第1章 木叢の町《ヴェロッジ》
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どうしてこういうことになってんのかなあなんて嘆く余裕はない。やると決めたんなら今は迷うな。
エルフの爺さんが俺から離れたと同時、周りにいるエルフたちが矢を放った。
「こええな!」
矢が頭の上を、俺のすぐ横をすり抜ける。
だが、俺には当たらない。《見切り》のスキルレベルも上がっているらしく、回避するだけならどうにでもなる。あの森での戦いが俺を鍛えて強くしたらしい。弓兵に囲まれてるってんのに、そこまでの絶望を感じられないのだ。
だが、離れて撃たれてるだけなのはやばい。前に。前に出ろ。距離を詰めろ。
ビビる体に鞭打って、俺は姿勢を低くする。そうして地面を強く蹴りだした。
「速いぞ、こいつ……!」
身体能力が上がっている。
体が軽い。夜目も利く。俺はこの世界に順応してしまっている。溺れるな。上せるな。俺は兄貴とは違うんだ。
「逃がすかよ!」
離脱しようとしたエルフの弓兵を捕まえて、殴り倒す。彼の弓を奪い、矢筒を取り上げる。しかし使い方が分からない。
俺を狙った矢を筒で受け、木の幹に姿を隠す。息を一つ吐き、森を見回す。
逃げたい。でも俺はこの森に来るのが初めてだ。闇雲に逃げ回っても駄目だろう。ヴェロッジのエルフたちはここを知り尽くしているに違いない。
どすどすと、幹に矢が突き刺さる。風を切る音が俺を急かした。メニューを開いて、習得したであろうスキルなどを確認したいが、そんな時間はもらえないだろうな。
俺は物陰から飛び出した。矢が肩を掠め、腹に刺さる。刺さったものはそのままに、一番近くにいたエルフを狙って突き進む。
「お前らっ、王都攻めるなんてやめろよ!」
「人間に何が分かる!」
エルフはバックステップで距離を取る。その際、風が吹いた。その風に乗るかのようにして、エルフは数メートルほど後ろへ下がる。
距離が空けば、エルフは矢を放ち、
「それもか!」
風の魔法をも撃ってきた。
弓だけじゃないのかよ! 俺は両腕で頭を庇い魔法を喰らう。ダメージは受けたが致命的な一撃じゃない。
体勢を整えて周囲に目を向ける。エルフたちはそれぞれが俺から距離を取り、得物を構えていた。
「お前らが城落として、そんでどうするんだよっ」
「決まっている」
若いエルフが俺をねめつけてくる。
「新しい国を作るんだ。俺たち、亜人と呼ばれるものが生きやすい世界の為にな」
「その為に人を殺すのかよ」
「俺たちはそうされたのだ!」
慟哭。同時、九つの矢が俺に飛来する。躱そうとしたが、矢にも風の魔法が乗っていたのだろう。速度は先よりも速く、見誤った俺はぶすぶすと矢を受けまくってしまう。
怯みはしない。
「殺されて殺して、そうやって作った国はまた殺されるだけだぞ!」
「冒険者風情が知った風なことを!」
「俺を呼んだのはお前らだろ!」
「うっ、なんだ?」
夜の闇を、俺の《直視不可曙光》が切り裂いた。俺をねめつけていた連中は皆、無灯状態に陥る。
俺はその間に走り寄って距離を詰め、近い順にエルフを殴る。
「くそがっ、構うな! 撃て!」
「囲め囲め!」
やってみろ!
「双方、そこまでにしておけ」
あ?
子供の声が聞こえたかと思ったら、さっきまで怒り心頭っぽかったエルフたちが、俺を無視して声のした方に目を向ける。
「猛るな猛るな。主らが騒がしくしよるから、月明かりを食んでおった蟲どもも、ほれ、いなくなってしもうたではないか」
そう言って木の陰から現れたのは、ちっちゃいガキだった。
クソ生意気そうなガキだった。
そいつは白っぽい金髪をポニーテールにしてだらりと下げている。肌は褐色だが、耳がとんがっているし、周りのエルフどもと似たような格好でサンダル履きだ。間違いなくこいつもエルフだろう。
幼稚園児くらいの男かも女かも分からないガキが、俺たちを偉そうに見上げている。
「なんだよ、こいつは」
俺の呟きに反応し、エルフたちが『馬鹿っ』とか『知らないぞ』とか口々に言った。
「……ほほーう」
ガキは俺に近づくと、にんまりと笑った。
「主が呼ばれたのか。なるほどなるほどのう」
「だから、いったいなんだってんだよ」
仕方なそうに溜め息を吐くと、エルフの爺さんがガキを見てやれやれと言った風に首を振った。
「ご隠居様、今は我らの存亡がかかった時ですぞ。戯れに首を突っ込んでもらっては困るのです」
「隠居……?」
このガキが?
