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第3章 姫と奴隷とⅣ

<2>



「鬼畜っ、鬼っ、悪魔っ」

「お前に言われたくねえよ!」

「あっ何をするんですの! 離してっ、離しなさい!」


 俺はアニスの首根っこを引っ掴んで広間に戻る。

 広間には、アニスの護衛が三人、アニス騎士団のほとんどがぶっ倒れていた。全てカプリーノとKMがやったらしい。……えー、ちょっとマジですげー強いな。


「こっちは片付いたぞ」

「ひだっ!?」


 アニスを床に放り出して、俺は残った敵こと、ウルツァイトに武器を突きつける。


「うぇーい、さすがナガちゃん、パねーっす」

「よくやったぞ、しもべ」


 いや、まあ、俺は二人しか倒してないんだけどな。

 ともあれ、仕事をやってやった感を出して、KMとカプリーノと三人でウルツァイトを囲む。


「後はお前だけみたいだな」

「そのようだな」


 ウルツァイトは仲間を全員やられたってのにまるで堪えていなかった。しかもHPが全然減ってねえ。


「どういうことだ、こりゃ?」

「マジパねーんすよ、こいつ。クリティカルも全然発動しねーし、超カチカチでやべーっす」

「オレさまの魔法も効き目が悪いのだ」


 うーん、さすがクランのリーダーともなればレベルが高いし、いい装備を持ってやがるんだな。

 ウルツァイトは持っていた武器を捨てると、鞘から新たな剣を抜いた。


「所詮はゲーム。数値だけが勝敗を左右する。少しやり合ったが、私とお前らでは大きな差があるようだな。嬲り殺しにしてやろう」


 ちくしょうゴーレムよりか強そうだな。

 こうなったら仕方がない。


「撤退だ!」

「……は、何?」


 俺たちは通路に逃げ込む。半目のさゆねこが俺たちを出迎えた。


「うっうぇーい!? 誰すかこの子!?」

「もしかして、この……ふ、ふふ。この子がさゆねこちゃん?」

「固まっているぞ。妙な魔法でも喰らったのか?」

「いや、今はさゆねこはいいから!」


 アニスとウルツァイトは広間に取り残されていたが、ウルツァイトは俺たちを追撃すべくこっちに向かってくる。


「ど、どうするのだしもべ!」

「よし、アルミさん!」


 俺に呼ばれたアルミさんはびくりと体を震わせた。


「な、何?」

「前にどうぞ」

「え?」

「前に。さあさあ」

「えーちょっと押さないで押さないでっ、私をどうするつもりなのっ」


 俺たちはアルミさんの背中を押して通路の前面に立たせた。幅の狭い場所だから、アルミさんが蓋というか壁になって、これでウルツァイトは自由に追ってこれなくなる。


「お前らーっ! そのでかいのを退かせ!」

「お前だって似たようなもん着てんじゃねえか!」


 アルミさんは嘆いた。


「ひどっ、盾にするのね!?」

「だって俺らの中で一番DEF高いんですもん」

「パねー。ナガちゃんレジェンド級に天才っすね」

「えー、そうかなー」

「覚えてなさいよあんたたち! このっ、《防御強化ハードオーラ》!」


 アルミさんは自分の防御を強化する魔法を唱える。ウルツァイトは攻撃を繰り返すが、うちの盾はそう簡単に破れはしないぜ。


「今だ。カプリーノ、アルミさんの隙間から魔法を。KMは槍で突っついちまえ。俺はアイテムで支援する」


 アルミさんを挟んで戦闘を行う俺たちとウルツァイト。アホみたいだが格上の敵に対抗するには今はこれしかない。じわじわと削ってやるんだ。


「《回復ヒール》、ヒール、ヒール……ああ、ダメっ。SPが切れちゃうもう交代してよ!」


 俺はSP回復アイテムをアルミさんに投与する。


「まだいけます!」

「やだああもー!」

「しつっこいんだよ!」


 ウルツァイトは一度距離を取ろうとした。やつのHPも削れてきている。もしや回復アイテムを使うつもりか。


「させるかっ」


 俺はアルミさんの隙間を縫って向こう側の通路に飛び出し、ウルツァイトの邪魔をする。俺に続いてKMも出てきた。


「おおおおああああっもう鬱陶しいことすんじゃねえよ!」


 ウルツァイトはメニューを開こうとしていたが、俺とKMがボコボコに殴ってそいつを阻止する。やつは大振りの攻撃を放つも、苛立っているのか振りが甘い。避けるのは難しくなかった。


