第1章 民にはパンと見世物を
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ロムレムの妙な区画を歩いている内、俺は、あのでかい建物が円形の闘技場なのだと気づいた。
俺たちはその闘技場の近くにある、とある建物の中へと通された。薄汚く、小汚いところだった。なんかこの雰囲気、どこかで覚えがある。
最初、俺を含めて奴隷の人たちはひとかたまりになっていたが、偉そうなおっさんが来て、奴隷たちに番号をつけるとそれぞれ違う通路へと歩かせていく。もちろん奴隷は一人では歩けない。足枷こそ外されたが、手枷をはめられて、武器を装備した兵士に見張られながらだ。
俺もまた兵士に先導され、左右、後ろを他の兵士に見張られながら、土塊で出来ているかのような建物の通路を歩く。
「まるで牢屋みたいだな」
「あ? まるで、じゃねえよ」
「……ん?」
俺の右にいた兵士が下卑た笑みを浮かべる。
「ここは牢獄だ。てめえら奴隷にとってな」
そうして、俺は多数ある小部屋の中に突き飛ばされた。
「おいコラっ、手枷取れよ!」
「冒険者の両手は自由にするなとお達しがあってな」
やっぱり、みんな知ってんだな、そういうの。
「くそ」
小部屋は大して広くない。つーか寝床だってまともにない。椅子も、テーブルも、家具は見当たらない。マジで、ここに人を入れておくってだけの部屋だ。
俺は手枷のまま指で壁を押す。脆い。だが、素手だけで崩すのは無理だ。
次に窓。鉄の格子がきっちりはまっている。こいつも錆びているが、外したとして外にも見張りの兵士がいる。
出入り口の扉だが、キャラウェイ城の牢と似ている。小さい格子があるだけだ。蹴り破るなりしても外にはやはり兵士がいるだろう。鍵ももちろんかかっている。
「やべえな……」
急に心細くなってきた。頭を抱えたくなる。どうしてあそこで啖呵を切ってしまったんだろうと後悔先に立たずだ。
土の上で身悶えていると扉が開いた。そうして、また誰かがこの部屋に入ってくる。
少し驚いた。女の子だったからだ。俺とは違い、手枷も足枷もされていない。健康的に伸びた手足と、肉付きのいい体。身に纏っているのは大抵の奴隷が着せられている安っぽい布の服とサンダルだ。
背丈も歳も俺と同じくらいだろうか。髪の毛は目と同じく緑とも青とも言えない暗い色で、先っちょはちょっと海藻みたいだ。俺のことを警戒しているのか、じっとりとした目つきで無愛想な印象を受ける。しかし頭のてっぺんから跳ねた髪の毛がぴょんと飛び出ていてユーモラスでもあった。
そして、扉の近くに立ったまま、じいっと俺のことを見ている。
「……な、何か?」
女の子はふいと顔を逸らし、俺と距離を取って奥の壁に背を預けて座り込んだ。
俺はメニューを呼び出してみる。手枷はきついが、何とか操作はいけそうだな。ただ、手枷のまま自分の部屋に帰るのもなあ。見栄を切っちまったからさゆねこやKMたちに助けを求めるのもアレだし、そもそも、俺はまだ……。
「冒険者」
俺はメニューをいじくるのを止めて女の子を見る。今、彼女が俺を呼んだらしい。
「何だ?」
「奴隷ごっこは楽しいか?」
「え……?」
女の子はシニカルな笑みを浮かべる。
「さっきのお前のやり取り、スィランも馬車の中で聞いていた。『冒険者は口だけ』。売り言葉に買い言葉でお前は馬車に乗った。どうだ? ん? 少しは奴隷の気持ちとやらが分かったか?」
俺は言い返せなかった。俺はこの人たちとは違う。その気になりゃあ仲間も呼べるしログアウトだって出来る。最悪の事態ってのは免れるだろう。だから、『ごっこ』ってのはその通りだと思う。
「手枷が邪魔か?」
女の子は立ち上がり、俺の手枷である、板についている鉄の錠を指で挟んだ。そうして、紙を千切るみたいにして壊した。俺の両手は呆気なく、あっという間に自由になった。
