第1章 民にはパンと見世物をⅡ
<1>
ロムレムに住む人々を熱狂させているものがある。それは全て闘技場にある。冒険者たちの怒号と剣戟。戦奴たちの悲鳴と血飛沫。それらが市民を昂らせ、最上の娯楽として君臨している。
今日もまた、新たな大会が始まる。闘技場には五十を超える入場口があるが、どこも人でごった返し、混雑していた。ロムレム市民たちは無料で入場できる。いい席にも限りがあるので、競うようにして闘技場を目指すのだ。
「どけよっ、おら」
闘技場は円形で、四層の構造となっている。高さは五十メートル。五万人超の観客を収容可能だ。
基本的にはどの層も円柱とアーチで構成されていた。円柱は層ごとに違った様式を用いられており、一見シンプルな外観ながら、見るものを飽きさせない造りにもなっている。
闘技場は石灰や火山岩を混ぜて作られたコンクリートを建材にしており、また、アーチ式建築でもある為、強度にも優れている。
「押すな押すな! 並んで入れ!」
入場の整理をしている兵士の静止を振り切る者も大勢いた。
闘技場の内部も外側と同じく、アーチ型で構成されている。中では、柱を背にして、小さな黒板のようなものを指で示しながら何事かを大声で叫んでいる中年の男がいた。男は賭けの胴元だ。今日の試合で誰が勝つか。あるいは何人生き残るか。それを賭けるのだ。
そのまま内部を進み、アーチを幾つか潜る。すると天井のない空間が現れて、一気に視界が開ける。
中央には、観客席に取り囲まれた楕円形のアリーナがある。アリーナは縦は八十、横は五十メートル。分厚い板が張られて、その上には水はけを良くするための砂が撒かれていた。大会が始まる前なので、係の者たちがレーキのような道具で整地している。
観客席は幾つかに分かれており、よい場所ほど位の高いものが座れるようになっていた。一階部分の席は大理石めいたもので出来ており、王族やその関係者。二階は市民たちの利用する木製の席。三階部分は立見席となっている。既に二階、三階席は満員となろうとしていた。
<2>
今日、今から、闘技場で『団体戦』とやらが行われるらしい。戦うのはプレイヤーの操る冒険者と、俺こと奴隷たちだ。
団体戦は闘技大会における予選のようなもので、多数のプレイヤーをふるいにかける。ここでプレイヤー同士での戦いや、戦奴に破れて倒された者は予選落ちとなり、本戦にあたる『個人戦』に出場できないそうだ。
俺を含めた奴隷は手枷をされて、収容場の地下に潜る。湿っぽく、暗い地下通路を歩き回されて控え室のような場所に通された。
「……?」
俺たちは控え室にある、木製の長椅子に座らされた。目の前には多数の、武器を持った兵士がいる。何か勝手なことをしようものなら、すぐにグサリといかれそうだ。
その時、地面が、壁が、揺れていることに気づく。隣にいるスィランが小声で囁いた。
「観客の声と足踏みだ。スィランたちが来るのを……いや、無様にやられるのを待ってる」
客って。聞いてたけど、マジか、ここまで音が聞こえてくるくらいに多いのかよ。
俺はその音に注意がいっていて、目の前の兵士が何か注意事項のようなことを話しているのにしばらくの間、気がつかなかった。
「フェネル姫様とロムレムの民の為にしっかりな!」
そうして、俺たちはまた立たされて歩かされる。今度はハンマーを持ったおっさんのところに案内された。おっさんは奴隷たちに、台の上に両手ごと手枷を置くように命じる。すると、おっさんはハンマーで手枷の錠を叩いて戒めを解いた。
流れ作業のように奴隷たちの手枷が外されて、次の場所へと歩かされる。
次は駅の改札口というか、そういう入場ゲートを思わせるようなところだ。両脇に武器を持った兵士が立っていて、空手の俺たちはそいつらから武器を受け取る。
俺は別に要らねえんだけどな。そう思いながらも受け取らざるを得ない。スィランは槍を。俺は剣を受け取った。よく見ると、その剣もあまり手入れされていないのか赤い錆が付いている。
スィランは俺の剣を見て、つまらなそうに息を吐いた。
「血だな」
「えっ?」
「前に使ったやつがそのままなんだろ」
マジかよ。
俺たちはゲートを通った後、兵士たちに囲まれる。次は何をするのかと不思議がっていたら、奴隷たちは隣同士のやつとで手を長い鎖のついた錠によって結ばれてしまう。
