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第4章 hic salta!

<1>



 階段を下りた先には小部屋があり、その奥には隠し通路があった。暗闇の中、ラベージャの魔法だけが頼りだった。

 正直、三百六十度全てが見えている訳ではない。死角の暗がりからモンスターが襲い掛かってくることも十分に考えられる。目を凝らして耳を澄ます。奥から吹いてくる風と俺たちの息遣いだけが聞こえていた。


「な、なあ、ラベージャ」

「喋るな。警戒していろ」

「はい、すんません」


 心細くなったのでラベージャに話しかけたが怒られてしまった。俺もそうだが、彼女もまた不安なのだろう。何せ俺はお荷物だからな。

 歩き続けて数分は経っただろうか、向こうで何かが光る。俺はそれを明りだと思って安心しかかったが、違った。


「いる、来るぞっ」


 モンスターか。

 さっきの光はモンスターの攻撃によるものだった。しかも飛び道具だ。俺たちは姿勢を低くして光の塊を避ける。……今のは、魔法だな。

 俺は目を凝らす。『太陽神官』という表示が浮かんだ。


「斬るぞ」


 ラベージャは剣を抜いて駆け出す。俺も剣を鞘から抜きつつ彼女に続いた。

 ふと、俺たちの周りの空間が広がった気がした。先まで感じていた圧迫感がなくなったのだ。たぶん、通路から広間に出たんだろう。

 戦闘が始まっている。ラベージャの灯りには頼れなくなるな。くそ、準備不足が祟ったか。


「ヤサカっ、あまり近づいてくれるな!」

「ごめん、頼む!」


 太陽神官が魔法を繰り出す。やつが光属性の魔法を使ったことでその姿が露わになった。地上にいた太陽兵と同じく、元は人間だったんだろうが、見えているのは骨だけだ。ローブを着た骸骨が相手らしい。見た目は弱そうだが、魔法を使うので手ごわそうな感じがする。

 ふっと明りが掻き消えた。広間には黒い帳が降りるも、ラベージャの剣が起こす火花と、太陽神官の魔法によって散発的に彼女らの姿が見える。

 ラベージャの焦ったような声が聞こえた。背後に嫌なものを感じて横薙ぎのスキルを発動する。目で確認するより先、得物から感じる手応え。俺の後ろに太陽神官がいる。ワープしたのか、なんて考えている余裕はない。

 叫びながら横薙ぎをもう一度発動。モンスターのHP残量を示すゲージが、ほんの少しだけ削れていた。


「こいつ雑魚じゃないぞ!」


 ボスクラスの強敵だ。

 フィールドはこの暗がりだ。相手には飛び道具があるし妙な移動手段もある。相手は一人だが同士討ちの危険性も高そうだ。


「ラベージャ退こう!」

「何……!? 臆したか!?」

「そうだよ! 今は逃げたい!」


 暗いところにいると方向感覚が分からなくなる。今ならまだ戻れる。太陽神官を倒せればいいが、ここで無理をすることはない。つーかしたくない。

 ラベージャからの返答はない。俺は苛立ちながら、もう一度彼女の名前を叫んだ。


「くそ、分かった」

「こっちだ!」


 太陽神官の攻撃を防ぎ、躱しながら来た道を戻る。ラベージャは自分たちの位置がばれるのを嫌って明りを点けなかったから、壁に頭や体をぶつけながら逃げる羽目になる。


「ちくしょう追ってきやがる!」

「黙って走れ、死にたいのか」


 後ろを見ると、まだモンスターの名前が表示されていた。どこまでついてくるつもりなんだ、あいつ。

 時折迫る光の魔法を背中で受けて、HPの減り具合を確かめながら逃げる。立ち止まって回復している暇はなかった。

 暗く、狭い通路を抜けると、最初に来た小部屋に戻ってくる。俺たちは急いで階段を駆け上り、地上への脱出に成功した。振り返って確認するも、モンスターが追ってくる気配はもうなかった。


