終章
<1>
地下墓地からカルディアの町に戻ってきた俺たちはパーティを解散した。リアルで用事があるらしいKMたちと別れて(さゆねこは二十一時を回っていたので焦った様子でログアウトしていた)、俺とカプリーノはアニスのところへ向かっていた。
……なんか、ボスを倒してお姫さまに報告するのって二度目なんだよな。三度目がないことを祈ろう。この大陸の姫さまは性格がアレ過ぎる。
「え? 本当に倒したんですの?」
報告を聞いたアニスは目を丸くさせていた。
「お前が倒せって言ったんだろうが。ちゃんとやってきたよ。信用出来ないんなら自分の目で見てこいよ。もういないからさ」
もしかしたらまた出てくるかもしれないけどな。
「い、いえ。ナガオさまの言葉を信じないはずがありませんわ。お、ほほほ……まさか、ですわ」
「おい。今なんか言ったろ?」
「言ってませんわ」
絶対言った。
「……もしかして、俺たちがボスにやられるのを期待してたわけじゃないだろうな」
「そのようなことは! そのう、だ、断じて」
「カプリーノに屋敷を返すつもりもなかった、なんてわけはないよな」
「当然ですわ。アニス・セラセラに二言はありま、せん……?」
こいつ……。
まあ、いい。俺たちはやることやったんだ。アニスにもきっちり約束を守ってもらおうじゃねえか。
「しっかり頼むぜ、アニス」
「んー、まさか本当に『あの』魔物を討伐するとは。仕方ありませんわね、お任せください」
「ちゃんとカプリーノがお家復興するのも助けてやってくれよ」
「ええ、お任せください。……ん?」
アニスは小首を傾げていた。言質は取った。あとはカプリーノの仕事である。
「よし、これでもう……お?」
「んん……」
カプリーノは立ちながら船を漕いでいた。そりゃそうか。子供だもんな。朝から今まで動いて、戦ってたんだもんな。
「悪い。今日はこの屋敷のどっかで寝かせてやってくれないか?」
「構いませんわ」
アニスは部屋の隅にいた兵士に目配せする。その兵士がカプリーノを連れて行こうとするので、俺がこいつを負ぶってやった。
「案内してくれ」
軽くて小さな体だ。家のこととか、こいつの背中に負ぶえるものなのかと心配になったが、前さえ向いてりゃどうにかなるんじゃないか、とも思い直した。
<2>
カプリーノを客間のベッドに寝かせてやった後、俺はアニスのところへ戻った。戻るなり、彼女は自分の首筋に指を当てる。
「噛まれたのですね」
「……ああ、分かったのか?」
「そうなるような気がしていましたから。エバーグリーンの血にはそういった力があります。セラセラ家も警戒していたようですね」
「そうなのか」
「魔法に長けておりますし、全盛期には、噛んだものを意のままに操っていた、という記録も残っています。その為、エバーグリーンの一族を吸血鬼と呼んでいたこともあるそうですわ」
吸血鬼、か。
「私も、別に意地悪くナガオさまたちの邪魔をしていたのではありません。このアニス・セラセラとてセラセラ家の人間なのです。御家に害を為そうとするものをどうして助けられましょうか」
「カプリーノにそんなつもりはないと思うけどな」
「可能性の芽は潰しておくのが常道ですわ。ですか、こうなったのなら仕方がありません。ナガオさまもたまにはカルディアに戻ってきてくださいね。そうして、カプリーノさんのご機嫌でも窺ってあげてください」
ん?
「俺がどっかに行くってのも知ってたのか」
「ナガオさまも冒険者ですもの。あなたの目はいつだって前を向いてらっしゃる。いえ、前を向こうとしている。であれば、ここにいつまでも留まるとは思いません」
何だかんだでアニスだって人の上に立とうとしているんだ。やっぱり人のことをちゃんと見ているのかもしれないな。
「次はどちらへ向かわれるのですか?」
「さあ、決めてない。人の多いところへ行こうとは思ってるけどな。言ったっけ? 兄貴を探してるんだよ、俺」
「そうでしたか。……では、《フィッシュマウス》。あるいは《ヴェロッジ》をおすすめしますわ」
どっちも町の名前だろうか。初耳だな。
「フィッシュマウスは小さな漁村でしたが、奴隷貿易によって栄えた町ですわ」
「奴隷? そんなところがあるのかよ」
「ナガオさまはお気に召さないかもしれませんが、潤っている町には人が集まるものですから。ヴェロッジは、私は一度も行ったことはありません。何せ森の中にある、エルフの町ですから」
奴隷で商売している町とエルフの町か。人はいそうだな、そういうところには。
「それからもう一つ。これはナガオさまにはおすすめ出来ませんが、あなたに隠し立てするのも心苦しいのでお伝えしておきます」
「え? なんでだ?」
「フェネル・セラセラ。つまり、私の姉が支配している町だからです。名は《ロムレム》。フィッシュマウスやヴェロッジよりも冒険者が集まっているでしょうね」
