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第3章 湖上の華Ⅴ

<1>



『みんなと協力して島を捜索し、ボスを倒してアイテムを入手しよう!』


 ミラーエイトは、PC向けMMORPG『ナナハシラクロニクル』にて、期間限定イベント『太陽神の巨像~ここがデカロドスだ、ここで跳べ~』を開催いたしました。どなたでもイベントにご参加いただけます!


『太陽神の巨像~ここがデカロドスだ、ここで跳べ~』はイベント期間中『ボ・フの港町』より船で移動した先のエリア、『デカロドス島』を捜索し、隠されたアイテムを入手できるイベントです。期間限定で受けられるクエストも追加しております。また、プレイヤーの皆さんの妨害をするレイドボスも登場します。レイドボスを討伐すると特別なアイテムや装備品がドロップするかも……?



<2>



 月曜日。『17:07』。

 俺は更新されていた情報を確認する。気紛れにGMコールもいじってみたが相変わらず反応はナシ。もうここの運営には人がいないんじゃないかとすら思える。勝手に決められた日時になったらゲームだけ更新するようなプログラムでもあるんじゃないのか。

 それはそれで。まあ、更新されたものを読む限り、そんな感じのイベントが開催されていた。よくあるレイドイベントってやつだろうか。

 俺はひとまずナナクロにログインし、ドリスの私室にいた。今回、彼女は俺が来るのを待っていたようで驚くようなことはなかった。



「早速だけどデカロドス島に行ってちょうだい」

「まあ、そういうイベントだからな」

「『ボ・フ』までは王都から馬車が出ているわ。そこから船に乗れば大丈夫だから」

「俺は普通にイベントをやればいいんだろ?」

「ひとまずは、だけどね。よろしくお願いするわ」


 あいよ。俺は軽く手を振ってドリスの私室から出ようとする。つーか、ログインしたらここって不便だからどうにかして欲しい。


「待って。ラベージャも連れて行ってちょうだい」

「……はあ? なんであいつを連れてかなきゃならないんだよ」


 NPCを連れてっても足手まといにしかならなそうだぞ。


「お前の監視役は必要よ。それにラベージャなら戦力にもなると思うわ」

「まあ、強いのは何となく分かるけどさ」

「お願い」


 お願いされてしまった。殊勝な態度さえ取ってくれるんなら、俺だって聞いてやらんでもない。

 けど、NPCをパーティにするってことだよな。どうやるんだろう。……試してみりゃ分かるか。


「欲しいものがあったら言ってちょうだい。それから一日一回は報告しにここまで来てちょうだい」

「ええー? ここ、遠いんだよ。島に行ったらそこを拠点にしたいから嫌だ」

「……じゃあ、せめて何かあったら報告してちょうだい」

「まあ、それなら……」


 こいつがついてくりゃあいいんだよと思ったが、一応は姫さまなんだよな。好き勝手にゃ動けないってことか。

 イベントが始まったんなら顔だけは可愛いドリスとも当分は会わずに済む。こいつ、なんかすげえ腹黒そうなんだよなあ。利用してんのはお互い様だから別に構わないんだけど。



<3>



 だだっ広い城を出て城下町区画に辿り着くと、そこにラベージャが待ち構えていた。げんなりする。ドリスほどじゃないが、こいつも苦手な部類だ。まさかイベントの間中一緒に行動するなんてな。


「姫さまから話は聞いているな?」

「ああ、イベントの間だけはよろしく頼む」


 ラベージャはそっぽを向いた。

 さて、こいつをパーティに入れる必要があるのか……。まあ、試してダメだったら適当についてきてもらうだけにしておこう。

 俺はメニュー画面を操作してみたが、いまいちよく分からなかった。ヘルプの項目を見てみると、どうやらナナクロでは最大7人のパーティが組めるようだ。


「うーん?」

「おい、何を遊んでいる」

「遊んでねえって」


 俺はラベージャの名前をじっと見つめる。すると、新しいウインドウが現れた。


『ラベージャをパーティに誘いますか?』


 という文字が浮かび上がってくる。俺は『はい』を押した。すると、さっきまで人形みたいに動かなかったラベージャがびくりと肩を震わせた。恐らく、目の前にメニューが表示されたのだろう。


「おい、何をした」

「なんか出てきたろ? なんて書いてるんだ?」

「貴様から『パーティに誘われている』とある」

「触れても大丈夫だから、『はい』とか押して承諾してくれ」


 ラベージャは長い間迷っていたが、中空を指で押す。なるほど、傍から見りゃ俺もあんなマヌケっぽい感じなのか。


『ラベージャがパーティに入りました』


 俺はメニューでパーティの項目を確認する。……おっ、ラベージャのステータスも見れるじゃん。って、思ってたよりこいつレベル高いな。『35』……? そりゃ俺より余裕で強いわ。装備もそれっぽいの使ってるしな。

