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第3章 姫と奴隷とⅢ

<1>



 長い戦いの末、俺たちはゴーレムの討伐に成功した。

 こっちも結構危なかったが、やはりカプリーノの魔法は効果てきめんだったらしい。俺たちは勝利を喜び合い、それぞれのリザルト画面を確認する。



○名前:☆八坂長緒(14)

 種族:人間

 職業:剣士(4)



○ステータス

 HP:1120

 SP:225

 ATK:166

 DEF:147



○装備

 頭:ケトルハット

 右手:太陽神剣

 左手:ドーンナックル

 体:剣士の胸当て

 足:剣士の鉄靴

 装飾品:鞘

 装飾品2:



○スキル

・横薙ぎ、剣の加護



 そろそろ剣士のレベルが5になる。スキルを覚えるか、ステータスにボーナスが入るかもしれないな。


「みんな、回復もしっかりやっておこう」


 俺は回復アイテムを飲みながら、少しだけ不思議に思っていた。

 俺たちはさゆねこを連れ去ったというやつらを追っている。だが、そいつらとは未だに遭遇していない。ならば先行したやつらはここを通り過ぎて先へ行ったはずだ。

 この大広間は踏み込んだプレイヤーに対してのトラップハウス的な場所になっている。さっきのゴーレムのように侵入者を足止めするものだ。が、俺たちより先にここを通ったってやつがいる割には、ここは綺麗過ぎる。

 先行していたはずのやつらはどこへ行ったんだ? もしかしてこっちの道は外れで、左の通路が正解だったのか?


「……なあ。何か嫌な予感がするんだけど」


 言いかけた時だった。

 先まで閉められていた扉が音を立てて上がっていく。そうして俺たちの来た方角の通路に、たくさんの人が見えた。


「あら、綺麗に片付いたのですね。お疲れ様です」

「お前は……!」


 アニス・セラセラ!

 彼女の護衛も、


「……そんな、やっぱり」

「……? ああ、酸化アルミニウム君ではないか。君もそこにいたのか」


 テミス騎士団のメンバーも、アニスを守るようにしてここにいる。


「こりゃ、どういうことだ?」

「あらあら、まだお気づきになりませんの? あなた方はハメられたんですわ。この私に。この、アニス・セラセラに! あーはっはっはっは!」


 はあ? こいつアホみたいに笑ってるけど、なんで俺たちが陥れられなきゃならないんだよ。


「八坂君。この人たち、この部屋がトラップだって気づいてたんじゃない? 私たちにここを破らせて、楽をするつもり、とか」

「……そうなのか?」


 アニスは意地悪い笑みを浮かべた。セラセラ家の姫さまはみんなそんな顔して笑うのかよ。


「少し違いますわ。あなた方にここで苦労してもらうのは確かですが、私の目的はこの先へ進むことではないのです」

「じゃあ、なんだってんだよ」

「八坂長緒さん。あなたと、そこのエバーグリーン家の生き残りを始末することですわ」


 俺とカプリーノは顔を見合わせる。


「ちょ、ちょっと待て! カプリーノは分かるけどなんで俺まで!? やるんならこいつだけにしとけよ!」

「な、なあっ!? しもべの分際でオレさまを売るつもりか!」

「ああ、もう、これだから下賤で野蛮な民草は嫌ですわ。エバーグリーン家のものは生かしておいても損にはなりませんが、直系ともなると話は別。現に、今だって私の邪魔をしているみたいですし?」

「お、俺は……?」

「あなた、ドリスの手先ですわね」


 指を突きつけられた。えーと。何、俺がドリスの手先?


「……い、いやあ? そんな人知らないんですけど」

「とぼけても無駄ですわ遅いですわ。仮にドリスの手先でなかったとしても、可能性の芽は潰しておくが常道。この町で私の気持ちよくないことをされては困るのです。よろしいですか?」


 よろしくねえよ。

 しかし相手はやる気満々だな。アニスの護衛もそうだが、テミス騎士団の連中が厄介そうだ。敵の数は多い。護衛が五人。騎士団連中が十人。合わせて十五、か。でもやるしかねえんだよな。

 俺が覚悟を決めようとしていると、アルミさんが前に出た。


「待ってください! ウルツァイトさん、我々はカルディアの……いえ、このゲームの治安を守るのが目的ではなかったんですか。そうして、他のプレイヤーが安心してゲームを遊べるようにって、そう言ってたじゃありませんか!」


 アルミさんの言葉を受け、ウルツァイトがうーんと唸る。


「確かにそうだったんだが、私たちも他のゲームではPKKで鳴らしていてね。正直なところ、暇を潰せるなら何でもよかったんだ」

「そんな……」


 悪役に回ろうとも正義の味方に回ろうとも、どっちでも。

 それは、腹立たしいほどに正しい。

 アルミさんはショックを受けているが、ウルツァイトたちのやってるのは別に非難するようなことではない。ゲームとは所詮暇潰しの道具だ。どのように暇を潰すのかは当人の自由である。


「アニス・セラセラから誘いを受けてね。テミス騎士団の上位メンバーは彼女につくことにしたよ。暇を潰すなら、より気持ちよく、楽しい方を取ることにした。というわけで、酸化アルミニウム君」

