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花の約束

作者: 綾坂ひれこ

     1


 男なんて絶滅すればいい。

 カメラ越しに写った男子生徒を見ながら、私は口の中でそう呟いた。

 下駄箱から出て、校門に向かう生徒達に視線を巡らせる。私がいる校舎になんて誰も目を向けない。友人と話す一人の女子生徒がちょうど横を向いた。美少女発見! 私はカメラのシャッターを切る。

 しかし、彼女がこちらを向きそうになったので、すぐさましゃがみ込んだ。あっぶねー。心臓がばくばく動くのを感じる。

 でも、まあ、また写真が一つ増えた。私は座ったまま壁に背をあずけ、手元のデジタルカメラに視線を落とす。

 高校に入学してから、早一ヶ月。放課後はこうして女子生徒の写真をとるのが、私の習慣になっていた。

 四月、いつも一緒に帰るさーちゃんの委員会が終わるのを待ちながら、校舎の中をウロウロしていると、この二階の隅っこの小汚い部屋を見つけた。鍵が壊れているが、修理はされていない。中に入って、その理由がすぐに分かった。一般の教室の半分にも満たない部屋には、物といえる物が何もなかった。ただ、中央に長机とパイプ椅子があるだけだ。

 そして、現在。さーちゃんの部活が始まると、放課後は決まってここに足を踏み入れて、撮影を始める。

 私はもう一度、窓の外をこっそりと覗いた。すると、ある男子生徒達が目に付いた。他の生徒に紛れて、下校しているわけでない。彼等とは離れた場所で話し込んでいる。なにアイツ等。多くの木が植え込まれていて、他の生徒からは見えていないらしい。私のように校舎から見ている奴は別だろうけど。その男子生徒の中の一人がいきなり地面に這いつくばった。うわっ、カツアゲとかなのだろうか。まあ、どうでもいいけど。

 土下座野郎以外の男子生徒は帰って行く。すると土下座野郎が突然私に目を向けた。彼は仕切りに騒いで、私に指を突き付けてくる。彼は校舎に向かって走り出した。

「えっ……」

 つい、私の口から声が漏れる。

 まずい……。とりあえず、床に置いていたカバンにカメラを突っ込み、肩に担ごうとした。

「――おい!」

 勢いよく開くドアの音と共に怒号が飛んできた。私の手からカバンがドサリと地面に落ちた。いくらなんでも早すぎる……。ああ、そういえば、非常階段がすぐ隣にあったな。

 私はおそるおそる声の主を確認した。

「テメェ、見てただろ……!!」

 真っ赤な顔で拳を握りしめる土下座野郎が立っていた。彼の耳のピアスと一緒に私を睨む瞳がひかる。そして、焼けた肌に大きな身体、気持ち悪いくらいに私の嫌い要素をすべて含んでいた。

 それが伝わったのか、「なにメンチ切ってんだ!」と、ズカズカと近づいて来る。

 ああ、もう、これだから男は……!!

「えっと、――ど、土下座とか見てないです!」

「見てんじゃねーか!!」

 目の前の男の吊り目が私をとらえる。

「嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ!!」

 は?

 一瞬、本当に何を言ってるか解らなかった。何その、幼稚な発言。

「バーカバーカ!」

 え……。

「お前の母ちゃんデーベーソ!!!」

 あぁ?

 ――頭に血が上る。

 いつの間にか土下座野郎が床で伸びていた。握りしめた右手が少し痛い。どうやら、彼を殴ってしまったみたいだ。

「……」

 やってしまったことは仕方ない。こいつが悪いのよ。会ったこともない私の美人な母を罵るから。

 土下座野郎はガバッと起き上がると、

「いやいやいや、すいませんすいません!!!」

 その名の通り、土下座を始めた。大丈夫かコイツ。

 青い顔をして私を見上げてくる。それから、目をらんらんと輝かせ始めた。尊敬の眼差しに見えるのは気のせいだろうか。

「お前、(いずみ)っていったっけ? すげェな……」

「は?」

 土下座野郎は立ち上がって、どんどん顔を近づけてきた。それ以上、顔を近づけるな!