「どうやら、外までは来ないようだ。あの広間を守護しているモンスターなのかもしれないな」


 ラベージャは乱れた髪を整えながら、冷静にそんなことを言った。俺はその場に座り込み、回復アイテムをごくりと飲み干す。

 別のアイテムをラベージャに渡すと、彼女もそれを飲んで体力を回復させた。


「ああー、今までで一番ヤバかった気がする……」

「確かにそうだな。単独での撃破は難しい。貴様ら冒険者であっても、よほどの手練れでないと返り討ちに遭うだろう」


『スパタのレベルが最大になりました』

『スキル《剣の加護》を習得しました』


「ん……?」


 なんでだ? 戦闘勝利後の戦果リザルトって状況でもないのにメニューが出てきた。敵を倒してないのに武器のレベルが上がったのか? ……もしかして、武器は敵を倒す以外にも経験値が入ったりするんだろうか。たとえば、戦闘の回数とか、スキルの使用回数とかで。

 ヘルプを確認するが大したことは載っていなかった。役立たずめ。

 まあレベルが上がって悪いことはない。強敵と戦って生き残ったご褒美だと納得しておこう。


「どうした、ヤサカ?」

「いや、なんかまあ、レベルが上がったんだよ。強くなったってことだな」

「……そうか。冒険者は自分の強さを目で確認できるのだな。羨ましいことだ」


 今覚えた《剣の加護》ってのは横薙ぎと違い、常時発動型パッシブスキルだ。セットしていれば自動的に効果を発動し続ける。スロットから外せばオン・オフの切り替えも出来るな。

 肝心の効果だが、装備している武器が剣の場合、攻撃力が僅かに上昇するというものだった。その僅かってのが何パーセントなのか具体的に教えて欲しいところだが、まあ、仕方がない。スロットにセットしていて損はないみたいだしな。



<2>



 今日はもう島の探索を切り上げ、ドリスのもとへ報告することとなった。あの地下を攻略するならもっといい装備なり、人員が欲しいからだ。

 島を出てボ・フにに着き、馬車でキャラウェイに戻る。城下町を抜けて王城区画へ。今回はラベージャと一緒だからこそこそしなくても済む。普通にキャラウェイ城に入り、ドリスの私室へ向かった。


「姫さま、近衛兵のラベージャです。ご報告したい旨があり、参りました」

「入りなさい」


 あくびまじりにドリスが言い、俺たちは少しだけ緊張しながら部屋に入る。

 ドリスは椅子に座って本を読んでいたらしい。そいつを閉じてこちらに向き直った。


「それで? 何かいいことがあったの?」


 ラベージャは言葉に詰まる。俺が代わりに言うことにした。


「島の探索は進んだんだよ。地下に続く階段があってさ。でも、その奥にいるモンスターが強くて逃げ帰ってきた」

「あらあら、そうなの」

「で、だ。その奥にはあんたの言う『飴』があるかもしれない。だけど、このまま俺とラベージャだけだったら難しいっつーか、ほぼ無理だ。相談なんだけど、いい装備と、もっと人数が欲しい」

「ダメ」


 えー? もっと迷う素振りとかしてくれよ。


「装備は買い与えてあげてもいいけれど、デカドロス島に人は割けないわ」

「なんでだよ、あんただってあの島に賭けてんじゃねえのか?」

「ダメなものはダメ。私は王女だけれど、王様じゃないのよ。むやみに兵を動かせないわ。お前たちだけで無理なら……そうね、冒険者たちにその地下へ続く入り口を公開してあげましょう」


 ドリスの口角がつり上がる。


「……いいのか? 他の連中に先を越されちまうぞ」

「あまり時間もかけていられないもの。前にも言ったじゃない。ダンジョンに入ること自体をご褒美にしてあげるって」


 確かにそうかもしれないが、何かが引っ掛かる。こいつ、こんなに諦めがいいやつか? 俺にはそうは思えない。だが、人を増やしてくれそうにないし、ドリスは必ず、明日には他のプレイヤーにも地下のことを言うつもりだ。それを止める術はないし、意味もないかもしれない。


