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第3章 姫と奴隷とⅤ

<5>



 地上に戻った俺たちはすぐにアニスの屋敷に向かった。途中、アニスは意味不明な呻きを漏らすばかりであった。別のものを漏らさなくて本当によかった。


「漏らしそうだったから俺たちの言うことを受け入れたのかもしれませんね」

「うぇーい、おしっこマジやべーっすね。マジゴッド的な?」

「何だか複雑な気分だわ」


 することも思いつかなかったので、俺たちはアニスの屋敷前で駄弁っていた。

 しばらくすると、すました顔のアニスが護衛と共にやってくる。


「先ほどははしたないところをお見せいたしました。どうか、お忘れください」


 俺たちは同時に頷いた。いや忘れるのは無理じゃね? と。


「まずは屋敷にいるイア族を解放いたします。私の兵にやらせますが、確認していただきたいので皆さまにもご足労願えますでしょうか」

「俺たちもついていくのか?」

「ええ。そうでないと信用出来ないでしょう?」


 うーん。確かにそうだな。


「じゃあ、俺が行ってくるよ。みんなは残ってていいから」

「八坂君一人で大丈夫?」

「何かあったらメッセージ送るし、大丈夫大丈夫」

「では、イア族の村まではナガオさまが。その間、私はカプリーノ・ルージュ・エバーグリーンとお話をさせていただきますわ」

「うむ、よろしく頼む。しもべ、こっちはオレさまに任せておけ」


 不安だ。


「KM、アルミさん。カプリーノについててやってくれないか?」

「ッケーイ。なんかあったら俺がクリティカル的なの連発しちゃうんでー」

「そんなことにはならないように努めるわ」


 うん。この二人……というかアルミさんに任せておこう。


「カプリーノ、しっかりな」

「案ずるな。……まさかアニス・セラセラと話し合いの場を持てるとはな。お前のお陰だぞ、しもべ。オレさまはお前にとても感謝している。ありがとう」

「お、素直なのはいいことだ。子供らしくていいぞ」

「うん、そうだな。ではな、しもべ。お前もしっかり頼むぞ」


 うちのご主人がちょっと丸くなったか。さて、俺もイア族の村とやらに行くか。



<6>



 驚くべきことに、アニスが連れてきたイア族は総勢で三十人を超えていた。子供とお年寄りが多く、若い男女の数は少ない。どうやら《我らが~~騎士団》が手を貸していたらしい。あいつらももう悪さをしなきゃいいんだけどな。ゲームでは基本的に何をしてもいいとはいえ、他人に迷惑をかけるのは止めてもらいたい。

 イア族の村まではカルディアから十数キロ先にある。アニスの部下というか、兵が駆る馬車数台に分かれて乗り、ワープポイントを経由すれば十分ほどで着くらしい。

 俺もカルディアやキャラウェイのワープストーンにはきっちり触れているが、個人で使ったことはない。……移動魔法か。確か、専用の特殊なアイテムが必要になるんだよな。黒盾さんはイベントかなんかで入手するとか言ってたけど、俺も一つくらいは欲しかったりする。

 ともあれ、アニスのことは百パーセント信用していないが、何事もなくイア族の村に到着した。

 イア族の村は森の中にある。彼らは木で作った小屋に住んでいるらしい。食糧事情はどうなってるのかと気になったが村の中には畑があった。農耕民族らしい。少し親近感が湧く。

 イア族の人たちは俺たちに対してずっと警戒していたが、村に到着すると人心地が付いたらしい。アニスの兵たちは村の外にそそくさと出ていく。俺も長居する理由はない。カプリーノたちと合流しよう。


「あの」


 そう思っていたのだが、年を食ったイア族の男に呼び止められた。見た目は……白いヨークシャーテリアみたいな人だ。眉毛が太くて目が見えない。


「……あー、なんですか?」

「我々を助けてくださったのは、どうやらあなたらしい。お礼をと思いまして。どうか一晩、いえ、出来れば気の済む限り村に泊まっていってくださいませんか。出来うる限りのおもてなしをさせていただきます」


 一応、俺が助けたってことになるのか。でも、別にこの人たちを助けるのが第一の目的だったわけじゃない。そもそもこの人たちがアニスに捕まってたのも知らなかったんだしな。ついでと言えば聞こえが悪いが、助けたなんて風には思っちゃいない。


「いや、事情があってそうなっただけなんで。気にしないでください」

「いいえ、それでは我々の気が収まりませんもので。本当に感謝しているのです。あのまま見ず知らずの誰かに、家族ばらばらになって売られていたかと思うと……」


 おもてなしには興味があったけど、何日もこの村でゆっくりしていられないな。つーか、マジでそこまでされることはしていない。


「俺も忙しいんで。その、お気持ちは有り難いんですけど、実は家族を探しているんです」

「もしや、あなた様の家族も奴隷に……?」

「いや、それはないと思うんですけど、まあ、行方知れずで。あ、そうだ。もしよかったらでいいんですけど、俺に似た男がいたら教えてもらえると助かります。兄貴なんです。あっ、もちろん何かのついででいいんで」


 ヨークシャテリアっぽい人は深く頷いた。


「あなた様は村の恩人、いやさ救世主です。私たちで出来る限りでよろしければ、ご家族を探すことに協力させていただきますぞ」

「えっ? あ、いや、そんな頑張らなくても大丈夫ですから」

「何をおっしゃいます。全く、人の好いお方だ。おいっ」


 テリアっぽい人は村の偉い人だったらしい。彼の呼びかけで村人たちが一斉にこっちに頭を下げた。子供なんかは『ありがとー』と舌ったらずな声でお礼を言ってくれた。


「ぜっ、全然大したことしてないんで! 気にしないで、気にしないでください!」


 俺は何とも言えない気持ちになって、逃げるようにイア族の村を後にした。



<7>



 ナガオ自身は全く気付くことはなかったのだが、その後、奴隷になる寸前のイア族を解放したことで、森の民(エルフや亜人)の間でナガオのことが話題になる。

 そのことでナガオは兄、八坂剣爾の手がかりを得たり、なんかこうお嫁さん的な人が現れたりするのだが、それはまた別のお話である。

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