執事と少女の日曜日
一週間連続短編投稿の1/7です
「ねえ、セバスチャン。退屈だわ」
声を辿るといかにもお金持ちという広々とした部屋にお姫様が寝るような天蓋付きベッドそこには人形のように美しい少女が座っていた。
「お嬢様、私の名前はセバスチャンではなく斉藤です」
そう応えたのは背が高く体の引き締まり燕尾服を着たいかにも執事というメガネの青年が立っていた。
「あなたの名前なんてどうでもいいのよ。執事は全部セバスチャンで十分よ。それよりも私は退屈なの。何か面白いことはないの?」
「ではお出かけでもなされますか。今日は良く晴れております。どこへ出かけましょうか?」
「あなたって本当に使えないのね。別に私はどこかへ出かけたいわけじゃないのよ。もっとこう、ドカーンと非日常な日々を送りたいのよ」
執事は主に一言「失礼します」と断ってからメガネを外ししばらくの間目頭を揉んだ。そしてメガネを掛けなおすと再び主に「失礼しました」と声をかけた。
「お嬢様、平和が一番ですよ。それに非日常とは具体的にどのようなことでしょうか」
それを聞きお嬢様は待っていたと言わんばかりに微笑んだ。
「今日の朝いい考えを思いついたの。まずセバスチャン、あなたがマフィアの一つや二つを潰してきなさい。するとたまたまセバスチャンが仕留め損ねた残党が私を誘拐する。そうしたらセバスチャンが暗い笑顔をして私を助けに来てくれる。いいシナリオだと思わない」
「お嬢様、今度は何を読まれたのですか。それに日本にはマフィアは居ません。居ても暴力団や極道ではないでしょうか」
「じゃそれでいいわ。なんでもいいから悪そうなのを潰して恨みを買ってくればいいのよ」
「確かに私はそこを指摘しましたが、問題の本質はそこではございません。まず私にそのようなものをどうこうできる力はございません。次にお嬢様が攫われて私が救い出すメリットはなんでしょうか」
「何を言ってるのかしらセバスチャン。執事は異能者だとか異形の者だとかじゃないと就けないはずでしょ? それにセバスチャンが私を助ける画はかっこいいじゃない。私も特別な存在みたいな感じで」
執事はため息と共にベッド横の本棚に目をやると執事をテーマにしたマンガやライトノベルがぎっしり詰まっていた。数冊手に取り中を見てみるとどの執事も現実の執事とは大きくかけ離れた異能の力を持っていたり、途轍もなく強かったりした。
「お嬢様、このような執事は現実には存在いたしません。そもそも執事とは戦い主を守るのが仕事ではありません。本来の仕事は屋敷の管理、清掃、使用人の統括、家財などの管理、主への食事やお茶の給仕、また主の補佐などですよ。まぁ、屋敷や家財の管理は家令がしいますし、清掃はメイドがやりますので、実質私がやるのは食事やお茶の給仕と補佐程度でしょうか」
この説明も、もう執事にとっては何回もした。主である少女にとっても何回も聴いた話である。この同じようなやり取りを日曜日が来るたびに行うのだ。執事も多少の疲労を見せるが、けして主の前では顔に出さぬようにしていた。
しかし少女はそれを聞いて毎度のように微笑んだ。
「ちゃんと仕事内容に入ってるじゃない。主の補佐よ、主がピンチなんだから助けるのが普通よ」
「申し訳ございません。付け加え忘れました。主の身の回りで一般的に起こりえる事柄の補佐が仕事です。これで納得いただけましたか」
「わかったわ」
執事はその一言に内心ほっと胸をなでおろした。しかし表情には出さず努めていつもの柔和な表情を保った。
だが、少女の一言によりその柔和な表情は引きつった。
「そうね。私の家ではそんなこと起こりえないものね。悪の根をこちらから出向いて摘みに行きましょ」
「申し訳ございません。どのようにしてそのようなお考えになったのでしょうか」
執事は引きつりそうになる顔を必死に堪えることでいっぱいだった。
「どうしてってお父様が警視総監だからよ。お父様の悩みの種を少しでも減らしてあげたいの」
