第3章 姫と奴隷とⅡ
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エバーグリーンの屋敷の前にも庭内にもアニスの私兵がたくさんいた。俺たちはカプリーノの案内で屋敷の裏手に回り、林道を抜けて隠し扉にある場所まで辿り着く。
「ここから地下に行けるの?」
「えー? 何もないっすけどー? マジやばくないすか?」
「そこで見ていろ」
カプリーノは地面に手を当てて幻惑の魔法を解く。すると、前にも見た、錆びた鉄の扉が現れる。カプリーノはその扉を上へと押し開けた。
「うぇーい、やべー。カプちゃんやべーっすね」
「オレさまのことをカプちゃんとなれなれしく呼ぶな」
「……私、通れるかしら?」
中は暗い。俺はヘリオスソードを抜いて先頭を進むことにした。その後ろにカプリーノ、KM。最後にアルミさんが続く。
「狭い……」
「アルミちゃーん、その鎧脱いだらよくね? 俺天才じゃね?」
「セクハラっ」
「むー。騒がしいぞ、しもべ」
「俺のせいじゃねえよ」
長い通路を進む。やがて俺たちは第一階層に出て、第二階層への階段前で立ち止まった。
「ナガちゃん、どうしたっすか?」
「いや、この先に誰かがいるとして……それはきっと、アニスと、アニスの護衛と」
俺はアルミさんをちらりと見た。彼女は小さく頷く。
「テミス騎士団。私のクランメンバーがいるかもしれないってことね」
「このゲームにはPKがあります。もしかしたらだけど、敵はモンスターだけじゃないかもしれません」
「やべーっすねー。けどー、まあー? 俺は別気にしてないっす」
さすがKM。なんかもう頼れる存在である。
俺も、実はそんなに気にしていない。アニスの護衛、つまりナナクロ世界の人間を相手にするのは少し怖いが、ゲームのプレイヤーなら『殺す』っつーか『HPを0にする』だけだ。そうなってもデスペナで町の教会に戻されるだけである。あとは良心と相談するだけだ。
「オレさまも構わん。だがしもべよ。殺す必要などどこにもないぞ。少し痛めつけて分からせてやればいいだけだ」
「……ぶっ殺せとか言うかと思った」
「阿呆め。オレさまは寛容なのだ。それにだ、死ねばそれまでだぞ。善人であれ悪人であれな。お前は誰かの命を終わらせることが出来るか?」
……それは嫌だな。
「何かを殺せば、その何かの想いのようなものがお前に憑りつくぞ。重くなって、いずれ動けなくなる。つまらんやつらの命など背負ってやる必要はない。いいな。どうせ背負うのならオレさまをおんぶしろ」
「あら、子供なのか大人なのか分からないことを言うのね」
「オレさまはエバーグリーンの現当主……のようなものなのだぞ。子供扱いするな」
ま、確かにその通りだ。
ストトストンをゲームの中の世界だと言って、武器を振り回してはしゃぐつもりも俺にはない。
「KM、アルミさん。そんじゃあNPCはそういうことで。ただしプレイヤーには容赦しなくていいと思う」
「ッケーイ、ナガちゃん了解でーす」
「……難しいけど、頑張ってみるわ」
よし。ここにいるんなら、待ってろよさゆねこ(中身はないけど)。
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階段を下り、第二階層へ。
ここには誰の姿も見えない。さゆねこを連れ去った連中がいるんなら、もっと奥か。
「さっさと第三階層に行こう」
なるべく最短ルートで、最低限の消費で奥まで辿り着きたい。
「けど、ここがどんだけ下まであるのかは分からないんだよな」
「しかし最奥には《常緑の間》がある」
「……なんだ、それ?」
「エバーグリーンの初代当主、《リビー・クリム・エバーグリーン》が眠る部屋だ。そこだけは特別扱いされている」
カプリーノたちの始祖か。
たぶんだけど、この墓地には何かある。いや……この墓地の何かを使おうとしているやつがいる。そうでないと、先行したやつらもこんなところへ足を運ばないだろう。
が、それはカプリーノには言わないでおこう。機嫌が悪くなること請け合いだからな。
「おっ、ナガちゃんモンスターきたっすよ」
「俺がやる。KMは温存しといてくれ」
「いいすか?」
「いいっすよ!」
言いながら、俺はコウモリのモンスターを斬る。こいつだけなら俺でも余裕だ。
「しもべ。オレさまはどうする?」
「お前も温存だ。なるべく俺だけで片づけてく」
「そうか。殊勝な心がけだぞしもべ!」
「おうよ」
あ、しまった。しもべって呼ばれるのにも慣れてきてしまった。
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第二階層を難なく突破し、第三階層へ。
前にもここへは来ていた。ルートを覚えていたので、俺たちは第四階層まで大した消費もなく着くことが出来た。
「……こっからか」
知らない場所だ。慎重に行く必要があるな。
そう思っていたのだが、スタート地点から右側の通路の先が大きな部屋と繋がっていた。この階層は今までとは違う造りになっているらしい。
「反対側の通路は、特に何も見えないな。どっちに進む?」
「広い方がいいわ。ここのダンジョンの圧迫感、ちょっと辛いもの」
「そっすねー。ナガちゃんもあの広間的な場所で、ちょっち休憩した方がいっすよ」
俺はカプリーノに視線を落とす。彼は好きにしろと言った。だったら、その広間に行ってみるしかないだろう。
俺たちは通路を進み、広間の様子を確認する。壁も床も今までのダンジョンと同じ素材だが、広さは段違いだ。天井が高く、三方向に通路がある。ここにも誰もいない。モンスターの一匹だっていないし、誰の骨も埋め込まれていない。休むにはうってつけだな。
「ふう、一息つけるな」
その場に座って回復アイテムを飲み干し、減っていた体力を元に戻す。
「……む。見ろしもべども」
「誰がしもべよ」
「マジすかー? 俺しもべとかやばくね?」
「うるさいっ。だから見ろ、向こうに階段が見える」
俺は目を凝らす。ここから見て大広間の一番奥、下に続く階段があった。なんだよ、すげー楽勝じゃん。
「うぇーい、超余裕じゃないすか」
気が抜ける。その瞬間、俺の尻に振動が伝わった。こりゃ、なんだ? 地面が震えてるのか?
