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第4章 hic salta!Ⅱ

<4>



 翌日。俺がナナクロにログインすると、キャラウェイの城下町はプレイヤーで賑わっていた。

 人が増えたのはドリスのお触れによるものだろう。『ダンジョンの入り口を見つけたので、どうぞ奮ってご参加ください』ってなものだ。もしかするとあの地下は既に攻略されているかもしれないな。


「待たせたな」

「ん? ああ、ラベ……」


 宿屋の前で待っていると、ラベージャがやってきた。なんか、昨日とは微妙に雰囲気が違うような気がする。


「……ああ、リボン変えたんだな」

「悪いか」


 髪を縛っているリボンの色が変わっていたのか。前までは真っ黒だったけど、今日のは赤い。金髪に映えている、ような気がする。


「いや、いいんじゃないか?」

「そうか。ならばいい」


 ラベージャはすたすたと町の出口に向かって歩いていく。心なしか照れているようにも見えたけど。うーん? 突っついて怒られるのも嫌だな。忘れよう。



<5>



 島に到着したが、俺たちは積極的にはモンスターと戦わず昨日の祭壇跡地を目指した。が、途中で止めた。他のプレイヤーも多くいたからだ。ダメだな。あの階段、あの地下、もう人で溢れているだろう。

 ラベージャは早足ですたすたと歩き、道中のモンスターをずばずばと斬り倒す。俺はその後を追いかけて、彼女の魔の手から逃れたモンスターにとどめを刺していく。


「なあって、どこに行くつもりなんだ?」

「知らん」


 ラベージャはご機嫌斜めである。まあ、俺もこの島で特にやりたいことがないからいいんだけどな。

 けど、そろそろ次のことを考えておくか。ドリスのところにいても兄貴は見つからないかもしれない。それなら他の場所に色々と足を運んだ方がいいだろう。ドリスやラベージャには悪いけど、王都を発っちまうか?

 悶々と考えていると、入り江からは随分と離れた、かなり奥の方まで来ていることに気づく。カモメのような鳥の数が増えてきた。


「ちょっと、一回休もうぜ。さすがに疲れるって」

「鍛錬が足りないからそうなるんだ」

「昨日今日この世界に来たやつに言う言葉かよ」


 俺は適当な大きさの石に腰かけた。ラベージャも文句を言っていたが、俺に倣って立ち止まり息を整えている。


「どうせだからな、島の一番端っこに行ってみたい」

「そんなところに行ってどうするんだよ。たぶん、特に何もないと思うけどな」

「私もそう思う。しかし、行ってみたい。もう、こんな機会はないかもしれないからな」


 ラベージャはいつものように無表情のまま、そんなことを口にした。……そうだよな。彼女は王族の近衛兵だ。今はドリスの気まぐれでこうしているけど、またいつ元の仕事に戻されるか分からないんだ。


「なあ、ラベージャ。冒険者をやるのは楽しいか?」

「分からん。休暇をもらったようなものだからな。気楽なことに違いはないが、さて、このままずっとというわけにもいかないだろう」

「全部放り投げちまえばいいのに」


 俺は石から立ち上がり、辺りの景色を見渡した。

 なんだかこっちの世界は、現実世界のせせこましくて息苦しい生活ってのが馬鹿に思えるくらいに透き通っている。兄貴もこんな景色を見たんだろうか。そうして本当に馬鹿らしくなって現実おれたちを捨てようとしているのだろうか。

