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第2章 地下墓地Ⅲ

<1>



 昼飯を食べ終えて一休みした俺はナナクロにログインした。今日は地下迷宮……じゃなくって地下墓地前の屋敷の庭が使えない。カルディアの宿屋前でログアウトしていた俺は、無事にそこへ戻ってこられた。

 戻ってくるとメッセージが届いていることをメニューくんが知らせてくれた。どうやら俺がログアウトしている間に届いたらしい。差出人は情報屋の蓬だった。早いな。


『おっ、マジー? 早速使ってくれんの? ありがとうね! そんで今カルディアにいるんだっけ? あたしもそっちに用事があるからさー、すぐに向かうんで話はそこでよろしく! 着いたら連絡するねー』


 友達感覚のメッセージが返ってきてた。しかしアレだな、さすがは忍者。フットワークが軽い。いつになるかは分からないが、蓬から連絡が来るまで町をぶらついてみようかな。


「わっ!」

「おわっ!?」


 後ろから大きい声をかけられて飛び上がってしまった。距離を取りつつ慌てて振り向くと、悪戯の成功した子供みたいな顔で笑う蓬がいた。


「お客さん、おっそーい。もう三十分も前に着いて待ちくたびれちゃったんですけどー」

「こんなに早くこっちに着くとは思ってなかったんすよ」

「情報は鮮度が命。扱うわたしも速さには自信があるんだよねー。そんで? 聞きたいことって何?」


 俺は聞きたいこと、つまりアニス・セラセラについて何か知らないかを尋ねた。椛は不思議そうな顔になり、眉根を寄せて不審そうにこっちを見てくる。


「NPCのことが知りたいんすか、お客さん」

「色々あるんだよ。そういうところに突っ込んでくるんなら、もう頼まないけどさ」

「あっ、駆け引き! 駆け引きする気? ダメダメダメ、あたしには敵わないって。でもそっちの言うとおりだーね。オケー、ちょっと調べたげる」

「商談成立ってことでいいすか?」

「いいすよー、ちょっと時間ちょうだいね」


 ところで。


「例の二人はどうなりました?」


 蓬はばつの悪そうな顔になった。


「あー、ごめん。八坂剣爾って人とカァヤって人だよね? それがさ、超手強いんだよね。セルビルとキャラウェイで調べたんだけどさ、空ぶった感じ? たぶんだけど、別の場所にいるんじゃないかなー」


 やっぱりそうか。


「で、他にも色々調べることあってさ、カルディアに飛んできたの。こっちでも二人は探したげる。そんで、アニス・セラセラだっけ? アレだよね。このゲームのお姫さまの」

「何か知ってたりしません?」

「んー、NPCのことはあんまり。でも、なんかこの町にいるみたいだし、ここでは結構有名なんだね。まあ任せときなよ。……ああ、それから。これはあんまり関係ない話なんだけどさ、ここに来るまでに変な話を聞いたんだよね」


 変な話?

 蓬は俺に近づいて耳打ちしてきた。


「ホワイトルートって大陸はさ、森の多いところだったんだって。だけど、町を作るっしょ? そしたら行き来する為に道を作るっしょ? 道を作ったらまた町が出来るじゃん? その度に森が切り開かれてくわけ」

「はあ、まあ、そうっすね」

「森に住んでた人たちは追い出されるわけ。エルフとか、いわゆる亜人が。で、そういう人たちはどんどん森の奥や新しいところに住む場所を移すんだけど、数は少なくなってくの。その人らの中にも、森を出ちゃうのがいるから」


 それは何となく分かるけど、何の話をしてるんだろう?


「でもさ、少なくなってもゼロにはならないんだよね。だから、亜人の村一つが空っぽになるとかは中々考えらんないわけ」

「村が、空っぽ?」

「そ。キャラウェイとカルディアの間の村。そこから人が消えたらしいよ」


 村一つ分の人が消えた、か。気にはなるけど確かに今の俺には関係のない話だな。


「ところでお兄さん。前に一緒にいた子は?」

「ああ、今日はなんか用事があるとかで」

「ふーん? ま、プレイヤーだし大丈夫か」

「何がっすか?」

「ん? あー、いなくなった村に住んでたのって、イア族だったんだよね。ほら、動物っぽい耳や尻尾が生えてる種族」


 確かにさゆねこはイア族だが、消えるも何もプレイヤーが操作しているキャラクターだ。この世界の住人ならともかく、あいつには関係のない話だろう。


「今の話はタダでいいよー。そんじゃ、とりあえず調査費用をちょうだいしましょうか」


 俺は蓬に調査費用を払い、仕事を依頼した。さて、カプリーノにはああ言ったし、アニスの弱味とやらが見つかればいいんだけどな。



<2>



 現在時刻は『13:05』。昼を回ると俄かに町が騒がしくなってくる。そうしているうち、屋敷が開放されたと聞いた。俺はさっきカプリーノの手引きでダンジョンに潜ったが、そうではないプレイヤーは競うようにしてそっちへ向かっているらしい。

