第1章 始まりの町《セルビル》Ⅴ
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俺は町の外に出た。道すがら、いくつか気になったことが思い浮かんだ。
まず、俺以外のプレイヤーが存在しているのかどうかである。俺と同じような状況に陥ったやつだが、たぶん、数は少ない。もしくは全くいないはずだ。
だったら普通にこのナナクロをプレイしているやつがいるのかどうかって話だけど、残念ながら見当たらない。さっきギルドにいた冒険者らしき連中だが、ステータス画面を見ようとしてもダメだった。名前しか表示されなかったし、話しかけてもいまいち要領を得ていない様子だった。プレイヤーではなくNPCに違いない。
俺はこのゲームの初心者だ。他のMMORPGは何本かプレイしたことがあるから大雑把なところはどうにでもなる。だけど、細かい部分は苦労するかもしれない。慣れているやつに手助けして欲しいところだが、クソゲーだからな。過疎ってても仕方がない。
もう一つ。
俺の体のことだ。こっちの世界とあっちの世界の時間はリンクしているが……たとえば、日本で骨折してたらこっちでも骨折したままなのか。その逆はどうなのか。これも今すぐ試そうとは思えない。
HPが0になった場合だが、これは早い話『死亡』を意味する。メニューのヘルプで見た限り、ナナクロじゃプレイヤーが死んだら『教会』に飛ばされるらしいが、そいつはあくまで普通のプレイヤーの話だ。俺の場合はどうなるか分からない。これも試そうと思わない。
ともかく、俺もこのゲームを進めていくしかないみたいだ。
兄貴は数か月前にこのゲームをプレイしていた。ってことは、もっと先のエリアにいる可能性が高い。セルビルは『始まりの町』って呼ばれているらしいし、レベルの上がったプレイヤーはこんな田舎町に長居しないだろう。
じれったい話だが、先を急ぐと俺だって危ない。ミイラ取りがミイラになっちまうのは最悪だ。当分はセルビルを拠点に、この世界に慣れることにしよう。レベルも上げて、金も稼いで装備やアイテムを整えたいし、情報だって集めなくっちゃあならない。あれ? なんか普通にこのゲームをやらなくちゃいけないのかよ?
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『ひゃっほう! やったぜ、あなたはレベルアップしました』
町の外の草原でニードルボアを何匹か倒した後、メニューがちゃちなファンファーレを鳴らした。なんか前回の時とテキストが変わっている気がするが、またレベルが上がったらしい。俺のレベルはこれで3になった。各種ステータスは上がったかもしれないが、全くと言っていいほど実感はない。
『冒険者の職業レベルがアップしました』
メニューくんのテンションがまた上がった。
って、はあ?
なんだ、それ。職業のレベルも上がるのかよ。なんだよ、そんなの聞いてなかったぞ。
『ワンハンドソードのレベルがアップしました』
はああ?
なんだよそれ! 武器のレベルも上がるのかよ! だから聞いてねえって!
嬉しいけどもっと早く誰かに教えて欲しかった。俺は急いでメニューを呼び出してヘルプを確認する。
あっ、項目が増えてやがる。『NEW!』 じゃねえよ。なんでだよ最初っから書いといてくれよ。やべえなこのゲーム。今後も後出しで何かを仕掛けてくる気満々じゃねえか。
ヘルプを一読した限りではこうだ。
まず、職業に就けば戦闘で得た経験値によってレベルが上がり、ボーナスをもらえるらしい。スキルという特殊能力っつーか必殺技を習得したり、ステータスが上がったり。基本的には各ジョブの最高レベルは30だそうだ。
ジョブには種類があるが、ヘルプではほとんど公開されていなかった。しかし見当はつく。大方、剣士やら魔法使いやら弓兵やら、そんなところだろう。
俺の現職、冒険者は初期ジョブらしく、ろくなボーナスを得られそうにない。しかし冒険者レベルを最大にしないと転職できないらしい。ハナっからプレイヤーを縛ってんじゃねえよ。……となると、いわゆる上位のジョブも存在するんだろうな。
「つーかどうやって転職すんだよ」
今は仕方ない。冒険者のレベルがマックスになれば、また何か分かるだろう。
次に武器についてだ。
武器にも熟練度というものが存在し、これまた経験値によってレベルがアップする。レベルが上がれば武器固有のスキルを習得できるらしい。
ということは、色んな武器を使えば色んなスキルが使えるようになるってことか。クソゲーのくせに色々詰め込みやがって。
分かった。
とりあえずジョブと武器についてはある程度分かった。
