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竜と影の物語  作者: ジュリー
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流星の欠片

 頬を膨らまして「カルムさんひどい」というファリナに、カルムは何とか機嫌を直してもらおうと、花を買ってプレゼントしたりしてみたが「カルムさんは女心が分かってないんです」とますます不機嫌になってしまった。


失敗したなぁ、とカルムが頭を掻きながら、でも少しはいつものファリナに戻ったかな、と考えていると、村の中心の広場で行商人が風呂敷を広げて様々な物を並べているのが見えた。


 「さっきは悪かったよ。あそこで何か気に入った物があれば買ってあげるから、機嫌を直してくれ」

 「そういう問題じゃないんですけど……でも何だか面白そうな物がありますね」


 カルムとファリナは商品の前にしゃがみ、地面に敷かれた布の上に乱雑に置いてあるそれらを眺め、手に取って物色し始めた。


ファリナが熱冷ましの薬に似た白い粉が入った薄い紙を手に取ってみると、商人は「それはお嬢ちゃんが使うもんじゃあないよ」と取り上げた。そして、不満を述べるファリナの耳に口を寄せ、カルムには聞き取れない声で何事か呟くと、ファリナの表情は固まり、耳まで赤く染まった。


 カルムは適当に商品を手に取ったりして見ていたが、どれも使えないガラクタに見えた。


商人に話を聞いても、これはどこそこの王家が滅んだ際に流れた秘宝だとか、北の遺跡から掘り出された古代の壁画だとか、胡散臭い物ばかりで、これでは子供も騙せんよ、と、並べられた品物に目を滑らせていた。

 暇になってきたカルムは、不思議な形をした瓶に入っている液体について、商人から説明を受けているファリナの方を向いて、それが欲しいのかと尋ねたが、ファリナは真っ赤な顔で慌てたように否定した。商人は「初心なお嬢ちゃんだ」と快活に笑った。


 結局、カルムはミーティアの為に都会で流行っているという絵本と、小さな瓶に入った宝石のような色をした砂を買った。商人はこれは南の王国の魔法使いが人の願いを叶える魔法をかけた砂なのだと説明してきたが、カルムはならば今すぐお前の願いを叶えてみろなどと言いながら交渉して、最後には半値以上に値切る事に成功した。

しょんぼりしたような顔の商人を気にも留めず、頭の中で土産に喜ぶミーティアの姿を思い浮かべると、カルムの顔は自然に綻んだ。


 ファリナは、カルムの買ってあげるという言葉に遠慮して、自分のお金で、小さな貝殻に精巧な模様が彫られたネックレスを買った。山のふもとの農村で育ち、海を見た事のないファリナには珍しいのだろう。

商人は貝殻はともかく鎖は銀細工なので値が張るよと言ってきたが、カルムが訝しむ様に見つめると、まったくなんて客だと勢いを無くして、銀貨一枚でいいと投げやりに言った。



 店から離れようと立ち上がったカルムは、商人の傍らに、大事そうに布に包まれた何かがある事に気付いた。

 「店主、それは何だ?貴方の横に置いてあるそれは」

 「これは売り物じゃあない。まあ、あんたに売るにしてもこれは本当に曰くのある物だから、たとえ金貨百枚持ってきても売らんがね」


 もったいぶったようにゆっくりと布を解く商人。やがて、布がすべて解かれると、カルムの手の平ほどの大きさの、爬虫類の爪のように見える物体が現れた。


 黄金色をしたそれは、しかし金でできているのではないらしかった。持たせてもらうと仄かな暖かさを感じる。どうやら本当に曰くのある品物らしい。


 その物体は思いのほか軽く、袋の中から銀貨を一枚取り出して重さを比べてみても、むしろ銀貨の方が重く感じるほどだった。顔に近づけてよく見てみると、うっすらと発光しているようにも見える。

手で影を作ると、はっきりと黄金色に光っているのが分かった。



 その光に見覚えがあったカルムは、緊張した声で「これは何処で」と尋ねた。



 「取りに行く気かい?残念だけどそれは無理だよ。これは一つしかないのさ。何せ、一月前に空を飛んでいった流星が落とした物なんだからな」



 カルムは声が出なかった。



 「俺はあの流星を追ってるんだ。またこんなブツを落としてないかってね。この村を出た後は、また東へ向かうつもりだよ」


カルムに商人の声は聞こえていなかった。呆けたように手のひらをじっと見つめている。


 突然、手のひらに乗った物体から、途方もない力がカルムの手から体中に流れ込んでくるような感覚を覚えた。

恐らく、それは大本の力から離れた飛沫に過ぎないのであろうが、およそ人間の理解を越えたその力は、カルムの爪先から頭の毛の一本一本まで、内側から包み込むように黄金に染めた。