 だけど、それは違うよな。俺の世界はここじゃないんだ。ラベージャも同じだ。彼女には彼女の世界があって、進むべき道がある。


「悪い。変なこと言ったな」

「いや、気にするな。ほんの少しだけだが、私もそう思った。全て投げ捨ててしまえたなら、どんなに楽になれるだろうとな」

「でも、しちゃいけないんだよな」


 ラベージャは小さく笑って、そうだな、と、言った。

 俺たちはまた歩き始めて、島の端っこ、崖まで辿り着く。思っていたとおり、この辺りには何もなかった。波が打ち寄せて、砕ける音が大きく聞こえるだけだ。

 しばらくこの場でぼうっと突っ立っていたが、俺は頭を振って気を取り直す。だが、ラベージャは右方にある、切り立った崖をじっと見つめていた。


「何か見えるのか?」

「洞窟があるな」


 崖の斜面とでもいうのだろうか、そこに大きな穴が開いている。俺たちのいる場所からでは距離があるし、降り立ったら最後、上って戻ることは難しいだろう。かと言って、船を寄せて下から上ってくるのも不可能に近い。少なくとも、普通の人間では。


「あの位置、地下のダンジョンに繋がっているのではないか?」

「……ああ、そういや風が吹いてたっけ。そうだな、もしかすると、そうかもしれねえな」

「ヤサカはあの小部屋で『外からではなく、中にいたやつが』と言っていた。だとすると、中にいた何者かは、あの洞窟から既に外へ出ているのではないか?」

「いや、中に誰かいたかもっていうのは適当に言ったことだよ。だって、あんなところにずっと閉じ込められてたってことになるんだぞ? 人間だったら餓死してるし、まともじゃねえって」

「人間ではなかったら?」


 地下にいたのは、人間じゃない?

 じゃあ、なんだ? ……いや、そんなの決まってるよな。

 そこまで思い至った時、俺たちの姿を巨大な影が覆った。



<6>



「おっしゃ、いけるいける!」

「一回捕まえたらどうにでもなるな、こいつ」


 デカドロス島の地下に位置する大広間。そこを守護するモンスター《太陽神官》のHPは残りわずかという状況になっていた。

 プレイヤーの多くはキャラウェイのドリスが公開した情報通り、この広間へと足を踏み入れていた。多数のプレイヤー、パーティが入り混じっていたが、ある程度慣れて顔見知りのものたちが多かったのだろう。大した混乱は起こらず、協調してモンスターの討伐を進めていた。


「あと少し! 誰かスキルでもなんでも撃てよ! すぐ死ぬぞ!」


 光源のない暗闇が広がっていた場所には、今はたいまつなどの灯りがあり、モンスターが瞬間移動してもすぐに見つけられることが出来た。そうでなくても二十人前後のプレイヤーがひしめいているのだ。死角はないに等しい。

 やがて弓兵の男が《太陽神官》を仕留める。歓声が起こり、誰も彼もがリザルト画面に気を取られている中、とあるパーティが動いた。

 動いたのは、今回のイベントを攻略するうえで組んだ急造のパーティである。メンバーは四名。その内の一人が抜け駆けすることを提案し、全員が乗った。

 四人の冒険者は広間をこっそりと抜け出て、奥へと続く通路を進む。背後から騒がしい声が聞こえてきて、四人は歩くのを止めて走り出した。


「気づかれちゃいましたね」

「いや、このペースなら大丈夫でしょ」

「いいアイテムあったらどうします?」

「早い者勝ちでしょ」


 埃っぽく、かび臭い通路を駆け抜ける。その内、光が見えた。出口か。四人はそう思った。


「戻れ! 戻ってこいって!」


 背後から四人へ呼びかける声がする。彼らはその呼びかけを無視した。


「馬鹿っ、ボスだ!」

「は?」


 見えていた光は出口から差すものではなかった。モンスターの攻撃である。その強烈な光は通路ごとそこにいた冒険者たちを焼き尽くし、太陽神官が守っていた広間にまで押し寄せて、呑み込んだ。