「そうですか。お父上様の事の苦労を少しでも減らそうという心遣いはご立派ですが、まずお嬢様の我侭が治ればすぐにお父上様も肩の荷も下りると思いますよ」
「セバスチャン。それは言わない約束でしょ。それにお父様は私がこんなにも我侭なのは知らないわ」
執事の言葉に表情を暗くする少女を見て執事は気まずくなったのか懐から懐中時計を取り出す。すると執事は用事を思い出したのか一歩下がって一例をした。
「お嬢様、失礼します。昼食の準備が出来る頃ですので」
そう言って執事が部屋から出ようとしたときその背中に不平が飛んできた。
「ちょっと、まだ具体的なプランを話してないんだけど」
もう一度一礼すると扉は閉まり、部屋には少女の不平だけが木霊した。
控えめにしかし少女に聞こえるように優しく扉をノックした。
「どうぞ。入って」
「お嬢様、昼食をお持ちいたしました」
執事が扉を開け昼食の乗ったワゴンを押して持ってきた。
少女は先ほどとは違い佇まいを正して、ベッドからちゃんとテーブル脇のイスに座っていた。
少女はテーブルに食事が運ばれてくると静かに食べ始めた。
そして少女が食べ終わると執事が素早く片付け始めた。少女に一礼をすると素早く部屋から出て行った。
「美味しかったわ」
そのつぶやきは部屋の中でむなしく反響するだけだった。
再び少女の部屋に控えめなノックの音が響く。
「どうぞ。入って」
「お嬢様、失礼します。紅茶をお持ちしました。本日はレモンティーでございます」
執事が扉を開けると昼食と同じようにワゴンにポットとカップが載っていた。
少女は紅茶に一口飲むと執事に向かってしばらく居て欲しいと願った。
「しばらくここに居てくれないかしら?」
「わかりました」
「ありがとう。いつも日曜日は私の我侭を聞いてくれて、ありがとう」
昼食を食べる前とは別人のように落ち着いた雰囲気になった少女は執事に向かって礼を言った。執事もまたそれに温かみのある笑顔で答えた。
「いえ、お嬢様の助けになるのであれば嬉しいです。それに日曜日しかお構いできず申し訳ありません」
「いいのよ。いつもは学校に行っているし、週末に構ってもらえるぐらいで」
執事は再び一礼をすると何かを思い出したように微笑んだ。
「しかし今回はお嬢様の遊びに私まで巻き込まれるとは驚きました」
「遊びなんて言わないでくれる。たまの息抜きをしないと私も疲れるのよ。いいじゃない、午前中だけなのだから」
「失礼いたしました。確か、先週はバルコニーで魔法少女が降ってきてお嬢様が魔法少女代行でしたよね。それで先々週は実はお嬢様が魔王の娘でしたね」
少女は再び紅茶に口を付けた。落ち着いて部屋を眺めるとやはりベッド横の散らかった本棚が気になるのだろう。
その視線に気が付いたのか執事は本棚の前に移動すると手早く片付け始めた。
「悪いわね。いつも忙しいのに日曜日はこんなことに使ってしまって」
「いえ、お嬢様の癒しになるのならばいくらでも時間を割きましょう。それにしても……」
そこでマンガやライトノベルを整理する手を一旦止め、ちょうど持っていたマンガを何気なく開いてみた。
「マンガのままの展開ですね。主が攫われて執事が助けに行く、もう少しひねった方がよろしいかと」
「そうね。確かにマンガをそのまま使いすぎたかもしれないわ。次はもう少し捻ってみるわ」
そんな雑談をしていると執事は本棚の整理を終えたのか、少女のそばへと戻り少女の空いたカップに紅茶を注いだ。
「それでは申し訳ございませんがまだ仕事が残っていますので、ここで失礼いたします」
いつもと同じように扉の前で一礼して部屋を出ようとした。すると少女は執事を呼びとめた。
「ありがとう、斉藤。日曜日は私を我侭で居させてくれて」
執事は再び一礼をし、今度こそ扉の向こうへと去ってしまった。
「次の日曜日はどんなことを企んでくれるのでしょうかね。お嬢様」
「次の日曜日はどんなシチュエーションにしようかしら。斉藤」
扉の外の執事の顔にも扉の中の少女も笑顔だった。
前から書きたかった執事をテーマにしたものです。
面白かったでしょうか。