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ベロニカ!  作者: 栄 萩乃
旅の終わり
13/16

13.「酔ってない」

 豪華すぎる馬車に揺られている。街から少し離れた場所に停めてあった馬車を第五種たちが襲わなかったのは、その周りにずらりと並ぶ騎士たちの所為だろう。向こうからすれば、そのおかげといったところだろうか。呆れの溜め息をそっとこぼせば、周りを取り囲む騎士の内目敏い者がぎろりと睨んできた。

「綺麗な馬車です」

「……そうだね」

 綺麗すぎて気後れしそうだ、という言葉を飲み込んでからクリスは目を閉じた。隣に座るベロニカは嬉しそうに窓の外を覗いている。彼女の発案ではあるが、一度教皇に会ってみたいと思っていたのも事実だから何とも言えない。飲み込み過ぎた溜め息が肺を汚染していくような気分になりつつも、クリスはじっと堪えていた。

 それにしても随分と度を超えた駿馬だと思う。こんな砂漠に馬車があるのもおかしいが、大方神の奇跡だか何だかによって一時的に砂を固めているのだろう。恐らく実情は神も奇跡もへったくれもない、現実主義の科学者が作った何かの発明に決まっているが。口に出せば即座に首を刎ねられるかどこぞへ連行されるだろうから、この考えも胸の内に秘めておいた。

「クリス、クリス。酔ったのです?」

「酔ってない」

「では何故」

「速すぎて眩暈しそうだから」

 端的に答えながらも少し考え、ちらりと目を開けたのはベロニカが黙ってしまったからだ。てっきり飛ぶ方が早いではないかというのではないかと思っていた。彼女も考えるような顔をしていたから、クリスが見ていることには気付かない。その内窓の外を見たままのベロニカが手を伸ばして、クリスの手をそっと握った。強い力ではないので逃げ出せないわけでもないが、クリスは黙って好きなようにさせておいた。

 向かっている方角から判りきっていたが、馬車が向かっている先はここから一番近いオアシスの街だ。凄い勢いで馬を走らせているが、もしや使い潰すつもりなのだろうか。動物愛護の気はないのだが、そうまでして急ぐことなのかとは思ってしまう。ベロニカが逃げることが問題なのだろうか。行くと決めた以上、彼女が逃げ出すようなことはないに決まっているのに。

 太陽が真上に差し掛かる頃、ようやく馬車が足を止めた。出ろと言われたので大人しく従う。先に出たクリスを追いかけて飛び出してきたベロニカは、大きな街の様子にきょろきょろと視線を彷徨わせた。その中でも一番目を引いたのは、きっと街の中央にある大きな建造物だろう。教会の所有する神殿である。この地方で一、二を争う大きさの神殿であるから、その威圧感というと言い表せないほどだろう。そのためあまりクリスも、この街に足を運んだことはない。

 クリスが神殿から目を反らした瞬間、背後でどすんと何かが倒れる音が聞こえた。視線を向ければ先ほどまで馬車を引いていた馬が倒れている。びくびくと痙攣しているように見えたが、すぐに騎士がやってきて視界を妨げた。ベロニカは特に興味がなかったようで、ちらりとも振り返りやしない。騒がれて変な目を向けられるよりはマシだが、常ならぬ無関心さに寒気がした。

「こちらです。どうぞ」

 スッと音もなく現れた一人の騎士が、ベロニカにだけそう告げる。ベロニカは自然な素振りで手を伸ばしてクリスの手を握り、騎士の先導に従った。一瞥されただけで済んだが、そうでなければクリスの手は腕と泣き分かれていたかもしれない。そう考えるとぞくりとした。はたしてそんな状況になったとき、ベロニカがどんな行動を取るのかはクリスにも判らない。

 軽い足取りで進むベロニカの隣を、クリスは歩く。先ほど倒れた馬は死んだのだろうか。見た感じひどく酷使されていたから、助からない確率の方が高そうだ。取り留めもないことを考えながら、奇妙なほど大人しいベロニカの背をじっと見つめた。