<7>



 王都の前で立ち止まった一人の少女が苛立たしげにメニューを操作する。何度も何度も操作してメッセージを送ろうとする。だが、何度やっても上手くいかない様子であった。


「おかしいですね」


 そうして小首を傾げるのは、ナガオがセルビルで出会ったイア族のプレイヤー、さゆねこである。彼女の隣には狩人のカァヤもいた。


「ナガオくんに届かないの?」

「そうなんです。お兄さん、わたしを無視しているのかもしれません」

「それはないと思うわ。……もしかして、戦闘中なんじゃない? 戦っている間は、メッセージが来たことは分かっても返信できないもの」


 カァヤは柔和な笑みを浮かべてさゆねこを宥めてみた。が、さゆねこはぶんぶんと首を横に振る。


「でも、さっきからずっと送っているのです。お兄さんは十分以上も戦っているのですか?」

「うーん、ボス戦じゃない?」

「あのお兄さんが、一人でですか?」

「パーティを組んでいるのかも。一足先に王都に来てるんだし、こっちで協力してくれる人を見つけたんじゃないかしら」


 ひとまず、さゆねことカァヤは王都の城下町区画に行き、町の喧騒を眺めた。カァヤは何度もここへは来ているが、さゆねこは物珍しそうに視線と耳を動かしている。


「せっかく辿り着いたのに、しかも今日は遅くまでゲームをやっていいのに……」

「ナガオ君と会えなくて寂しい?」

「いえ、早く次のクエストを受けたいんです。レベルアップしたわたしを変態のお兄さんに見せつけてやるのです。きっとむせび泣くことでしょう」


 さゆねこは意地悪い笑みを浮かべた。が、すぐに笑みを消して、中央広場の方を見据えた。


「どうしたの?」

「今、ちょっと気になることを言ってた人がいて……」

「誰が?」


 さゆねこは気づいていなかったが、カァヤの目が鋭く細められる。彼女はさゆねこの見ている方を素早く目で追いかけた。


「あ、あの、《夜月》って名前の人で、す……? お、お姉さん!?」


 カァヤは地面を蹴りつけるようにして飛び出し、人混みを掻き分けた。さゆねこの言った、夜月という人物を見つけて捕まえるのに大した時間はかからなかった。捕まえられた夜月という男は、一緒にいた少年と共に妙な悲鳴を上げた。


「え? あ? な、なんですか?」

「ちょっと待ってて」


 夜月は困惑しているが、カァヤは何も答えず、さゆねこが到着するのを待つ。

 到着したさゆねこは、開口一番、夜月に尋ねた。


「さっき言ってたことって本当ですか? その、NPCと組んでたプレイヤーがいたというのは」

「……? あー、さっきの話。本当ですよ。僕ら、実際にその人たちに助けられたんで。なあ?」

「そうですそうです。結構、知ってる人は知ってるんすよ。ダークエルフの馬鹿強いNPCがいて……」


 カァヤは夜月に詰め寄り、圧をかける。


「NPCと組んでるプレイヤーの方は?」

「ち、近……えーと? ヤサカさんって名前でしたよ。あの、知り合いですか?」


 さゆねことカァヤは顔を見合わせて、友達ですと声を揃えた。夜月は嬉しそうな顔で笑う。


「そっか、よかった。僕もなんですよ。ヤサカさんとフレンド登録してて。あ、でも、さっきレイド協力してもらおうとして呼びかけたんですけど、全然反応ないんですよね」

「わ、わたしもなのです。お兄さんにずっと無視されてて意気消沈です」

「だったら直接行ってみますか? たぶん、島の方でイベントをやってると思うんですけど」

「イベント? ああ、そういえば、何か更新されてたっけ。ナガオ君はそこにいるの?」

「た、たぶんですよ? なあ?」


 夜月と少年は困ったように笑った。


「どっちにしろ行ってみたいです! イベント! 初参加です!」

「あ、それじゃあうちのクランメンバーにもちょっと声かけてみますね。先に町の、馬車の方で待っててください。ボ・フの港町行きのやつで」

「分かったわ。それじゃあさゆねこちゃん、慌てないで行きましょうか」

「分かりました!」


 ナガオの数少ないフレンドもまた、デカドロス島へ足を踏み入れようとしていた。

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