「おーい、いずみーん。今日、部活なくなっちゃてー、一緒に帰ろー」

 さーちゃんの声だ。私は急いで振り返り、窓の外を窺う。私のタイプの女の子がこちらを見上げていた。白い肌に、大きな目が可愛い。見上げている姿も絵になる。

 私は、急いでカメラを取り出すと彼女に向けた。笑顔でピースが返ってくる。さーちゃんは私がカメラを向けると、必ずポーズをとってくれる。私の趣味が写真を撮ることだと思っているのだ。シャッターを切って、息を吸い込んだ。

「うん! 待ってて!」

「わかっ――」

 さーちゃんの言葉が途中で途切れた。「やっぱり、いいや」と言い残して、逃げるように帰って行く。

 なんで……?

 土下座野郎に目を向けると、駆けていくさーちゃんを鋭い目で睨んでいた。それから私の視線に気づいて、軽く微笑む。

 こいつ……。

 彼はこの部屋に唯一あるパイプ椅子に腰かけて、嬉しそうな顔を私に向けた。

「泉はどこで習ったんだ?」

「あの、さっきから泉泉って、なんで私の名前知ってるんですか?」

「同じクラスだろ?」

 知らん。悪いけど男の顔なんていちいち覚えない。

 私は彼と目を合わせたくないので、窓の外を眺める。もう下校する生徒の数はかなり減っていた。

「俺のこと知らねェか? 林道(りんどう)勝利(しょうり)だ。よろしく。でさあ、泉は誰かに習ったのか?」

「何のことですか?」

「そのパンチだよ。カッケー」

 なんであんたに教えなくちゃなんないのよ。大体、誰だって殴ることくらい出来るでしょ。

「もしかして、林道クンは人を殴ったことないんですか?」

 少し挑戦的に言ってみたが、返事がない。

 図星かよ……。土下座してたもんねぇ。不良みたいな恰好してるくせに。

「あなたが土下座してたことなら、誰にも言いませんから」私は振り返って、林道を見据える。「もう帰ります」

「これ撮ったのお前?」

 林道はカメラを見ているようだ、私の。

「勝手に見るな!!」

 奪い取るが、もう遅かった。

「なんで女子ばっかなんだ? なあ。おい、泉」林道が仕切りに聞いてくる。「もしかしてお前、……なんだっけ?」

 言うな。思い出さなくていい。

「レズ?」

「違う!! ただ、ちょっと女の子が好きなだけ!!!」

「つまりレズなんだろ?」

 どうして、こんな奴にばれなきゃいけないのよ。

 友達は割といる方だと思うが、その誰にも打ち明けていなかった。もちろん、引かれるからだ。それを大嫌いな男、しかも社会的地位の低い不良なんかに!

「あー、知られたくなかったのか。なんかごめん」

 誰にばらされるか分かったもんじゃない。

「あ! 俺いいこと思いついた。こうしよう泉」

 なによ。金か? 金を出せと?

「泉がレズだってこと誰にもいわねェから、俺が土下座してたことクラスの奴に言わないでくれ。約束だ」

 林道はニコニコと笑って、手を差し出してくる。なに言ってんのコイツ、約束する訳ないじゃない。どうせ破るに決まってる。そんな口約束意味ないよ。

「約束は出来ないです」

「なんでだ?」

「保証が出来ません。だから、約束は出来ないけど……言わないようには努めます」

 まあ、破る可能性があるのは私も一緒だ。いつ口を滑らすか分からない。ただ、『約束』なんて二度としたくない。

 すると、林道はパイプ椅子から立ち上がって、私を見下ろした。

「よく分かんねーけど、分かった」

 本当に分かってるの。

「泉なんだっけ?」

蓮華(れんか)です。泉蓮華」

「じゃあ、よろしくなレンカ。俺はショーリでいいぞ」

 は?

「気安く呼ばないでください。林道クン」

「あ? なんで。運命共同体みたいなもんだろ?」

 さぶいぼが出そうなことを言うな!!

「あの、言っておくけど。あなたと友達になった訳じゃないですから。教室では声かけてこないでくださいよ」

「はぁ!? 大丈夫かお前!?」

「それはこっちの台詞です……!」

「別にいいだろ、友達で!」

「なんなのよ、あんたは!」


 こうして私は入学して初めて男と、それも随分やっかいな男と知り合いになってしまった。

 ちなみにあの後、さーちゃんが呼んでくれた教師が駆けつけたので、言い争いは一旦終了した。



     2


 私はなにかと林道に絡まれることが多くなった。行くところ行くところに奴が現れ、落ち着かない日々が続いている。例えば、移動教室に購買、弁当、トイレまで。さらに放課後の小部屋のドアを開けると林道がいた。「よお」

