第2章 地下墓地Ⅳ
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KMがモンスターをある程度片づけて、俺がとどめを刺すやり方で、俺たちは思っていたよりも苦労せずに第三階層に辿り着く。
ここまでくると、アルミさんもKMが町でナンパをしていたのではなく、本当にダンジョンへ潜る為にパーティメンバーを探していたのではないかと思うようになっていた。
「ムカつくけどね」気持ちは分かる。
ただ、ふと疑問が生じた。
「KMくらい強かったら、パーティなんかどこでも入れてくれるんじゃないのか?」
「あー。それなんすけどー、俺ー、なんかMVPボーナス取り過ぎるみたいでー、超嫉妬されるんすよ」
「……ああー」
なるほど。強いけど協調性はない戦い方だしな。経験値はパーティで分配されるけど、ドロップ品は独り占めしちゃうってわけか。
「しかもー、アルミちゃんたちに目ぇつけられちゃってー、ますます俺孤独みたいなー?」
「う。だってそれは、あなたがそういう言動をしているからであって……」
アルミさんは反省しているというか、しょぼんとしていた。
「でもさ、この前はそういうのと関係なしに店から叩き出されてたじゃん。アレはなんだったんだ?」
「あー。アレすか? アレはー、ちょっと店の子にちょっかいかけ過ぎちゃってー。つかお兄さん知ってます? あの店ってNPCばっかじゃないんすよ。プレイヤーの子もあそこでバイトとかしてんすよね」
「……え?」
「女の子と楽しくべしゃりましょーって店なんすよ。やばくないすか?」
「やばいなそれ」
ごほん。
アルミさんの咳払いで、俺は我に返った。
「やっぱりいかがわしいじゃない。そういうのが犯罪に繋がったりするのよ。というかもうギリギリアウトじゃないの。……八坂君もカルディアのお店で遊んだりするの?」
「いや、俺はまだそういうの入ってないんですよ」
「よろしい。そっちの日焼けしてるやつみたいなことしちゃダメだからね」
「えー? マジすか。マジもったいないっすよ、ナガちゃん」
ナガちゃん?
「つーかナガちゃんでいいっしょ? こっから出たらー、俺、超やばい店に行くんすけどー、ナガちゃんもどうすか?」
「だからダメって言ってるじゃない! 全く。今日は他のメンバーも少ないっていうのに。みんな、どこで油を売ってるのかしら」
あ。今、KMが『いいことを聞いたぜ』みたいな顔をしてる。
「騎士団の人たち、今日はなんか別のことをしてるんですか?」
「うーん。それがね、私は新しく入ったから上の人たちのやってるってことってさっぱりなの」
ああ、そういや、アルミさんは名前がキャラの上に表示されてるな。あの、ウルツァイトって人たちは隠してたのに。
俺がそのことを聞いてみると、アルミさんは(恐らく)恥ずかしそうに口を開いた。
「みんな隠蔽スキルを使ってるのよ。特殊な装飾品があってね。……こういうことしてると恨みを買っちゃうから。身元が割れちゃうと逆に粘着されちゃうし、PKもされるかもでしょ? だから名前を隠して、大きな鎧を着て顔を隠してる」
「でもアルミさんは隠してませんね」
「だって、自分だけ安全なところにいるのってずるいじゃない。そういうところにいる人の話なんて誰も聞いてくれないでしょう?」
「……確かにそうかも」
だったらそういうことをやめればいいのに。とは言えない。PKもそうだが、悪役を演じるのも『いいもの』を演じるのもゲームの楽しみ方の一つだ。他人に強制されるいわれはない。
まあ、度が過ぎれば誰かとぶつかっちゃうんだけどな。
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第四階層に到達した。ここから先は俺にとっても未知の領域である。正直、カプリーノには悪いかなとも思ったが、ロケハンってのは大事だしな。
「しっかし……」
相も変わらず変わり映えしない風景だ。わざとこういう風にしてんのかな。迷いやすくする為とか。
まあ、最深部ってゴールは存在するんだ。無限に続いてるってわけでもない。
「よし。行きますか」
「あ、俺っちちょっとやばいっすね」
「え?」
KMが壁に手をつき、ダルそうに息を吐いた。
「SP切れかけみたいな? 誰かアイテムで回復させてくんないすか?」
「はあ? なんで自分で持ってないのよ」
「全部お店で使っちゃう系なんすよ。宵越しの金とかマジやばくないすか?」
「ふざけんな!」
ガス欠しやがった。たぶん、KMが他のプレイヤーから敬遠されてるのってこういうところなんだろうな。
「しゃあないな。俺のアイテムでよかったら使ってくれ」
「マジすか? ナガちゃんマジ優しいっすね」
「ダメよ。こいつ、甘やかしてたら一生このままだわ」
アイテムを差し出そうとしたが、アルミさんに止められてしまう。とはいえ、KMの戦闘能力は捨て難い。
「ここに来るまでにお金だって入手してるんだから、それで買えばいいのよ。というわけで今回はここで戻りましょう」
「いー? だってそれじゃあ全然やばいんすけど。パーティ的な? 女の子と遊んだり? 出来ないんすけど」
「するな」
「アルミちゃん、マジ鬼っすね。鬼やばいっすね」
「……まあ、さっきの町でのことは私の勘違いだってことにしとく。悪かったわね。少なくとも、私はもうあんたにつきまとったりしないわ」
KMは妙なポーズをとった。
「アルミちゃんマジ女神っすね。鬼女神っす」
「鬼なのか女神なのかはっきりしなさいよ」
これで誤解が解けたというか、一件落着、なのか?
