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第1章 木叢の町《ヴェロッジ》

<6>



 どうしてこういうことになってんのかなあなんて嘆く余裕はない。やると決めたんなら今は迷うな。

 エルフの爺さんが俺から離れたと同時、周りにいるエルフたちが矢を放った。


「こええな!」


 矢が頭の上を、俺のすぐ横をすり抜ける。

 だが、俺には当たらない。《見切り》のスキルレベルも上がっているらしく、回避するだけならどうにでもなる。あの森での戦いが俺を鍛えて強くしたらしい。弓兵に囲まれてるってんのに、そこまでの絶望を感じられないのだ。

 だが、離れて撃たれてるだけなのはやばい。前に。前に出ろ。距離を詰めろ。

 ビビる体に鞭打って、俺は姿勢を低くする。そうして地面を強く蹴りだした。


「速いぞ、こいつ……!」


 身体能力が上がっている。

 体が軽い。夜目も利く。俺はこの世界に順応してしまっている。溺れるな。上せるな。俺は兄貴とは違うんだ。


「逃がすかよ!」


 離脱しようとしたエルフの弓兵を捕まえて、殴り倒す。彼の弓を奪い、矢筒を取り上げる。しかし使い方が分からない。

 俺を狙った矢を筒で受け、木の幹に姿を隠す。息を一つ吐き、森を見回す。

 逃げたい。でも俺はこの森に来るのが初めてだ。闇雲に逃げ回っても駄目だろう。ヴェロッジのエルフたちはここを知り尽くしているに違いない。

 どすどすと、幹に矢が突き刺さる。風を切る音が俺を急かした。メニューを開いて、習得したであろうスキルなどを確認したいが、そんな時間はもらえないだろうな。

 俺は物陰から飛び出した。矢が肩を掠め、腹に刺さる。刺さったものはそのままに、一番近くにいたエルフを狙って突き進む。


「お前らっ、王都攻めるなんてやめろよ!」

「人間に何が分かる!」


 エルフはバックステップで距離を取る。その際、風が吹いた。その風に乗るかのようにして、エルフは数メートルほど後ろへ下がる。

 距離が空けば、エルフは矢を放ち、


「それもか!」


 風の魔法をも撃ってきた。

 弓だけじゃないのかよ! 俺は両腕で頭を庇い魔法を喰らう。ダメージは受けたが致命的な一撃じゃない。

 体勢を整えて周囲に目を向ける。エルフたちはそれぞれが俺から距離を取り、得物を構えていた。


「お前らが城落として、そんでどうするんだよっ」

「決まっている」


 若いエルフが俺をねめつけてくる。


「新しい国を作るんだ。俺たち、亜人と呼ばれるものが生きやすい世界の為にな」

「その為に人を殺すのかよ」

「俺たちはそうされたのだ!」


 慟哭。同時、九つの矢が俺に飛来する。躱そうとしたが、矢にも風の魔法が乗っていたのだろう。速度は先よりも速く、見誤った俺はぶすぶすと矢を受けまくってしまう。

 怯みはしない。


「殺されて殺して、そうやって作った国はまた殺されるだけだぞ!」

「冒険者風情が知った風なことを!」

「俺を呼んだのはお前らだろ!」

「うっ、なんだ?」


 夜の闇を、俺の《直視不可曙光》が切り裂いた。俺をねめつけていた連中は皆、無灯状態に陥る。

 俺はその間に走り寄って距離を詰め、近い順にエルフを殴る。


「くそがっ、構うな! 撃て!」

「囲め囲め!」


 やってみろ!


「双方、そこまでにしておけ」


 あ?

 子供の声が聞こえたかと思ったら、さっきまで怒り心頭っぽかったエルフたちが、俺を無視して声のした方に目を向ける。


「猛るな猛るな。主らが騒がしくしよるから、月明かりを食んでおった蟲どもも、ほれ、いなくなってしもうたではないか」


 そう言って木の陰から現れたのは、ちっちゃいガキだった。

 クソ生意気そうなガキだった。

 そいつは白っぽい金髪をポニーテールにしてだらりと下げている。肌は褐色だが、耳がとんがっているし、周りのエルフどもと似たような格好でサンダル履きだ。間違いなくこいつもエルフだろう。

 幼稚園児くらいの男かも女かも分からないガキが、俺たちを偉そうに見上げている。


「なんだよ、こいつは」


 俺の呟きに反応し、エルフたちが『馬鹿っ』とか『知らないぞ』とか口々に言った。


「……ほほーう」


 ガキは俺に近づくと、にんまりと笑った。


「主が呼ばれたのか。なるほどなるほどのう」

「だから、いったいなんだってんだよ」


 仕方なそうに溜め息を吐くと、エルフの爺さんがガキを見てやれやれと言った風に首を振った。


「ご隠居様、今は我らの存亡がかかった時ですぞ。戯れに首を突っ込んでもらっては困るのです」

「隠居……?」


 このガキが?