「はあ? これでどうしろってんだよ」
俺は左手を。スィランは右手を封じられる形になった。
「言ったじゃねえか、腰抜け。スィランの隣で死ぬなってな」
「……まさか、このまま戦わされるのか?」
「スィランたちはまともに休ませてもらってねえし、飯にだってありつけてねえ。弱らせてんのさ。逃げねえように。冒険者に好き勝手に嬲られてやられちまえってな」
冗談じゃねえ。こいつと運命共同体ってことかよ。……いや、待てよ。俺が危なくなったら、この女は躊躇なく俺の腕を斬り落として鎖を外そうとするかもしれない。怖いのはスィランだけじゃない。相手はただでさえ普通に強いプレイヤーなんだぞ。一たまりもないじゃないか。
「戦いが終わって残ったやつだけが、ちったあマシな目に遭えるのさ」
スィランは怖じていない。じゃあ今から散歩にでも行くか、みたいな気楽さだ。
俺は固まっていたが、スィランと兵士に後ろからせっつかれて前へと進む。
「……この声」
「あぁー、始まるな」
大勢の人の声がする。
その声は乱暴で野蛮で、しかし歓喜に打ち震えている。俺たちの前にいる奴隷の体が震えていた。そりゃそうだろうな。
通路を少し歩くと曲がり角がある。そこを曲がると緩やかな坂になっていた。その道の先には鉄製の門扉がある。外の様子がある程度分かった。どうやら、俺たちは地上に上がってきたらしいな。この門の先がアリーナなのか。
門の傍にいる兵士が高い声で俺たちに向けて喋った。
「安心しろよ、そう簡単にゃあ死なねえさ。回復魔法を使えるやつだって控えてる。けどな、無様なやつは戦奴だろうと冒険者だろうとこの闘技場じゃあ生かされねえ。お前らが生きるか死ぬかは、ハシラサマと」
兵士は外を……観客席を指で示す。
「ロムレムの市民が決めるんだ」
俺はごくりと息を呑む。緊張していると、スィランが俺の顔を覗き込んできた。
「へええ、驚いたな。昨夜はあんなにへたれた目をしてたってのに、今はちったあマシになったじゃねえかよ」
そうかよ。
「足引っ張んじゃねえぞ、ヤサカ・ナガオ」
スィランはそう言ってから、俺たちを繋いでいる鎖を認めた。
「いや、足じゃなくて手か」
おどけるくらいの余裕がこいつにはあるらしい。
やがて、兵がゆっくりと門を開けた。
「そらっ、死んでこい!」
ここまで来たのならもう逃げるとか逃げないとかの問題じゃないし、あまりにも遅過ぎた。戦奴たちは口々に叫びながら闘技場へと突っ込む。俺とスィランも同時に地面を蹴って、駆け出した。
<3>
門を潜ると、俺たちの前には空と砂が広がっていた。俺たちを、ぐるりと観客席が取り囲んでいる。人がい過ぎて、声が大き過ぎて気味が悪かった。立ちくらみを起こしそうだ。
「どこを見てんだ。今はスィランたちの敵だけ見てろ」
「あ、ああ、そうだな」
俺は前を向く。だだっ広い闘技場には遮蔽物がほとんど何もない。何本か、柱のようなものだけが立っているが、身を隠すほど太くもない。
そして、俺たちの入場したのとは反対側。そこの入場ゲートからは二十人ほどの冒険者が駆けだしてきていた。人の操作しているのも、NPCも混ざってるな。
ここでは手が使えるから楽にメニューを操作できる。とはいえ、戦闘エリアであることに間違いはなく、フレンドにメッセージを送ることもログアウトも出来ない。また、回復アイテムなどの使用が禁止されていた。
「くっそー、変なとこだけゲームらしくしやがって……」
戦いが終わるまではどうしようもないってことか。
スィランは槍の感触を確かめているらしく、何度も握り直している。
「つーか、どうなったら試合が終わるんだ?」
「ある程度数が減りゃあ楽器が鳴る。合図があるまで戦い続けろってこった」
「しようがねえ。おい、俺にはやばい相手ってのが分かる。何とかなりそうなのだけ相手にしてようぜ」
俺がそう言うと、スィランはおもむろに槍を投擲した。その槍は、十数メートル離れたところにいる冒険者に突き刺さる。槍が命中した冒険者は白い光となって、ロムレムの教会まで飛ばされていった。
「で? 一番ヤバい相手ってのはどいつだ?」
「今死んだ」
「そいつは残念だな」
スィランが駆けだそうとする。俺は仕方なく彼女に追随した。こいつ、素手でどうするつもりなんだ?
