第3章 姫と奴隷と
<1>
日曜日。現在時刻は『9:20』。
俺はカルディアの町にログインしていた。昨日の晩、カプリーノは来なかったが蓬から連絡が来ていた。この町の宿屋の前で待つようにと言われているのだが。
「……っ、ふう」
後ろを警戒する。また驚かされるのは嫌だし、癪だからな。
「ばあっ」
「ふあっ!?」
正面に蓬の顔があった。くそう、またやられた。
「毎回毎回そうやって出てくるつもりっすか!」
「いやー、お兄さんってばいい反応するからさー、つい」
「あー、もう。それより、なんか分かったんすか?」
「まあねー」
蓬は、ん、と、手を差し出してきた。俺は無言でお金を渡した。
「ひー、ふー、みー……ん、確かに。ご利用ありがとうございます。そんじゃ、アニスってキャラのことなんだけどさ、なんかでっかいお屋敷あるでしょ?」
蓬が指差す方向には、この町で一番大きな建物があった。
「そこにはアニス・セラセラが住んでるんだって。で、そのお屋敷に何か運び込んでたらしいよ」
「何かを?」
「布がかかってて見えなかったらしいんだけど、結構大量に」
大量に、屋敷に何かを。
「それだけじゃ弱いっすね。実際見たわけじゃないんでしょ?」
「話がマジなら生き物だねえ、ありゃ」
「……生き物?」
「呻き声みたいなんが聞こえたりとか、運んでたものが不自然に揺れてたりしてたんだってさ」
生き物か。
「ちなみに、話ってのは誰から聞いたんすか?」
「んー? ……まあ、いいか。情報源は明かさないのがモットーだけどさ、ちょっと臭い出所なんだよね。《我らが秩序テミス騎士団》って知ってる?」
「この町の自警団的なクランっす。知ってますよ」
「そいつらから聞いたの。というか、盗み聞きしたというか」
「どうしてその人たちが知ってたんですか?」
「さあ? お屋敷に何かを運んでるところを見たのか。それともそいつらがお屋敷に何かを運んだのか。そのどっちかじゃない?」
……うーん。アニスの弱味に繋がるかどうかは分からないな。ただ、テミス騎士団か。アルミさんに聞いてみるのも一つの手かもな。あ、いや、待てよ。
「その、屋敷に何かを運んでたのって、いつの話ですか?」
「昨日のお昼過ぎだって」
昨日の、昼過ぎ?
その時間は、俺はKMやアルミさんとダンジョンに潜ってたよな。じゃあ、アルミさんは何も知らされていないのか? そういや、あの人は騎士団じゃあ新入りとか言ってたし。
『上の人たちのやってることってさっぱりなの』
「お兄さん? お客さーん? 固まっちゃってどしたん?」
「あ、いや、大丈夫っす」
「どうする? 引き続きアニスって子、調べてみる?」
「いや、いったんここまでで大丈夫っす。ありがとうございました」
「そ? そんじゃあ、あたしもちょっと別のところに行ってくるかなー。また何かあったらいつでも連絡ちょうだいね」
「頼りにしてます」
「ん。便りを待ってるぜ、なんてね。じゃねー」
<2>
蓬は軽い調子で去っていった。俺はどうするかな。アニスの屋敷に行ってみるか?
