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第1章 始まりの町《セルビル》Ⅲ

<4>



 俺は件の三人にセルビルの町を軽く案内された。この町はあまり大きくない。宿屋や武器屋、酒場や道具屋などといった店くらいしかなかった。観光地とかではなく、魔物に対抗する拠点のような場所なのかもしれない。

 案内されている途中、さっきのモンスターや、自分のステータスを見るように意識すると、三人の頭上に文字が浮かぶようになった。それは彼らの名前である。

 髭面の男はジャモ。

 赤毛のお姉さんはプロエ。

 最後に、あんまり目立たない若い男はケルトというらしい。道すがらに聞いた話によると、三人ともギルドとやらの職員だそうだ。

 名前が見えるのは便利かもしれないが、普通に過ごしている分には邪魔だろう。メニュー画面の呼び出しや操作にも慣れなくてはいけない。……そこまで考えたところで俺は愕然とした。俺は、何を普通にナナクロの中で生きようとしているんだ。


「おう、ここだぜ」


 俺は最後に、ある建物へと連れていかれた。木造で二階建ての建物の前には看板が立てられている。文字自体は日本語ではなくミミズがのたうち回ったようなものだったが、何が書かれているのかを読み取ることは出来た。

『冒険者ギルド セルビル支部』と、そう書かれていた。


「さ、入った入った。報酬が待ってるぜ」


 ああ、そうか。俺はチュートリアルクエストをこなしたんだっけか。

 冒険者ギルド……ここで依頼を発行したり、受けたりするのか。で、終わったら報酬をもらえるわけだ。

 三人に続いてギルドへ入ると、中は意外と広かった。出入口の正面にはカウンターがあり、奥は本棚や机など雑然とした空間になっている。

 カウンターの近くには案内板みたいなものがあった。何枚かの小さな紙が押しピンによって留められている。

 ギルドに入ってすぐのスペースには椅子や机が適当に並べられていた。どうやら、こっちはロビーとして使われているらしい。今は俺たち以外に誰もいないが。


「ちょっと待っててくれ。ついでにカードも作っちまうからよ」


 ジャモはカウンターを飛び越えて、机の上や引き出しをごそごそと漁り始めた。


「カードって、なんの?」

「それはね」


 プロエは一枚のカードを取り出した。財布のポケットに収まるくらいのサイズのものだ。


「これ。冒険者ギルドが発行している身分証明書のようなものね。ほら、私たちはセルビルの住民だけど、あなたたちは違うでしょ? これがないとギルドの依頼を受けられないから注意してね」


 俺はホームレスみたいなものなのか。地味にショックだ。


「よう、兄ちゃん」

「なんすか?」

「ちょっと来てくれ。この書類の必要事項をちゃちゃっと書いてくれよ。そしたらあんたのカードが出来上がるからよ」


 ジャモはカウンターの上に一枚の紙と羽根ペンを置く。俺はカウンターに近づき、ペンを持った。

 なになに、名前は八坂長緒、と。


「……なんだ? それが兄ちゃんの名前か?」

「ヤサカナガオって読むんだ。……職業? 職業ってなんだよ」

「兄ちゃんは冒険者だろ?」


 そうだったのか。俺は、冒険者だったのか。というか冒険者って職業だったのか。


「ん、書けた。じゃあ、これでよろしく」

「あいよ。ちょっと待ってな」


 カードが出来上がるまでの間、俺はプロエから色々な話を聞いた。

 どうやら、俺がいるこの場所は『ストトストン』という世界の『ホワイトルート』という大陸の町『セルビル』だそうだ。さりげなくメニューを呼び出して確認すると、現在位置という項目がそのように更新されていた。

 しかし、マジか。

 あれよあれよと流されているけど、ここから先はどうするのか考えなくちゃいけないな。まずは元の世界に帰る方法を探さないと。


「ほい、出来たぞ」


 カードを受け取り、俺は、冒険者でも泊まれる場所はないかと尋ねた。ジャモは、なら宿屋を使えばいいと教えてくれた。さっきのクエストの報酬があれば余裕で泊まれるそうだ。