冒険者が……だったらそこだ。
「あ。やっぱり、目の色が変わりましたわね」
「ああ、まあ、悪いな。ロムレムってところに行こうと思う。兄貴も冒険者だ。だったらそこが一番可能性が高そうだからな」
「はあ。一つだけ約束してくださいませんか。どうか、フェネルお姉さまとは会わないでくださいませ」
またか。ドリスもお前に会うなとか言ってたんだよな。
「なあ。お前ら姉妹って仲が悪いのか?」
「仲がいい姉妹なんておりますの?」
いや、いるだろそりゃ。
「そうでなくとも私たちは王位を争っているのです。ナガオさまのような方が姉や妹の側につくのは嫌で嫌で仕方ありません」
「……そんなにか? 俺より強い冒険者なんかいっぱいいるだろ」
アニスは俺をじっと見つめてくる。視線が痛い。
「ナガオさまを見ていると、ハシラサマを感じているような、すぐ傍にいてくださっているような、そのような気がしてならないのです。温かくて、安心できると申しましょうか」
「ドリスはそんなこと言ってなかったっけな」
「あの子は胸の内を易々と明かしませんもの。一番の敵はフェネルお姉さまよりもドリスだと思っています」
実の妹や姉ちゃんを敵とか味方とか、大変だよなあ、こいつらも。
「フェネルってやつに会うな、か。約束は出来ないけど、努力はする。それから味方にもならないようにするよ」
「本当ですか?」
「ああ。ドリスにもそう言ってる。俺は三人のお姫さまの誰にもつかないってな」
「あら、それは残念です」
「色々あったけど、今は感謝してる。ありがとうな、アニス」
本心からそう言えた。そりゃあ、ムカつくのはムカつくんだけどな。
アニスは目を逸らした後、手で口元を隠した。緩んだそこを見られるのが嫌だったらしい。
<3>
その後、俺もログアウトして自分の部屋に戻った。
眠りに就く前、死んだじいちゃんのことを思い出した。
<4>
翌日。俺は朝目が覚めて、ふと思い立ったことを鶴子にメールした。すぐに『頑張ってね』というメールが返ってきた。
今日、俺はカルディアを発とう。その前に、カプリーノに言っておきたいことがあった。
<5>
学校から戻り、ナナクロにログインする。
アニスの屋敷の中に戻ってきた俺は、近くにいた兵にカプリーノの居所を聞いたが、あいつは既に屋敷を出ていってしまったそうだ。しまったな。俺、あいつの家とか知らないし。
ああ、でも、そうか。
俺はエバーグリーンの屋敷へ向かった。途中、町の中央広場で二人の男女の言い争う声が聞こえてきたので道を変えようと思った。
「あっ、ちょーナガちゃーん、俺、マジナガちゃんのことリスペクトしてんすよー。だから、やばいんで助けてもらっていいすか?」
「いいから。八坂君は大丈夫だから」
KMとアルミさんだった。何をしてんだあの二人は。
「昨日の今日でいったい、何を」
KMはアルミさんを指差す。
「パーティー組もうとしてたんすよー、したら邪魔されちゃってー」
「完全にセクハラだったじゃない。執拗にフレンド申請送って、女の子も嫌がって逃げてたし」
成長しねーなー。
「まあ、ほどほどに。あ、そうだ。俺、今日にこの町を出るんですよ」
「マジすか?」
「そうなの? ……そう、寂しくなるわね」
そう言ってもらえると嬉しい。
「二人はどうするんですか? 俺としちゃあ、またパーティ組んでもらえると嬉しいんですけど」
「うぇーい、マジ? 俺もまたナガちゃんとパーティー組みたいっすね。ただ、俺ってカルディアが超好きなんすよ。俺にフィーリングが合ってるつーか、そんな感じで。だから、今はー、ちょっと無理かも、みたいな?」
まあ、だろうな。つーかKMがカルディア以外にいるイメージが湧いてこねえ。
「私も。カルディアに残ろうと思う。《騎士団》はなくなったし、自警団みたいなことするのを嫌がる人もいるわ。でも、本当に嫌な目に遭っている人もいると思うの。助けてって、簡単に言えない人も。だから、やっぱり続けていこうと思うの」
「俺は立派なことだと思いますよ。やり過ぎはよくないですけどね」
「その辺は、うん、努力するわ」
「ちょっちくらい俺みたいになったらいんじゃね? アルミちゃんいんじゃね?」
「ぶつわよ」
「すんませんした」
カプリーノもそうだが、俺たちにはそれぞれやるべきことがあって、いるべき場所ってのがある。
「でも、困ったことがあったらいつでも連絡をちょうだいね」
「ぶっちゃけ、俺もナガちゃんの呼び出しならソッコー行くんで。マジ俺らの友情フォーエバー的な?」
「二人とも、ありがとう。本当、楽しかったよ」
最初は関わり合いになりたくもなかったんだけど、今となってはいい人たちで、大事な仲間なんだって、そう思える。
