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第3章 姫と奴隷とⅡ

<4>



 エバーグリーンの屋敷の前にも庭内にもアニスの私兵がたくさんいた。俺たちはカプリーノの案内で屋敷の裏手に回り、林道を抜けて隠し扉にある場所まで辿り着く。


「ここから地下に行けるの?」

「えー? 何もないっすけどー? マジやばくないすか?」

「そこで見ていろ」


 カプリーノは地面に手を当てて幻惑の魔法を解く。すると、前にも見た、錆びた鉄の扉が現れる。カプリーノはその扉を上へと押し開けた。


「うぇーい、やべー。カプちゃんやべーっすね」

「オレさまのことをカプちゃんとなれなれしく呼ぶな」

「……私、通れるかしら?」


 中は暗い。俺はヘリオスソードを抜いて先頭を進むことにした。その後ろにカプリーノ、KM。最後にアルミさんが続く。


「狭い……」

「アルミちゃーん、その鎧脱いだらよくね? 俺天才じゃね?」

「セクハラっ」

「むー。騒がしいぞ、しもべ」

「俺のせいじゃねえよ」


 長い通路を進む。やがて俺たちは第一階層に出て、第二階層への階段前で立ち止まった。


「ナガちゃん、どうしたっすか?」

「いや、この先に誰かがいるとして……それはきっと、アニスと、アニスの護衛と」


 俺はアルミさんをちらりと見た。彼女は小さく頷く。


「テミス騎士団。私のクランメンバーがいるかもしれないってことね」

「このゲームにはPKがあります。もしかしたらだけど、敵はモンスターだけじゃないかもしれません」

「やべーっすねー。けどー、まあー? 俺は別気にしてないっす」


 さすがKM。なんかもう頼れる存在である。

 俺も、実はそんなに気にしていない。アニスの護衛、つまりナナクロ世界の人間を相手にするのは少し怖いが、ゲームのプレイヤーなら『殺す』っつーか『HPを0にする』だけだ。そうなってもデスペナで町の教会に戻されるだけである。あとは良心と相談するだけだ。


「オレさまも構わん。だがしもべよ。殺す必要などどこにもないぞ。少し痛めつけて分からせてやればいいだけだ」

「……ぶっ殺せとか言うかと思った」

「阿呆め。オレさまは寛容なのだ。それにだ、死ねばそれまでだぞ。善人であれ悪人であれな。お前は誰かの命を終わらせることが出来るか?」


 ……それは嫌だな。


「何かを殺せば、その何かの想いのようなものがお前に憑りつくぞ。重くなって、いずれ動けなくなる。つまらんやつらの命など背負ってやる必要はない。いいな。どうせ背負うのならオレさまをおんぶしろ」

「あら、子供なのか大人なのか分からないことを言うのね」

「オレさまはエバーグリーンの現当主……のようなものなのだぞ。子供扱いするな」


 ま、確かにその通りだ。

 ストトストンをゲームの中の世界だと言って、武器を振り回してはしゃぐつもりも俺にはない。


「KM、アルミさん。そんじゃあNPCはそういうことで。ただしプレイヤーには容赦しなくていいと思う」

「ッケーイ、ナガちゃん了解でーす」

「……難しいけど、頑張ってみるわ」


 よし。ここにいるんなら、待ってろよさゆねこ(中身はないけど)。



<5>



 階段を下り、第二階層へ。

 ここには誰の姿も見えない。さゆねこを連れ去った連中がいるんなら、もっと奥か。


「さっさと第三階層に行こう」


 なるべく最短ルートで、最低限の消費で奥まで辿り着きたい。


「けど、ここがどんだけ下まであるのかは分からないんだよな」

「しかし最奥には《常緑の間》がある」

「……なんだ、それ?」

「エバーグリーンの初代当主、《リビー・クリム・エバーグリーン》が眠る部屋だ。そこだけは特別扱いされている」


 カプリーノたちの始祖か。

 たぶんだけど、この墓地には何かある。いや……この墓地の何かを使おうとしているやつがいる。そうでないと、先行したやつらもこんなところへ足を運ばないだろう。

 が、それはカプリーノには言わないでおこう。機嫌が悪くなること請け合いだからな。


「おっ、ナガちゃんモンスターきたっすよ」

「俺がやる。KMは温存しといてくれ」

「いいすか?」

「いいっすよ!」


 言いながら、俺はコウモリのモンスターを斬る。こいつだけなら俺でも余裕だ。


「しもべ。オレさまはどうする?」

「お前も温存だ。なるべく俺だけで片づけてく」

「そうか。殊勝な心がけだぞしもべ!」

「おうよ」


 あ、しまった。しもべって呼ばれるのにも慣れてきてしまった。



<6>



 第二階層を難なく突破し、第三階層へ。

 前にもここへは来ていた。ルートを覚えていたので、俺たちは第四階層まで大した消費もなく着くことが出来た。


「……こっからか」


 知らない場所だ。慎重に行く必要があるな。

 そう思っていたのだが、スタート地点から右側の通路の先が大きな部屋と繋がっていた。この階層は今までとは違う造りになっているらしい。


「反対側の通路は、特に何も見えないな。どっちに進む?」

「広い方がいいわ。ここのダンジョンの圧迫感、ちょっと辛いもの」

「そっすねー。ナガちゃんもあの広間的な場所で、ちょっち休憩した方がいっすよ」


 俺はカプリーノに視線を落とす。彼は好きにしろと言った。だったら、その広間に行ってみるしかないだろう。

 俺たちは通路を進み、広間の様子を確認する。壁も床も今までのダンジョンと同じ素材だが、広さは段違いだ。天井が高く、三方向に通路がある。ここにも誰もいない。モンスターの一匹だっていないし、誰の骨も埋め込まれていない。休むにはうってつけだな。


