序章
<1>
《ロムレム》へ向かう乗合馬車の荷台の中、俺は自分のステータスを確認していた。
○名前:☆八坂長緒(16)
種族:人間
職業:剣士(5)
○ステータス
HP:1220
SP:235
ATK:181
DEF:163
○装備
頭:ケトルハット
右手:太陽神剣
左手:ドーンナックル
体:剣士の胸当て
足:剣士の鉄靴
装飾品:鞘
装飾品2:
○スキル
・横薙ぎ、剣の加護、戦意上昇
実は剣士レベルが5になったことで、ステータスにボーナスが加算されている。また、戦意上昇というスキルも覚えた。これは一定時間、全てのステータスが上昇するというものだ。ただし効果時間も上昇量も分からない。
じきにヘリオスソードもレベルがマックスになる。ドーンナックルもちょこちょこレベルが上がっているな。この辺りは何だかんだで楽しみである。
「お兄さんは装備を変えないのですか?」
「え? いや、ちょこちょこ変えてるぞ」
「その割には見た目の変化が少ないのです……」
「だってヘリオスくん便利だし」
俺の場合、武器は見た目が変わるが、防具に関してはそうでもない。見た目はブレザーで、制服のままだ。ただしステータス上ではしっかり防具込みの値が表示されている。データの上では、俺は何かを装備していることになる。つまり俺は全裸で戦っても大丈夫だということだ。
「マントとかにしようかなあ。アレはブレザーの上から着れたんだよなあ」
「ブレザー?」
「あー、いや、なんでもない」
次はロムレムって町か。アニスには聞かなかったけど、どういうところなんだろうな。
ぼけーっと横になっていた時、馬が嘶き、馬車が急停止した。俺は何事かと体を起こし、いざって御者台の方に進む。
「なんすか、なんすか」
御者のおっさんがこっちに顔を出して、前方を指差した。
「魔物の群れだ。他の馬車が襲われてんだよ」
「ええー……?」
今、この場者には俺とさゆねこしか乗っていない。
前を見ると、確かに他の馬車が三台あり、狼のような姿をしたモンスターがそれらを取り囲んでいる。馬車には護衛がいるらしいが、多勢に無勢だな。
「この隙に行けないんすか?」
「い、いやあ、ありゃあダメだ。ありゃ、フェネル様の馬車だ」
フェネル。もしや、そいつは。
「お姫さまの?」
「ああ、さすがに姫さまの馬車は見殺しにゃ出来ねえ。バレたら俺の首がすっ飛ばされちまう」
アニスにはフェネルと関わるなと言われていたが、見殺しにするのも寝覚めが悪くなりそうだ。
「よし、行くぞさゆねこ」
「了解なのです!」
俺とさゆねこを得物を持ち、馬車の荷台から飛び出した。
<2>
敵は『グラスウルフ』。全部で十数匹。初めて相手にするモンスターだ。ぶっちゃけ現実世界の野良犬だって怖いのに、この数を相手にするのはちょっと嫌だ。
「援護します!」
「お、おおっ! 冒険者か!」
襲われている馬車の護衛は一人。金髪の美男子剣士っぽい。
さゆねこの弓がグラスウルフの腹に刺さる。俺は横薙ぎを発動し、近くにいたモンスターをまとめて切り払った。
モンスターが甲高く叫ぶ。グラスウルフどもは俺に狙いを定めたらしい。
「戦意上昇!」
新しいスキルを発動。俺の体に赤いエフェクトがまとわりつく。本当にステータスが上がったのかどうか定かではない。が、モンスターに切りつけてみると、先よりもダメージが上がっているのが分かった。
飛びかかってくるグラスウルフを避け、さゆねことの連係で一体を撃破する。
「助かる」
「いや、困ってる時はお互い様なんで」
金髪の剣士と背中合わせになり、それぞれがモンスターを撃破した。これで三匹。
あと何匹だよ、面倒くせえな。そんなことを考えていると、グラスウルフが遠吠えを放つ。そうして、モンスターはすたこらと逃げて行ってしまった。……なんだ?
不思議に思っていたが、金髪剣士は得物を鞘に納める。
「グラスウルフは頭のいい魔物だ。分が悪いと判断して逃げたのだろう」
「ああ、そうなんすか」
俺もヘリオスソードを鞘に納めた。
「感謝する。私はスムース。ロムレムで兵士をやっている」
スムースと名乗った男は二十代前半くらいだろうか。長めの金髪を手櫛でさっと整える。
「ロムレム? ああ、そうなんすか。俺たちもそこへ行こうとしていたんです」
「ということは、君たちも闘技大会に参加するのか?」
闘技大会?
「いや、そりゃ初耳っす。そんなのやってんすね」
「ロムレムと言えば闘技場。ホワイトルートでも有名なんだがな」
「へえ。……ああ、馬車に乗ってる人たちも大丈夫ですか?」
「問題ないはずだ」
スムースは馬車の荷台の後ろに回り、中の様子を確認する。俺も、なんとなく彼の後ろをついていった。……ん?
「大事ない。君たちのお陰だ」
スムースは何でもなさそうに言うが、なんだ?