「いいかげんにしろ!!」

 私が怒鳴ると、林道はビクッと身体を震わせた。私を押しのけて脱兎のごとく逃げ去って行く。おそらく、また殴られるのが怖いのだろう。一度、奴を殴っておいて正解だった。

 それから、私はいつものように写真を撮り始める。今日は邪魔者が入ってくることはなかった。


     *


 腕時計で時間を確認すると、針は四時半を示していた。今日はちょっと寄り道して帰ろうかな。

それが不味かったのだ。

 たまたま会った数人の友達とゲームセンターの自動ドアをくぐる。すると、見慣れた姿があった。ドアを入ったすぐの所で林道が丸椅子の一つに座っていた。

「!!」

 なんでいるのよ! 私の怒りが頂点に達しそうになったが、奴の様子がおかしい。怒っているような、泣いているような、よく分からない表情だった。

 林道はほどなく私に気付くと、顔がぱっと明るくなり、目が輝きだした。

「俺がここにいるって、よく分かったな!」

「なに言ってんの?」

「あ、あたし達、帰るね?」

 震える声を出す友達に首を巡らす。ビクビクしながら私と林道を交互に見ていた。彼女達は私が「いいよ」と言う前に逃げ出して行った。

「あんたのせいで私まで恐がられるじゃない」

「おぉ、不良の貫録かぁ」

 私は軽く溜息をついて目当てのゲーム機まで歩きだす。林道がいそいそとついて来た。

「よく来るのか? 俺もだ。まあ、他にとっておきの場所はあるけどな。喫茶店なんだけどよ。あそこでバイトしてる先輩が面白ェーんだ。いっつも彼女に怒られてんだと。でも、喧嘩強ェんだよ。あ、もちろんレンカの方が強ェけどな」

 なんか一人で喋っているが気にしない気にしない。私は他人。

「今日は先輩と約束してたんだけどな。なんか全然こねェ」

 ああ、それで微妙な顔してたんだ。忘れられてんじゃないの。

「そうだ、写真撮ろーぜ。写真。レンカのカメラで」

「は? なんで」

「初めて遊ぶ記念」

 なにそれ。

「あのカメラは女の子撮る専用なの。絶対ダメ」

「えー、いいじゃん。撮ろーぜ。なんだよ、女撮る専用って」

 私はモグラ叩きの前まで来ると、一つ深呼吸をした。

「なんだ、それやんのか。俺も得意だぞ、勝負しようぜ」

「ふ、誰に言ってんの? めっちゃ強いわよ、私」

 このゲーセン女王に勝負を挑もうなんて、片腹痛いわ!


 勝った。四勝〇敗。

「つ、強ェ。喧嘩だけでなく、ゲームまで……。守備範囲広すぎだろ」

 林道は肩で息をしながら、床に崩れ落ちる。

「つーか、あんたはあの程度でよく得意発言できたわね……。あと、私は喧嘩強いわけじゃないから」

 林道は勢いよく立ち上がると、

「次だ、次! 格ゲーだ!」

「まあ、いいけど」

 日が暮れるまで、とにかく遊んだ。ちなみに勝負は全部勝った。

 私が気付いたのは、喫茶店でコーヒーを飲んだ時だ。

「なに楽しく遊んでんだ! 私は!」

「あ?」

 私は……こんな、男と! 皮肉にも楽しかっ――いやいや、楽しくなかった楽しくなかった!

 今は、林道の行きつけの店だという、喫茶店『キリギリス』にいた。店員は中年の女性と学生らしき男だけで、店舗も小さく汚い店だが、コーヒーはおいしい。しかし客足は悪いようで、奥のテーブル席にカップルがひと組いるだけだ。私達は二人用の席で向かい合っている。林道はチーズケーキを頬張って恍惚といた。