<5>



 俺は三人に別れを告げてギルドを出た。あんなちゃらんぽらんな感じの人たちでもいるといないとでは大違いだ。普通に心細くなる。

 とりあえず教えてもらった宿屋に泊まって、それからどうするか考えよう。

 宿屋は、ギルドの近くにある三階建ての建物だ。この町で一番デカイから目立つ。建物には看板がかかっており『灰色馬の蹄亭』とあった。

 俺は少し緊張しながら宿屋に入った。中には誰もいない。先のギルドと同じく、正面にカウンターがある。右にはテーブルや椅子がたくさんあった。


「……あのー、すいませーん」


 遠慮がちに呼びかけるも返答はない。そこで、カウンターに銀色のベルが置いてあることに気づいた。とりあえず鳴らしてみる。一度、二度、三度。すると、ぱたぱたという足音が聞こえてきて、カウンター奥のスペースから女の人が姿を見せた。結構ラフな格好で、三十代くらいの人だろうか。酷く機嫌が悪そうだった。


「一度でいいよ、聞こえてたから」

「あー、すんません。あの、泊まりたいんですけど」

「だろうね。そうじゃなきゃ引っ叩いてたところだよ」


 この人が宿屋の店主なのだろう。彼女は面倒くさそうに紙とペンを持ち出してきて、それをカウンターの上に置く。書け、ということなのだろうか。

 俺は紙に宿泊する人数や名前などを記入していく。


「すんません。ここって一泊どれくらいなんでしょうか」

「100ゴールド。朝と夜、食事を付けて欲しいならプラス30。ただ、もう夕食はナシだね。時間、終わっちまってるから」

「風呂とかってあります?」

「ないよ。井戸なら店の裏手にあるから、水が欲しいなら勝手に使いな」


 水を溜める容器も何も手持ちにはない。というか俺はワンハンドソードしか持っていない。あとで道具屋にも寄ってみるか。


「寝間着って借りれますか」

「ああー? ないよ。裸で寝な」

「あっ、はい」


 乱暴な接客である。日本だったらSNSで叩かれそう。


「メシはいらないんで、とりあえず一泊でお願いします」

「はいはい。昼までには出てってくれよ。あとがつっかえちまうからね。……そんじゃあ、ん」

「ん?」

「ん、じゃないよ。お金」


 ああ、そうか。

 俺はメニューを呼び出して、所持金を確認する。モンスター狩りとクエスト報酬のお陰で2000ゴールド近い金がある。だが、ここで問題が発覚した。どうやってお金を払えばいいんだろう。


「あのー? お金って、その、どうやって払えば……」

「あ?」


 宿屋の主人の目つきと顔つきが更に悪くなった。やべえ。

 俺は焦って所持金の欄を指で連打する。すると、『いくら引き出しますか』という新たなウインドウが現れた。ホッとしたが、ちょっとユーザーインターフェース的な優しさに欠ける感じである。

 ひとまず、一泊分の宿泊費を設定して下ろすことに。また光が出現したので、俺はそれを引っ掴み、カウンターの上に置いた。光は霧消し、金色の硬貨が一枚、ぽつんと。つまり一枚100ゴールドってことなのか。なんか、金色に塗った百円玉にしか見えねえ。


「ああ、あんた、冒険者だったのか。それも新米だね。なんだ、相場の分からないヒヨッコだったらもっとぼっとけばよかったよ」

「ひでえ」

「冗談だよ。306号室を使いな。階段上がって一番隅っこの部屋だよ」

「どうもです」


 ちょっと怖かったけど、どうにか宿に泊まれそうだ。

 鍵を受け取った俺は階段を上がり、言われたとおりに三階の隅っこを目指す。ドアにはプレートがあり、306と書かれていた。

 中に入ると、粗末な作りのベッドとテーブルと椅子があった。つーか他には何もない。まあ、こんなもんだろうな。

 俺はブレザーを脱ぎ捨てて床の上に座り込む。肉体的な疲労はあまり感じなかったが、精神的に疲れた。


「どうすっかなあ」


 ナナハシラクロニクルの中に放り込まれた。

 だが、俺はゲームの世界で楽しむつもりはない。一刻も早く元の世界に、日本に帰りたい。しかしマジで手がかりなんかありそうにねえぞ。

 俺は立ち上がって、ノイローゼに罹った檻の中の動物みたいにぐるぐると部屋の中を回る。ダメだ。頭は回らない。一度眠ってから考えた方がいいかもしれない。色々なことがあり過ぎて、起こり過ぎた。

