サイドストーリー
<1>
去冬、ホワイトルートに積もった雪が融け始めた頃、私は町を発つことを決めた。
旅には慣れている。病がちだった母が亡くなったのはつい最近だが、母につきっきりだったわけではない。時には霊験あらたかな薬を手に入れる為、別の大陸に渡ったこともあった。もっとも、その薬が使われることはなかったのだが。
私が生まれ育ったのは山間の寂れた村である。御大層な名前などない。住人も『村』としか呼んでいなかった。生活は貧しかっただろうが比較する対象もなかったので、私は特に不自由を覚えなかった。その生活が全てで、当たり前だと思っていたからだ。実際、外界に触れてもその考えは大して変わらなかった。
故郷の村は好きでも嫌いでもなかったが、山を二つ越えると《ニベ山》と呼ばれる、ここいらでも背の高い山に入る。ここから見える景色は好きだった。
ビュリャジリャドゥドゥメの森から飛び立つ鳥、港町へ降り立つ海鳥が見える。
ホワイトルートはセントサークルという大陸と地続きになっている。もともとは二つに分かれていて、いつしか一つにくっついたのだと聞いたことがある。とはいえ自由に行き来できるわけではない。二つの大陸はストトストンでも一二を争う面積を誇る、ビュリャジリャドゥドゥメの森に阻まれている。この森には柱が聳えており、神域として人々は自発的に近寄らない。近づくことも制限されている。
セントサークルへ行くにはもっぱら船を使う。ぐるりと迂回するわけだが仕方ない。眼下のフィッシュマウスは大きな港町だ。セントサークルだけでなく、他の大陸への便もある。……そうだな、私も船に乗り、セントサークルへ行くとしよう。フィッシュマウスへ行く前に、セリアックに寄ってハシラサマに安全を祈願するのも悪くはない。何せ一人なのだ。私を縛るものはない。路銀に余裕があるわけではないが、時間ならたっぷりと残っている。時間は有限で、平等だ。目的のない一人旅など、セラセラの王とて中々味わえない贅沢だろう。
私はフードを被り直し、慣れ親しんだ景色に背を向ける。ふと、近くの木に鳥が止まった。私を警戒していないのか、こちらに目もくれようとしなかった。
鳥は自由だと人は言うけれど、彼らとて年がら年中飛び回っていられるわけではない。空には空で天敵がおり、地べたを這う我々と同じようなものなのだ。
(とある冒険者の手記より抜粋)
<2>
そういえば、王都へは最近行っていなかった。
まあ、ごみごみしているだろうし、行ったところで何か起こるわけでもなし。ただ、あの石畳は未だに覚えている。きれいに並べられた、出っ張りのない平べったい地面は新鮮だった。
水の音。冒険者と住人の奏でる喧騒。遠くに見える王城。そのどれもがきちんと記憶に残っている。人の造ったものとて、自然に勝るとも劣らないのだ。
しかし私は生粋の田舎者である。キャラウェイには一週間ほど滞在していたが、あすこの空気はどこか肌に合わなかったようにも思う。酒も飯も美味かったが、そこで出会った人には温かみがなかった。特に女が。そんな気がする。……気のせいだろうか。
(ある冒険者の手記より抜粋)
<3>
あれはなんだったのかって? 俺だって聞きてえよ。
ただ、あの夜は今でもよく覚えてる。夢にだって見るくらいだ。たぶん、この先ずっと忘れねえんだろうなって思う。
町をぶっ壊して、塔をぶっ潰して、危うく姫さままで踏んじまう勢いで。
出てきたのはそりゃああれだ。でっけえ木の巨人さ。人間みてえに手があって足もあった。顔だってあったんだ。あのヤローにんまり笑ってて不気味だったぜ。お月さんを背中にしてよ、化け物中の化け物だ。あん時ゃ全部何もかんもダメだと思ったね。ああ。間違いなく。でもまあ何とかなるもんだな。俺たちだってやれば出来る。やってやれないことなんてそうはないってね。
俺?
俺はその時もちゃあんと仕事をしてたぜ。物陰からあのヤローを見張ってたんだ。え? だってしようがねえだろう、逃げてたわけじゃねえんだ。何せ仕事場の塔が壊されちまったからな。仕方なくだよ、仕方なく。皆は嘘だって言うけど、俺ぁ仕事熱心なもんでよ。
(キャラウェイ城、見張り役の兵士の証言の一部を抜粋)
今後、またなんか増えたりするかもしれません。