「この……いいか、私はなあ、カルディアの店でステータスを強化しているんだ。もうそろそろお前ら、諦めたっていいだ――――ぬわぅ!?」


 ウルツァイトの頭に、カプリーノの魔法がヒットする。


「バカめー!」

「んな、ク・ソ・ガ・キ・があああああああ」

「何が強化だ。知らんのか、カルディアの店の女どもはな、オレさまたちを裏切ったエバーグリーンの傍系なのだ! 所詮は傍系よ、オレさまと比べれば大した力ではない。その血による強化も一時的なものに過ぎん!」

「……えっ、そうなのか」


 ウルツァイトは広間の隅にいるアニスへ視線を遣った。彼女は素知らぬ顔でそっぽを向く。


「知らんのか阿呆めー! 血は新しいものと入れ替わるんだぞ! お前らはその度に金を払って、死ぬまでその強さを維持するつもりだったのか! アニス・セラセラを肥えさす為だけにな!」

「うぇーい、なんか詐欺みたいっすね。マジやばくないすか?」


 なんか、だんだんあのカルディアって町のカラクリが明るみになってきたな。

 つまるところ、俺たち冒険者はアニスに利用されまくっていたわけだ。


「そりゃまあ、そんな楽な話はないってわけだ。強くなりたいんなら、ずーっと金を払って、その、なんかこう! エロいことをするわけだ! てめえ羨ましいんだよクズめ!」

「八坂君っ! 本音がダダ漏れよ!」


 すっかり意気の削がれたウルツァイトだった。既に戦う意思はないらしく、何事かを呟いている。……ああ、どうやら、今までに使ったゴールドを思い出して数えているらしい。


「よし、勝った」


 勝ちは勝ちだ。俺は両手を突き上げて叫んだ。



<3>



 とりあえず、今後粘着されるのも嫌なので、俺とカプリーノでウルツァイトの装備を剥がして没収することにした。ついでに、あとで目覚めて反撃されるのも怖いからアニスの護衛たちの装備品も奪うことにした。


「うおー、結構いいもの持ってんなー」

「パねー。これ売ったらやばくね? やばくね?」

「……いいのかしら。これって追い剥ぎよね」


 預かっておくだけだからセーフ。


「くっそー、意味分かんねえ……」


 素顔が露わになったウルツァイトはその場に座り込んでうなだれていた。俺はてっきり、こいつらみんなオウガ族とかいうでかい種族なのかと思っていたけど、中身は普通の人間だった。

 ウルツァイトは三十代くらいの細身の男である。短い金髪で縁なしの眼鏡をかけていた。


「覚えてろよ、お前ら」

「アレか。デスペナ喰らった仲間と合流して反撃に来るつもりか」

「当たり前だろうが」


 それは困るな。


「じゃあ、お前の顔と名前をストトストン中に公開してやる。そんでもってお尋ね者の烙印を押してやろう。ログインしている間、常にNPCやプレイヤーから狙われるようにしてやる」