 そうと決まれば話は早かった。俺はベッドの上で横になる。毛布が見当たらなかったので、仕方ないからブレザーをかけて寝ることにした。が、妙な感触がお腹の上にある。ブレザーの内ポケットに固いものが入っているらしかった。ひっくり返して確認してみると、


「……お、おお?」


 俺のケータイがあった。

 あった。ケータイが。


「おおおおおっ!?」


 ケータイじゃねえか!? マジかよ、これでどうにかなるかもしれねえ。

 喜び勇んで起動してみる。ばっちり点いた。が、ロックがかかっている。そこで俺は二度の絶望を味わった。まず、これは似ているが俺のケータイではない。俺はロックなんか七面倒くさいことしないからだ。もう一つ、ケータイが機能するとして、俺のものではないケータイのロックなんか解除出来ない。

 なんだ、そりゃ。

 しかし諦め切れないから適当にパスコードを入力しまくってみる。ああ、ダメだ、全部弾かれちまう。悲しくなってきた。泣きたくなってきた。というか泣いたしお腹が減った。

 いったんケータイをベッドの上に置き、ブレザーを着直した。顔でも洗ってどこかで食えそうなものを調達するつもりだった。……何か、違和感を覚えた。その正体を突き止めるのに数分を要した。

 おかしいのはケータイだけではなく、ブレザー、というか着ているものもそうだった。今、俺は学生服を着ている。俺の通っている学校のものだから何とも思っていなかったが、少しサイズが大きいのだ。つまり、この制服も俺のものではない可能性がある。ならば誰のものか。


「……兄貴のだよな」


 見ず知らず、まったくの赤の他人の服を着せられているとは考えにくい。そも、よくよく考えりゃあ俺は兄貴のパソコンでゲームをやっててこんな目に遭ったんだ。兄貴絡みのものが他にあってもおかしくはない気がする。……だったらケータイも兄貴のものに違いない。

 俺はふと思い立って、パスコードを入力してみることにした。『0728』と入力。すると、ロックは解除された。色々と思うところはあったが、今だけは考えないことにしておこう。



<6>



 俺には草薙鶴子くさなぎ つるこという幼馴染がいる。

 家が近くて親同士の仲が良かったからだろう。生まれた時から、俺と鶴子はいつも一緒だった。いつも一緒に遊んで、大きくなった。

 俺にとって鶴子がいるってのは、動けば腹が減るってくらい当たり前のことで、鶴子にとってもそうなのだろう。そんでもって、兄貴にとっても同じだった。

 俺たち八坂の兄弟は鶴子と一緒にいた。居続けたし、これからもそうあるのだろうと思っていた。



<7>



 0728。

 7月28日は鶴子の誕生日だ。もしかしたらって思ったけどな。

 今はいい。とりあえず、兄貴のケータイは使えるようになったんだ。何か手掛かりになるメールや電話が来るかもしれないから、契約は続いているはず、色々と探ってみよう。

 だが、まず『圏外』という文字でげんなりした。そりゃそうだ。このストトストンって世界には電波がない。これで外部との連絡が取れないと気づく。それでも諦められずに色々と試したが、ダメだった。

 そもそも、兄貴の電話帳には身内くらいしか登録されていない。俺だって電話帳に登録されているやつのメールアドレスや電話番号なんてほとんど覚えちゃいない。


「クソッ」


 これじゃあケータイの意味がない。こんなもん、この世界じゃあただの板だ。

 だが、それでも俺はケータイを弄り続ける。その内、現在時刻のことに気づいた。今は『21:22』となっている。……待てよ? そういや、椎と連絡を取り合ってたのは20時頃だったよな。日本とこの世界、時間の流れが無茶苦茶になっていないのなら、俺がここに来てから一時間以上経っていることになる。

