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竜と影の物語  作者: ジュリー
6/11

影と死闘

 その日の夕食はテツウチが作った。

食卓に並んだのは鹿の肉を刻み香草と炒めた物と、カルムが買ってきたファリナの店のパンだった。


 一口大に刻まれた鹿の肉は、森に生る果物の汁で作ったソースによく絡み、また果汁によって肉も柔らかく仕上がり、香草の風味も加わって抜群の美味しさだった。

 ファリナの店でカルムが買ってきたパンも、そのままでもふわりとした食感で美味しく食べられるが、少し焼き、焦げ目をつける事で麦のもつ香ばしさが増し、肉料理とも合う素晴らしい主食になった。

パンを食べるのが初めてだったミーティアは、特にそれを気に入り、肉のソースをパンにつけて食べた。


 食事になるとミーティアもカルムの膝から降り、自分の椅子に座ったが、それでもまだ不安が消えないのか、カルムの隣に椅子を引っ張ってきて、決して傍を離れなかった。

 食事が終わってもカルムを長椅子に連れていき、絵本を読むようにせがんだ。もう文字が書けるミーティアは自分で読めるはずだったが、カルムは大人しく何度も本を読んでやった。




 「そうだミーティア、今日は君にお土産を買って来たんだ」

四回目のお話を読み終わったところで、カルムは思い出したように言った。


 「オミヤゲって何?」と聞いてくるミーティアを後ろに、袋の中から絵本と、砂の入った瓶を取り出す。それを持って長椅子に戻ると、カルムの手の中の物を覗き込んでいたミーティアが「これがオミヤゲっていう物?二つあって形が違うけれど、どうして?」と尋ね「こっちは絵本じゃないの?」と聞いてくる。

お土産というのは大切な人に買ってくるものなのだと説明してやると、ようやくミーティアの沈んでいた表情に笑顔が戻り、カルムにお礼を言い、早速新しい絵本をカルムに読む様にせがんだ。


 何度か読んでやると、ミーティアは眠たくなったのか小さな欠伸をし、カルムの体に身を寄せた。カルムはミーティアを抱き上げ、二階に上がるとベッドに寝かせた。


 ベッドに入ったミーティアは、枕元に絵本を置き、部屋に入る月の光に瓶の中の砂を照らしながら、カルムに今日あった事を話した。森の中で綺麗な石を見つけただとか、嫌な人たちが早く帰る様に草を編んで転ばせたり、木の上から虫を落としたりだとか、色々だった。


 カルムはそんなミーティアの話を、時々相槌を打ちながら、ミーティアが瞼を閉じるまで聞いていた。ミーティアは眠る直前まで「まだ寝ない」「一緒に寝てくれればいい」とぐずっていたが、やがて静かになると、寝息をたて始めた。




 「全くなんて日だ!」

日も暮れて暗くなった山を、五人の男がふもとの村を目指して歩いている。


 五人の服装はどれも高価な素材が使われており、胸に金の刺繍で模様が縫ってあったり、波打つようなデザインの布が袖口や襟首に付いていたりと、およそ山を歩く服とは言えない。

 さらによく見てみると、男たちの服は全てに泥や草の汁などの汚れがいたる所に付着しており、せっかくの高価な服が台無しになっていた。


 「情報を教えるどころか我々を泊める事すら拒否するとは、我々が誰なのか分かっているのか!」

 集団のリーダーらしき、先頭を歩く背の低い男が肩を怒らせながら大股で草を踏む。


 「まあまあ、落ち着いて。そもそもあのような犬小屋にも劣る汚い木切れの塊など、我々が体を休めるには粗末に過ぎるという物。多少歩いても、ちゃんとした宿屋に泊りましょう」

 「そうですよ。宿屋に馬車も預けてありますし」


 後ろを歩く男が長く伸ばした髭を撫でながら、怒りを体全体で表現している男を諭す。

その言葉に口を何か言いたそうに動かす男だったが、上手い反論が浮かばなかったのか、ふん!と、鼻息を荒く鳴らすと、先程までよりも大きな音を立てながら歩みを進めた。


五人は王宮に勤める貴族であった。貴族として生まれ、貴族として生きてきた彼らは、彼らの親もそうしていたように、日々を王宮内での権力争いに費やし、毎日精を出していた。