 つーか、NPCとパーティを組んでしまった。これって仕様なのか? まあ、他のゲームでもイベント限定で組んだりするって時もあったような気がするし、大丈夫だろう。


「おい、これでいいのか?」

「あ? ああ、オッケーオッケー、大丈夫。そんじゃ、とりあえず城下町の宿を探しとこうぜ」

「何? 島に向かわないのか? 他の冒険者はとうの昔に向かっているぞ」

「そうなんだけどさ、一日でクリア出来るわけでもないだろ。俺は今日を入れて五日は夕方からしか参加できないんだ」


 なぜだと問われる。平日で学校があるからだと答えてもいいが、一々説明するのも面倒だ。


「何でもだよ。なもんで、一々あの姫さまの部屋からスタートしてたら面倒くさいんだよ。顔も合わさなきゃいけないしな。お前に言っても分からないかもしれねえけど、城下町の宿屋を拠点にしたいんだ」

「……冒険者はそういうものなのだな。そういうことなら話は分かった」

「島に宿屋とかはないだろ?」

「野営くらいなら出来るが」


 とはいえ、ゆっくり体を休めたいのも事実だ。イベント中、敵のうようよしてそうなところでログアウトしたら次にログインする時が怖い。面倒なことに変わりはないが、島の攻略を途中で切り上げて、ログアウトする時は最低でも王都にいることを心がけておこう。


「ラベージャ、お前はどうする?」

「どうするとは?」

「宿だよ。お前はどっかに家があるのか?」

「寮のようなものはあるが、あまり使っていない」


 近衛兵とは言ってたが、こいつが仕事をしてる素振りを見たことはない。恐らく、ドリス直属の護衛みたいなものなのだろう。色々と使われてそうだな。あのお姫さま、人遣いが荒らそうだし。


「じゃあお前も同じ宿に泊まれば? お姫さまからはなんて言われてるんだ?」

「貴様についていけとしか言われていない。……そうだな」


 ラベージャは腕を組み、城下町を見渡した。


「私もお前と同じように行動する。少しは羽を伸ばせるだろう」

「そうか。本音が出たな」

「なんのことだ?」


 まあ、いいだろう。ラベージャは俺より強いし、思ってたより戦力になりそうだ。とはいえ、言うことは聞いてくれそうにないな。



<4>



 俺とラベージャは城下町にある『赤い目の親猫亭』という宿屋に泊まることにした。セルビルの宿屋よりも作りはよかったが、ここで本格的な寝泊まりをするわけじゃない。少しだけ残念でもあった。もちろんラベージャとは別の部屋である。料金はお互いが自分の分だけ、一週間の部屋代を払った。とりあえずの一週間だ。

 その後、簡単に買い物を済ませて、ラベージャの案内で乗合馬車に乗り、港町の『ボ・フ』を目指すことにした。



 ボ・フ。

 ホワイトルート大陸の東部に位置する港町だ。俺たちの目的地、デカドロス島はここから出る船に乗っていくらしい。

 ボ・フの近くまで来ると海の臭いが風に乗って運ばれてくる。潮風を肌で受けても気持ちよくもなんともないが、じきに慣れてしまうだろう。

 馬車から降りると、町の奥で船が待っているのが見えた。荷揚げ、荷降ろしの済んだ大きい帆船は出港して、海の向こうで小さくなって見える。……あの船はどこに向かってんだろうな。

 王都とは違うがここも活気はある。船乗りや漁師が多いせいか、荒っぽい感じだ。


「あー、しまったな、ここの宿でもよかった」

「いや、恐らくもう遅い。既に島を目指す冒険者たちで部屋は一杯だろう」


 出遅れちまったか。まあいいや、イベントの攻略が目的じゃないし、プレイヤーが王都周辺に集まっているならドリスだって満足だろう。気を楽にしていこう。


「しゃあねえか。ま、軽く見てみよう」

「軽く? そんな気持ちでは困るぞ」

「お姫さまに『絶対攻略しろ』なんて言われたか?」


 俺がそう聞くと、ラベージャはそれもそうかと言った。表情にこそ出ないが、こいつもこいつで気が楽になったのかもしれない。


「ともかく行ってみないことには始まらん。船はこっちだ、ついてこい」


 ラベージャの後に続く俺。

 NPCの冒険者っぽいやつらに混じって、他にもプレイヤーはいるみたいだ。パッと見た限り、レベルもバラバラ。黒盾さんくらいの人もいれば、まだ一ケタの人もいる。廃人クラスがこのゲームに存在しているかはともかく、強いやつは既にボスと出会ってるかもな。

 気になることは多いが、実は海が綺麗で内心でははしゃいでしまっている。沖縄の海っつーか、外国の地中海みたいだ。……ああ、そうか。一応、ストトストンも外国みたいなもんだっけ。



<5>



 案内された船は小さかった。櫂によって進むもので、ボートっつーかヴェネツィアのゴンドラに近い。木製で、乗り込む際に結構揺れたが、一度水の上で進みだすと安定している感じだ。