 一時間か。

 部屋でゲームをしてからたった一時間でこんなことになっちまったのか。

 ケータイを弄り続ける。何の気なしに着信履歴を見ると、兄貴が最後に電話をかけた相手が鶴子だと判明した。この日付と時間、恐らく、兄貴が失踪する直前のものだろう。

 鶴子か。俺や親ではなく、兄貴は最後、鶴子と何を話したんだろう。無性に気になった。気づけば、俺は無駄だと分かっていながらも鶴子に電話をかけていた。

 ぷるるると、コール音がした。

 俺の心臓は強く高鳴った。さっきも試したが、圏外ならコール音なんてしないはずだ。まさか。


『……ケンちゃん?』


 鶴子の声がした。いつもと変わらない、のんびりとした優しい声。俺はそこでもう一度泣いてしまった。


『ケンちゃんなの? ねえ、何か言ってよ、私……』

「……ごめん。兄貴じゃねえんだ」


 俺がそう言うと、鶴子が息を詰まらせたのが分かった。


「事情があって、兄貴のケータイを使ってお前に電話したんだ」

『どうして、そんなことするの?』


 鶴子の声には非難の色が含まれている。気持ちは分かる。俺だって同じことをされたら腹が立つだろう。だけど四の五の言ってられないんだ。


「まず、信じてくれ。俺は今、その、日本にいないんだ」

『え? 何? りょ、旅行してるの? でも明日も学校だよ?』

「違う。旅行じゃない。なんつったらいいか、とにかく、俺は変な世界にいるんだよ。……そう、ゲームだ。ゲームの中にいるんだ」

『またゲームしてるの?』


 ち、違う! いやゲームしてるのかもしれないけど!


『イタズラだったら切るね。宿題の途中だったから』

「切るな切るな! 頼むから話を聞いてくれ! 俺にも何が何だか分からねえんだ! 巻き込まれて困ってんだよ!」

『困ってるの?』

「かなり」


 正直、鶴子ではこの状況をどうすることも出来ないだろう。だが、俺がこんな目に遭っているのを母さんたちに伝えてもらえるかもしれない。そっから、ナナクロを作ったクソ会社を調べれば何か掴めるだろう。それに、寂しかった。鶴子の声を聞いていると安心出来る。


「……死ぬほど弱ってるんだ。せめて話だけでも聞いてくれ」

『分かった。じゃあ、ん、どうぞ』


 俺は思う存分喋った。

 まさかたったの一時間でホームシックに罹るとは思っていなかったし、鶴子に泣き言を言う日が来るとは思っていなかった。

 しばらく喋り続けていると、気分がマシになってきたのを感じる。


「悪い、色々言っちまった」

『いいよ、別に。それよりスッキリした?』

「ああ、まあ」

『それじゃあ、早くゲームを止めてゆっくり寝た方がいいよ』

「お? おお、そんじゃあ……」


 って、思わず電話を切っちまった。しまった、もっと助けてくれとか言いたかったのに変な見栄が邪魔しちまった。

 ゲームを止めろってか。俺だって止めたいよ。


「くそう、何が柱だ」


 俺はメニューを呼び出して、設定の項目を開いた。


「あっ」


 普通に。

 まあ、もっと早くに気づくべきだったのかもしれないが、『ログアウト』の文言を発見した。俺は震える指でログアウトボタンを押す。

 淡い光に包まれたかと思うと、俺は自分の部屋にいた。ノートパソコンの画面にはナナクロのオープニングが流れている。どうやら、俺はゲームをしながらの体勢で呼び出されたらしい。慌てて椅子から立ち上がり、部屋の中を見回す。異常はない。窓を開けて外を見る。いつも通りの、普通の景色が広がっていた。

 次いで、何食わぬ顔で一階に降りて、リビングでくつろいでいる母さんと父さんを確認する。こっそり部屋に戻って、壁にかけた時計とケータイのそれで時間を認める。


『22:22』。


 俺は息を吐き出した。ベッドに戻ろうとしたが、腰が抜けて立てなかった。

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