しかしある日、王都の上空を横切って西に消えていった謎の流星の調査を国王直々に命じられ、この調査で結果を出せば他の貴族よりも国王の印象が良くなるという下心で、王都から遥か離れた田舎の村までやって来たのである。


後ろにいる男たちは、男の後ろ姿を見て小さな溜息を吐く。

王都から幾つもの町や村を辿って、ようやく件の流星の落ちた場所まで辿り着いたというのに、何も収穫が無かったどころか、草むらでは転ぶわ川には落ちるわ木から虫は降ってくるはで、終始碌な事が無かったのである。

そんなこんなで心身ともに疲れ果ててしまったた五人は、早く休みたい一心で夜の山を強引に行軍しているのであった。




 それは一瞬の出来事だった。




 先頭を行く男が何かに足を取られて体勢を崩したかと思うと、何処からか男の真下に出現していた黒い影が、上に飛びあがるとともに、一息に男の喉笛を噛み千切った。


 影の正体は黒い狼だった。夜の闇よりも更に深い黒色の毛に、男の血が雨のように降りかかる。


狼は殺したばかりの男には目もくれず、未だ反応すら出来ずにいる後続の四人に飛び掛かり、牙を突き立てた。夜の闇に、男たちの悲鳴が響き渡る。




 ヤツらは待っていたのだ。




 一緒にいてとぐずるミーティアを何とか寝かしつけたカルムは、一階に下り、まだ起きていたテツウチに、昼間の流星の欠片の事を教えた。


 「もしかしたら、あの子は竜なのかもしれん」

 カルムの話を黙って聞いていたテツウチの突然の言葉に、カルムはそんな馬鹿なと言いかけたが、流星の事やその欠片に秘められていた力の事を考えると、頭から否定する事も出来ない。


 「竜なんて絵本の中だけの存在だろう?人を騙して魂を地獄に送る悪魔とか、羽が生えていて、世界の終末に空からやってくる天使とかと同じで、子供騙しだ」


カルムの知る竜は、絵本の中でお姫様を浚う悪者で、最後には勇者に倒される。

そういう役割を与えられたキャラクターだ。ミーティアとは似ても似つかない。

 

 「ならあの角をどう説明する?あの黒い影は?あの子はどうやってここに来た?」


 いつになく真剣なテツウチの言葉に、カルムは言葉を返すことが出来なかった。確かに、あの流星が山に落ちてから、御伽話のような出来事ばかりが起きている。


 「……これは俺の勘違いかも知れないんだけど、流星の欠片から強い力を感じたんだ。もしかしたらあれはミーティアの記憶だったり、力だったりを封じ込めた物で、それを失ったから、ミーティアは何も覚えていないのかもしれない」


 まったくの推測ではあったが、昼間あの黄金の爪から感じた力を思い出すと、間違っていないと思えるから不思議だった。あれは自分の想像を遥かに凌駕しており、理解できるものではなかった。


 「……お前には話していなかったが、俺は」とテツウチが言った所で、玄関の扉が乱暴に音を立てて開かれ、外から五人の男が入ってきた。

細やかな生地の、原色に彩られた高級そうな服を全員が着ている。しかし、そのどれもが汚れており、高価な印象を台無しにしていた。気のせいか血の匂いも漂ってくる。


テツウチが、男たちに聞こえないように舌打ちをした。どうやらこの男たちは、昼間テツウチを訪ねてきた男たちらしかった。


 「ワレラハオウキュウカラノシシャデアル」

 「アヤシイモノデハナイ」

 「アンシンシロ」

 「アンシンシロ」

 「アンシンシロ」


 妙に抑揚のない喋り方をするな、とカルムは真夜中の非常識な来訪者に眉を顰めたが、本当に王宮からの使者なら無礼にも出来ない。

貴族を敵にすると面倒くさいというのは、二年前にファリナを自分の屋敷に連れて行こうとした貴族を、川に蹴り飛ばした時から理解している。


 テツウチが玄関で話す男たちの前に歩み寄り、寡黙な男には珍しく怒りを秘めた瞳で睨みつける。しかし、その男たちはテツウチを見ているのかも分からないくらいに眼球を滅茶苦茶に動かし、糸の足りない操り人形のように奇妙な動きをした。



