準備室会議。
俺の右隣りには準備部と名付けられた龍ヶ崎、松野、岬が順に座っている。
向かいには作業台を挟んで七瀬を含めた生徒会メンバー三人が座っており、お互いお見合の形を取っている。
「それでは生徒会を始めます」
「異議あり!」
七瀬の仕切りに威勢よく申し立ててみる。
「何よ。まだ何も始まってないじゃない」
「何でここで生徒会が始まるんだ」
今生徒会の会議が始まろうとしているのは我が憩いの場である美術準備室だ。
「何でって、この間言ったじゃない。生徒会預かりだって」
俺の真向かいに座る七瀬が何を今更といった感じで眉をひそめる。
「だからってわざわざこっちでやる必要ないだろ?」
「何言ってんのよ。あんた達も会議に参加するんだから生徒会室じゃ狭いじゃない」
「生徒会預かりってそういうことか? じゃあ何だ俺たちは生徒会の奴隷か?」
「奴隷じゃありません。ただのヒラです」
そう声をあげたのは七瀬の隣に座るショートカットの眼鏡女子だ。
「えと、ナチュラル無礼な君は」
「二年の長谷川です。副会長を務めております。これをいい機会だとばかりにあまり慣れ慣れしくしないでください。よろしくお願いします」
どっち?
「ああ、気にしないで。長谷川は私以外には皆こんな感じだから。でも仕事は優秀よ」
協調性ゼロというかマイナス過ぎやしないか?
「ちなみにその隣に座っているのは菊池ね」
自分の名前を呼ばれて立ち上がってぺこりと頭を下げる。
こないだ七瀬にしこたま怒られていた一年生だな。
「あ、あの、しょ、書記をやっております。菊池です。ふ、ふつ、ふか、ふかふか者ですがよろしくお願い致すます!」
柔らかそうだ。
菊池は勢いよく下げた頭を思いっきり作業台にぶつけ、
「す、すみません!」と、今度はぶつけた作業台をさすっりながらそれに向かって謝っている。
肩まで伸ばしたストレートの髪を左上でちょんとゴムで結んでいるその容姿は、
まだどことなく中学生のような雰囲気を残している。
「ちょっと、何じろじろ菊池のこと見てんのよ。警察呼ぶわよ」
「何で教師が生徒を見ているだけで警察を呼ばれにゃならんのだ」
「あのね、菊池はまだ一年生でどんくさくて、方向音痴で、すぐパニックになって、勉強も中の下で、見た目も地味で目立たないけど、つまらない女なんだからね」
フォローしないの?
言われた菊池は見事にしょげ返っている。
しかし、年中常に何かと忙しい生徒会なのに――
「生徒会ってこれで全員なのか?」
「痛いところ突くわね。生徒会って聞けば華やかなイメージだけど、やってることは雑務がほとんどなのよね。生徒会に入りたいって来ても仕事内容説明したら、ちょっと考えさせてくださいって言ってそれっきり。結局私が捕まえた、どこにも行く宛てのないこの二人だけが残ってるってわけ」
生徒会って保護施設なのか。
「で、早速なんだけど、文化祭のオープニングがまだ決まらないんだけど何かある?」
「何だその2ちゃんのスレタイみたいな提案は」
「あんた達が役に立ちそうなのって、文化祭のアイデア出しと雑用ぐらいでしょ? とりあえず下手な鉄砲撃ちまくりなさいよ。豆腐脳なんて柔らかいだけが取り柄なんだから」
生徒会に人が残らないのってこいつの性格のせいじゃないだろうか。
× × ×
スィーツ食べ放題(龍ヶ崎)
コミケ(松野)
漫画喫茶(岬)
メイドカフェ(犬村)
三鷹の杜美術館(龍ヶ崎)
サンレオピューロランド(岬)
白浜温泉(松野)
沖縄(犬村)
グァム(岬)
オーストラリア(龍ヶ崎)
イタリア(松野)
フランス(長谷川)
ホワイトボードに次々と書かれるみんなの夢。
「ちょちょちょっと待って! 誰が自分の欲望を吐露しまくれって言ったのよ! 後半なんか、一度は訪れたい観光地みたいになってるし! 何で長谷川まで参加してんのよ! 菊池もそんなもんいちいち書かない! こんなもの文化祭と関係無いじゃない!」
七瀬にまくし立てられ、慌ててホワイトボードの文字を消そうとする菊池。
「ちょっと待ってください」
松野が颯爽と挙手。
「何よ」
「文化祭を成功させるということは、参加している側と来場する側、つまり内的サービスと外的サービスを充実させることだと思うんです。既存の枠組みの中での取捨選択では結局のところ無難なイベントに落ち着いてしまうのは目に見えています。『皆を楽しませる』という皆とは個人の集まりです。そしてボク達もその個人の一員なのです。そう考えると今出た案が全てコンセプトから外れているとは一概には言えないのではないでしょうか?ひとまずここから出たものの中から膨らませられるアイデアをチョイスしていっても差し支えはないかと思いますが」
「……な、何かものすごく的を射た意見ね」
何故か松野のこの意見に七瀬が納得する。
実はこいつあまり賢くないんじゃないのか?
松野の意見は単純に『夏は暑い』と言ってるのと同じだ。
「ふっ、この文化祭は歴史に残るものにしたいと思っていたはずの私が、知らない間に小さな井戸を覗いてカエルばかり探していたようね」
あれ? バカかも知れない。
× × ×
松野の提案を受け入れてから、皆の夢は大きく膨らんでいった。
「じゃあ役割分担の確認だけど、免許持ってるあんたが逃走用の車を手配して、拳銃は龍ヶ崎さんのご実家のもの借りるということで、実行犯は長谷川と岬さん。菊池と松野さんは表と裏の見張り。で、私が総指揮ということでいいわね。当日偽情報で別の銀行へ警察を誘導するのは何分前ぐらいがいい?」
ホワイトボードには逃走経路と細かな所要時間、役割分担などが書かれている。
この時間が不毛だと気付いたのは守衛のおじさんが最後の巡回に来た時だった。