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第2章 地下墓地Ⅱ

<4>



 階段を下り終えると、狭く、長い通路に出た。


「この先がお前んちの墓に繋がってんだな」

「そうだ」

「で? なんであの屋敷はああなってんだよ」


 カプリーノは俺を先導し、背を向けたままで口を開く。


「かつてこの地を支配していたのはセラセラ家ではない。エバーグリーン家だ」

「お前らが、ここを?」

「オレさまが生まれた直後に奪われたがな」


 とすると、十年以上前の話になるだろうか。


「奪われたっていうと、戦争で負けたのか?」

「ま、負けてなどいない。ちょっと油断しただけだ」

「負けは負けだろ?」

「……そもそも、戦争など起こってはいない」


 ん?


「エバーグリーン家は栄華を極めていたが、一度上り詰めればあとは落ちるしかない。当主の傍系血族にあたるやつらにやっかまれて、人は少しずつ離れていった。力を失った頃には遅く、家は滅びた。あとは、家に残っていたやつらが後始末にやってきたセラセラ家にエバーグリーンのものを切り売りしたというわけだ」

「自爆じゃねえか」


 別にアニスたちは何もしてなくね?


「オレさまはまだ子供だったから何も出来なかった。家の為に何もしてやれなかった。屋敷も追い出されて、惨めな思いをしながら暮らした。だから、せめて先代たちの墓だけでも取り戻したいのだ。オレさまに出来る、最後の親孝行だからな」


 偉そうなカプリーノの背中が、ほんの少し、年相応の子供らしく見えた。


「そういうことだったのか」

「この町に来る冒険者はアニス・セラセラの操り人形ばかり。オレさま一人でどうにかするしかなかったが、今はお前がいる」

「……え? いや、手伝うなんて一言も言ってねえんだけど」

「何っ!?」


 カプリーノは振り向いて、こっちをねめつけてくる。


「しもべだろう!?」

「つーかどうやって墓を取り戻すんだよ。モンスターだってうようよいるし、冒険者だってうじゃうじゃいるんだぞ。アニスだってちょっとやそっとじゃどかねえだろ」


 アニスにだってカルディアに留まる理由がある。ドリスと同じく王位継承レースに参加しているんだ。この町で人を集めて、多くの冒険者を取り込もうとしているはずだ。


「そ、それは」

「えっ、まさか何も考えてなかったのかよ」

「うるさいっ。お前が考えろ!」


 そりゃないよ。

 アニスを敵に回すってことは、この町の冒険者をも敵に回すってことだ。引いては、この大陸を支配しているとかいうセラセラ家をも。俺とこいつだけで相手に出来る数じゃない。


「お願いしろよ。返してくださいって」

「元々はエバーグリーンのものなんだぞっ。どうしてオレさまが頭を下げねばならぬのだ!」

「だって、今はセラセラ家の土地なんだろ。お前の親っつーか、今まで面倒看ててくれた人とかはどうしたんだよ。その人たちに言ってみたのか?」

「じいやもばあやも死んだ。親は、オレさまが生まれる前に病でな」

「……じゃあお前、今は一人で暮らしてるのか」

「そうだ。オレさまがエバーグリーン最後の直系だ」


 まだ十歳そこらで家のことを考えてるんだな、こいつは。

 俺とは違う。俺はカプリーノくらいの歳、大して何も考えてなかった。

 アニスに恨みはないが、あいつには味方がたくさんいる。独りぼっちのカプリーノに協力してやりたいって気持ちになってきちまうな。


「なんか弱味でも見つけりゃあ、どうにかなるかもしれないな」


 下を向いていたカプリーノが、弾かれるようにして顔を上げた。


「本当か?」

「まあ、色々あってな。俺は、実はセラセラ家のとある姫さまと知り合いなんだよ」

「お前、王族だったのか?」

「違う違う。ちょっとした縁でな。で、だ。そいつが俺たちに素直に力を貸してくれるとは考えにくい。ただ、そいつもアニスも王位継承を狙って色々と動いている。それは知ってるよな?」


 カプリーノは何度も頷く。


「ああ。あのアニスとかいうやつ、よほど権力が好きと見える。カルディアに、わざわざうちの屋敷よりも大きく、背の高い屋敷を建てたのだ。見栄っ張りと鳥は高いところが好きだからな」