やっぱりナナクロもMMOなんだよな。つまるところ、経験値を入手して数字を増やしていくゲームなんだ。レベル上げの作業は嫌いじゃないけど、ナナクロでの俺の目的はそれじゃない。レベル上げは、兄貴を見つけるという目的の為の手段だ。
「……けど、あとちょっとだけ猪をしばいていこう」
猪の針は既に必要な分だけドロップしていたが、俺はニードルボアを追いかけることにした。
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現在時刻は『18:40』。
俺はギルドに戻り、カウンターのプロエさんに猪の針をきっちり五個渡した。
「はい、お疲れさま。報酬はこっちね」
カウンターの上に報酬の500ゴールドが置かれる。
俺たちプレイヤー(他のやつを見てないから恐らくだが)は、金や特定のアイテムを光に変えて、そいつをメニューの中に入れて持ち運べる。
プロエさんたちのようなNPC(これも俺にとっては違和感のある呼び方ではあるが)は普通に金を袋に入れたり、大金の場合は宝石に換えたりして持ち運んでいるそうだ。
ゲームの中って分かってるはずなのに、ゲームっぽい要素には未だ慣れない。気にしないのなら、ただただ便利な機能なんだけどな。
「ところで、兄貴のことは分かりましたか」
「ああー、それねえー」
プロエさんの反応はいまいちなものだった。
「『八坂剣爾』って冒険者は存在しないのよ。探したんだけど見つからなかったの」
「マジすか……?」
兄貴がいない? ナナクロをプレイしていない? この世界には存在しない? じゃあ、なんだよ。無駄足っつーか、俺のやろうとしてることって無駄以外の何物でもないのか?
「名前、間違ってない?」
「流石に兄貴の名前を間違えたりは……」
あ!
そうか。名前だ、名前! ハンドルネームだ!
昨日、俺はカードを発行する為に名前や職業を書類に記入した。しまった。俺は思いっきり本名を書いちまったが、そこで書いたものがゲーム内でのプレイヤーの名前になるんだ。
俺だってMMORPGをする時は本名で登録しない。兄貴も本名の『八坂剣爾』ではなく、別の名前にしているんだろう。そうでなきゃ困る。つーか今困ってる。俺は本名でこのゲームをやる羽目になっているのか。
「あのう。名前って変えたり出来ません?」
「え? えーと、ちょっと私には分からない、かな?」
「あ、そうですか……」
いや、前向きに考えよう。兄貴が俺の名前をこの世界のどこかで目にしたり、耳にするかもしれない。そうすりゃあ向こうから接触してくる可能性も出てくる。このまま本名プレイを通そう。
兄貴のナナクロでの名前は、ノートパソコンの履歴あたりを探ってみるか。どっかにメモを残してる可能性もゼロではない。
「えーと、なんかごめんね。あんまり役に立てなかったみたいで」
「いや、大丈夫っす。兄貴のことはまた何か分かったらお願いするかもしれませんけど。とりあえず、俺はもう少しこの町にいるつもりです」
「そう? 人を探してるなら王都の方に行けば捗るかもよ?」
王都。
そういや宿屋のおかみさんも言ってたな。確かに、セルビルよりかは人が多いだろうし、俺以外のプレイヤーもいるかもしれない。
「王都って、ここからどれくらいかかります?」
「乗り合いの馬車で三日くらいじゃないかしら」
三日……本当に三日もかかるんなら結構やばそうだな。俺がナナクロの世界にいる間、地球の俺は失踪しているも同然だ。兄貴に続いて俺までいなくなったら母さんが倒れちまう。長時間のプレイは厳禁だ。平日は学校もある。丸三日どころか、24時間ぶっ続けでこっちにいることも難しい。
馬はあるらしいが、今の俺の手持ちではナナクロでの『足』はどうにもならないだろう。
先に進みたいが現実を蔑ろには出来ない。長距離の移動や、長時間のクエストはなるべく避けて通りたいところだ。ただ、いつまでもセルビルにいるわけにもいかない。いつかはこの町を発たなくちゃ意味がないんだ。
ちくしょう悩ましいな。
まあ、考えていてもしようがないことだ。今日はまた宿屋に泊まって、部屋でログアウトしておこう。
一瞬、金が勿体ないから適当な場所でログアウトしてもいいんじゃね? と考えたが、実は宿屋に泊まるかアイテムを使わないとHPが回復しないことに気づいてしまった。拠点にするって決めたんだし、あの宿屋に戻ることにしよう。今晩からは連泊にしておこうか。一日100ゴールドなら余裕で稼げるしな。
というわけで、俺は宿で部屋を借りた。……おかみさんの機嫌は悪かったが。
ログアウトする前、ついついニードルボアを狩って経験値を稼いでしまったのは仕方のないことだと思う。