テツウチが何かに気付いたように足を一歩後ろに下げる。


テツウチと相対している男、その後ろに隠れるようにして、もう一人。似たような服装をした男が持っている物に、カルムが警戒の声を上げる。




 次の瞬間、後ろに隠れていた男の持つ細長い剣が、前に立つ男ごと貫いて、テツウチの胸に刺さっていた。




 木の床に二人の血が混じりながら飛び散る。

カルムは叫ぶよりも前に椅子を持ち上げ、男たちに向かって投げ飛ばしていた。ぶつかった衝撃で椅子は砕け、男たちが床に倒れる。


一月前に山で感じた恐怖の感覚が、部屋の中を侵食していくのをカルムは感じた。



 剣が抜け、テツウチが床に背中から倒れる。倒れた衝撃で傷口から勢いよく血が噴き出す。カルムは急いでテツウチに駆け寄り、抱きかかえ「父さん!」と叫んだ。


カルムの呼びかけに、テツウチは微かな呻き声を漏らした後「あの子を連れて逃げろ……」と、喉の奥から絞り出すような、カルムにしか聞こえないほどに小さな声で告げると、カルムが支える体から力が抜け、テツウチは意識を失った。


 「ワレラハオウキュウカラノシシャデアル」

 「アヤシイモノデハナイ」

 「アンシンシロ」

 「アンシンシロ」

 「アンシンシロ」


 空中に吊られるように、男たちが立ち上がる。およそ人間の体の構造では不可能な動きは、カルムに、以前村にやって来た、人形劇の団体が操る人形を思い出させた。


男たちが立ち上がりこちらに向かってくる。しかし、カルムはテツウチの顔をじっと見るばかりで、逃げるどころか男たちの方すら見ない。



 男の持つ細い剣、レイピアと呼ばれるものがカルムを貫こうと突き出される。



カルムの身体能力であれば難なく避けられるであろうそれを、カルムは左手を突き出し、レイピアの刃にわざと貫かせた。レイピアの刃は突き出された勢いのままに、刃の根元までカルムの血で赤く染まった。


 痛みに顔を歪ませる事すらなく、至って平静に立ち上がったカルムは、レイピアの柄を貫かれた左手で握り込むと、男の体を引き寄せそのままの勢いで顔面に頭突きを食らわした。男が腰から折れる様に床に崩れ落ちる。


 カルムは倒れた男の頭を思いきり、床が抜けると思うほどの威力で踏みつけると、右手でレイピアの柄を握り、左手から刃を引き抜いた。

血に塗れた左手には銀貨よりも一回りは大きい穴が開いていたが、それを見てもカルムの表情は変わる事は無かった。




 「これからお前たちを斬り殺す」




 言うが早いか、カルムを殺そうとレイピアを構える男の突き出された腕を、右手に持つレイピアで横薙ぎに斬り捨てる。本来刺突の用途で使われるはずのそれは、カルムの怒りのまま強引に振るわれた事で、男の腕と引き換えに、半分から折れた。


 男の腕から離れた新しい獲物を拾いながら「一人一本だ」と宣言する。三人に数の減った男たちは、カルムを囲むように陣形を作る──等という事はなく、何故か密集する形でカルムに向かってきた。


