第1章 民にはパンと見世物をⅢ
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くそ、結構時間が経ったぞ。まだ終わらねえのか。
奴隷側はだいぶ数が減っている。死んでるのかどうかすら分からない。倒れて動かないやつばかりだ。
プレイヤー側もそうだ。何せスィランが暴れ回ったから、並の連中はデスペナ喰らって根こそぎ教会に飛んでった。
「……ふう、さすがに疲れちまうな」
「おい、ヤサカ!」
また一人プレイヤーを倒したところでスィランが俺の後ろを指差した。いつの間に距離を詰めたのか、和装の若い男が刀を振り下ろそうとしていた。
忍者か何かかよ。まずいと思ってヘリオスソードの腹で防ごうとしたが、相手のが速い。やべえこんなところでやられるのかよ。
「ごあっ……!?」
俺の剣も、和装の男の剣も空ぶった。
横合いから飛び出してきたやつによって、男がダメージ喰らって後方へと吹き飛んだのだ。
「悪い、助かった!」
俺はぎょっとする。俺を助けてくれたのは、黒いフードとマントを着た小柄なやつだった。そいつは奴隷じゃない。名前の表示からしてプレイヤーだった。……プレイヤー同士で潰し合ったのか?
その黒ずくめのやつは、何も言わないで別の冒険者を狙い始める。どうやら、そういう趣味のやつらしい。
「たまたま助かったみたいだ」
「運が良かったな」
タイミングよく、観客席のどこかからラッパの音が響く。次いで打楽器などの音もだ。プレイヤーも奴隷も、残っているものは全員が動きを止めた。どうやら、今のが終わりの合図だったらしい。
「運がいいやつは強いやつよりも長く生き残る。どうやら、死神はあんたから興味をなくしちまったらしい」
「死神?」
どっちかというと、死神はお前だろ。
「もっと怖いのが隣にいたからかもな」
「上手いこと言うじゃねえか」
スィランはじっとりとした目つきのまま、俺の肩を殴った。
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ともかく団体戦は終わってくれた。
アリーナで倒れている人たちは、奴隷、冒険者問わず兵士たちにどこかへ運ばれていく。そういや、回復魔法が使えるやつがいるとか言ってたな。ちゃんと治してもらえるんだろうか。
「ほら、手ぇ上げろよ。観客にあんたの顔を覚えてもらえ」
スィランは、俺たちが出てきた地下通路に向かいながら、観客席を見上げている。
「知ってるか、この闘技場も闘技大会もフェネルとかいうやつが来る前からやってたんだぜ」
「どれくらい前からやってんだろうな」
「少なくともスィランが生まれる前からだろうな。……冒険者が参加するようになったのはフェネルが来てかららしい」
ろくなことしねえな、あの家系の姫さまは。
俺たちは地下へ戻ろうとしたが、一応、俺を助けてくれた黒ずくめのやつが気になった。冒険者側のゲートの方に、そいつの姿が見えたので少しだけ安心する。あいつにはそのつもりがなかったかもしれないけど、助けられたことに変わりはない。
その後、俺たちは手錠を外されて手枷をはめられて通路を歩かされたり武器を持ち込んでいないか身体検査を受けたりした。
そうして、控え室にある木製の長椅子に座らされる。試合が始まる前より奴隷の人数が減っていた。
俺たちの前には歳を食った兵士が立つ。
「思ったより残ったな。予選もこれで五回目だ。数も絞られたはずだ、明日からも死なないようにハシラサマに祈るんだな」
はあ?