「アニスの弱味さえ見つければ、俺の知り合いの方の姫さまに報告して、陥れてもらえるかもしれない」

「お、おおっ! そうか! さすがはオレさまのしもべだな!」


 だけどなんかやり方が狡い気がする。いや、ドリスはめちゃめちゃ喜びそうだけどな。


「俺は心当たりがない。お前は何か知らないか?」

「知らぬ」

「そんなあっさりと……ずっとこの町にいたんだろ? 俺よりかは詳しいはずだろうが」

「知らぬものは知らぬ。あの小娘め、尻尾を隠すのが上手いのだ」


 それは、まあ、そうだろうな。良くも悪くもカプリーノは素直っつーか馬鹿でまっすぐだ。裏で糸を引いてるようなタイプとはもろ相性が悪い。

 弱味。弱味か。俺には心当たりがなくても、ありそうなやつは知っている。その弱味とやらを使うかどうかはともかく、そいつに頼んでみるのも悪くはない。


「カプリーノ。お前さ、金は持ってんのか?」

「なぜそのようなことを聞くのだ」

「先立つものがなきゃ何も出来ないからだよ。どうなんだ」

「……あんまり、ない」


 カプリーノはしょぼくれてしまった。


「じゃあ、ちょっとばかりお前のご先祖様に迷惑をかけるとするか」

「なっ、何をするつもりだ!」

「別に墓荒らしをするわけじゃねえよ。ちょっと騒がしくするだけだ」



<5>



 俺とカプリーノはパーティを組むことにした。とりあえずの情報料を稼ぐ為だ。


「……他のプレイヤーはいないみたいだな」


 あの長い通路の先は、第一階層の階段近くと繋がっていた。どうやらその通路はカプリーノのようなエバーグリーン家のやつじゃないと認識出来ないタイプのものだったらしく、はた目にはただの壁にしか見えなかった。


「おい、しもべ。本当にやるのか?」

「ああ、モンスターを狩るんだよ」

「気が進まん……」


 うるさいなあ。

 俺たちはひとまず、階段を下って第二階層に降り立った。


「カプリーノ。お前は何が出来るんだ?」

「何、とは」

「戦いだよ。戦闘で、どんなことが出来るんだ」

「魔法なら使える」


 えっ。


「お前、魔法使いだったのか?」

「うむ。エバーグリーンの者は魔法の才に優れているものが多いのだ」


 カプリーノは、えへんと胸を張って威張った。

 俺はカプリーノのステータスを確認する。レベルは……『10』。俺とそう変わらない。大丈夫なのかなー。


「ま、やってみりゃ分かるか。援護頼む。俺は今剣士なんだ」

「うむ、任せよ」


 俺はヘリオスソードを抜いて光源にする。広間を出て通路を進み、第三階層を目指すことにした。

 その道中でモンスターと遭遇エンカウントした。暗がりコウモリが二匹だ。


「来るぞ!」


 まず、俺は接近してきた一匹を切り捨てる。もう一匹はカプリーノに任せてみよう。

 ふとカプリーノを見ると、やつは自分の親指の皮を噛み切っていた。


「はっ? 何やってんだ?」

「血よ、《爆ぜろ》」


 カプリーノは親指を中空に差し出す。溢れた鮮血が、意志を持っているかのように暗がりコウモリに向かって、


「おわっ!?」


 爆発した。

 周囲の壁をその爆風が叩き、壊す。暗がりコウモリは一瞬で黒い霧と化す。耳がきいんとしていて、俺の顔色は少しだけ悪くなっていたことだろう。カプリーノは得意げな顔をしていた。