ナナクロを続けていればまた会える。俺たちは再会を誓い合って、別れた。KMはまたアルミさんに怒鳴られていた。
<6>
屋敷の庭内には冒険者もいたが、カプリーノの姿もあった。
「よう、昨日はお疲れだったな」
「む、おはようしもべ。昨日は、その、あ、ありがとう」
「お互い無事でよかったな。それに、もうここはお前のものになったんだよな」
カプリーノは大きく頷く。嬉しそうだった。
俺たちはしばらく、エバーグリーンの屋敷を黙って見上げていた。
「しもべ。今日はいい天気だな」
「ん、ああ、そうだな」
「町を発つには、今日のような日和がいいだろう」
「……ああ、だな」
カプリーノも分かっていたのか。
「わがままを言うと、お前が行ってしまうのは寂しい。お前がいなくなると、オレさまは一人きりだ」
「いいや、そんなことねえよ。KMだってアルミさんだっている。アニスだって、アレでいいところがあるかもしれないしな」
「そう、だな」
カプリーノは俺を見上げる。まっすぐに。俺は何となく、目を逸らせなかった。
「だが、オレさまはお前が好きなのだ。他の誰でもなく、お前がいなくなることが寂しい」
俺は屈んでカプリーノに目線を合わせる。
「でも一人でもやんなくちゃな。しもべかもしんないけど、俺はもう、お前のことをただのガキだと思ってない。なんつーか、対等な友達なんだよ。だから、お互いしっかりやろうぜ」
「……うむ。分かっている」
「一つ、な。嘘を吐いてた」
立ち上がり、俺は体を伸ばした。そうしてから空を見て、俺はこの世界のどこかにいるであろう兄貴を思う。
「兄貴のことが嫌いかって言われて、俺は『分かんねえ』って言ったけど、違う。本当は嫌いなんだ。出来のいい兄貴が嫌いで、そんな兄貴と比べてくるやつらも皆嫌いだった。自分じゃあそう思わないようにしてたけど、心の底じゃあそう思ってた」
カプリーノは何も言わなかった。その心遣いが少しだけ嬉しい。
「親戚との折り合いもあんまりよくないんだよ、俺。何かあっても、俺だけはそういう集まりに顔を出せなくってな。そんで、今よりもっと子供ん時にな、じいちゃんの葬式でもぶうたれててさ、母さんに怒られた。だから今度、ちゃんと墓参りに行こうと思う。ごめんって謝ろうって。それで何が変わるってわけでもないんだけどな」
「いいや、先祖を……家族を大切にするのはいいことだ」
「ありがとう、カプリーノ」
ありがとう。これでまた頑張れる。もう少し先に行こうって気になった。
「もうしもべとは呼べないな」
「いいや、俺はお前のものなんだろ。少なくとも、俺の中に流れてる血が新しくなるまでは」
「ふん。つまらんことを言うな。……ではな、ナガオ」
カプリーノは手を差し出した。俺はその手を握り返して、ぶんぶんと振る。
「ああ。頑張れよ。柱の加護があるように、だっけか」
「それで合っている。お前もな。兄が見つかることを祈っている。柱の加護があるように」
さようなら、カプリーノ。また会おう、必ず。
大丈夫。お互い、そう簡単に朽ちたりしねえよ。
<7>
屋敷を後にした後、俺は、物陰からぴょこんと出ている尻尾を引っ掴んでやった。
「ひぎゃあ! 何をするのですかっ」
「お前……見てたな、さゆねこ」
さゆねこは尻尾を撫でながら言った。
「二人きりにさせてあげようと思ったんです。さゆねこは空気の読める子ですから」
「そりゃどうも」
「相変わらず変なお兄さんですね。NPCとあんなに仲良くなるなんて」
まあ、そうだろうな。
「そんなに変か。軽く落ち込むなあ」
「でも、そういうのもいいと思うのです。色々あって、冒険というか、ゲームしてるって感じがしますから」
「そっか」
「そうです。それより、次はどこへ行くのですか?」
そういやアレだな。さゆねことはセルビルからずっと一緒にいるんだよな。
「なあ、お前はなんかやりたいこととかないのか?」
「うーん? わたしはこのゲームを楽しんでいるだけなので。今はお兄さんといると楽しそうなことが寄ってきそうなので、これでいいのですよ」
そりゃいい。そいつが一番健全だな。
俺は次の目的地、ロムレムのことを伝えた。さゆねこはおおーと目を輝かせる。
「では行きましょう! 乗合馬車はこっちなのです! 早くしないと行っちゃいますよ!」
「あいよ」
じゃあな、カルディア。今度来た時はバイブスが上がりそうな店を絶対に利用してやるぜ。
「あ、お兄さん。なんだか変なことを考えてませんでしたか?」
「うぇーい、全然そんなこと考えてねえよ!」
ここまでお付き合いしてくださってありがとうございます。
2章はこれで終わりです。次回からは3章が始まります。またちょっと毛色が違うお話になるかもしれません。具体的に言うと闘技場を舞台にしたお話です。
次回、更新は2月中を予定しております。今しばらくお待ちくださいませ。




