1章 第1話
遅くなってすみません。
半年前にパラレル鉄道社員となって、俺、琴道伊織は急ピッチで様々なことを教え込まれた。発声トレーニングでは何度もミコトさんに叱られた。ミコトさんの怒った顔はそれはそれで可愛かった。ミコトさんを眺めてぼーっとしてたらまた叱られた、なんてこともあった。だが、生きてた頃のバイトなんかに比べると、とても楽しい。まあそのバイトの話はいつかしよう。
「また忘れたなー!」
「いやいや! ここは教えてもらってませんし! しかもこんな問題も初めてです!」
「そうだっけか・・・」
ミコトさんとのこんなやり取りも何回目だろうか? ミコトさんはとても優しい。そしてユーモアがある。とても親しみやすかった。
「じゃあ教えるか。その非常マニュアルには書いてないことだからこっちの使って」
そういってミコトさんは今まで見たことのないマニュアルを渡してきた。
教科書も渡してなかったのに実践しろと言ったのか。ミコトさんにはときどきそういう間の抜けているところがある。
ちなみに、非常マニュアルといったが、パラレル鉄道のような霊界鉄道会社には人身事故はない。相手が殆ど実体のない霊だからだ。
車掌や運転手指導用の、乗務員室を再現しているこの部屋にミコトさんと俺だけの時はなぜかしょっちゅうシグレスさんが顔を出していたのをふと思い出した。そういえば今日は顔を出していない。
「今日シグレスさん来ませんね」
何気なく聞いてみたら予想外の答えが返ってきた。
「多分しばらく来ないよ」
「え? なんで?」
「敬語! シグレスは忙しいの。今までのように暇人じゃなくなったの。そんなことよりはいやる!」
社員寮に戻る途中で、シグレスにばったり会った。ミコトさんの言うようにだいぶ疲れていた。
「お疲れ様です」
「お、お疲れ。どう? 研修進んでる?」
「はい、少しずつですけど」
シグレスは俺に懐かしいような目を向けている。
「何かあったんですか?」
「ハハハ、いやなんでもないよ。それより晩御飯は食べたのか?」
「いえ」
「じゃあ食べに行こう」
美味い店を知っているというシグレスについて、商店街へと向かうことにした。
ここで、半年間過ごしてみて分かったことを少し書いてみる。
まず、俺の勤める第13パラレル鉄道運輸区があるのはカンビアメントという街だ。もともといたあっちの世界とは全然違い、中世のヨーロッパ風の街並みだ。この世界ではみんなカタカナの名前で呼ばれる。俺はイオリだ。
カンビアメントの中心部にはソーレ商店街がある。平城京のようだ。ちなみに、この霊界と人間界の中間地点の世界、浮霊界には全部で2000万も人口はない。
シグレスが目的にしているらしい店についた。大きめの建物に挟まれたこじんまりとした店構えだ。カレー専門店らしい。知っている人でなければ入りづらいような店だが、シグレスはためらう様子もなく入っていく。
店内は、オレンジライトが薄くともっていて、高級なバーのようだった。大人の雰囲気だ。
「店長、いつもの。連れもそれで」
「あいよ」
いつもの、ですむほどシグレスはここの常連なのだろうか。店長とも仲がいいらしい。
「ちなみに、いつものってなんですか?」
「ああ、ここの人気ナンバー1のカツカレーだよ。カツ嫌いか?」
「大丈夫です」
グリーンカレーが駄目な俺はひやひやしていたのだが、カツカレーなら好きだ。
5分ほどでカツカレーは出てきた。大きめのカツがふんだんに載っている。
「今日は俺もちだからどんどん食え」
「ありがとうございます!」
ありがたくいただくことにした。
半分ほど食べたあたりで、シグレスが話しかけてきた。
「研修、どんくらい進んだ?」
「えーと、非常マニュアルまでです」
「じゃあほとんどか」
「まあ、はい」
シグレスは少し考えた後こういった。
「明日から車掌業務に入るか」
「え?」
「いやミコトとも話したんだけども、必要なことはすべてやったから車掌やるかな、と」