「しっかし、驚いたなぁ。レンカって甘い物とか苦手だったんだな。勝った」

「は? 勝ってないし」

「勝った」

「これ勝負じゃないもん」

「でも勝った」

「あんたコーヒー飲めんの?」

 コーヒーを突き出すと、林道は目を逸らしながら手元のオレンジジュースをちびちびと飲み始めた。

 女性店員が来て、林道の前に苺のショートケーキを置く。「どうぞ」彼女はニコリともせずに引っ込んで行った。

 随分無愛想だなぁ。化粧して笑えば美人なんだろうけど。もったいないな。

「うんめぇ~」

 目の前でショートケーキが消費されていく。

生クリームをみてると気持ち悪くなってきた。スイーツが苦手になったのはケーキバイキングに行った時からだ。食べ過ぎて、二度と見たくなくなった。

「ねぇ、あんたってとことん不良っぽくないね」

「えぇ!? マジで!?」

「マジで」

 コーヒーを一口飲んでカップを皿に戻す。カチリと音が鳴った。

「なんか……なりきれてないよ?」

 林道は青ざめた顔で私をみてくる。そんな世界の終わりのような顔されても……。なり切れて無いもんは、なり切れて無い。

「そっか……レンカみてェにはなかなか出来ねェな」

 私は不良じゃないと訂正をいれたが、聞いてないようだ。

「でも、不良ってカッコイイじゃん。あ、そうだ……俺の家ってさ――」ふと心の底から辛そうな表情になった。「親父もお袋も超厳しいの。だから、俺も習い事とかすげーして、勉強も頑張ったつもりなんだけど……。全然駄目でさ。なにやっても上手くいかなくて、兄貴や姉貴達は出来るんだけど。医者に女優にミュージシャン、心底すげーって思うよ。でも、俺には駄目だった。それから、勘当されたんだ」

 ちょっ――

「――ちょっと待って! なんでそんなこと私に話すの!?」

 コーヒーを吹き出しそうになりながら、なんとか答えることが出来た。

 林道は私の反応を不思議そうな顔をしていた。あ――そうだ。コイツ、純粋に私のことを友達だと思ってるんだ。

 なんていうか、今まで彼を突き放していたことが、ひどく恥かしい。彼となら、友達になってもバチは当たらないんじゃないか。やっぱり、大好きだった人に見捨てられる辛さは痛いほど解かるから。

 私は勇気を出して口を開いた。

「シ、ショ――」

「ショーリじゃねーか」

 突然、あらぬ方向から林道を呼ぶ声が聞こえた。

「あ! 先輩! 俺ずっと待ってたんスよ」

 林道は立ち上がると声の主に近づいて行く。ゲーセンで待ってたって奴か……。

 見ると、意外なことに他校の制服だった。さらに、一人でなく五、六人はいる。リーダー格っぽい男は林道と話しているが、何人かは私をジロジロ見ていた。

 こ、恐っ。ガラ悪っ!

「いらっしゃいませ、お席へどうぞ」

 先程の女性店員が言った。相変わらず、愛想が無い。

 それに反応した不良達は、私と林道が座っていた席に近い場所に腰掛けた。口々に注文を言っている。

「一緒に食って良いよな?」

 再び、椅子に座った林道が私を見つめた。嫌に決まってんだろ!

「わ、私……トイレに……」

 とりあえず、現状回避を選らぶ。私は林道の答えを聞かずに女性店員に尋ねて、トイレに向かった。

 トイレのドアを閉じる。静寂、という訳にはいかなかった。ボロいので、ドアの隙間から林道達の声が聞こえてくる。スイッチを探して、明かりを付けた。トイレまで狭い。鏡のついた洗面台と和式トイレが一つあるだけだった。

 はあ、どうしよう……。林道と仲良くなるのは構わないが、他の連中とは関わり合いになりたくない。絶対ヤダ。……いや、これは逆に明日、さーちゃんとの話題になるかも。鏡に映った私が薄ら笑いを浮かべる。

「はあ……」

 今度の溜息は口に出た。

 仕方ない、とにかく適当に付き合って、すぐ帰ろう。

 私は、ドアノブに手をかける。と、林道達の笑い声が一つ大きくなった。

「まあ、彼女じゃねェわな?」

「え、何? じゃあ、ただのダチ?」

「はい、そんな感じッス」

 林道の声だ。

「んじゃあ、お財布がわりに使おうぜ。あの女」

「はは、そッスね」

 ――

 ドアノブを握った手に力が入った。

「……」

《運命共同体みたいなもんだろ?》《別にいいだろ、友達で!》《俺がここにいるって、よく分かったな!》《――それから、勘当されたんだ》

 林道の言葉が次々と頭に蘇ってくる。

《はは、そッスね》


 ――最低。


 私はドアを開けて、林道達にゆっくりと近づいて行った。さっきまで私が座っていた席に誰かが座っていたが、特に気にならなかった。林道を見下ろす。自分でも驚くほど私の頭は冷えていた。彼は黙って、少し驚いたように私を見ている。「おかえり、泉ちゃーん」「お前どけよ、困ってんじゃん」などの笑い声が耳につく。