その時、服を引っ張られていることに気づいた。この感触は……。
目線を下げるとカプリーノがいた。何故かぷくーっと頬を膨らませていた。
「あっ、お前なあ。昨日はめちゃめちゃ待ってたんだぞ。ったくよー」
「オレさまは悪くないっ。悪いのはお前ではないか」
「俺が?」
そうだ。
そう言ってカプリーノは腕を組む。
「しもべの分際で、オレさま以外のやつとパーティを組んでいただろう」
「ああ、まあ。見てたのか?」
「オレさまを除け者にした罪は大きいからな! 生意気だ! しもべのバカバカバカバカ!」
子供かよ。あ、子供だったんだっけ。
「……もしかして、それで昨日は来なかったのか?」
カプリーノはぶすっとした顔で答えた。
「うむ。オレさまのことを蔑ろにした罰だ」
「なんだよ。拗ねてたのか」
「すっ、拗ねてなどいない!」
「俺にも事情があったんだし、お前とばかり組んでる理由もねえんだよ。それより、ちょっと面白いことを聞いたぞ」
「む、なんだ」
俺はさっき蓬から聞いたことを話してやった。カプリーノは難しい顔でその話を聞いていた。
「というわけだ」
「そうか。だが、その何かとやらが分からん限り、オレさまたちにはどうしようもない気がするぞ」
「そこでアニスの屋敷に行くかどうか悩んでたんだよ」
「……オレさまは嫌だぞ」
だろうな。
「ところで、しもべよ」
カプリーノは辺りをキョロキョロと見回している。落ち着きのないやつだな。
「イア族の娘とは一緒ではないのか?」
「……さゆねこのことか? どうしてお前があいつを知ってるんだ?」
「お前がカルディアに来た時、一緒だったろう。オレさまはその時からお前を見ていたから知っているんだ」
「ふーん。まあ、あいつは土日……っつーか、昨日も今日もこっちには来てないよ」
「そうなのか?」
不思議そうに小首を傾げるカプリーノ。要領を得ないな。さゆねこが何なんだ?
「さゆねこというやつかどうかは知らんが、先ほど鎧を着た大男たちがな、イア族の娘を抱えてオレさまの屋敷へ行ったのだ」
「……はあ? それ、マジか?」
「地下の墓地に向かったのかもしれん。さっき見てきたが、あの屋敷はアニス・セラセラが封鎖したそうだ。何様のつもりだ。腹立たしくて頭がおかしくなりそうだ」
さゆねこが連れ去られた?
いや、あいつはこっちにログインしていないはずだ。後でメッセージを送ってみるけど……最後にあいつがこっちに来てたのはいつだ。
金曜日の、晩、だよな? ダンジョンを出て別れて、その日の内にメッセージが届いてたもんな。
でも、連れ去られたイア族の子がさゆねこだったとして、無抵抗で捕まるとか、あるか? たとえば、キャラが状態異常喰らって動けなくてもチャットやメッセージで俺に助けを求めるだろうし、そもそも……。
「あ」
「む、どうしたしもべよ」
もしかしてあいつ、金曜日の夜にログアウトし忘れてそのまま寝たんじゃねえの? そんで家族と出かけた、とか。そうなると、さゆねこってキャラはその場に残り続けるだろうな。
……寝落ち。その可能性が高まってきた。そうなると、NPCから恐れられている冒険者だってただのかかしと変わらない。
「カプリーノ。もしかしたら俺の友達が捕まったかもしれない」
「何? 本当なのか?」
「分からないけど、あの地下墓地で誰かが何かをやろうとしてるかもしれない」
「むう、オレさまの……いや、エバーグリーンの神聖な地でよからぬことはさせんぞ。行くぞしもべ! 不埒者を打ち倒すのだ!」
「俺たちだけでか? ちょっと待ってくれ」
俺は、KMやアルミさんにメッセージを送ってみた。ダンジョンに潜りたいから助けてくれって。そして、何となく無駄だと分かっていながらも、さゆねこにも。
「しもべ。お前の仲間を呼ぶのか?」
「ああ。安心しろよカプリーノ。今度は除け者にはしないからよ」
<3>
十分ほど待ったがさゆねこからの応答はない。さらに五分。KMがカルディアの出入り口前にやってきた。