 漕ぎ手のおっさんは前だけを向いてひたすらに漕いでいる。ワープを使うのだろうが、毎回毎回大変そうだな。


「もっとでかい船は出せなかったのか?」

「貴様ら冒険者はバラバラに動くからな。大きい船を一々出していられん」


 なるほど、それもそうか。結構な人数を乗せて行ったり来たりするだろうから、こういう船の方が小回りが利くわけだ。


「しかし、島か。……あの、大きな影か?」

「ワープすればすぐだ」


 この位置から見る限り、思ってたよりかなり大きな島だ。長さは悠に数十キロはあるだろう。面積もなかなかのものだろうな。ダンジョンと聞いていたから地下迷宮を想像していたんだけど、ありゃあ島全体がダンジョンになってるって感じだな。アイテムが隠されているらしいが、探すのに骨が折れそうだ。


「ラベージャ、もっと人を集めた方がいいと思うぜ。俺たち二人じゃあどうにもならねえよ」

「姫さまの裁量だからな、私の判断ではどうしようもない。が、報告はしておこう」


 どっちにしろ、今日は俺とラベージャの二人で島を探索するしかないな。



<6>



 俺たちの乗った小舟はワープを使い、デカドロス島に到着した。今は十七時過ぎだから、晩飯前にはまたログアウトしなきゃな。

 小舟は入り江で停まり、俺たちが降りるとすぐにボ・フへと引き返していく。


「帰りはどうすんだ……?」

「こっちへ乗せる客が減れば、漕ぎ手もここで待機するだろう」

「ホントかよ。置き去りにされたら嫌だぞ」

「私だって嫌だ」


 言いつつ、俺たちはデカドロスの島に上陸した。

 俺は島を見渡す。山や丘が多い。坂道も多いってことだ。歩くのだけでも疲れそうな場所である。

 無人島とは聞いていなかったが、温かで、全然住めそう。つーか、向こうの方に白い石造りの建物群が見えている。


「ここはどういう場所なんだ? こんだけ広けりゃ人だって住めるし、港町として使えるんじゃねえの?」


 立地条件としては悪くない感じじゃないか。でも、今も人の住んでいる感じはしない。王都まではそんなに離れてないのにな。

 そのことをラベージャに尋ねると、いつもみたいに『知らん』と返された。適当に言っているのか、本当に知らないのかは分かりかねる。

 ただ、この島が急に現れたってんなら話は別だ。ゲームの運営がイベントの為にポンと追加した可能性が高い。となると、急に取り除かれるってこともありうるよな。


「じゃ、太陽神って言葉に心当たりは?」

「さあ、知らんな。私たちが信仰しているのは『ハシラサマ』だけだ」


 分からねえな。なんかこの島、この世界に合致していないって感じだ。……いや、あまり余計なことに気を回している余裕もない。


「探ってたら何か分かるかもな。一時間くらいで戻りたいから……ああ、あの白い遺跡みたいなところを目指すか」

「分かった。貴様についていこう」



<7>



 デカドロス島は広い。プレイヤーのスタート地点はみんな同じ入り江のはずだが、俺たちは他のパーティとすれ違うこともなかった。

 大きな騒ぎも起こっていないし、レイドボスとやらはまだ見つかっていないのかもしれないな。ゲームとしてどうなんだ。


「……おい、何かいるぞ」


 ラベージャは向こうの丘を指差す。俺は立ち止まって鞘から剣を抜いておいた。目を凝らしても俺には何も見えない。大きい岩と背の低い草が見えるだけだ。


「見間違いじゃないのか?」

「私の目はいいんだ。貴様と違ってな」


 ラベージャはぐんぐん、ずんずんと先に歩いていく。俺はその後を追いかけていき、モンスターがいることに気づいた。


「ほらな」と、ラベージャは得意げにモンスターを指差す。


 モンスターは、俺たちと大差ない姿をしていた。キャラウェイの城でもよく見かけた兵士の格好をしている。人間にしか見えないが、


『太陽兵』


 きっちりモンスターの名前で表示されている。人間のようだが、しかしその体には肉がない。剥き出しになっている部分は全て骨だ。太陽の兵士? なんだそりゃ、見た目は完全にゾンビじゃねえか。


「斬ってもいいな?」

「え? あっ、はい。大丈夫です」

「分かった」


 俺は少し戸惑ってしまう。モンスターが何をしてくるか分からないのが嫌で動けなかった。が、ラベージャは速攻で距離を詰めて、太陽兵とやらの首を飛ばした。元から死んでるようなモンスターだったが、HPゲージが0になり、黒い霧と化して消えていった。

 正直すげえなラベージャさん、即決即断である。俺には出来そうにない。ラベージャは得物を鞘に戻し、息を吐く。その間、俺には経験値やドロップしたアイテムが手元に入っていて妙な罪悪感を覚えた。


「わ、悪いな。任せちゃって」

「構わん。アレぐらいなら何ともない。それに、私の仕事は戦うことだからな」


 気分はヒモだ。めっちゃ楽でこの楽さに溺れてしまいそうになる。ここは我慢っつーか、堪えなければ。


「相手が一体だったら、次は俺がやるわ」

「……必要ない」

「いや、俺も少しは経験値を積まないと」

「そうなのか?」


 そうなんです。不思議そうにしているラベージャを置いて、俺は先を進んだ。勿体ないことしたかな。だけど、ラベージャとずっとパーティ組むってわけでもないしな。変なところで楽を覚えたらダメだ。

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