目の前が光に覆われていく感覚をカルムは味わい、立ったまま意識が途切れた。



 カルムがいきなり黙ってしまったので、ファリナはどうしたのかとカルムの顔を覗き込んで見た。すると、突然ビクンと跳ねる様にカルムの体が動き、手のひらに乗っていた黄金の爪が空を舞った。

 慌てたファリナは、重力に従い地面に落ちようとしているそれを、何とか落ちる前に掴むことに成功したが、目の前に持っていってしげしげと観察してみても、綺麗だけど変な形、という感想しか持てなかった。




 商人に黄金の爪を返した後、カルムとファリナは彼女の家に向かって歩いていた。


 「流れ星って何でしょうね、カルムさん」

 「ああ……」

 「一月前に小さな地震がありましたけど、まさかその流れ星が落ちたから、なんてことありませんよね」

 「ああ……」


 どこを見ているのか、歩きながら物思いに耽っているカルムを横目で見て、ファリナは何か分からない、もやもやとした不安を感じていた。

先程の商人の話を聞いてから、カルムは何か変になっている。


 自分の横を歩く愛しい人が、何処か遠くに行ってしまうような感覚を覚えたファリナは、そっと、カルムの手を一本一本の指で包み込むように、しっかりと繋いだ。




 ファリナを家に送り届けたカルムは、テツウチ達の待つ山に帰って行った。

いつもより強く別れを惜しむファリナの頭を撫でながら「また来る」と約束を残して背を向ける。背に背負った袋の中には今日買った小麦粉や米といった食料と共に、ミーティアへの土産が入っている。



 日の暮れた山は、昼間の騒がしさから一転静けさを増し、一人歩くカルムを早く家に帰ろうと急かす。言いようのない感情を振り払うべく、カルムは自然早足になった。


 息を切らせながら家の扉を開けると、いきなりミーティアが飛びついてきた。細い腕を首に回し、がっちりとカルムの体を捕まえる。突然の事に、カルムは少し驚いたが、すぐに冷静を取り戻してミーティアを抱き上げると、テツウチに今日買ってきた物が入っている袋を渡した。


 長椅子に座って帰りを待っていたテツウチは、カルムから袋を受け取ると、中の物を取り出しながら何事もなかったか聞いてきた。


 「何もなかったよ。ファリナも親父さんも元気だったし」

ミーティアを赤子のように抱っこしてあやしながら、テツウチと対面するように椅子に座る。


 「こっちは少しあった」


 静かな声でカルムに話すテツウチ。その言葉を聞いて、カルムの首に回されているミーティアの腕が、強く締まった。




 「昼間、お前が村にいる間に、王都からの使者と名乗る男たちが訪ねてきた」


 一月前の流れ星の件だと話すテツウチ。

使者たちはテツウチの事を見下したような目で見ながら、この山に落ちた流れ星の事を高圧的な態度で聞いてきたらしい。

テツウチが他人の事を悪くいうなどカルムにとって初めての事だったので、余程テツウチにとって、その使者たちは腹に据えかねたようだった。


 「それで、なんて言ったの」

 「何も知らん、と言った。納得はしていないようだったが」


 テツウチが言うには、使者を名乗る男たちは何かを隠しているようだった。それを悟られるのを恐れて深くは聞いてこなかったのだろうとの事だった。


 「ミーティアは、何処かに隠していたの?」

 「初めは俺の部屋にいたが、奴らが家の中を調べ始めたからな。窓から山に逃がした」

 「見つからなくてよかったよ。あの黒い獣にも会わなかったみたいだし、本当に良かった」

 「ミーティアはそいつらを見たようだ。それからずっとお前の帰りを待っていたよ」


 自分の腕の中で小さく震えるミーティアの背中を撫でる。不安だったのだろう。安心させるように何度も優しく撫でてやると、落ち着いてきたのか腕を首から離してくれた。

しかし、代わりに胸に顔を押し付ける様にカルムを抱きしめ、決して離れてはくれないようだった。


 「あの人たち嫌い……凄く嫌な感じがしたの……また来るって言ってた……」

 カルムの胸に顔を埋めながら、震える声で話すミーティアの頭を撫でながら、カルムは昼間出会った商人の言葉を考えていた。




 東の空から飛んできた流星、それは光り輝く物を落としながら空を駆けていたという。

今日来たという男たちはそれを狙っているのだろうか。奴らは流星の事をなにか知っていて、良からぬ事に利用しようとしているのかもしれない。


 何か考えをまとめるには情報が足りなかった。カルムは居間を離れ台所に向かうテツウチを無言で見送ると、自分の胸で震えている、森で出会った不思議な少女の頭を撫で続けていた。


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