俺は咄嗟に立ち上がって剣を抜く。KMもアルミさんも周囲を警戒する。
やがて、俺たちのやってきた方向の通路が閉じる。石で出来た重たい扉が上から降りてきたのだ。
「も、戻れないじゃない!?」
「閉じ込められた……?」
見えていた階段。そこにも石造りの扉が降りてしまう。そうして残った左右二つの通路から、二匹のモンスターが現れた。
そのモンスターは、巨大な石の塊であった。不思議に思って誰も手が出せずにいると、その丸まった石は独りでに変形を始める。『がしょんがしょん』とか『ガキンガキン』とかいう効果音が聞こえてくる。やがて、その石は人型となり、二本の足で立ち上がった。ごつごつした体だが、ちゃんと頭があって、目が二つあって、四肢もある。
「ロボじゃん。すげーやばくないすか? 超カッケーんすけど」
確かに変形ロボットみたいだけどさあ。
「アレは、ゴーレムだ」
「ゴーレム?」
カプリーノがそう言うので、俺はモンスターをねめつける。すると『魔岩・グリーンゴーレム』と表示された。こいつらNMか。グリーンの要素なんてどこにも見当たらないけどな。
「知ってんのか、カプリーノ」
「……エバーグリーンの血だ。石や泥に血を混ぜて魔力を込めた。アレはそうして造られた戦闘人形に違いない」
「弱点とかは?」
「オレさまも初めて見る。やはりエバーグリーン家はすごい力を持っているのだ!」
「威張るな!」
くっそう、ゴーレムか。見るからに固そうだな。物理だけじゃ押し切れそうにない。
「うっそ……ボス戦?」
「みたいですね。たぶん、倒さなきゃ出られないし進めもしません」
「ナガちゃん、どう攻めるっすか?」
俺は少しだけ考えた。
「一匹ずつ仕留めよう。で、魔法メインで攻めたい。カプリーノ、いけるな?」
「あのゴーレムを破壊するのはもったいないが、事が事だ。仕方あるまい」
「よし。俺が右のゴーレムを受け持つ。三人で左の一匹をやってくれ」
「八坂君一人で大丈夫なの?」
いや、結構やばい。
「まともにやり合うと怖そうですけど、一発当てて、釣って逃げ回りますよ」
動きも鈍そうだ。粘るだけならどうにでもなる。それに、ヘリオスより怖いって感じはしないしな。
「行くぞっ」
俺は駆け出して、右のゴーレムに斬りつけた。が、ゴーレムは両腕を上げてがっちりと攻撃をガードする。
「は?」
そして、ガードを上げたまま頭を振って的を散らそうとする。
「え? お、おいなんだこいつっ」
俺はバックステップした。ゴーレムは素早い動きでパンチを繰り出す。空を切った攻撃だが、それは石の床を容易く砕いた。
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聞いてねー。
ゴーレムってこう、もっと鈍いモンスターじゃねえのかよ。
「八坂君、平気!?」
「なんとか! さっさと一匹やっちゃってください!」
あっちは、KMがゴーレムのヘイトを稼いでいるらしい。後ろからカプリーノが血の魔法を使い、アルミさんが回復をかけ続けている。
俺は動きの素早いゴーレムから逃げるのに必死だった。距離を空け過ぎてもよくない。三人の方へは行かせないよう、ちょうどいい位置をキープし続ける。
隙を見つけては攻撃をするのだが、どうにもダメージの通りが悪い。ヘリオスソードは決してカスみたいな武器ではないが、このモンスターとは相性が悪いようだ。やはり本命はカプリーノの魔法である。
「ちくしょうっ、魔法使いにでもなっとくんだった!」
叫びながらゴーレムを斬る。弾かれて体勢が崩れたが、俺はモンスターの攻撃を横っ飛びで躱した。