「心配しなくっても、お前の兄は探してあげる。……ただ、『ヤサカ・ケンジ』という冒険者はいないようね」

「そう、なのか?」

「私の手元には、全ての冒険者の名前や簡単な事柄が書かれた『いいもの』があるの。見落としはないはずだから、そこにないのならいないということね。あるいは名前を変えているか。お前、心当たりは?」

「いや、ない」


 こいつ、セルビルのギルドと繋がってやがるな。ゲームを始めたプレイヤーのスタート地点はあそこしかない。カードを作る時にプレイヤー自身が書類を書き、それをギルドの職員に提出する。そいつを金で買うなり脅して巻き上げるなりすりゃあ、ドリスがプレイヤー全員を把握するのも不可能ではないはずだ。


「そう。ともかく、その地下とやらは他の冒険者にも伝えることにするわ」

「……ああ、分かった。俺たちはどうする? まだ島の探索を続けていいのか?」

「ええ、もちろん。引き続き、よろしくお願いするわね。それと、もう眠いから。今日は下がりなさい」


 俺とラベージャは返事をしてドリスの私室を出た。結局、ラベージャはほとんど喋らなかったな。



<3>



「姫さまはデカロドス島には興味がない」

「……はあ?」


 城を出て城下町に着くなり、ラベージャはちょっと怒ってる風に口を開いた。


「興味がないってどういうことだよ」

「恐らくだが、別のダンジョンか、もっと違う『飴』を見つけたのだろう。兵を割けないのもそのためだ。他の場所の探索に当たらせている可能性が高い」

「マジかよ。なんだそりゃ……」

「あの島はさほど甘くもない飴だ。本命は他にある」


 ちくしょう、なんかやる気の失せてくる話だな。捨て石ってわけじゃねえけど、俺たちが何をどうしたってどうにもならないような、お前らがやってんのは無駄なことなんだよって言われてるみたいで腹が立つ。


「でも、そういうのって近くにいるお前にも言うんじゃないのか、普通」

「私と姫さまは友人でも家族でもない。主と、兵だ。主従で成り立つ関係だ。心の内を吐き出すようなことはないだろう。また、あの方は友人にも家族にも本当のことを仰らないだろう。そういう方だ」


 寂しいやつだなって思うけど、それが王様の娘ってやつなのかもしれない。所詮、俺は外の世界に生きてる人間だ。この時代、この世界に生きてる人たちを理解するのは難しいに決まってる。


「ヤサカ、お前はどうするんだ。まだあの島に行くつもりか」

「人がいるし、これからも来るって見込みがある以上はな。だけど、最後の最後まで攻略したいとは思わねえよ。お前こそどうするよ」

「姫さまからは何も言われていない。まだヤサカについていけということなのだろう。戻って来いと命じられるまでは貴様についていくだけだ」


 デカドロス島か。……ムカつくけど、決まったことはしようがない。見られるところまでは見ておきたいって気持ちも残っている。あの太陽神官をぶっ倒した奥に何があるのか。それくらいは知っておきたい。


「分かった。じゃあ明日も行こう。他の冒険者が来るだろうし、俺たちは後ろからこそこそついていって楽させてもらおうぜ」

「ヤサカはそれでいいのか?」

「俺の目的は強くなることでも、報酬をもらうことでもないからな。俺はただ、兄貴を見つけたいだけなんだ」


 嘘偽りない本当の気持ちだ。

 ラベージャはふっと表情を緩めた。彼女が初めて見せた、分かりやすい笑顔だった。


「……分かった」

「分かったって、何が」

「私は貴様のことが気に入らなかったが、今はそうでもない。良くも悪くも、お前は城の人間とは違って裏表がないからな。だから、お前と共にいる時間は悪くない。そう思い始めている」


 えっ、デレた? もしかして俺、少しはラベージャに気に入られたのか?


「しかし弱いのは気に入らない。明日はもっと励め。私もフォローする」

「ああ、そういうことね。あいよ、分かった」

「うん。あの太陽の巨像とかいうのをしこたま倒せば見れるようになるかもな」


 それは勘弁してください。

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