「……そんなこと出来るのかよ」

「たぶん出来そう」


 困った時のドリスさまである。いや、実際はそんな酷いことしないけど。


「ちっ、分かったよ。暇潰しだからな、所詮はさあ。PKも自警団ごっこもいったん止めにする。面倒だしな。クラスのみんなにも言っとくよ」

「クラスの?」

ら学校のみんなでやってんだ。いいよもう、『グラファン』か『ハルドリ』にでも戻るし」


 こいつら学生だったのか。しかも中学、下手すりゃ小学生かも。この辺はオンラインゲームならではって感じがするが。


「じゃあな! バーカ!」


 見た目はおっさん。中身は子供のウルツァイトがダンジョンから出ていく。俺たちはなんとなーく、その背中を見送った。

 そうして、俺たちはアルミさんを見た。


「……え、な、何?」

「いや、アルミさんも小学生なのかなーって」

「ち、違うわよ!」

「ほーん、マジすか。そんじゃ小学生に混じってジケーダンやってたわけっすね」

「う。そ、それは」


 気づかなかったのか。そりゃまあ、そうか。中の人が何歳なのかなんて分からないよなあ。


「ま、まあ? 解決してよかったじゃない。私はクランをクビになっちゃったけど。というか自警団はもう終わりね」


 アルミさんはふっと天井を見て黄昏る。今はちょっとかける言葉が見つからないな。



<4>



 さーて最後はアニスだ。なんか広間の隅でこそこそして逃げようとしていたみたいだけど、本命はお前なんだからな。


「あ、あのー? みなさん、話せば分かってくださいますわよね?」


 俺たちはアニスを囲んで、じっと見下ろした。


「……どうするよ、カプリーノ」

「エバーグリーン家のものを返してもらおう。具体的には屋敷と、ここの地下墓地をな」

「はあ? ここはもうセラセラ家のものですわよ。私の一存ではどうすることも出来ません。お父様からお叱りを受けてしまいますわ」

「ふざけるなっ」

「つーか、イア族も無理矢理攫ってきたんだろ。元の場所に帰してやれよ」

「アレは既に私のものですわ」

「うわー、すごい発言ね。さすがお姫様ってところなのかしら」


 カプリーノは怒り過ぎて訳が分からない状態になっていた。


「どうせっ、カルディアも貴様が勝手に奪ったのだろうが! セラセラの王はなんと言っておるのだ!」

「はあ。お父様は私にカルディアを譲ると。ですのでここは私のものになったのです」

「だったらお前がオレさまにここを譲れ! 返してくれ!」

「嫌ですわ」


 ダメだな。埒が明かねえ。


「なあ、アニス姫さま。あんたはまず、カルディアを自分のものにしたんだな?」

「ええ」

「その時、ここにいたエバーグリーンのやつらにはどう説明したんだ?」

「していませんわ。その必要はないと思いましたので。だいたい、既に屋敷も荒れ果てておりましたし」

「……よく分からねえけど、エバーグリーンの人たちを従業員にして店を開いたんだろ。冒険者を釣る為に」

「ええ」

「イア族を攫ってきたのはどうしてだ?」

「奴隷市場があれば、より多くの冒険者が集まると思いましたの」

「何も感じなかったのか?」

「……? 何も、とは? よく分かりませんわ」

「さゆねこを攫ったのは?」

「だから言ったじゃありませんの。あなた方を始末する為に、人質として機能すると思ったからですわ」

「そうか」


 ダメだこいつ、話を聞いているようで聞いていない。反省とか、そういうのとは無縁の人生を歩んできたらしい。


「はあー。もうよろしいですか。私、一度地上に戻りたいんですの。ああ、そうですわ。あなたたち。私の護衛は伸びてしまったので、あなた方が私を地上まで送ってくださらない? お礼は……」

「先に謝っとくぞ。ごめんな」

「え? へぶ……っ!?」


 アニスの脳天にげんこつをお見舞いした。


「ちょっと八坂君、女の子に手を上げるのはどうかと。気持ちは分かるけど」

「そーすよーナガちゃん。強引なのはいいすけどー、乱暴なのはどうかと思うっすよー。いやー? なんつの? 気持ちはやばいくらい分かるんすけどー」

「俺たちを殺そうとしてたんだから、これくらいはやんないと。あと二、三発いっとくか」

「やーっ! ちょっと……いったあああああ。ええ、なんですの? なんなんですのこれは」


 アニスは頭を押さえて地面をのたうち回る。泣き叫ばないのは王族のプライドか。


「それに、ムカつくんだ。おい、いいか」

「ひっ!?」


 俺はアニスの胸ぐらを掴んで、顔面を近づけてねめつける。


「人が急にいなくなるのはな、寂しいし悲しいから、すごい嫌なことなんだよ。人を攫っといて、残されたやつの気持ちとか考えたことあんのかよ」

「え? でも、村全部のイア族を連れてきましたから、残された人なんて」

「そういう問題じゃねえんだ!」

「ひいっ、ご、ごめんなさい!」


 アニスは三角座りでうなだれて、すんすんと泣き始めてしまった。罪悪感めいた感情が芽生えてしまう。


「……まあ、なんだ。今のは俺の八つ当たりでもある」

「いたいいいいい、いたいいようううううう」

「少しくらいは悪か……」


 アニスはちらちらと、指の隙間からこっちの様子を窺っていた。


「嘘泣きかコラァ!」

「いだっ!」


 もう一発お見舞いしておいた。


「てめえオラァ! ろくな躾されてねえな! ドリスもアレだったけど、お前も相当じゃねえか!」

「ひ、ひうっ。だ、だって! 私の何がいけないのですか! 私は何も間違ったことをしていません!」

「はあ?」

「私は王族ですわ。カルディアは確かに私のものですし、その土地にあるものだって同じです。イア族だって亜人だって、彼らは皆セラセラ家に負けたのですよ。敗者を好きにするのは勝者わたしの自由です! それに、奴隷だって認められています」


 この野郎!

