序章
<1>
あなたは私が救います。
あなた方は私が救います。
あなたの死は何物にも代え難い。あなたの死を何者にも脅かされぬように。
あなた方の魂が安らげるように。
どうか常緑の繁栄を。どうか不朽の力を。
あなたは私が救います。
あなた方は私が救います。
だから私にお与えください。
だから私をお救いください。
<2>
俺たちは王都の商店を見て回り、装備を買った。俺は迷ったけど、防具を一つだけ購入する。次の町カルディアにはもっといいものが売ってるかもしれないからだ。栄えているのは王都の方だろうが、ゲーム的には先の町の方がいいものを売っていることが多い。
また、俺はデカドロス島にいた時に《ドーンナックル》や《太陽神剣》という装備品を入手している。そいつで賄ってしまおうとも考えたわけだ。
とりあえず右手にヘリオスソードを、左手にドーンナックルを装備しておこう。あとは、さっき買った《剣士の胸当て》をつけとけばいいか。
「お兄さん、お買い物は終わりましたか?」
「おー、そっちも終わったか?」
「はいっ。ちゃんとアイテムも補充したのです」
よしよし。さゆねこの準備も整ったらしいし、今日中にカルディアには着いておきたいところだ。
俺たちは馬車に乗る為に王都の出入り口を目指す。中央広場に差し掛かった時、背後に妙な気配を感じた。振り向くと、目を丸くさせたプレイヤーがいた。
「誰なのです?」
「いや、知らねえ」
南国の果物を彷彿とさせる、派手な髪形をした女のキャラが立っている。ハイビスカスみたいな花を髪に飾ってもいた。服装の方も丈の短いドレスのようだが、和風である。なんだこの人。キャバ嬢か何かか。
女の年齢は十代後半くらいに見える。背は俺と同じくらいだな。……なんかずっと笑ってて怖い。
「お、お兄さんいいねー。あたしに気づいた? いやー、見る目あるよセンスあるよお買い得だよ」
「うっ、なんなんすかいきなり」
女はぐっと体を寄せてきた。ノリがうるさい。
「さっきからずっとつけてたんだよねー」
「はあ? つけてたって、なんで? つーか、お買い得って?」
「あー、そーなんだよねー。買う?」
「……か、買うとは」
女は自分の胸元に手を入れて何かを取り出した。それは、名刺のような紙切れである。その名刺にはこう書いてあった。
「『商人クラン《お団子カンパニー》の営業部長《蓬》……?』」
「そ。あたしのこと。これはちょっと特殊なメッセージ用のアイテムでさー。気に入った人にしか渡してないんだよねー」
「商人クランってのは?」
「あー。あたしら戦闘とかあんまし興味なくってー。お金稼ぎが好きでやってんだよね。ほら、数字が増えてくのって気持ちよくない?」
「分からないでもないです」
気に入るって、俺を? いや、この人とは初めて会うんだけどな。
蓬という女は、ニッと笑った。
「デカドロス島のボスを倒したのって、あんたたちだよね?」
「……あー。まあ、その場にはいましたけど」
「初見でやっちゃったんでしょ? すげーじゃん。すげーやつはお金も持ってそうだし、将来性に期待ってことで」
「ものを売りつけに来たってことすか」
「そんな感じ―」
そうか。あの時のことを知ってるプレイヤーもいるのか。とはいえ、俺はそこまで大したことはしていない。
「有り難いんですけど、さっき武器やアイテムは買っちゃったし、お金もそんなに持ってないんですよ。なあ?」
さゆねこもうんうんと頷く。蓬は俺の肩をばんばんと叩いた。
「あたしらが売ってんのはー、ものはものでも見えないものなんだよねー」
「見えないもの?」
「そ。情報ってやつ。欲しくない?」
情報っていうと、ボスの弱点や美味しい狩場のような攻略に関してだろうか。いらねえって思ったけど、ナナクロの攻略サイトは少ない。ネットで調べても出てこないものだって多くあるだろう。他のゲームならいざ知らず、このゲームでなら情報を商品にすることもいけないことはなさそうだ。
「どんな情報があるのか分からねえしなあ」
「そんじゃ、一つだけタダで教えたげよっか? 何でもいーよ」
「な、なんでも」
なぜかさゆねこが興奮していた。何が知りたいってんだよ。しかしタダより高いものはないとも言う。
「じゃあ、カルディアの地下迷宮について教えてもらおうかな。ボスの弱点とか」
「えー? もっといいこと聞きましょうよーお兄さん」
「ボス? あそこにボスとかいんのかなー。何? 二人は今からそこ潜りに行くの?」
俺たちは同時に首肯した。
「ふーん。ボスとかは知らないけど、光属性の武器を持ってった方がいいかな。あそこ、コウモリとか鬱陶しいのがうっじゃうじゃいるからさー」
「そこのダンジョンに入ったことあるんすか?」
「ないっすねー。けど情報を売り買いしてるわけだから、色々知ってんのねあたし」
「俺たちがいいこと知ってたら、そいつを買ってくれたりもするんすね」
「まーね。あたしらもナナクロのこと全部知ってるわけじゃないし。そんでもって色々なところにも顔出しに行くわけ」
商人とは言うけど、扱ってるのは物じゃなくて情報か。身軽でいいな、それ。
「でも商人ってジョブはなかったような気がするのです」
「そーなんだよねー。鍛冶屋とかさー、色んな生産職があってもいいのに。だからあたしらは勝手に色々やっててー。あ、あたしは『忍者』。こう見えて結構レベル高いよ?」
ん? そういや、蓬って人のステータスが表示されてないな。プレイヤーだろこの人、なんでだ?