俺たちより先に前に出ていた奴隷と冒険者がぶつかり合う。やはり地力は冒険者の方が上だ。奴隷は呆気なく斬り倒されてしまっていた。死んではいないだろうが、いてえいてえと呻いて地面を転げ回っている。
冒険者たちのいる方から矢と魔法が飛来した。その多くは標的を捉えることがなかったが、一部の奴隷がダメージを受けている。
「おいっ、わざわざ前に出ることないだろ!」
「ヤサカ・ナガオ。お前はこの闘技場について何も知らない。いいか。ただ生き残ればいいってものでもねえんだ」
「知らねえぞ!」
重装備の冒険者が俺たちの前に立ちふさがる。そいつが持っている、鉄球のような武器がすげえ怖い。だが、スィランはスピードを緩めることなく地面を蹴って跳躍した。俺は彼女が自由に動けるよう、更に速度を上げて距離を詰めた。
「はええなっ、てめ……!」
冒険者が鉄球を振ろうとしたが、スィランの飛び膝蹴りが冒険者の兜をひしゃげさせる。HPゲージがもりもり減っていた。
その瞬間、観客席から悲鳴のような歓声が上がる。スィランはその声に応えるようにして片手を上げて、よろけていた冒険者の、装甲の薄いところに蹴りを見舞った。
「……格闘家か、こいつ」
俺の呟きを受け、スィランは倒れた冒険者から鉄球の武器を取り上げる。
「おいおい、使うのは素手だけじゃねえぜ」
スィランが奪った鉄球で冒険者をぶっ叩いた。俺は咄嗟に目を逸らす。光と化した冒険者は空へと上っていった。
……こいつ、容赦しねえしえげつねえ。
「あっ、おい避けろ!」
スィランを狙って矢が降り注ぐ。俺は錠で繋がれている左手を引いて、彼女の体を矢から逃がした。意外と危なっかしいなあ、こいつ。
スィランが唾を吐き捨てる。あ。何となく分かってきたぞ。次は飛び道具持ちをやるつもりか。……俺もやろう。相手がプレイヤーなら『HPを0』にするだけだ。ストトストンの住人をやるよりかは気が楽だ。
「スィラン、俺の剣を使え」
「あんたはどうすんだ?」
「俺には俺の剣がある」
メニューを操作し、ヘリオスソードを呼び出す。そうだ。カァヤさんから鞘をもらうまではこういうやり方で戦っていたんだ。
光り輝く刀身を見ると、スィランは小生意気にも口笛を吹く。
「矢より魔法のが厄介だ。……黒いローブのやつからやるぞ」
「そいつはいい。初めてあんたと気が合った」
スィランと同時に走った。彼女はさっきよりもスピードを落としてくれているらしい。俺は全速力に近いが、スィランにはまだ余裕がある。何者なんだろうな、こいつは。
「《咲き誇る(ファイア)》……!」
黒ローブを着た魔法使いの男が俺たちに杖を向ける。木製の杖の先端には赤々とした炎が見え隠れしていた。
スィランは俺が渡した剣を魔法使いに投げつける。勢いよく回転したそれは、魔法使いの首元を狙っていた。
「《流星》ッ!」
杖から放たれた真っ赤な炎が回転する剣を撃ち落とす。攻撃は防がれたが、彼我の距離は既に縮まっている。
スィランは跳躍し、魔法使いに飛びついて足で首を絞めた。……三角絞めかよ。
「ごっ? あっ……!」
魔法使いは倒れまいとして杖で身体を支えるが、何もかも遅かった。先の魔法は防御ではなく、攻撃に回すべきだった。
俺は、スィランが捕まえている隙に魔法使いの脇腹を剣で切り裂く。さすが後衛職。レベルも高くないみたいだし、一気にHPが削れたな。
一発じゃ足りないみたいだったので、戦意上昇を発動させてから魔法使いの背中へと思い切り得物を振り下ろした。嫌な手応えが伝わるも、ターゲットは光と化す。
スィランは片手で自分の体を支えて、軽く飛び上がって両足で着地した。同時、観客席から地鳴りのような歓声と足踏みが。
「一瞬で人気者になったな」
「鼓膜が破れそうだがな」
言いつつ、スィランは腕を上げて観客に応える。そうして次の獲物を狙うぞと俺に笑いかけた。……今笑ったのか、こいつ。