「……あっ」


 アルミさんの顔色が悪くなる。彼女の名前の色が変わった。クランに入っていることを示す緑色ではなく、真っ白な表示になる。このタイミングで排除キックされたのか。


「今この時をもって《我らが秩序テミス騎士団》は爆破、解散する。そして新たに《我らが混沌アニス騎士団》として新生する。では、さようならだ。短い間だが世話になったね」


 アルミさんが歯を食い縛る。悔しいのだろう。哀しいのだろう。……俺も、そうだ。


「暇を潰すならより気持ちよくか。俺にもよく分かるぜ」


 俺は剣を抜く。

 ウルツァイトはくかかと笑った。


「君もうちのクランに入らないか? まあ、その前に軽く痛めつけさせてもらうがね」

「そうだな。だったら俺もそうさせてもらう。暇を潰すのは俺の自由だからな。あんたらをぶっ潰すのも俺の自由ってことだ」

「はっは、出来るかな?」


 騎士団のやつらは一斉に笑う。おせえよ。


「……っ!? のあっ!? う、ウルツァイトさ――――」

「な、なんだと……!?」


《我らが混沌アニス騎士団》の一人が光と化す。デスペナを受けて近くの教会に吹っ飛ばされる。それをやったのはKMだ。

 KMは音もなく距離を詰め、槍で即死クリティカルを発動させていた。


「なんかー? すげーよく分かんない感じっすけど、俺のフレに嫌がらせするのはさげぽよっつーか? マジやべーっつか? つーかマジでやべーことになんぞオラァ!」

「は、はやっ」


 また一人、光になって飛んでいく。

 アニス騎士団が混乱状態になったところで俺も突っ込む。


「カプリーノ逃がすんじゃねえぞ!」

「うむっ!」


 俺の背後から、えげつない勢いでカプリーノの魔法が疾走する。彼の血液が中空で爆発し、それに乗じて、俺は剣を振るった。

 アニス騎士団員の背中に攻撃がぶち当たり、体力ゲージを奪い取る。俺はそいつの背中をそのまま蹴飛ばして地面に転がした。


「逃がすかよ!」

「う、おお!? あっ、アニス様をお守りしろぉ!」


 護衛が二人、アニスを連れて通路に引っ込んだ。

 こいつらはNPCだ。こっちの世界の人間を殺すわけにはいかないが、そんないい装備着てるんだったら手加減する必要はない。

 俺はアニス騎士団の脇をすり抜け、通路に躍り出る。手近にいたやつへとフルスイングで、上段からヘリオスソードを叩きつける。護衛の男のHPが半分ほどなくなり、そいつはゆっくりと、前のめりになって倒れる。


「……そういやそうだったっけ。基本的には冒険者おれたちの方が強いんだよなあ」

「ひ、ひいっ……!」


 なんか悪役になった気分だが、気のせいだ。


「そこまでですわ」

「あぁ!?」


 アニスがふふふと笑う。やつの後ろにいた護衛があるものを抱えていた。それはさゆねこだ。寝落ちしたままのさゆねこのアバターだ。しかもちょっとアレなタイミングで固まったのか、さゆねこは半目だった。


「くっそー、面白い顔しやがって」

「人質ですわ。八坂長緒、武器を捨てなさい。でないと、あなたのお仲間がどうなるか分かりませんわよ」


 護衛の男はさゆねこを立たせて、首元に剣を突きつける。俺はどうしようか迷っていた。


「そう。ふふ、それでよろしいですわ。あなたを始末した後は、この子も、捕えたイア族もすぐに奴隷にして差し上げます。所詮は亜人、男たちの慰み者になるのがふさわしいですわはあーっはっはは! んっ、ごほっ、げほ!」

「……イア族?」


 何言ってんだこいつ。

 捕えたとか。って、あれ? そういや、蓬が近隣のイア族が消えたとか言ってたよな。そんでもってアニスの屋敷に何かが運び込まれたとも……。


「もしかして、アレか。全部お前の仕業なのか。イア族がいなくなったのも、さゆねこを捕まえたのも」

「え? 気づいていなかったんですの? ドリスの手先にしては随分と頭の回転が鈍いようですわね」


 マジか!

 マジかよ!


「やったぜ!」

「……は、はあ? あなた、この状況で頭がおかしくなったのですか?」


 いやいや、ということは、ここでこいつら全部ぶちのめせば話が片付くってわけじゃねえか。

 俺は剣を握ったままスタスタと通路を歩き、さゆねこに武器を突きつけている護衛を斬り倒した。


「安心しろ。峰打ちだ」

「すげええええええええいてええええええええっ」

「まあ、鉄の塊だしなあ。すまん」


 護衛の男は武器を取り落してその場で転がっている。アニスは目を丸くさせていた。


「な、なにをしているんですのっ? お仲間がどうなってもよろしいのですかっ」


 いや、だって、さゆねこだったら死んでも教会に戻るだけだし。しかもたぶん、次にログインしても死んだことに気づいていないだろうし。


「そんじゃあ次は……」

「ひっ、よ、よして! およしなさい無礼者ー!」

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