貴族を辞める事になったらしい
「あれから5年……」
変わったことは何も起きていない。ファンタジー要素など欠片程度しかない。
5年間ひたすら初級魔法をやらされ続けていた。
でも5年間は決してつまらないモノなどではなかったと断言できる。
ほんとうにいろいろあった。
例えば手紙であるとか。
最初のうちは一週間に一回送りあえたのだが、しばらくすると一ヶ月に一度に手紙を送ることすら難しくなってしまった。
立場が関係しているらしい。
この国は政治派閥が二つに分かれている。
王侯派と教会派。
この国では教会が権力を握っているらしい。
政教分離ではなく、祭政一致的な側面がこの国にはある。王侯派と教会派がどう違うのかは知らない。
ただ、エマのご両親は教会派で、うちの両親は王侯派についているということだ。
最近は彼女と色々な事を教えあったりしていて、そのおかげで此処で活動を続けるのにようやっと十分な情報が集まった。
教会の教義やどんな活動をしているのか、どんな教えがあるのか。
教会曰く
かつてこの世界には闇しかなかった。
それに対して虚しさを覚えた大神たる神がまず、空を司り清浄の象徴を創り、対となる地を司り意志の象徴を創る。
それだけでは世界は無でこそなかったものの、闇に覆われたままである。そこで《エウルアベリ》と《アルマド》が交わり、光を司り希望の象徴が生まれた。
そしてそして《アルマド》が《エウレ》と交わり遂に生命が生まれた。この時点で人間や草木はあったらしい。
で、《アルマド》と《アミラ》は対極の性質にある自らが交わるとどうなるのか、という興味で、悍ましい悪を生み出してしまう。
それが、それこそが闇を司り穢れと悪意の象徴。《仇敵》の誕生である。
この瞬間人間にはそれらの悪意が生まれ、偶然そばにいた人間は変異し、異種族になってしまう、らしい。
その直後、《エウルアベリ》、《エウレ》、《アルマド》が《アミラ》と《仇敵》を封じ、生命を地面の上に載せる事で《アミラ》の動きを止め、《エウレ》と《アルマド》がそれを覆う事で封印に成功させたとか。
……ツッコミどころが多過ぎる。
それからの物語は良くできているが、この時点で《アミラ》は出て来ず神話には悪の象徴として単語でのみ出てくるばかりだ。やはり他の宗教よろしく敵は欲の塊の様なもので《仇敵》と共に暗躍するシーンがたまに見られる。
やはり少々今の人々に都合のよすぎるところがり吟遊的な要素が強いから、この伝説を作った人は吟遊詩人のような人であると推測される。
原本を訳して日本語風に韻を踏むと
エウルアベリは闇にあり。
それを憂いて有を望み。
創りたもうは空のアルマド、
地を司るアミラがものども
されどもあるは
闇と虚無。
エウルアベリはアルマド見定め
交わり創るは光のエウレ。………
と言った様に綺麗に韻を刻む事が出来る。
他にも叙事詩や叙情詩の様な物語も多く、素人では創り難い物やリズムがあった……気がする。でもすんなりの頭の中に入ってくるような印象的な歌風だった。
意図は恐らく大衆に対する信心の心の掌握か、それとも統率のためか。
物語の途中で魔術を創り出した知性にして文字を司る《エアミア》という神がいる。
魔術は実用出来るか出来ないかは人生において、大きく強い影響が出る。あらゆる意味で。
《エアミア》は人間に対して強い慈愛と自分を信じる者には強い恩恵を与える神で有名である。
他に強い心の支えとなる素体が魔力という不安定な物でしかなかった人々は確実に信じるだろう。
魔術が実在するならばそれはなおのこと強く信じる心ができる。
…………とはっきりというのははっきり言って俺はあまり宗教が好きでは無いからだ。
勿論個人は嫌いではない
信者と関わる場合は宗教におけるタブーやマナーをその人から信者と知った時点で把握すべきである。
そうすれば寧ろ隣人愛思考や倫理感などもあってかとても仲良くなれる。
ソースは俺。
嫌いな理由は狂信的な人はどの様になるのか俺は知っているから。
詳しくは言いたくない。
自分の名誉の為に前世俺が狂信者だった、というぶっちゃけ噺があったりするわけでは無い、とは言っておこう。
…………………辛気臭い話になってきてしまったのでこの話題は終了することにしよう。
もちろん彼女、エマは穏やかな方の信者の家系である。
良かった。
此処はやはりお屋敷の外。また初級魔法をさせられている。最初の頃こそ興奮したものだが、もう既に五年。もうすることが無いし飽きて来てしまった。
私達の5年間の進歩。
アルス、剣術をお父様にたまに稽古をつけてもらい、家のメイドや執事にはまだまだ敵わないものの確実な上達を。
俺は…ひたすら………
「中級魔法マダー?」
「うん、マダー」
「5年間ガッバッタヨー?」
「それでもダヨー?」
初級魔法をさせられ続け、もう欠伸をしながらまほうがだせるようになった。
たったそれだけで、新しい呪文を覚えた、というような大きな進歩は何もない。
あえて言うなら全部初級魔法なら無詠唱で出来るようになったくらいだ。
今日はその成果を見せつけてお母様やお父様を驚かせるのが目的で外にでていた。
「シェリー、バーク、よく見てなさい、驚くわよ」
「むっ!」