荷台には大勢の人が乗っている。しかも全員、ボロ布みたいな服しか着ていなくって、手枷、足枷されている。人間だけじゃない。色々な種族の男女が俺たちをぼうっとした目で見ていた。
「……この人たちは? その、囚人、とかですか?」
「いいや、奴隷だ。戦奴とも呼ぶ。闘技場で戦わせる為に連れていくのだ」
奴隷……。
しかも戦わせる為って。
「ひでえことするんすね」
「何がだ?」
俺はスムースをねめつけた。すると、彼は得心がいったように小さく笑う。
「そうか。冒険者の多くはストトストンの外からやってきているのだったな。確かに、奴隷という文化に反発する者は多い。君のような目で我々を見てくる冒険者も過去にいた。だがな」
スムースは言葉を区切り、今度は俺をねめつけてきた。
「だからと言って、奴隷の為に何かしてやろうという冒険者は見たことがない。可哀想だと口だけは達者に動かすがな」
「……そうすか」
「君もその口だろう?」
なんだこいつ。すげえムカつくな。まるで、俺を言い負かす時の兄貴みたいだ。
俺の中で猛烈な反発心が芽生えていくのが分かった。
「ふ、ではな。ああ、何なら君もここに乗るか? 冒険者の戦奴というのは珍しい。フェネル様も大層お喜びになるかもしれん」
「乗ってやろうじゃねえか」
「……何?」
後ろの方でさゆねこが『あー』とかいう溜め息を吐いたのが分かった。しかし後には引けない。
「私は冗談で言っているのではないぞ。君はどうなんだ」
「やってやるって言ってんだよ。おら、手錠でもなんでもしろよ。あんたらは冒険者が怖いんだろうが。こうやって手足を縛らなきゃあ偉そうな口も利けないんだろ」
「後悔するなよ。おいっ」
御者が台から降り、木の板をスムースに渡す。なんだこれ。
スムースは俺の両手をその板に空いている穴にはめて、鍵のようなものを取りつけた。確かに、これで俺はメニューを操作しづらくなったな。
「手枷だ。……貴様、並大抵の馬鹿ではないな」
呆れたように言うスムース。
「ちょ! ちょっとー!? お兄さんなんで捕まってるんですか!? なんですかこれ、イベントですか?」
さゆねこが俺の手枷とスムースの顔を交互に見遣る。
「すまん、さゆねこ。なんか話の流れでこうなっちまった」
「完全に流れに逆らってたような気がするのです。……ええー、もう、本当にどうするつもりなんですか」
「いよいよやべえってなったらどうにかする。ただ、カルディアの時からどうにも奴隷ってのが気になって。つい」
「……馬鹿で変態のお兄さんなのです」
さゆねこは俺に耳打ちした。
「カァヤさんに助けを求めてみます」
「いや、それは……」
「無視されるかもですけど。……お兄さんもわたしもロムレムに行くんです。仕方ないのでわたしもどうにか頑張ってみるのです」
「無理はすんなよ」
「はあ。どうしようもないのです」
スムースが俺の首根っこを掴み、さゆねこから引き剥がす。ってえな、こいつ。
「そこまでだ。荷台に乗れ。イア族の少女、君はどうする?」
「わたしは遠慮します。普通にロムレムへ行きますので」
「そうか。残念だったな、こいつとは二度と会えんかもしれないぞ」
さゆねこは答えず、いつかのように意地悪い笑みを浮かべて、俺たちの乗ってきた馬車へと戻っていった。
「おい、早く乗れ」
「はいはい。……あ、なんかすげえ歩きにくい」
俺は苦労して荷台に乗り込む。新顔が来たってのに、ここにいる奴隷の人たちはこっちに反応しなかった。
<3>
それからロムレムへはすぐだった。ワープポイントを使ったのか、数分とかからなかった。この数分の間に冒険者から戦奴とやらになったわけだがまるで実感が湧かない。
「うーん……?」
町に着いたらしいが、荷台の出入り口には布がかかっていて外の様子がまるで見えない。ただ、外から人の声は聞こえてくる。キャラウェイともカルディアとも違うな。この雰囲気は、ボ・フの港町に似ている。荒っぽくて、熱っぽい感じだ。
ついでに荷台の中も熱っぽいっつーか息苦しくて暑苦しい。早くこっから出してくれ。
馬車は未だ動いている。時折、車輪が石か何かに乗り上げてケツが痛いくらいに揺れた。
更に数分経って、馬車は緩やかに停まった。
「出ろ」
御者の男から声がかかり、俺たちは順番に荷台を下りる。外の空気が涼しくて気持ち良かった。
「……なんだ、ここ?」
地面は砂。風が吹けば砂塵が舞う。周囲には高く、赤黒い壁。後背には町並みが。しかし、俺たちは町と隔離されている。閉ざされた門によって。
「でか……」
建物と建物の隙間から、晴れ渡った空の中に巨大な建造物が見える。日本でもそうそう目にしないくらいの建物だ。石造のそれは、高さは数十メートルあり、全景が離れているのに把握できない。横に馬鹿長いのかと思っていたが、楕円形なのかもしれない。
「もしかしてアレが闘技場なのか?」
立ち止まっていると、いつの間にかやってきていたロムレムの兵士らしきやつに肩をどつかれた。
手枷をされて武器も取り上げられている。俺は仕方なく奴隷の列に加わり、よく分からないまま歩き出す。一応、最悪ログアウトできるとはいえ、妙なところに来てしまったものだ。




