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竜と影の物語  作者: ジュリー
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剣と鎧

 ミーティアをおちつかせた後、カルムはミーティアと共に家の中に入り、二階に向かった。

ミーティアを二階に待たせ、一人で一階に下りたカルムは、物置から一番大きい背嚢を引っ張り出すと、物置の中に散乱している物を詰め始めた。


 その他にもカルムは一階を探索し、台所では干し肉などの保存食と、塩などの調味料を手に入れた。


 そのままテツウチの部屋に入ったカルムは、もう眠る者の居ないベッドや、着る者のない服などを見つめ、再び悲しみの涙が込み上げてきたが、目に溜まった涙を腕で拭うと「父さん、借りてくよ」と空中に向かって謝り、テツウチの部屋の奥に置いてあるカルム程の大きさを持つ、木製の箱の扉の前に立った。


 そこに何が入っているのかはテツウチから教えられて知っていた。

しかし、今まではテツウチから触れる事を禁じられていたので、直接見た事は無かった。


 カルムの手により、大きさの割に重たい扉が古びた音を立てて開いていく。




 中にあったのは鞘に納められた一本の剣と、重厚な雰囲気を放つ鎧だった。




 七つの宝石を鏤めた煌びやかな装飾に彩られた鞘に、カルムは一瞬見惚れてしまった。

テツウチからは、自分が昔使っていた道具が入っていると聞かされていただけだったので、このような高価な物が入っているとは、カルムにとって予想外だった。


 兜から鉄靴まで揃っている鎧にも、黄金や白銀でなぞられたように模様が施されていた。鎧の色は黒が基調になっており、見る者に重圧を与える。

隣に立て掛けてある鞘と比べるとどうしても地味な印象を受けてしまうが、こちらも途方もない財が使われているだろうという事は、一目見たら瞬時に理解出来る事だった。


 鎧の一部を手に取って持ち上げてみると、驚くほどの軽さで、とても鋼鉄で造られているとは思えない。

鎧は、着た者の体の動きに合わせて細かく動くように、鋼のプレートを何枚も組み合わせて作られているようだった。


 これを着ながら旅路を行く訳にもいかないと思い、カルムは鎧はそのままに、剣だけ持っていく事にした。鞘を手で掴み持ち上げると、こちらも思いのほか軽く、カルムは驚いた。



 鞘から剣を取り出す。こまめに手入れがされていたのか、刃には錆一つない。


鋼の銀色と黄金を混ぜ合わせたような美しい両刃の刀身は、鞘の大きさに対して少々細い印象を受ける。しかし、窓から射し込む日の光を反射するように鋭く光る刃は、見る者を魅了する不思議な美しさを備えていた。


握り手の部分にも装飾が施されていた。

白い竜と、白い竜の影から浮き上がるように描かれた黒い竜が、お互いの首に牙を突き立てあっている奇妙な絵だった。

竜の目の部分にも白と黒の宝石が嵌め込まれており、握ると丁度いい滑り止めになった。


高価な物を贅沢に使うなぁ、と、カルムは呆れる様に剣で空を切った。




 腰に回した革のベルトに鞘を差し、テツウチの部屋を後にすると、重くなった背嚢を片手にミーティアの待つ二階に戻った。


 カルムが二階に戻った時、ミーティアは窓にカーテンを掛け、ベッドの傍の燭台に灯を点して本を読んでいるところだった。


カルムの姿が見えた瞬間に、本を閉じカルムに駆け寄ったミーティアだったが、カルムの持っている物と、カルム自身の持つ異様な雰囲気を察したのか、途中で立ち止まり「どうしたの?」と尋ねてきた。


 「今から二人でここを出る」

ミーティアを真っ直ぐに見つめ、真剣な表情でカルムは言い放つ。


 もうここにはいられないから、と静かに言うカルムにミーティアは、山以外の自分の知らない場所に行く不安に対しての思いと、ここに残った時にやって来る脅威を考えた時の思いの、両方を混ぜ合わせたような表情を見せた。