……嘘だろ? だってこいつ、NPCじゃねえか。
「ほら、これでいいだろ」
「こんな力があるんなら、さっさと逃げ出せばよかったじゃねえか」
「スィランは奴隷だ。親に売られた。だったら奴隷としての役割を全うするだけだ」
「……はあ?」
何だよ、それ。
「親に売られて平気なのかよ」
「家族の為だ。スィランには力がある。哀しくはない」
「俺には、分かんねえ」
女の子はまた、奥の壁に背を預けた。
「ほら、行けよ冒険者。逃げ出したくてたまらなかったんだろ?」
手枷は外れた。だけど、俺もその場に座り込む。今は『22:10』か。
俺は無言でメニューを操作し、ログアウトした。
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家に戻って遅めの晩飯を食べて、風呂に入ってさっぱりする。一応、ゲームをプレイしてるって状態だってのにイライラしてしようがない。ゲームってのは楽しむ為にあるもんだ。
俺はログインを試み、もう一度あの埃っぽくて小汚い小部屋に戻ることに成功した。
「……冒険者、お前はもっと賢そうなやつに見えたんだけどな」
「そりゃどうも」
俺は女の子と距離を開けて座る。どっちにしろ、ここでログアウトしたんだ。よほどのことがない限りはここに戻ってくるしかない。ナナクロを続けるんならここからどうにかして抜け出すしかないな。
窓の外は暗い。こっちだってとっくに夜ってわけか。
「戦奴とか言ってたっけ。お前も闘技場で戦うのか?」
「なんだ、スィランと話したくて戻ってきたのか?」
こいつ……ぼーっとしてる顔にしか見えないのに、案外舌鋒鋭いな。
「ああ、そうだよ、もう。それでどうなんだ? 戦うのとかさ、嫌じゃねえの?」
「そいつがスィランの役目だからな。……いいぜ、スィランだって寝床が変わると寝られないタイプでな。あんたが聞きたいってんならお喋りに付き合ってやるよ」
「……さっきからシ(・)ラン、シ(・)ランって言ってるけどさ、何のことだ?」
「スィ(・・)ランだ、スィラン。人の名前を間違えるなって母ちゃんに言われなかったのかよ。スィランは、スィランの名前だ」
ああ、スィランか。こいつの名前だったのか。私、とか、俺、みたいに一人称として使ってるんだな。自分の名前を一人称にするとかブリッ子かよ。こいつには似合わねえ。
「悪かったな。俺は八坂長緒」
「そうかい」
俺の名前については全く興味なさそうだった。
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俺は戦奴だの、ロムレムの闘技場だの、まるで、何も知らない。スィランから話を聞いてみると。
まず、このロムレムの闘技場についてだ。ここは『あの』ドリスとアニスの姉、フェネル・セラセラが管理していて、闘技大会とやらを開いているそうだ。多くの冒険者が集まって腕を競い合い、そうして勝利した者には商品とか栄誉が送られるのだろう。……ドリスは金というか、飴で冒険者を集めようとした。アニスは快楽で冒険者を釣ろうとした。となると、フェネルは名誉で冒険者を釣ろうとしているのかもしれない。
ゲーマーってのは称号とか、そういうのが好きな気がする。オンラインゲームだと他人と一緒にプレイするから優越感ってのが大事だ。他人より高いレベル。他人よりレアな装備。他人より速くモンスターを狩る。あるいはダンジョンの奥地へ辿り着く。その中でも対人戦って枠内で『最強』ってのは、かなりポイントが高そうだ。俺も最強とか最速とか、そういうの大好きだ。
そんなわけで、本来なら俺も冒険者側として闘技大会に参加する、はず、だったんだろうなあ。
一般のプレイヤーは闘技大会を勝ち抜き、フェネル・セラセラの寵愛を受けるのが目的なんだろう。
