第2章 地下墓地
<1>
現在時刻は土曜日の『8:00』。
この日《我らが秩序テミス騎士団》のリーダーであるウルツァイトは、アニス・セラセラに呼び出されてカルディアの地下迷宮前に来ていた。
ウルツァイトはNPCからの呼び出しを不審に感じたが、そういうイベントなのだと思うことにした。
屋敷の庭内でしばらく待っていると護衛を引き連れたアニスがやってきた。人払いは済んでいるらしく、余計な者の姿はほとんど見当たらない。
「おはようございます。さすがは秩序を重んじる方。時間通りですわね」
「用件は?」
「飾り気のない方……」
アニスは微笑むも、ウルツァイトは反応を示さない。もっとも、彼の表情は兜によって見えなかったのだが。
「ではさっそく。お暇でしたら、私と手を組みませんこと?」
「何……?」
「だって、誰に頼まれもしないのに町を見回っていらっしゃるのでしょう?」
「ああ。我々は正義と秩序を守る為に戦っている」
ウルツァイトは毅然とした態度で答える。
「正義? 秩序ですか? う・そ。あなた方はそのようなご立派なお題目を掲げている訳ではないでしょう。ただの暇潰し。自分たちが気持ちよくなりたいからやっているに過ぎませんわ」
「……黙れ」
「私と一緒になればもっと気持ちよくなれますわ。いかがですか?」
「話は終わりか? なら、私は行く」
ウルツァイトは立ち去ろうとするが、アニスの護衛たちが彼の行く手を塞いだ。
「構いませんわ。行かせて差し上げなさい」
護衛たちはアニスの指示に従い道を空ける。ウルツァイトは振り返ることなく、町の方へと戻っていった。
「どうせ、すぐに陥落ますから。いいえ、もう既にあの方の心は定まっているのでしょうね。ふ。ふふふ、くっ、あはは」
<2>
今日はせっかくの土曜日で朝からナナクロにログインできる。が、さゆねこは今日はゲームをしないそうだ。さっき『家族と出かける』という内容のメッセージが届いていた。
俺はどうするかな。一人で地下迷宮に潜るのも危ないし。他のパーティに入れりゃあいいんだけど、今はあんまり人がいない。テミス騎士団の連中はちらほら見かけるが、ダンジョンには潜るつもりなさそうだしな。
カルディアも今日で三日目だ。地下迷宮に潜っていない間は町で兄貴やカァヤさんについての聞き込みもしていたが成果はない。こっちの世界の兄貴がどんなことをしているのかまるで分からない。そもそも、名前も顔も知らないやつのことを人に聞いて調べようにもな。
俺がいつも持ち歩いている兄貴のケータイも、現実世界のものとは微妙に仕様が異なっている。写真でも見せれば話は違うんだろうが、その辺はこの世界がゲームだってことが邪魔をする。普通のプレイヤーには俺がケータイを持ってることを説明して分かってもらえても画面は見せられない。
「なんかイライラしてきたな」
考えていると頭の中がもやーっとしてきた。こういう時は体を動かすに限る。俺は地下迷宮に潜ろうと、件の屋敷へと向かった。
<3>
「あれ?」
屋敷の前にはNPCやプレイヤーが大勢いる。だが、みんな困っているような雰囲気だな。
適当なやつに話を聞いてみると、鍵でもかかっているのか、屋敷の中に入れないそうだ。こんなオンボロな屋敷に鍵もクソもないだろうが、入れないものは入れないらしい。
さらに、アニスが『今日は地下迷宮に入っちゃダメ』という警告もしているそうだ。あいつの言うことに従う理由なんて俺にはないが、カルディアの店を利用しているアニスのシンパは違うらしい。
ではダンジョンに入れない連中が何をしてるのかというと、要は見張りだ。自分たちも入れないが、他のプレイヤーがアニスの言いつけを無視して屋敷の中に侵入するのを防ごうとしているそうだ。俺のことだった。
「無茶苦茶だな」
みんな、あのお姫さまの言いなりかよ。……今日はアレだな。俺もログアウトして久しぶりに普通の休日を過ごしたい。そうだ。俺はいつも休みの日は、休みは……。頭を抱えた。いつもゲームをしていたんだよなあ。今と大して変わらなかった。
その時、俺の服を引っ張るやつがいた。見下ろすと、白くて、跳ねてる髪の毛が見えた。
「……何すんだよ」
「しもべ、こんなところで何をしているんだ?」
カプリーノだった。だからしもべじゃないって。
「何って、ダンジョンに入りたいんだけどさ、あいつらが邪魔で入れねえんだよ」
「……ダンジョン。オレさまの家のことを言っているのか?」
「お前の、家?」
「そうだ。我がエバーグリーンの屋敷だ」
俺は荒れ果てた屋敷を見上げた。これがカプリーノの家だっていうのか?
「めっちゃオンボロなんだけど」
「す、好きでそうなったのではない! それよりついてこい。ここにいると見つかってしまう」
カプリーノは俺の手を引いて屋敷の裏手へ回ろうとする。
「見つかるって、誰にだよ?」
「セラセラ家の小娘だ」
妙に思ったが、どうせやることもないし、俺はカプリーノについていくことにした。屋敷の裏っ側に行くのかと思ったが、カプリーノはその先の林の中をずんずんと進んでいく。
「どこまで行くんだよ。……まさか牢屋に入れるつもりじゃないだろうな」
「オレさまはしもべに寛容だ。そんなことはせぬ」
「ホントかよ。お?」
林の中を進むと、違和感を覚えた。周りの風景がどれも同じに見えてきたのである。
「ここだ」
カプリーノは立ち止まり、何の変哲もない地面に手を当てた。すると、次の瞬間に錆びた鉄の扉が現れる。位置的に、地下に繋がっているようだけど。
「何をしたんだよ、今」
「幻惑の魔法を解いたのだ。あの小娘も、ここに辿り着けたとして扉は開けられんからな」
「そうなのか?」
「ああ。これはエバーグリーンの正統なる血を引いている者にしか反応しない」
よく分からねえけど、こいつにしか開けられない秘密の入り口ってわけか。
「もしかしてダンジョンに繋がってるのか?」
「迷宮などではない。あそこは聖なる地だ。今は冒険者が踏み入っているが、本来は魂が安らげるような場所なのだ」
「……もしかして、あそこは墓なのか?」
カプリーノは小さく頷く。
マジかよ。俺たち、地下の墓地に行ってたってことなのか。あの屋敷の中のことを知ってるってことは、こいつ、本当にあの家の子なんだな。
「でもさ、ちょっと分からねえな。どうして屋敷はボロボロなんだ?」
「ついてこい」
「あ、おい」
カプリーノは錆びている扉を開けた。そこには下へ続く階段がある。こいつは何の躊躇も見せないで階段を下りようとした。
「ついてこいと言ったろう。しもべ」
俺は息を吐き出し、階段を下りる。しばらく進むと、上で大きな音が響いた。扉が勝手に閉まったのだろう。ここまで来たらついていってやろうじゃねえか。