 俺は、さっき蓬に払った情報量を補填する為に、今朝ダンジョンでドロップした素材を道具屋にでも売りに行こうと思っていた。

 カルディアもある程度は道を覚えた。近道しようと路地裏に入ると、二人の男女の言い争う声が聞こえてきた。厄介だな。道を変えようと思って背を向けると、


「あー、ちょー、お兄さんお兄さん、俺マジやばいんでー、助けてもらっていいすか?」

「あっ、ちょっと! 何を助けなんて求めてるのよ!」


 面倒なことに巻き込まれた。

 仕方なく、俺は路地裏に向けて歩を進める。近づくにつれて二人が何者なのかが分かってきた。

 一人は男。すげーチャラそうなやつだ。どっかで見たことがあるなあと思ったら、この間、店から叩き出されてバイブスとか言ってたやつだ。また何かしたのか、こいつ。

 もう一人はたぶん女。たぶんというのは、その人が全身を鎧で包んでいたからだ。でかい兜を被っているので顔も見えない。ただ、声は女性のものである。そんでもってこの感じ、《我らが秩序テミス騎士団》のメンバーだろう。

 その二人が言い争い……というか、チャラいやつが一方的にズケズケものを言われている。

 チャラいのは俺を見ながら小さく頭を下げた。


「マジサンキューでーす。ちょ俺ー、このお姉さんに粘着されててー」

「粘着?」


 巨大鎧を着たテミス騎士団の人がぶんぶんと首を振る。


「違うわよ。こいつ、女の子に声かけまくってたから注意したのよ」

「いやお姉さん違うって。パーティー組んで欲しかっただけなんすよ」

「ナンパにしか見えなかったわ」

「マジすか? それやべーっすね」


 やばいのはお前だけどな。

 だが、どちらの言い分を信じていいかが分からない。男の方だって本当にパーティを探してたのかもしれないし、騎士団の人が勘違いしている可能性もある。


「つーかお兄さん聞いてもらっていいすか? このナントカ騎士団って人らー、PKできないからってー、すげーつきまとってくるんすよ」

「あー。このゲームにはPKがないのか」

「違うわよ。私たちは直接攻撃をしない主義なの。野蛮だもの」

「でー、俺を攻撃しない代わりにー、超口で攻めてくるんすよー。あ、口で攻めるとかエロくないすか? っべー。しかもずーっとっすよ? この人らに目ぇつけられたら他のお姉さんとかにウザがられてパーティー組んでもらえないんすよね」