じゃあ戦奴はなんなんだって話だが、プレイヤーの対戦、練習相手になるそうだ。本来ならプレイヤー同士で戦えばいいわけだが、ナナクロが過疎ってるってのもあるし、対人戦が好きじゃないプレイヤーもいる。だからどうしても数が足りなくなる。そこを埋める為に戦奴がいるってわけだ。
戦奴は各大陸、各地から集められて《マウスフィッシュ》の奴隷市場に送られる。そこで目をつけられて買われたものがロムレムに送られる。ここでも奴隷の選別が行われる。俺たちが番号で呼ばれていたのは、選別をされてたってことなんだろうな。
俺たちが今いるのは戦奴の収容所っつーか宿舎みたいな場所だ。ここに送られるのは明日にも闘技大会に参加可能な、即戦力って感じの人ばかりらしい。一方、年若い人や戦いに慣れていない人は養成所という施設に行くそうだ。そこで訓練をして立派な戦奴になるらしい。アホらしい。
「つまり何か、戦奴は冒険者の引き立て役ってことかよ」
「いいや? そうとも限らねえさ。戦奴でも勝ち続けれりゃあ今よりいい待遇を受けられる。奴隷になる前よりもいいものが食えるし、いい家に住めるし、いい女を抱ける。自由だって手に入るかもな」
「そう、なのか?」
「ああ。強くて人気のある奴隷は金になるし、金を生む。闘技大会はロムレムの市民だって見に来るからな」
見世物ってか。いい気はしないな。
「それに、いい戦奴は大切にされる。そうそう殺されることもないさ」
「詳しいんだな」
「スィランの知り合いが戦奴だった。そのつてで色々聞かされたもんさ」
……やっぱ、この世界はそうなんだよな。奴隷が当たり前で、闘技場ってのも普通に存在してて。俺がごねても何も変わらない。現に、こうして俺は捕まってるくらいしか出来ない。
「あんた、目が変わったな」
「目?」
「ああ。諦めたやつの目だ。スィランは弱いやつは嫌いだが、戦おうとする、意志のあるやつは嫌いじゃない。今のあんたは嫌いってことさ。お喋りはここまでだな」
そう言うとスィランは目を瞑った。そんですぐに寝息を立て始める。……今は『23:25』。これは、意地だ。朝までここにいてやる。
<7>
結局一睡も出来なかった。俺は扉の外にいる兵士に話しかけ、必ず戻ってくるから逃げたとか思うんじゃねえぞ、なんてことを言ってログアウトした。
そうして学校に行き、手の甲をつねったりして睡魔と戦いながら、俺は六時限分の授業を終えた。
ふらふらの体だったが、夕方になると家に戻り、すぐにナナクロへログインする。何度かの失敗の後、また、あの小部屋に戻ってきた。
「よう、戻ったぜ」
スィランは最後に見た時と同じく、壁に背を預けて目を瞑っていた。
「『腰抜け』が戻ったか」
「……うるせえな」
「飯は食えたのか? 昨夜は石みたいに固まってるだけで寝てなかっただろ」
「なんだ、心配してくれてんのか」
「隣で死なれちゃあ、死神がこっちに目ぇつけるかもしれないからな」
何?
スィランが何を言っているのかが分からない。が、急に扉が開いて、俺は兵士に頭を殴られた。硬い手甲で殴られたからめっちゃいてえ。
「この野郎何すんだよ!」
「逃げやがってクソ奴隷が! なんでまたここに戻ってきたのかは知らねえけどな、勝手なことしてるとぶちのめすぞ!」
「やってみろ!」
「はっ、俺がやんなくてもどうせてめえらは冒険者にぶちのめされるだろうがな」
「……ああ?」
俺はもう一発殴られて、兵士二人がかりで手枷をされた。スィランも大人しく両手を差し出して手枷をされていた。
「おら、来い!」
「いって、引っ張んなって! つーか、どこ連れてこうってんだよ!」
「決まってんだろ。戦奴の行く場所は一つきりだ」
おい。それって、まさか。
スィランは首の骨を鳴らして、薄く笑った。
「闘技場だ。今日から試合が始まるのさ」