「あ、明日もあんのかよ」
「お前らの仕事だろうが。さあ立て、お前らの家に帰してやるよ」
俺たちはまた、あの宿舎に戻ることとなった。つーか、あそこから出られるのかどうかも分からなくなってきたな。
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俺とスィランは小部屋に戻された。スィランは手枷を外されたが、俺はそのままだった。
「なあ、スィラン」
「……手枷か?」
俺は頷く。スィランはやれやれと言った風に首の骨を鳴らして、立ち上がった。
「今日から飯が出る。明日からは個人戦が始まるからな」
「そうなのか……」
「あんたの分の飯をよこせよ。それで手枷をどうにかしてやる」
俺はログアウトすれば食べるものには困らない。
「分かった、頼む」
スィランはあっという間に手枷を壊して、木の板や鉄の錠を手の中で粉々に砕いてしまう。
「ありがとう。なあ、お前もそうだけどさ、連れてこられた人たち、みんな抵抗しなかったよな。逃げようとも思わなかったのかな」
「スィランは売られた。だが、奴隷の中には自分で自分を売ったものもいる。他に売るものがないからだ。戦って見せ物になることしか出来ないやつだって、この世界にはごまんといるのさ。勝ち続けりゃいいものが手に入るって、前にも言ったろ」
「そういう、もんなのか」
「あんた、アレだな。今まで生きてきて、身近に死がなかったんだな。人の命なんて案外安いぜ。何せ金で売り買いできるんだからな」
ストトストンのことが少し分かったかと思えば、また分からなくなる。俺には理解しがたい価値観なのは確かだ。
「優しいんだな。あんたのそういうところは安い商売女に受けると思うぜ。アリーナの上じゃあ腰抜けでも、ベッドの上じゃあ人気が出るかもな」
「お前……マジで口悪いな」
こいつと話していると辟易としてくる。俺は壁に背中を預けて目を瞑った。まだ晩飯にも早い時間だ。ログアウトするにも早いが、かと言ってここでじっとしておくのもな。
「スィランは別に口が悪いわけじゃない。本当のことを言ってるだけだ。あんたが本当のことを受け入れられないだけだろ。違うか?」
「うるせえな。……ん?」
スィランの頬や太ももに、痣のようなものが浮かび上がっていた。赤黒い、みみずがのたくったような痕だ。
「おい、怪我でもしたのか?」
「……? ああ、やっぱり出ちまったか」
そう言って、スィランは痣のようなものを指でなぞる。
「気にするな。別に悪いもんじゃねえよ。それより、スィランの肌をじろじろ見るんじゃねえ」
「そりゃ悪かったな。お前も一応女だったっけ」
「とびきりの美人だろ?」
やたら戦い慣れしてるけどな。
「そういやスィラン。お前はここに来る前はどこにいたんだ? 売られたとか言ってたけどさ」
「スィランは《セントサークル大陸》にいた。ホワイトルートとは地続きになっているところだ。……住んでたのはつまらない村だったが、静かで、スィランは好きだった」
スィランは土くれで出来た壁を指でつまんで削り取る。
「スィランが住んでたところは土がもっと柔らかくて湿ってた。土だけじゃない。柔らかいのは人も、吹く風もだ。帰ろうとは思わない。今は、ここがスィランのいるべき場所だ」
「そうか」
色々言いたいことはあったが、たぶん、俺とスィランは死ぬまで……いや、死んでも根っこの部分では分かり合えないんだと思った。
それよりも、セントサークルという大陸が気になった。
「なあ、お前らの大陸にも柱はあるんだよな」
「当然だ。いつでも見守っていてくださる」
違う大陸か。ロムレムではまだまともに探せていないが、兄貴はホワイトルート大陸にはいないかもしれない。頭がいいやつはゲームも上手いのか? あの兄貴のことだからな。めちゃめちゃ効率的に攻略を進めているのかもしれない。
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夜になり、俺は一度ログアウトした。そうして家でやることを済ませると、またナナクロにログインして、スィランに煽られて、朝までまんじりともせず小部屋で過ごす。これは意地だった。たぶん、俺にも何もない。人様に売れるものがない。あるのは意地だけなのだ。
『長緒、お前はもっと賢くなれ』
いつか聞いた言葉がふと頭の中で蘇る。
うるせえよ、兄貴。