「ふふん、オレさまはすごいだろう。褒めてもよいのだぞ」

「今……何をしたんだ? 血が爆発したのか?」

「うむ。エバーグリーンの血には特別な魔力が宿っている。オレさまたちは自分の血を自由に操れるのだ」


 それは魔法なのだろうか。少し違うような気もするし、俺たちでは使えない能力だろう。ナナクロには六つの属性があるが、カプリーノの力はどれに当てはまるんだろうな。


「しもべ。お前の剣もなかなかのものだな。誰か師でもいるのか?」

「師匠? いないけど、その人のやり方を真似しようとは思ってるかな」

「そうか。物事は優れた者に学ぶのが近道だ。下手な師に習えば下手になるからな」


 ラベージャの剣を思い出す。ともすれば猪のような性質の持ち主だったが、彼女の剣技は一流のそれだろう。少しでも近づければ嬉しいことだ。

 ともかく、これで雑魚には苦労しなさそうだ。問題があるとすれば一つだけ。


「なあ。魔法を使うたびに血を使うのか?」

「……? そうだ」

「貧血にならねえの?」

「ふっ、しもべは学がないな。オレさまはエバーグリーンの直系だ。そこらのものとは血の量も違うのだ。心配するな」


 本当かよ。ちっちゃい分、血が体から抜けたら体調とか悪くなるんじゃないのか。


「疲れたら言えよ」

「そうか、分かった。ではオレさまをおんぶしろ!」


 アホかこいつ。俺はカプリーノを無視して先を進んだ。


「な、なあっ、オレさまを無視するなっ。置いていくな!」



<6>



 モンスターを蹴散らしながら第三階層に到達する。カプリーノも調子は悪くなさそうだ。

 さて、前回ここに来た時は割とすぐに引き返しちまったっけ。しかし今回はこのダンジョンを知り尽くしているはずのカプリーノがいる。最深部まで楽勝でいけそうだ。


「よし、道案内を頼む」

「なぜだ?」

「いや、だって俺ここに来るのは初めてみたいなもんだし」

「おおっ、そうか。オレさまとお揃いだな!」


 は?


「お前まさか、ここに来るのは初めてなのか?」

「うむ。先代たちが眠っている場所なのだ。軽々しく足を踏み入れるようなところではない。ここから先はオレさまも何も知らぬ!」


 威張って言うなよ。


「マジかよ。じゃあ、しようがない。同じように探索するか」

「うむ、しもべに任せる」


 先頭は俺。ヘリオスソードの明りを頼りに第三階層を歩き回る。前回も思ったけど、本当に変わり映えしない場所だな。


「なあ、ここにお前のご先祖が眠ってるわけだろ。……どこだ? 具体的にはどこに埋まってるんだ?」

「あちこちに眠っておられる。たとえば、ほら、そこだ」

「えっ!?」


 カプリーノは壁を指差した。俺はじっと目を凝らす。すると、骸骨と目が合った。心臓が飛び出るかと思った。


「か、壁に埋めてんのか……?」

「ここはまだ上層部。埋められているのはエバーグリーン家に仕えていたものたちかもしれんな。直系の者は専用の部屋に埋葬されているのだと聞いたことがある」


 墓だとは聞いてたが、俺たちの足元にこういうのがあるとは。こりゃアレだな。怖がりのさゆねこはこのダンジョンに来れないかもしれないな。



<7>



 第三階層を探索し、下へ続く階段を発見した。昼前になって腹も減ったので、俺は一度戻ることを提案する。カプリーノは先へ進みたがっていたが、面倒なので無視して一人だけで戻ろうとするとくっついてきた。


「案外怖がりなのな、お前も」

「ふ、ふざけるなっ。あるじを愚弄する気か!」


 第一階層の隠し通路を使い、地上に出る。戦闘エリアから脱した俺は、情報屋の蓬に『聞きたいことがあるんだけど』とメッセージを送っておいた。あの忍者ギャルがアニスのことまで知っているとは思えないけど情報集めに手を貸してくれるかもしれない。俺たちよりかは手慣れているはずだ。餅は餅屋である。


「カプリーノ。俺は一度元の世界に戻るからよ」

「……元の? ああ、そうか。冒険者は外の世界から来ているんだったな」

「というわけでいったんパーティ解散な。俺がいない間、一人で勝手なことしないでくれよ」

「うむ! ……む? あっ、オレさまに命令するな!」


 ええい、お子様め。


「次は、そうだな。夜にでも会おう。合流場所はどこがいい?」

「オレさまがお前を見つける。夜目も利く方なのだ。ああ、そうだ。なるべく人の少ないところにいろ。セラセラ家のやつらに見つかると鬱陶しいのだ」

「了解。それから、さっき情報屋に連絡しといた。もしかしたら今日中にでも何か聞けるかもしれない」

「そうなのか。うむ、よくやった。さすがはオレさまのしもべ、褒めて遣わす、ありがとう!」


 カプリーノは歯を見せて笑った。尖った犬歯がよく目立つ。さっきも血を使ってたし、まるで吸血鬼みたいだなと、俺は何となく思った。

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