 「相手方の事情は知らないが、とにかく君は何かから狙われている。だから君を守る為に、ここを出る」


 そう言いながらカルムはベッドに腰掛けると、未だ立ったままのミーティアに、物置から持ってきた肩に掛ける紐のついた革製の鞄を渡し、準備をする様に促す。

渡された鞄を両手で握りしめ、何かを言いたそうにカルムの方を見るミーティアを、カルムはじっと見つめた。


見ればミーティアの小さい体は震えているようだった。

無理もないとカルムは思う。この小さな少女の肩に乗せるには、今の状況は重過ぎるものだ。


 しかしミーティアはカルムの方を見つめると、小さな声で、しかしはっきりとした声でこう言った。


 「私といたら……カルムが死んじゃう」

 「もう昨日みたいなのは嫌……テツウチみたいに、カルムが死んじゃうのは嫌……」


 だから、私は一人で行くね、と鞄を抱きしめながら、目に涙を溜め、無理に作ったと誰が見ても分かる笑顔で言うミーティア。


 少女の優しさと勇気に、カルムは時が止まったような衝撃を受けた。


 「テツウチだって、私がここに居たから死んじゃったんだもん。カルムの大切な人を、私が殺しちゃったんだもん」



 だから、カルムはついてこないで



カルムの目に、自分の傍にいると危険だからと、自分を突き放し、一人で危険に立ち向かおうとしている目の前の少女がとても愛おしく見えた。

カルムは、鞄に絵本を詰め込み始めたミーティアの手を取り、抱き寄せる。


 「君は俺が守る」

 「……どうして?テツウチが死んじゃったのは、私のせいなのに……私を恨んでもいいのに……」

 「父さんは、君を守れと最期に言った。それに、もしその言葉が無くても、俺は君を見捨てたりはしない。一緒に行こう」


 ミーティアはカルムの腕の中で、しばらく泣くのを我慢するように震えていたが、カルムに向けて一言「ありがとう……」と言うと、堰を切ったように泣き出した。




 日没までに村に着きたかったので、カルムとミーティアは急いで旅の支度を整えると、直ぐに出発した。


カルムは大きく重い背嚢を背に背負い、ミーティアは自分の宝物を小さな鞄に入れ、暗くなりかけている山道を蝋燭の明かりを頼りに走る。


カルムはミーティアの手を取りながら、いつ現れるかもしれない影の化け物の為に周囲を警戒しながら進んでいた。ミーティアはカルムの手を強く握り、その隣を黙って付いて行った。


 暗くなった山を下りるのは常人には遭難の可能性があり危険な事だったが、カルムとミーティアにとっては自分の慣れ親しんだ庭を歩くように簡単な事だったので、一回も道に迷ったり、足が躓くといった事は無かった。



 異変は、カルム達の目にふもとの村の明かりが見え始め、もうすぐ山を抜けるという時におとずれた。

いい加減慣れてきた恐怖の感情と、背後から何かが近づいてくる感覚を、カルムは感じていた。それはミーティアも同じだったようで、カルムの手を握っている手に力が入る。


 あと十数歩で村に辿り着く距離で、カルムは後ろを振り向いた。



 暗闇の中から現れたそれは、山で男たちを襲い命を奪った黒い狼だった。狼はカルム達の喉を噛み千切ろうと黒い歯を鳴らし、今にも飛びかからんと声のない唸り声を上げている。



 カルムは自分たちを殺そうとしている化け物に対して、剣の切っ先を向けて言い放った。



 「お前たちがどうしてこの子を殺そうとしているのかは知らないが……この子は俺が守る」



 かかってこい、とカルムが言った瞬間に、狼がその大きな顎でカルムを食い千切ろうと迫ってくる。

狼の攻撃に対し、カルムは風に揺れる葉のように柔らかく体を捻り回避すると、下段に構えていた剣を振り上げ、黒い狼の胴体を輪切りのように両断した。

飛び掛かった勢いのままに飛んでいく上半身と下半身に分かたれた狼の体は、血を飛び散らせながら地面に倒れると、影が元に戻り、そのまま動かなくなった。






 鉄格子の隙間から、一人の少女が星を見ている。


 夜の空を映したように黒く、艶やかな長髪を慈しむ様に撫でながら、狭く暗い、部屋とも呼べぬ空間から夜空を見上げている。

服も着せられず、両手両足には鉄の輪が付けられ、そこから伸びる鎖が壁に打ち付けてある。どうやら少女は囚われているらしかった。


空中に向かって、何事か呟く。それは人の話す言葉ではなく、歌うような旋律で奏でられるその言葉は、聞く者の心を惹きつける奇妙な余韻を持つものだった。


 少女は自分の居る空間に一頻り言葉を紡いだ後、ひび割れた石畳に伸びている、星の明かりで作られた自分の影に愛おしそうに触れ、影に向かって話し出した。


 「逃げられて、しまいました」

 「ええ、大丈夫です。何も問題ありません」

 「必ず、殺して差し上げます……」




 ──貴方様の為に──




 恍惚の表情で影を撫で続けるその少女の頭には、木の枝のように枝分かれした、白い、二本の角が伸びていた。


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