空中に電気を走らせるようなイメージを思い浮かべる。すると掲げた腕から雷、と言うよりは小さな電気が腕の周りを走る。
「おぉー!10でもうそこまでできるのねー!流石私の娘!」
「む…アルスも5年で中々腕は立つ様には…」
「アルス君は最近まで基礎訓練ばかりしてたよね〜?あなたの剣術は難しすぎるのよ」
「まぁ…確かに他の奴らは出来なかったが…」
「魔力を剣に注ぎ込んで実戦に使える様になるのあれ凄い時間あれかかるでしょ!」
「でもある程度使える段階にはなったようだぞ?まぁもしもがあっても大丈夫だろう」
あいつも何だか頑張っているらしい。もしもの事態が何なのかはわからないけどまぁ何とかなるだろう。
「御主人様、お客様がお越しになられたようです…やはりあの件かと思われます…」
「5年でか…それなりに頑張ったつもり何だが…」
またハーメルンが出てきた。ずっと監視役だったのか、呼べばすぐに来てくれるという便利キャラクターの一角だ。
何か不正みたいなのがあったのだろうか?お父様に限ってそんな事は無いだろうが、万一もありうる。
「シェリー、頼むぞ」
「うん…アレク、アルス君を連れて来て」
「了解しました」
何か仰々しいことになってるな、そんなに凄い賓客なのだろうか。お父様はさっさとお屋敷の中に入り、慌ただしく指示を飛ばす声が中から響く。扉に気を取られていると、いきなりお母様から話を振られる。
「エレミア、あなたの夢って冒険者になる事よね?」
「え…?」
「知ってるわ、私はずっと貴族だったけどあの人は元冒険者ですもの」
生誕十年にして驚愕の事実発覚!
バークは昔は貴族ではなかった!
「お爺様が反対されてた理由もそれだし、あの人があまり人種に対して偏見が無かったりするのもそれが理由、アレクだってそう、メイド長のエレーヌも、食事係のクォーレンもそうなんだから!」
「え?…どゆこと…?」
「聞いた事無いの?此処にいる人達はハーメルン以外は全員元パーティメンバーよ?あまりあなたと会わなかった人もいるかもしれないけどそれはあの人達は良く"者共"と戦ってるから」
何だ何だ何ですかこの急展開わぁ?
貴族の目の上のたんこぶの理由とか、従者をあんまし見なかった理由とかいやにフランクだったりするのもそれが理由だったのか。
一気にする伏線回収は飽きられますぞ?
「あー!信じてないでしょー!…一応全部本当の事よ、ここハイエントは辺境だからみんな強く無いとやっていけな…あ!アルスも来たわね!」
エルフの一族のアレク、と部屋越しに少し前に聞いたのだが本当らしい、速い。突風が吹きつけているかのような音と共にアルスを抱えて連れてくる。
しかも誘拐するかのような背負いかた!とても貴族の従者とは言い難いな、嘘のような事だが、本当の事らしい。
「アレクさん!どうしたんですか!?僕はまだ素振り中で…」
「事態が変わった、教会の使者の人達が今来ている」
「聞いて、アルスも…ここは私達の私有地の庭、それは分かるでしょ?」
「「うん」」
アルスと同時に俺も頷く、もうすっかり慣れた。息はピッタシだ。
「頭の良い貴方たちなら多分できる」
「どんな事をこれからするの?」
「はっきり、とは言えないけどエレミア、あなたは教会の組織に入れられちゃ絶対ダメよ」
「…何か不都合な事でもあるんですか?」
俺は実は特別らしい!何か疼いてきそうだ。
「そうよ、エレミア、アルス、私達の地位じゃもうあなた達を守れない…」
頭にはハテナマークが飛び交っていた、実は俺は教会の人達に狙われていてなんだって?何かわからない事がばれそうだからどうすりゃいいかってこと?
「どういうことですか?お母様」
「あなたのお父様、バークは貴族の中でも王族と渡り合える、とは言えないけど正面から意見を言えるくらいの地位はあるのよ、これがどれくらい凄いことかは分かるでしょ?」
「まぁ……」
「で、その地位のせいで今回、大変なことになったのよ」
「奥様、では僕たちはどうすれば…?」
「今日は晴れだね〜」
因みにシェリーは奥様と呼んでいるらしい。呼び方が他に思いつかないし、これが一番良いとおもったからとアルスは言っていた。
俺はもうついていけないから現実逃避に走っていた。
「バークの友人があなた達を迎えにくる事になってるのよー、でね………」
……………………………………
何かわからないけどここの館から脱出しなきゃならないらしい。
俺を探してんなら俺がいなきゃ意味ない気がするし……冒険者になれるなら大賛成だけど初めての旅路がこんな事になるなんてねぇ。
「真っ直ぐ進むと小さい林があるでしょ?あそこをずーっと真っ直ぐに突っ切ったら大きな乗り物がある筈だから《黄金の鳥を、セルトリアの首都、"ゼリアス"に連れていって下さい》ていってから中に入ってね」
「こちらエレミア、これより馬車への潜入を開始する」
「エレミア、何言ってんのさ?」
「楽しげね、結構危機的なのだけれど…エリーがついて行くから多分迷わないわ」
「こちらエリス。エレミア、あなたのサポートを担当するわ」
エリーが思った以上にノリノリだった。
ちょっと嬉しい。
伝説の傭兵になった様な気分に浸りながら、林に潜入を開始する事にした。
やっぱり投稿が遅れました。
雑ですがこれからもよろしくお願いします!