 私がテーブルを蹴り飛ばすと、皿やコップが床に落ち、愉快に音を立てて割れてしまった。笑い声は停止ボタンを押したように、一気に止まる。

「二度と私に近づくな」

 林道に向かって、そう吐き捨てると私は店を後にした。



     3


 翌朝、私が教室の扉を開くと、数人の女子が意味あり気な視線を送ってきた。彼女達は私が親しくしていた友人達だ。その中にはさーちゃんもいる。まあ、当然の反応だろう。私は平然を装って席に着き、カバンを机の横に掛けた。

 友人達はまだ、私を見てなにか話している。多分、私の秘密が彼女達にバレたのだ。つまり、私がレズだということを林道勝利が喋ったのだ。昨日、あんなことをしたんだ。仕方ない。大丈夫、大丈夫――。

「――いずみん」

 !

 いつの間にか、さーちゃんが私の顔を覗き込んでいた。

 彼女の柔らかい両手が私の右手を包み込む。

「大丈夫だよ、いずみん」

「さーちゃん……」

 そうだ、この程度で縁を切るような友達じゃないよ。やっぱり私には女しかいない! 男なんてクソくらえ!

「たとえいずみんが不良だとしても私達は親友だよっ」

「ん?」

「親友だよ!」

「いや、そこじゃない。誰が不良だって?」

 私は耳の辺りを掻く。

 さーちゃんは私の手を離して、きょとんとした。そうしたいのは、私の方だ。

「だって、昨日――」


     *


 さーちゃんの話によると、私が昨日ゲームセンターで林道といたから、勘違いしたらしい。全然、友達でもなんでもないのに。

 放課後、一人でそのゲーセンに行った。今日は写真を撮る気分ではなかったから。モグラ叩きを淡々とこなしながら、林道について考えてみた。

 今日、奴は学校に来なかった。てっきり、昨日のことにキレてクラス中に言いふらすと思ったのだけど、それは杞憂だったようだ。じゃあ、なぜ林道は学校に来なかったのか。風邪ではないと思うけど……さっぱり解からない。

 つーか、なんで私は林道のことを考えてんだ……。大丈夫か、私。周りの雑音がうるさ過ぎて、上手く頭が働かない。

 まだ、途中だがモグラ叩きのハンマーを置いて、カバンを担ぐ。

「あ、昨日の女!」

 突然聞こえてきた声の方を向くと、数人の男が立っていた。

 ゲ、昨日の不良共……。

 よく見ると、一番後ろに林道の姿もあった。しかし、下を向いていて、私と目を合わせようとしない。

「テメェのせいで、俺等が金払ったんだぞ! お前が飲んだコーヒーと割った食器!! 見てみろ、財布がすっからかんだ!」

 ニット帽の男が騒いでいる。私が返事に困っていると、赤い頭の男が口を開いた。

「どうすんだ、ブス」

 そう言って私の胸ぐらを掴むと、鋭い目で私を睨んでくる。肩からカバンがずり落ちた。情けないことに、私は何も言い返すことが出来ない。

「ん、カメラ?」

 気付くと、ニット帽の男が私のカバンをあさっている。

「うっわ、女の写真ばっか。どんな趣味だよ!」

 吹き出す男共を睨むことさえ出来なかった。ヘタレだといって林道を見下していたくせに、私だって何も出来ないじゃないか。

 ああ、もう、これだから男は――

「えーっと、先輩」

 それほど大きな声でもないのに彼の声はよく響いた。不良共は笑うのも忘れて、彼に目を向ける。顔を青くしている林道勝利に。

「あ……のッスね、とりあえず離してやってくれませんか」林道はニット帽からカメラをそっと取り、私のカバンを肩に担いだ。「俺は先輩のこと強くて好きなんスけど――そ、それよりも……レンカの方が、もっと好きなんですよ」

 林道は言い終わると同時に、私の手を掴んで引っ張る。

 しばらく彼は不良共と見合っていた。

「……」

「あ?」

 赤髪の男が林道を睨む。

 彼はそれに全身を震わせて、私の手を引いたまま逃げ出した。

 戦わんのかい!