 思った通り、ベロニカが連れていかれたのは神殿だった。どこをどう通ってきたのかは、クリスでも大まかにしか判らないほど複雑な隠し通路らしきものを通ってきた。大きな廊下に出てようやくここが神殿だと判ったのは、以前仕事で忍び込んだ地方教会に雰囲気が似ていたからだ。規模は断然こちらの方が大きいが、根本的な雰囲気というか、空気のようなものは変わらないものである。

 ベロニカの手は、いまだ外れそうもない。縋っているわけでもなければ引っ張っているわけでもなく、それはまさにこの旅の間の関係とも言える態度だった。クリスはベロニカの世話を焼いてはいたが、全部が全部おんぶにだっこというわけではなかった。ベロニカだってクリスを頼っているわけではなかったけれど、傍にいることに疑問を抱いているはずもなかった。まるで長年連れ添ったような安心感と、初対面のような噛み合わなさ。それがいつしか楽しくなっていたのだと、クリスは声にするつもりはないけれど。

「ふふ」

 手を握ったままのベロニカが、前を向いたまま小さく笑った。まさかとは思っていたが、やはりコネホと同じ類の六能を持っていたのか。苦々しげにクリスが顔を歪めると、ベロニカは楽しそうに肩を揺らしてちらりと目線だけで振り返る。監視の目につくことを避けるため口を開かないクリスが、それでもその表情で言いたいことを雄弁に主張すると、ベロニカは嬉しそうに目を細めた。

「私もです」

 小さな小さな囁きは、恐らくクリスにしか聞こえなかっただろう。ああそうかい、と胸の内で答えてクリスは廊下の端へと目を反らした。荘厳な装飾品を見送りながら、少しだけ手に力を込め返すことは忘れずに。


   *


 恭しい所作で大きな扉が開かれる。奥まった位置にある聖堂の、更に奥の一室。なるほど、密談をするにはぴったりだ。天井裏などに空間がないか探してしまうのは職業病だと、クリスはちゃんと自覚している。

「お連れしました、司教様」

 ぱちり、とベロニカが一つ瞬いて首を傾げた。司教などお呼びではない、と言いたげである。失礼なことだとは思いながらもその態度を、いいぞもっとやれ、と煽りたくなるほどにはクリスは反教会派であった。つまり止めるものはここにはいないのである。向こう側が、頭が高いだのなんだの言ってくるなら話は別だが。

 三十人ばかりが一度に説教を受けるような作りの部屋を視線だけで見渡す。きょろきょろと首を動かすと、正面に立った司教様とやらに目をつけられてしまいそうだったからだ。クリスの立ち位置はあくまでも、ベロニカの意向によってここまで引っ張ってこられた哀れな一般人なのだ。そうでありたい、というクリス自身の願望も混ざってはいるが、その考えはあながち間違いではない。

「ようこそ、聖者候補の娘よ」

 芝居がかった仕草で言ったのは、ぼってりとした腹が見事な中年男性だった。これが司教とやらか、と考えつつクリスは目を細める。まあ、何とも、立派な腹周りである。妊娠何ヶ月目かと聞きたくなってしまうが、それは意識の表に出すことも憚られた。ベロニカが思わず声に出してしまうかもしれないからだ。

 しかし、言うに事欠いて「聖者候補の娘」とはどういう意味だ。訝しげな態度は隠さずにいたクリスの考えを遮るようにして、ベロニカは口を開く。

「第六種とは何なのです」

 いつもの調子で飛び出た言葉に、クリスは思わず少しだけ目を開いた。今聞くことかそれ? とばっちり脳味噌で考えてしまうが、ベロニカはそれを指摘せずに司教をじっと見つめている。三段の段差の上で、司教は腹を揺らして笑っていた。ベロニカの態度に機嫌を悪くした様子は見せていない。

「第六種とは、聖者……すなわち第零種に成り得る可能性があるんじゃよ」

 にたり、と司教が口角を上げた。気色の悪い、生理的に受け付けない笑みだと、ベロニカから隠すことも忘れてクリスは思った。

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