というか、この中で一番歳を食って偉そうな爺さんが、このクソガキにへりくだっているってどういう理屈だこりゃ。
「黙らんかサンシチ。わしがどこで何をしようが、主らには関係なかろう」
「……今は、わしがヴェロッジの長なのをお忘れか」
なんか。
俺と全く関係ないところでヒートアップしてきたな。
「おい。いいか、いいかって。あのさ、いいから、俺はお前らがキャラウェイ襲うとか言ってるうちはな」
「黙っとれ小僧が」
「ん?」
ご隠居とか呼ばれているガキがこっちに向き直った。
俺は何故だか、地面に倒れていた。
「は……?」
何? なんだ。何をされたんだ、俺は。
立ち上がろうとしても体に力が入らねえ。
「あああああああもおおおおおお、ご隠居のせいでメチャメチャだ!」
「な、なんじゃと」
「その冒険者どうするんですか、長」
「ううむ」
「ご隠居に引き取ってもらいましょうよ」
「なんじゃと? 主ら、わしを使い走りにするつもりかえ」
「いや、もうそれくらいしか無理ですって」
「夜の森に置いていくのも、なんか可哀想になってきたしな」
「人間だぞ。殺さなくていいのか」
「そのあたりも含めてご隠居に任せましょう」
「主らなーっ、主らなー!」
あっ。
まただ。なんかすげえ嫌な予感がする。俺の知らないところで、俺の生殺与奪が。
<7>
「ん、んんんー! んんー!」
ハッと目が覚めた時、俺は猿轡をかまされ、両手を紐でぐるぐる巻きにされ、冷たい木の床の上に転がされていた。
視界は最高に悪い。辺りは真っ暗だ。ここは、どこだ。
「おう、起きたか」
扉の向こうから声がした。
俺は必死で助けを求める。
「んー! んー!」
「なんじゃ。何を言うとるか分からんの」
ふざけんなコラァ!
「よう分からんが、ここはヴェロッジ。亜人の町よ。そして主がおるのは町の牢じゃ。見張りはわし。どうじゃ。話は簡単じゃろ」
いてえってほどよく分かったよ。何べん捕まったら気が済むんだ俺は。
しかし、そうか。道理で狭いと思ったぜ、この場所。寝返りもろくに打てやしねえ。
「動かんと約束するなら、猿轡だけは解いてやらんでもない」
「んー! んー」
俺は何度も何度も頷いた。
「え。今なんと言ったんじゃ。わしには何も分からん」
あっ。
この声、あのクソ生意気なクソガキか! ちくしょう絶対分かって言ってやがる。
その後、しばらくの間『んーんー』唸り続けていると、きいいと木製の扉が開かれた。
「呵々。頭は冷えたかのう」
クソガキをねめつける。やつはそんなことを意にも介さず、俺の猿轡を解いた。
これで少しは楽になった。ゆっくりと呼吸して、ごろりと仰向けになる。
「俺はどうなるんだ」
「さあのうー。簀巻きにして川に流してやろうか。塩胡椒を振って獣の巣の前に置いてやろうか」
「じょ、冗談だよな」
「冗談じゃ。調味料がもったいない」
こいつ……。
「さて」と言って、クソガキは俺の腹の辺りに座り込んできやがった。
「マジでどうしたものかのう。主はどうしたい?」
「縄ぁ解けよ」
「ほう、それで」
「決まってんだろ。お前らを止めるんだよ」
戦争なんて起こしてたまるかよ。
「正義感の強いやつじゃのう。英雄気取りかえ」
「違う。もしかするとだけど、今起ころうとしてるのは身内の不始末だ。だったら俺が止めなきゃダメなんだ」
「身内、のう」
考え事をするのはいいけど、俺の上から退いてくれ。
「主よ。エルフに拳だけで向かっていったのは何故じゃ」
「は?」
「は、ではない。わしの問いに答えんか」
ぺしんと額を叩かれた。
「……何故って。武器がなかったからだよ。それだけだ」
「わしが聞いておるのはそういうことでは……まあ、よいか。少し面白いかもしれんな、主。久方ぶりに血が騒ぎよるわ」
クソジャリは俺から飛び退き、すぐ傍に屈み込んで、にっと歯を見せて笑った。
「わしが鍛えてやろうか」
「は、あ?」
「はあ、ではない」
俺はまた額を叩かれた。