「うぃーす、つかナガちゃん朝早くね? パね……ん?」
KMは俺の傍にいるカプリーノを見て首を傾げた。
「NPC? それ、誰すかナガちゃん」
「あー。まあ、俺のパーティメンバーだよ。色々あってな」
どういう反応をするのかと思ったが、KMは両手を上げて『うぇーい』とか言ってカプリーノにハイタッチを求めた。
「なっ、なんだこいつは! 何語を話しているのだ!」
「ナガちゃんは俺のベスフレなんでー、ナガちゃんのフレは俺のベスフレってことなんすよねー。シクヨロでーす」
「『よろしくな』ってさ」
「うぇーい!」
「分からん!」
こういう場合、KMってすげえ楽で助かるな。
それから遅れること数分。今度はアルミさんがやってきた。
「おい、しもべ。なんだ、鎧が動いているぞ」
アルミさんを見たカプリーノがビビっていた。
「おはよう八坂君。げっ、こいつもいるの?」
「うぇーい、おざーすアルミちゃーん」
「……帰っていい?」
「ちょっと待って待って! 実は、二人には頼みがあるんです」
俺はKMとアルミさんの二人に、簡単に事情を説明した。
さゆねこという仲間が捕まったかもしれないということ。
カプリーノを助けてやりたいってこと。
ダンジョンに何かがあるかもしれないってことを。
「……つまり、ダンジョンにさゆねこって子が連れ去られたかもしれないのね?」
「マジすか? やっべー。超やばいじゃないすか。ラチった的な?」
「はい。誰が攫ったかは分かりません。けど、この町で怪しい連中は限られてくる。アニス・セラセラです」
俺がアニスの名前を出すと、アルミさんは妙な反応を見せた。
「ッケーイ。ナガちゃん、全然いきまっしょーい。ナガちゃんのフレがやべーってことは俺もやべーってことなんで」
「ありがとうな、KM。けどアルミさん。一つだけ聞いていいですか?」
「えっ? あ、何?」
「今って、テミス騎士団の人たちは何をしてますか」
アルミさんは答えに窮しているらしかった。
「もしかして、もう自警団のようなことをしていなかったり?」
「そんなことは……今日は、集まりが悪いだけよ」
突っついてもダメだろうな。どうするか。アルミさんに対して不信感はないが、彼女の所属しているクランからは嫌な感じがするんだよな。
俺がどうするものかと考えていると、カプリーノがアルミさんを指差した。
「おいお前。何を隠しているのだ。オレさまとしもべに全て話せ」
「そんなこと言われても困るんだけど」
「その白い鎧。お前とよく似た姿のやつらが、しもべの仲間を連れて行ったのかもしれないのだぞ」
何?
「カプリーノ、そうなのか?」
「うむ。そうなのだ。さあ話せ、デカブツめ」
アルミさんは長い息を吐き出して兜のバイザーを上げた。……女性の顔だ。初めて見るアルミさんの顔である。黒髪で眼鏡をかけていたのか。何だか委員長って感じの雰囲気だな。そりゃあKMと相性悪いわ。
「隠すつもりなんかないわ。……昨日から、ウルツァイトさんたちと連絡が取れなくなっているのは事実よ。でも、あの人たちが妙なことをしているなんて信じられない」
「チャットやメッセージで何か聞かなかったんですか?」
「聞いたわ。聞いたわよもちろん。でもはぐらかされて『君はいつも通り町を見回ってくれ』って」
ぱん、と、KMが手を合わせて、大きな音を鳴らした。俺たちはKMに注目する。
「ダルいっす。ここにいても何も始まらなくないすか?」
「……そうだな。よし」
俺はアルミさんに向き直った。
「どうしますか。俺たちはダンジョンへ潜って、さゆねこたちを探してみます」
「私は……私も行くわ。ウルツァイトさんたちが何かを隠していて、その何かが人としてよくないことだったら、誰かが止めなきゃいけないと思うから」
決まりだ。
「けど、ダンジョンは今、封鎖されてるんじゃないの?」
「それは任せてください。カプリーノ、例の場所に案内してくれ」
「うむ! あ。あっ、オレさまに命令するな!」