     *


 どのくらい走っていただろう。私達が足を止めた時には、日が沈みそうになっていた。ちょうど、昨日の喫茶店の前だ。ふと、林道に握られた自分の手が目に入った。男と手を繋ぐなんて何年振りだろうか。大きくて、あったかい。

 すると、いきなり林道は私の手を離して、足から崩れ落ちた。よく地面に這いつくばる男ね……。肩で息をしてから、今度は咳き込み始めた。しばらく、会話が出来そうになかったが、一つだけ、どうしても伝えたいことがあった。

 私は息を吸い込む。

「ありがとう、ショーリ」

 彼は咳き込むのをやめて、軽く驚いた顔で私を見上げる。

 私は笑ってみせたが、上手く笑えたか分からない。

 彼もこぼれるような笑顔を見せた。子供のような笑顔を見せてくれた。

「殺すぞ、コラァ!!」「東京湾に沈めっぞ!!」「逃げんなヘタレカップル!!」

 いきなり飛んできた怒号にビクッと身体が跳ねた。それはショーリも一緒だったようで、顔から血の気が引いている。

 私が振り返ると不良共が全力で向かってきていた。彼らがずっと走り続けていたのなら、凄い持久力だ。

「すんません! でも、金払ったの俺だし!! 先輩達カンケーねぇーな、って!!」

 立ち上がったショーリが言うが、「うるせぇ!!」と一蹴されていた。無茶苦茶だ。

「なんとかしてくれ、レンカ!」

「わ、私に言わないでよ!」

 慌てる私達なんてお構いなしに不良達はすぐそこまで来る。ショーリは胸ぐらを掴まれた時、断末魔のごとく叫んだ。

「レンカの母ちゃんデベソ!!!」

「あぁ?」

 ――頭に血が上る。

 気がつくと、ショーリと不良共が地面で伸びていた。



     4


 すっかり日が落ちた無人の公園で、私はベンチに座った。噴水をボーっと眺めていると、誰かが隣に座るのを感じた。

「レンカはホント強ェな……」

「痛かったでしょう、ショーリ。ごめんね」

 噴水からは目を離さずに答える。

「痛くねェよ。そう感じる前に意識が飛ぶ」

「え――嘘でしょ?」

 ショーリの乾いた笑い声が返ってくる。本気なのか冗談なのか、よく分からない。

「……」

「……」

「――私ね、男が大嫌い」

「――」

 ショーリが驚いているのが見なくても分かる。自分でもなぜそんなことを言ったのか不思議だった。

「幾歳の時だったかは忘れたけど、幼い頃に近所の男の子に苛められてたから。それでも、……中学生の時かな。気が置けない恋人が出来たの。彼は、私だけを愛すって『約束』してくれた。でもさ、『約束』とか関係ないのね。覚えてないって言えばいいだけなんだから」

 ふと、ショーリを見ると、ボロボロと涙を流しながら私を見ていた。

「……!!」

 あまりの衝撃に何も言えなくなる。

「――辛かったな、レンカ……。ずーっと、どうしようもなく、悲しかったんだな――」

「  」

 ショーリが泣くから、びっくりした。

 まるで、自分のことのように泣いてくれるから。

 嬉しかった。

 顔を見るのが照れ臭くなって、私は噴水だけを見つめる。

「でもね、お母さんが言ったの」

 私は母の言葉をそのまま口にした。

「《レンカって名前は蓮華(レンゲ)、って書くのよ。レンゲの花言葉は『あなたは私の苦痛を和らげる』なんだって。レンカもいつか、その『あなた』に会えたらいいね》って」

 彼の顔を見ると、まだ涙を流していた。

「まあ、私を幸せにしてくれるのは女の子だと思ってるけど」

「お、おお、そうか」

 私は静かに息を吐く。

「それでも今は、その『あなた』がショーリだったらいいのにな、って」

 ショーリを真っ直ぐに見つめると、彼の涙はもう止まっていた。夜なのに、なにか眩しいものを見るように目を細めていた。

「私はショーリがすき」

 自分でも思いがけない告白だった。

 彼は驚いた顔を私に向けている。それから何度も頷きながら、嬉しそうに笑った。あの子供のような笑顔で。

「じゃあ、俺はずっとそれでいてやるよ。『約束』だ」

「……うん、『約束』だね」

 私も精一杯笑う。

 彼の顔を見ていると、不思議と心が満たされた。

 ああ、そうか、私はコレが欲しかったんだ。もう一度、恋をしても大丈夫だよ、っていう安心感が。

 きっと、あのカメラの中身は彼との思い出でいっぱいになるんだろう。


                               おわり


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