 というか、この中で一番歳を食って偉そうな爺さんが、このクソガキにへりくだっているってどういう理屈だこりゃ。


「黙らんかサンシチ。わしがどこで何をしようが、主らには関係なかろう」

「……今は、わしがヴェロッジの長なのをお忘れか」


 なんか。

 俺と全く関係ないところでヒートアップしてきたな。


「おい。いいか、いいかって。あのさ、いいから、俺はお前らがキャラウェイ襲うとか言ってるうちはな」

「黙っとれ小僧が」

「ん?」


 ご隠居とか呼ばれているガキがこっちに向き直った。

 俺は何故だか、地面に倒れていた。


「は……?」


 何? なんだ。何をされたんだ、俺は。

 立ち上がろうとしても体に力が入らねえ。


「あああああああもおおおおおお、ご隠居のせいでメチャメチャだ!」

「な、なんじゃと」

「その冒険者どうするんですか、長」

「ううむ」

「ご隠居に引き取ってもらいましょうよ」

「なんじゃと? 主ら、わしを使い走りにするつもりかえ」

「いや、もうそれくらいしか無理ですって」

「夜の森に置いていくのも、なんか可哀想になってきたしな」

「人間だぞ。殺さなくていいのか」

「そのあたりも含めてご隠居に任せましょう」

「主らなーっ、主らなー!」


 あっ。

 まただ。なんかすげえ嫌な予感がする。俺の知らないところで、俺の生殺与奪が。



<7>



「ん、んんんー! んんー!」


 ハッと目が覚めた時、俺は猿轡をかまされ、両手を紐でぐるぐる巻きにされ、冷たい木の床の上に転がされていた。

 視界は最高に悪い。辺りは真っ暗だ。ここは、どこだ。


「おう、起きたか」


 扉の向こうから声がした。

 俺は必死で助けを求める。


「んー! んー!」

「なんじゃ。何を言うとるか分からんの」


 ふざけんなコラァ!


「よう分からんが、ここはヴェロッジ。亜人の町よ。そして主がおるのは町の牢じゃ。見張りはわし。どうじゃ。話は簡単じゃろ」


 いてえってほどよく分かったよ。何べん捕まったら気が済むんだ俺は。

 しかし、そうか。道理で狭いと思ったぜ、この場所。寝返りもろくに打てやしねえ。


「動かんと約束するなら、猿轡だけは解いてやらんでもない」

「んー! んー」


 俺は何度も何度も頷いた。


「え。今なんと言ったんじゃ。わしには何も分からん」


 あっ。

 この声、あのクソ生意気なクソガキか! ちくしょう絶対分かって言ってやがる。

 その後、しばらくの間『んーんー』唸り続けていると、きいいと木製の扉が開かれた。


「呵々。頭は冷えたかのう」


 クソガキをねめつける。やつはそんなことを意にも介さず、俺の猿轡を解いた。

 これで少しは楽になった。ゆっくりと呼吸して、ごろりと仰向けになる。


「俺はどうなるんだ」

「さあのうー。簀巻きにして川に流してやろうか。塩胡椒を振って獣の巣の前に置いてやろうか」

「じょ、冗談だよな」

「冗談じゃ。調味料がもったいない」


 こいつ……。


「さて」と言って、クソガキは俺の腹の辺りに座り込んできやがった。

「マジでどうしたものかのう。主はどうしたい?」

「縄ぁ解けよ」

「ほう、それで」

「決まってんだろ。お前らを止めるんだよ」


 戦争なんて起こしてたまるかよ。


「正義感の強いやつじゃのう。英雄気取りかえ」

「違う。もしかするとだけど、今起ころうとしてるのは身内の不始末だ。だったら俺が止めなきゃダメなんだ」

「身内、のう」


 考え事をするのはいいけど、俺の上から退いてくれ。


「主よ。エルフに拳だけで向かっていったのは何故じゃ」

「は?」

「は、ではない。わしの問いに答えんか」


 ぺしんと額を叩かれた。


「……何故って。武器がなかったからだよ。それだけだ」

「わしが聞いておるのはそういうことでは……まあ、よいか。少し面白いかもしれんな、主。久方ぶりに血が騒ぎよるわ」


 クソジャリは俺から飛び退き、すぐ傍に屈み込んで、にっと歯を見せて笑った。


「わしが鍛えてやろうか」

「は、あ?」

「はあ、ではない」


 俺はまた額を叩かれた。

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