第四階層を見られなかったのは残念だけど、これで俺も解放されるんだな。よかった。
「あ、そんじゃあフレンドよろしく」
「え?」
ぴこん、と。メニューくんが表示される。KMからのフレンド申請らしい。同じく、アルミさんの方にも申請画面が出ているようだ。俺は『いいえ』を押した。
「ちょっ、二人ともマジすか? ノータイムでノーサンキューとかパねーしやばくね? もう俺らベストフレンドじゃね?」
「なんであんたなんかと!」
「俺ももう勘弁してくれよ」
「ちょー、マジすかー」
地上へ出るまでの間、KMがしつこかったので、俺とアルミさんは仕方なくフレンド申請を許可した。結局、なんかまた関わり合いになりそうな二人だった。
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KM、アルミさんと別れた後、俺はまたログアウトして家でゆっくりした。晩飯を済ませてカルディアにログインするも、
「……こねーし」
この日、カプリーノは俺の前に姿を見せなかった。
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奴隷。
誰かに所有され、権利を、名誉を許されず、無償の従事を死ぬまで続ける。
彼らは生命ある道具なのだと、とある哲学者は言った。
「全くもってその通り」
アニス・セラセラは笑った。
今、彼女の前には幾つもの檻がある。中にいるのは獣ではない。人だ。カルディア近郊から連れてこられたイア族たちである。
しかしアニスからすれば、獣の耳が生えたイア族は自分たちと同じ人ではない。
「ふふっ、これさえあれば冒険者たちの心を掴んで、牛耳るのも簡単ですわ」
アニスはカルディアに奴隷市場を作ろうとしていた。所詮、冒険者など野卑で野蛮で下衆な連中である。金と女をあてがえば、腹を空かせた犬のように尻尾を振る。そうしてさらに人を集めて、自身の地位を盤石にし、より高みを目指すのだ。
……もっとも、風土や時代によっては、奴隷の身分とはいえ、有した技能や知識によっては厚い待遇を受けるものもいる。奴隷とは安い買い物でもなく、無駄に使い潰されることもそうはない。
が、やはり奴隷とは最底辺に位置するものだ。彼らが道具なのだとすれば、使う側の人間によって立場も、末路も変わる。
そして。目の前のアニスという女は、自分たちを『もの』としか見ていない。自らの運命を呪い、檻の中のイア族は震えた。
「アニス様」
「あら、なんですの?」
一人の男がアニスのもとにやってきて、ある報告をした。
「……面白いですわね。イア族の冒険者を捕らえたと?」
「はい。町の片隅で立ち尽くし、ぴくりとも動かなかったもので。まるで魂が抜けたかのようです」
「魂が……」
そういえばと、アニスはある話を思い出す。
冒険者は並の兵士より強力だが、その中には時折、魂が抜けたように動かなくなるものもいるのだと。
「ふふ、それは重畳。何せ檻はまだいくらでもあるんですもの。そこに入れておきなさい」
男は頭を下げて部屋から出ていく。
「ふ。ふふふ、ああ、なんと気持ちがよいのでしょう。全て、丸く、私の思い通りに上手くいく。あ、は。あはははっ、あーはっはっはっは! ……げほっ、げほ!」
笑い過ぎてむせて涙目になりながらも、アニスは酷く楽しそうであった。