 カルムはその不自然さに少々の違和感を感じ、刃をこちらに向け突進してくる三人の男を冷静に観察した。

男たちには影がある。自分が倒した二人の男にも、影はついている。しかし、男たちの行動は異常極まりない。


 三人の放つ刃という名の殺意を、一本のレイピアで弾くように捌き、懐に入ると真ん中の男を蹴り飛ばす。蹴られた男は物置の扉を突き破って、動かなくなった。


 「アンシンシロ」

 「アンシンシロ」


壊れたように同じ言葉を繰り返す男たち。何かに操られているのは間違いなかった。しかし、何が、どうやって。


 突然、カルムが腕を斬り落とした男が立ち上がった。その傍には立っている二人の男がいる。カルムは男たちの特徴を探した。果たして三人は、影で繋がっていた。


 人の影の形ではない。男たちの足下に深い穴が開いているように、闇よりも暗い黒が、ぽっかりとその邪悪な口を開き、黒の円の内にいる男たちを操っているらしい。



 成程、とカルムは合点がいったように呟く。


器用な奴らだ。影で動物の体を覆って操るだけでなく。


影の中に潜み、影を取り込む事で複数の生き物を同時に操る事も出来るのか。



鹿で駄目なら熊。熊で駄目なら──複数を操り搦め手で殺す。



 カルムは三人の男たちの攻撃を捌きながら、この先の展開を考えていた。


自分の持つ武器は一つ。

先程のように一人の腕を斬り落としたとしても、脆弱なこの刃は簡単に折れてしまう。たった一つの対抗手段を失うのは拙い。

足を斬るにはこの剣では太さが足りない。

突いただけでは奴らは何もなかったように襲ってくる。


カルムはテツウチを殺された怒りに燃えていたが、その怒りに我を失うことなく、静かに燃える青い炎のように冷静に状況を見極めていた。



 片腕の男がもう片方の腕を振るう。男の腕の肘から先が潰れたように壊れたが、その攻撃は丸太で作られた丈夫な壁を破壊した。人間がこんな力を出せるのかと、カルムは戦慄した。



 男たちの攻撃を、カルムは息を切らせながら何とか凌いでいた。カルムの額には疲労の汗が浮かんでおり、動きも精彩を欠き、敵の攻撃に対応しきれなくなっている。


 一対一なら何も問題はない相手であったが、カルムが蹴り飛ばした男も加わり四人に増えていた敵は、今まさにカルムが初めに倒した男を、影を繋げ蘇らせている所だった。


 男たちが増える毎に男たちの足元の影の円もその大きさを増し、それに触れればカルム自身も操られてしまうのではないかという不安が、積極的な攻撃を途惑わせていた。


尽きる事のない敵の姿に、終わりの見えない戦いに、カルムの口が恨めしげに歪む。




 カルムが相手のレイピアを捌こうと突き出した刃を、一人の男がその体で受け止めた。


しまったと思った時にはもう、受け止めた男ごと、カルムの肩に敵の突き出すレイピアの刃が突き刺さっていた。


 男たちが雪崩のように、カルムを押し潰そうと迫ってくる。

横に逃げるには肩に刺さった刃が邪魔だ。カルムは咄嗟に後ろに飛ぼうと足に力を込めたが、五人の中心、カルムにレイピアを突き立てた男の股の下から床を滑る様に二本の腕が飛び出し、カルムの足を掴んだ。


 テツウチであった。既にその命が尽きたその顔には生気はなく、カルムを殺そうと影が操る人形の一つに貶められたその肉体は、カルムに一瞬の動揺を与えるには十分な材料だった。


影は死体を操るのかと、カルムが理解した時にはもう遅かった。




バランスが崩れ背中から倒れるカルムに、男たちの持つレイピアが突き刺さる。


 まるで殺意の雨に打たれたような衝撃と痛みに、意識が遠のく。


 喉の奥から血がせり上がってくる。目が霞み、息が出来ない。


 薄れていく意識の中で、自分に残されたたった一人の家族の事を思う。




 守れなくてすまない。どうか気づいて、何処かへ逃げてくれ。




 最後に残った力で階段の方に頭を向けると、霞む視界の中、階段の途中に立ち尽くしているミーティアの姿があった気がした。


 ミーティアの声が聞こえたような気がすると、黄金の光に包まれるような暖かさを感じ、カルムは意識を手放した。

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