 頭に血が上りかけたが、カプリーノとアルミさんが俺を止めた。


「ダメよ八坂君。だってここはストトストンという地球とは違う世界のお話じゃない。というか、奴隷は私たちの世界でも認められていたのよ。この子は王族なんだし、そういう価値観なの。この世界ではたぶん『普通』なのよ」

「でも」

「もうよい、しもべ。お前の気持ちだけで充分だ。……この小娘の言うことにも一理くらいはある。オレさまたちは、事情はどうあれ負けて、衰えて、滅びかけたのだ。それを後から拳を振りかざして、返せと喚く。オレさまが子供だったに過ぎない」


 それにしたってあんまりだ。やったもん勝ちじゃねえかよ。


「あっ、ちょっと八坂君」

「おい」


 俺は剣を抜いて、それをアニスの目の前の地面に突き刺す。


「こ、殺すのですか? 大問題に……あ、あなたはセラセラ家を敵に回すと言うのですか!」

「それでもいいけどさ、せめて、一つくらいは誓ってくれよ」

「何を」

「謝って欲しいとか、そういうのはもういい。俺を殺そうとしたのもムカつくけど、もういい。ただ、話を聞いてくれ」

「あなたの話を、ですか」


 違う。


「カプリーノ・ルージュ・エバーグリーンの話を。あいつだって分かってるんだ。一度誰かの手に渡ったものは、そう簡単に返ってこないってことを。でもさ、それじゃあ嫌なんだ。カプリーノが我慢しても、俺は我慢出来ない」

「あなたは……」

「ついでに、人さらいとか無茶なことはやめてくれよ」

「同意の上ならよろしいのですか?」

「え? あ、ああ、それは、まあ、いいんじゃないの、か?」

「そうですか。話を。話を聞いて欲しいのですね」


 アニスは自分の頭を何度も摩った。まだ痛むのだろう。涙目のままだし。


「あなた。名乗りなさい」

「……いや、俺の名前なら知ってんじゃん」

「名乗りなさいっ」


 ばんばんと床を叩くアニス。


「……八坂長緒」

「ヤサカ・ナガオ。私は、お父様やお母さまにもあんな風に叱られて打たれたことはありませんでした。だって私はホワイトルートの次期王なのですもの。そんな私。このアニス・セラセラに手を上げるなんて、あなた、面白い人ですのね」

「面白い?」

「興味深いと言って差し上げますわ。少なくとも私の周りにはいない種類の人ですもの。……ああ、それでドリスもあなたを手駒にしたのかもしれませんね」


 手駒て。


「委細承知しましたわ、ナガオさま。エバーグリーンのカプリーノとも話をする機会を設けましょう」


 俺ではなくカプリーノがびっくりしていた。


「それから、屋敷にいるイア族も解放しますわ。ただしカルディアを支えているあの商店はすぐには閉じられません。よろしいですか」

「え? ああ、まあ、店はいいんじゃねえの。冒険者の裁量で行けばいいだけなんだし」

「寛大なお心と処置に感謝いたします」


 アニスはにっこりと微笑む。

 俺たちパーティは輪になって、ひそひそ話を始めた。


「何か急に物分かりがよくなってないすか?」

「しもべ。お前、殴ったところがよくなかったのではないか?」

「やべーっすね、マジやべー」

「怪しくないかしら? もしかして、また罠にかけようとしてるんじゃないの?」


 俺たちはアニスを見る。彼女は笑みを返してきた。


「どういう魂胆だ? 本当に、そうしてくれるんだろうな」

「ええ。だって私、ナガオさまを好ましく思っていますもの」


 何ぃ……?


「あー、そういやー、ナガちゃんのこと『さま』づけで呼んでた的なー?」

「なんて言うのかしら。初めて殴られたって言ってたもんね。初めての人って印象に残るから」

「ふふふ。うふふふふふふふふふ」


 こえーよ。


「他意はないんだろうな……?」

「はい、もちろんですわ。私、ナガオさまの為なら何でもする所存です」


 俺はカプリーノを見る。やつはなぜかつまらなそうにそっぽを向いた。


「分かった。とりあえず地上に戻ろう。アニス。お前はどうするんだ。護衛は置いていくのか」

「よろしければ私も一緒に連れて行ってくださらないかしら。その……」

「ん? なんだよ?」


 アニスがぼそぼそと喋るので、俺は耳を近づけた。


「…………なのですわ」

「あー。そういうことか」


 俺はアニスを背負ってやった。


「何をしているのだしもべっ。オレさまを負ぶわずにどうしてその小娘を負ぶうのだ!」

「いや、こいつおしっこ漏らしそうなんだってよ」


 アニスの高い悲鳴がダンジョンの大広間に響いた。

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