「ほら! 今の聞いた!? セクハラじゃない!」


 俺は頭を掻いた。勘弁して欲しい。助けを求めるが、周囲には俺たち以外に誰もいなかった。

 表示されている名前を見ると、男は『KM』。騎士の人は『酸化アルミニウム』だそうだ。


「そのー。確かにKMって人は誤解されやすいタイプだとは思いますし、話しててなんかムカつくんじゃないかなーとは思いますけど」

「でしょう!?」

「でも、酸化アルミニウムさんたちも粘着するのはどうかと思います」

「っしょー? さっすがお兄さん、話分かる系ー」

「ちょっとー。君はどっちの味方なの?」


 俺は俺の味方だ。

 とはいえ、このままでは帰してくれそうにない。


「二人はどうしたいんですか?」

「俺はー、とりまダンジョンに潜りたいんすよねー。つーかカルディアで金使い過ぎちゃって? バイトしねーとやべーみたいな?」

「酸化アルミニウムさんは?」


 酸化アルミニウムさん(つーかすげー名前だなこの人。元素とか、そういうのが好きなんだろうか)は腕を組んだ。


「私は、この人が更生というか、反省の意志さえ見せればそれで」

「なるほど。……じゃあ、二人でダンジョン潜ればいいんじゃないすか? ほら、見張りって意味で」


 我ながら名案だ。そうすりゃあしばらくはこの二人と会わなくても済む。そう思ったのだが二人は露骨に嫌そうな反応を示した。


「いやー、それは笑えないっすわお兄さん。めっちゃ萎えるっつーか」

「私だってこんなやつと二人きりなんて嫌よ。品性を疑われるわ」

「…………じゃあ、どうするつもりですか」


 二人は顔を見合わせた。そして同時に言った。


「お兄さんもパーティーピーポー的な?」

「あなたもついてきてくれない?」


 やっぱりそうなるか。

 どうすっかな。暇なのは確かだし、ダンジョンは今開放されている。蓬の報告もまだだろうし、カプリーノと合流するのは夜だ。あ、どうしよう。俺って暇人じゃん。でもこの町の『めんどくさい』二大巨頭と一緒にパーティを組むのってどうなんだ。

 俺はちらりと二人を見る。二人とも、同時に手を合わせて拝むようなしぐさをしてきた。お前ら息合ってるじゃないか。



<3>



 結局、俺はKMと酸化アルミニウムとでパーティを組むことになった。俺たちはダンジョンまでの道中、お互いのジョブなどを確認する。


「どうも、八坂長緒です。ジョブは剣士。こないだ転職したばっかりです」

「うぇーい、俺、KMクダマキ。ケーエムって呼んでもらっていいすかー? ジョブは槍兵ランサーで、ダルいこととかちょっと萎えちゃうんでシクヨロでーす」


 ちゃらちゃらした男が喋る度、歩く度、身につけた大量のアクセサリーがじゃらじゃらと音が鳴らす。

 そして俺たちの後ろにいる酸化アルミニウムが歩く度、かちゃりかちゃりと金属の擦れる音がする。


「《我らが秩序テミス騎士団》の酸化アルミニウムよ。メンバーにはアルミって呼ばれてるから、あなたたちもそう呼んでいいわ」

「了解でーす、アルミちゃん」

「……ジョブは侍者アコライト。回復は任せて」


 槍兵と侍者か。俺が剣士だし、案外悪くないパーティかもしれないな。ジョブだけ見れば。


「あのダンジョン、二人はどこまで潜ってるんですか?」

「俺っち第二階層までしか行けてないんすよねー。なんかー? パーティー外されちゃってー」

「私は初めて潜るわね。いつも町で見回りしているから」

「俺は第三階層まで行ってるんで、そこまでは案内できそうですね」


 カルディアを出て屋敷の庭内に到着すると、そこは冒険者たちで賑わっていた。俺たちは彼らを横切る形で屋敷の中に入り、ダンジョンへと続く階段を下る。

 長い階段を下って第一階層の広間に。とりあえずという形ではあったが、俺をリーダーにして先を進むことにする。


「通路は狭いんで、アルミさん後ろで。俺とKMが前に出ます」

「了解でーす」

「ええ、分かったわ」


 ヘリオスソードを抜くと暗がりに光が灯る。二人は少しだけ驚いていた。

 そのまま通路を進んでいくと暗がりコウモリが三匹現れる。俺はまず一匹を仕留めようとして足を踏み出した。

 だが、それよりも早くKMが前に出る。


「……っ!? 速っ」


 今度は俺が驚く番だった。

 KMは音もなく前に詰め、槍による刺突でモンスターを一匹仕留める。次いで、壁を蹴って天井近くのモンスターを二匹とも薙ぎ払った。あっという間の出来事であった。


「おつかれーす」

「え? な、なんだ今の?」

「俺ー、ダルイの好きじゃないんすよねー。だからー? 超早く終わらせたいんすよ」


 KMの話を聞いてみると、どうやら彼は素早さとクリティカルに重点を置いた装備やスキルで固めているらしい。先手を取り、一撃に賭ける。時間効率性を重視した構成なのか。


「槍兵ってー、装備品何個かつけられるんすけどー、全部やばいのつけてんすよ俺。だから超やばいんすよ」

「すごいんだけど、全然そんな風には見えないわね……」


 KMのステータスを確認してみると、SPが何もしていないのに少しずつ減っている。SPを消費し続けることで恩恵を受けるパッシブスキルか、装備品を持っているのかもしれない。


「そんじゃま、先に進んじゃいましょー」


 強い。強いんだけど、なんつーか……人は見かけによらないなあ。

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