面食らった。



○スキル

・横薙ぎ、剣の加護、拳の加護、戦意上昇、直視不可曙光、見切りⅡ、赤々とした拳、集気、カウンター、連撃、不惜身命、閃光菖蒲



 ……結構増えてないか?

 新しいのを一個ずつ確認すると、《拳の加護》は《剣の加護》と同じタイプだろう。

《見切りⅡ》ってのは、見切りのスキルレベルが一段階上がったってことだよな。

《集気》は自分のHPを回復するらしく、《カウンター》はパッシブスキルで、相手の攻撃を回避してこっちの攻撃を叩き込むってスキルだ(とはいえ、戦いになれば自然とやっていることでもある)。

《連撃》ってのはいまいちよく分からないが、HPを消費することで自分の隙をなくして、次の行動をやりやすくする、という風にある。雑魚いモンスターで試してみたいところだ。

不惜身命デスペレーション》は自分の攻撃力が上がる代わりに、防御力が下がるそうだ。

 覚えたスキルは格闘家のものがほとんど。身軽なジョブだから系統的にもそういったものばかりだ。

 最後に《閃光菖蒲シネ・ミッスス》だが、これはグラディウスから得たものだろう。相手に、突きでもって大ダメージを与えるとある。突きってことは、剣とか、槍とか、そういうことの可能な武器じゃないとダメなのかもしれない。

 

 ある程度は把握出来た。ただ、スキルスロットも数が限られている。とりあえず剣の加護は外しておいて、あとは全部スロットにつけておくことにした。


「戻ったぞ」


 スキルやステータスを確認していると、キリハリリハが戻ってきた。頼んでおいたものは粗方買ってきてくれたらしい。

 キリハリリハはテーブルの上に買ってきたものを並べていく。


「小瓶ばかり買うてどうするつもりなんじゃ?」

「まあ、色々考えがあってさ。……あと、どうしても武器はダメか?」

「ダメじゃ」

「貸してもくんない?」

「…………訓練用のなら構わん」


 助かる。

 だが、あまり俺に肩入れしては、その後のキリハリリハの待遇に関わってくるだろう。


「キリハリリハさんから盗んだことにしておくよ」

「好きにせい」

「あと、ちょっと色々借りていいか?」

「好きにせいと言うとろうが」


 それきり、キリハリリハは俺と口を利かなくなってしまった。



<4>



 キリハリリハはむっつりと黙り込んでいる。しかし俺が何をやろうとしているのかはじっと見ている。

 俺のやろうとしていることは簡単だ。要は時短である。あの森、最後の最後の場面、兄貴にもう少しで手が届くってところで、俺はカァヤさんに邪魔をされた。


『一々メニューを開いていたら――――』


 これから先、戦いの最中でメニューを開くことが難しくなるはずだ。誰も仲間のいない、俺一人って状況なら尚更である。しかも戦闘中は焦る。メニューをちゃんと操作出来るかどうか分からない。一刻を争う時に、アイテムを取り出そうとして別の項目を呼び出してしまう可能性もゼロではない。

 だったら最初から装備しておけばいい。鞘に得物をしまうように、アイテムも。

 回復アイテムは液体だ。飲んで、回復する。小瓶に入れておけばメニューを開かずともすぐに使えるって寸法だ。回復薬以外にもステータスを向上させるアイテムを瓶に移し替えればいい。幸い、それぞれのアイテムの色は違う。目が潰されない限りは見分けがつくはずだ。

 当たり前だが瓶は地面に落とすと割れてしまうだろう。もしもの時を考えると、もったいないから全部のアイテムを移し替えることはせず、半分程度にとどめておく。瓶はコルクで栓をしてから一つ一つを布で包み、キリハリリハが買ってきてくれたウェストバッグに詰める。

 ウェストバッグはいくつか買ってある。回復薬や攻撃用の魔法石(魔力を注いだ石で、壊れた際に注がれた魔力を暴発させる、小型の爆弾みたいなものらしい)など種類別に使い分けるつもりだ。

 そのバッグは、これまた買ってきてもらった分厚いベルトに取りつけていく。


「よし」


 取りつけた後、ぐいぐいと引っ張って強度を確認してみる。こんなことやるのは生まれて初めてだから心配でしようがない。

 装備が貧弱なのでマントも用意してもらった。俺には大き過ぎたから少し切ってある。ヴェロッジで買ったものだからか緑色をしていた。森のような場所では保護色になってくれるだろう。

 あとは武器だが、これは仕方ない。訓練用のものでどうにかするしかない。それにモンスターを狩るわけじゃない。亜人との戦いも最終手段だ。俺だって叶うなら何事もなくヴェロッジを発ちたいのだ。


「全部借りてくからなー」


 剣。槍。斧。短剣……全て木製で殺傷能力はほとんどない玩具同然の品だが、ありがたく頂戴する。武器は、もらったものを一々全部持ち歩くのは面倒だ。剣と短剣をそれぞれの鞘に納めて(短剣用の鞘も用立ててもらった)ベルトにつり下げることにする。槍や斧などの大きなものはメニューくんに預かってもらおう。


「こんなもんか……?」


 準備は時間をかけるに越したことはないだろうが、既に陽は沈みかけていた。欲張るのもよくないだろうし、エルフの服にごちゃごちゃと色々なものをつけるのもなあ。

 キリハリリハのアドバイスで、鉄製のものはなるべく身につけないことにした。エルフたちは耳もよければ鼻も利くらしい。余計な金属音や臭いで位置がばれるのも面白くない。

 あとは夜を待つだけだ。

 夜になれば、キリハリリハに教えてもらったルートを使い、ヴェロッジを脱出し、グァムシロの森を抜ける。街道に出さえすれば、亜人たちも簡単には追ってこられないだろうというのが彼女の考えである。……実際、どうなるかは分からないが。


「ありがとう、キリハリリハさん」

「ふん、阿呆め。弱いくせに粋がりおって。……まあ、よい。わしが主の最後の晩餐を用意してやろうかの」

「頼むよ。あ、肉がいいな」

「たわけ」


 言いつつ、キリハリリハ曰く『最後の晩餐』には、肉料理が多く並んだ。

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