0章 第2話 〈伊織とショウ〉
開いたドアから、車内アナウンスが聞こえる。
「竜ヶ丘、竜ヶ丘。停車時間は、5分です。」
そのアナウンスに押し出されるように白い制服を着た紳士が現れた。その人は、青い線の入った制帽を目深にかぶり、俺のことを一瞥すると、ドアから病室へ降りてきた。不思議なことに、その紳士の脚は浮いている。そしてゆっくりと歩を進め、俺の前まで来た。
「あのう、あなたは?」
恐る恐る聞いてみた。するとその人は、満面の笑みを浮かべ、口を開いた。近くで見ると、意外と背が高い。
「私はパラレル鉄道特別快速特急、ノクターン号の運転手のシグレスです。あなたはノクターン号のお客様ですか?」
「の、ノクターン号って?」
「お客様ではないのですね・・・。まあ良いです。ノクターン号というのは、強い想いや激しい過去を持った死者の方々の魂から発せられる、ホープエネルギーというものを見つけ、その魂の望む場所、時へと一度のみ連れて行き、成仏させる。といった趣旨の列車となります。」
なんだか長い説明だったけど、大体趣旨は理解できた。
「ノクターンの乗車券はお持ちですか?」
ショウ、そんなのもらった記憶あるか?
ないな。
ショウも即答した。
「持ってませんよ、そんなの。」
ほんとのことを言ったつもりだったが、シグレスという男は首をかしげた。
「おかしいですね、ホープエネルギーはあなたから発せられてるのに・・・。」
シグレスは何やら携帯電話のようなものをだし、誰かと話し始めた。
「シグレスです。琴道伊織の件なんですが・・・ハイ、211番ですけど・・・え!?そんな!…じゃあこの大学生が・・・わかりました。」
シグレスは先ほどまでとは違う、少し驚いたような眼を俺に向けた。
「覚悟はありますか?」
「え?」
「覚悟はありますか?」
「は・・・はぁ。」
「ではどうぞ。」
シグレスに手招きされるままノクターンという列車に俺は足を踏み入れた。
「うわ!」
車内は向かい合ったボックス席と、三列シートが幾つかずつあった。今のところ一両目には誰もいない。
「それではまもなく出発いたしますので、何かに着替えたかったら一分以内でお願いします。」
とりあえず今の俺は病院のパジャマというみずぼらしい恰好だったので、クローゼットの中にあった俺のお気に入りのジャケットとズボンに着替え、再び列車に乗った。
「では発車いたしまーす。閉まるドアにご注意ください。」
と、天井のスピーカーからいつの間にか運転室へと乗り込んだらしいシグレスの声がした。と同時にドアが閉まり、緩やかに列車が出発した。
どうしたらいいか分からなかった俺は、とりあえず近くのボックス席の窓際の席に座った。
ノクターン号は病室の壁をすり抜けて病棟の周りをゆっくり旋回し始めた。窓から見える俺の肉体のみが寝ている病室のベッドには、俺の母さんと兄さんがいた。
「なんか不思議な感じだな・・・ショウ。」
ああ、何とも言えない。うっ!
「どうした?ショウ?」
「そうでしたね、あなたは二重人格の極めて珍しいタイプを抱えた人でしたね。確か・・・、一つの体を二つの精神が同時に使うとか。」
いつの間にか隣にシグレスがいた。
「なぜ知っている?」
「はは、ノクターン号のお客様のことぐらい知ってますよ。」
シグレスは白い歯を見せて笑う。なかなかのイケメンだが、性格もきざっぽい。
「ところでショウ、どうした?」
なんか・・・くっ・・・変な感じだ。
「恐らく、今まではどの様にしてか二つの感情が両立できていたのでしょう。ですがもう、魂の結晶体が創り上げたあなたのその二つ目の肉体では二つの感情は両立できないのでしょう。ただでさえ今の肉体自体は殆ど感情の集合体みたいなものですからね。」
シグレスはとても冷静に分析した。
くっ、うう、・・・ハア、ハア、ハア、ハア。
シグレスの話を聞いてる間もショウの苦しそうな声は続いていた。
「私の予想だと、今までみたいに同時に二つの感情が一つの肉体を使うのではなく、常に片方の精神が肉体を使うことになるのでは?」
「なんかよく分かんないけど、とにかくなんか変わるんだな?」
とシグレスに聞き返した瞬間、急にめまいに似た感覚がした。
目の前がだんだんと黒くなっていく。意識が遠のくのがわかった。
「・・・君!いお・・君!大丈夫か?伊織君!」
目の前にシグレスという男の顔がある。とても慌てた表情でこっちを見ている。
「シグレスさん。どうしたのだ?伊織?誰なんだ?そいつは。」
「・・・君はもしや・・・ショウ君?」
「もしやしなくてもショウだけど、どうした?」
何故か見極めるような眼でシグレスさんはこっちを見てる。なんでだろう?僕がショウかどうかなんてわかるはずなのに。シグレスさん変になっちゃった。
僕が伊織なんて名前の分けないじゃん。僕の名前はショウだよ。