「忍者だからね。超忍んでるわけ。あたしの情報だって商品になるんだし、そう簡単には見せないって」
「へー、すげーなそれ。隠蔽みたいなスキルがあるんすか?」
「教えて欲しければ払うものは払ってもらおうかなー」
どうせ忍者のスキルだろ。別に隠すものはないんだし、お金払ってまでは知りたくないや。
「ま、そんなわけで二人ともフレンド登録しといてくださいよー。何かあったら全力で駆けつけるんで! あと、あたしと契約したから他の情報屋からネタ買っちゃダメなんで、よろしくぅ!」
「……ああ、そういうことでしたか」
「お団子カンパニーの蓬をよろしく! そんじゃ」
「あ。ちょい待って! 色々なところに行くんすよね。一つ、頼んでもらってもいいすか?」
蓬はにまっとした笑みを浮かべる。金の臭いを嗅ぎつけたぜ、とでも言いたげだった。
「『八坂剣爾』か、カァヤってプレイヤーを探してください。あと、『八坂長緒』が人を探しているってことも、言い触らせる範囲で構わないんでお願いします」
「人捜しは慣れてるけどさー。自分のことも教えちゃっていいの?」
「俺が捜してるってことを知ったら、向こうから会いに来るかもしれないんで」
「ふーん? オケー、お代は安くしとくよ。お友達価格で」
「おいくらですか?」
「あっ。意外と馬鹿正直。いーよいーよ、次に会う時までに考えとくから。そんじゃね」
俺たちが蓬から目を離したのは一瞬のことだった。が、それだけの短い時間に彼女は姿を消している。……ニンジャ、恐るべし。
<3>
妙な情報屋には会ったけど、装備も整ったしこれでカルディアに行けるな。
「カルディアまですぐらしいのです。馬車というか、ワープは便利ですね」
「有り難いことだ」
俺にとっては色々な問題に関わるからな。
俺たちは乗合馬車の荷台に乗り込み、まだ見ぬ街に思いを馳せる。
「お兄さんお兄さん、綺麗な町だといいですね」
「キャラウェイは湖上の町だったけど、カルディアはどんなんだろうな」
「きっと夢のような、ファンタジーらしい町だと思うのです!」
「ああ、そうだといいな」
だが、俺たち以外には厳ついおっさんしか乗っていない。地下迷宮を攻略する気概があるプレイヤーなのかもしれないが、妙な空気が漂っている。これは、期待感か? うーん。
<4>
カルディアに着いた途端、さゆねこは固まっていた。
現在時刻は『17:40』。日は暮れかけていたが、町にはたくさんの灯りがある。キャラウェイと同じく石造りの建造物が多く、街並みは色鮮やかだ。活気がある。しかしそれは、少し常軌を逸したもので、
「あら、お兄さん可愛い。どう? ちょっと寄ってかない?」
「やん、そっちは止めといた方がいいわよ」
「私のお店に来なよー!」
男にとっては嬉しいもので。
町の入り口には露出度の高い恰好をしたお姉さん方がいた。冒険者たちの色々なニーズに応える為か、人間だけでなく色んな種族が客引きをしている。
……カルディアはいわゆる、歓楽街というところだった。子供に悪影響を及ぼすような町だった。
「な、なんなのですかこの町は……」
さゆねこは眩暈がしてきました、なんて言う。
俺もそうだ。いったいどういう仕組みで動いているのか、電飾をごてごてに使ってる看板もある。目に入る店は道具屋、武器屋、防具屋ではない。酒場、カジノ、十八歳未満お断りって感じの店ばかりだ。そりゃあ、乗合馬車にいた男たちの空気がああなってたわけだ。
風に乗って運ばれてくるのは酒精ときつい香水のそれと饐えた臭い。ダメだ、こりゃ目にも鼻にも毒だな。さっさと宿屋を探して地下迷宮に行こう。
俺はさゆねこの手を引いて宿屋を探すことにした。
「よう兄ちゃん、そんな小さい子が趣味なのか? うちの店はどうだい。でっかい子がたくさんいるからよ」
「うるせえバーカ」
キャラウェイとは違う種類の活気だ。ここは、下品だ。だけど人間の欲望がストレートに表現されている。この町を好きだって言うやつもいるだろうな。
NPCの冒険者もプレイヤーもいるが、酔っ払いが特に多い。こういう町を拠点にしているのにもろくなやつはいないはずだ。……ゲームだったらカジノで所持金を増やすのも手なんだけどな。