「ふう、一息つけるな」


 その場に座って回復アイテムを飲み干し、減っていた体力を元に戻す。


「……む。見ろしもべども」

「誰がしもべよ」

「マジすかー? 俺しもべとかやばくね?」

「うるさいっ。だから見ろ、向こうに階段が見える」


 俺は目を凝らす。ここから見て大広間の一番奥、下に続く階段があった。なんだよ、すげー楽勝じゃん。


「うぇーい、超余裕じゃないすか」


 気が抜ける。その瞬間、俺の尻に振動が伝わった。こりゃ、なんだ? 地面が震えてるのか? 

 俺は咄嗟に立ち上がって剣を抜く。KMもアルミさんも周囲を警戒する。

 やがて、俺たちのやってきた方向の通路が閉じる。石で出来た重たい扉が上から降りてきたのだ。


「も、戻れないじゃない!?」

「閉じ込められた……?」


 見えていた階段。そこにも石造りの扉が降りてしまう。そうして残った左右二つの通路から、二匹のモンスターが現れた。

 そのモンスターは、巨大な石の塊であった。不思議に思って誰も手が出せずにいると、その丸まった石は独りでに変形を始める。『がしょんがしょん』とか『ガキンガキン』とかいう効果音が聞こえてくる。やがて、その石は人型となり、二本の足で立ち上がった。ごつごつした体だが、ちゃんと頭があって、目が二つあって、四肢もある。


「ロボじゃん。すげーやばくないすか? 超カッケーんすけど」


 確かに変形ロボットみたいだけどさあ。


「アレは、ゴーレムだ」

「ゴーレム?」


 カプリーノがそう言うので、俺はモンスターをねめつける。すると『魔岩・グリーンゴーレム』と表示された。こいつらNMか。グリーンの要素なんてどこにも見当たらないけどな。


「知ってんのか、カプリーノ」

「……エバーグリーンの血だ。石や泥に血を混ぜて魔力を込めた。アレはそうして造られた戦闘人形に違いない」

「弱点とかは?」

「オレさまも初めて見る。やはりエバーグリーン家はすごい力を持っているのだ!」

「威張るな!」


 くっそう、ゴーレムか。見るからに固そうだな。物理だけじゃ押し切れそうにない。


「うっそ……ボス戦?」

「みたいですね。たぶん、倒さなきゃ出られないし進めもしません」

「ナガちゃん、どう攻めるっすか?」


 俺は少しだけ考えた。


「一匹ずつ仕留めよう。で、魔法メインで攻めたい。カプリーノ、いけるな?」

「あのゴーレムを破壊するのはもったいないが、事が事だ。仕方あるまい」

「よし。俺が右のゴーレムを受け持つ。三人で左の一匹をやってくれ」

「八坂君一人で大丈夫なの?」


 いや、結構やばい。


「まともにやり合うと怖そうですけど、一発当てて、釣って逃げ回りますよ」


 動きも鈍そうだ。粘るだけならどうにでもなる。それに、ヘリオスより怖いって感じはしないしな。


「行くぞっ」


 俺は駆け出して、右のゴーレムに斬りつけた。が、ゴーレムは両腕を上げてがっちりと攻撃をガードする。


「は?」


 そして、ガードを上げたまま頭を振って的を散らそうとする。


「え? お、おいなんだこいつっ」


 俺はバックステップした。ゴーレムは素早い動きでパンチを繰り出す。空を切った攻撃だが、それは石の床を容易く砕いた。



<7>



 聞いてねー。

 ゴーレムってこう、もっと鈍いモンスターじゃねえのかよ。


「八坂君、平気!?」

「なんとか! さっさと一匹やっちゃってください!」


 あっちは、KMがゴーレムのヘイトを稼いでいるらしい。後ろからカプリーノが血の魔法を使い、アルミさんが回復をかけ続けている。

 俺は動きの素早いゴーレムから逃げるのに必死だった。距離を空け過ぎてもよくない。三人の方へは行かせないよう、ちょうどいい位置をキープし続ける。

 隙を見つけては攻撃をするのだが、どうにもダメージの通りが悪い。ヘリオスソードは決してカスみたいな武器ではないが、このモンスターとは相性が悪いようだ。やはり本命はカプリーノの魔法である。


「ちくしょうっ、魔法使いにでもなっとくんだった!」


 叫びながらゴーレムを斬る。弾かれて体勢が崩れたが、俺はモンスターの攻撃を横っ飛びで躱した。

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