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じゃんび部。


「はっきり言おう。無理だ。不可能だ。ありえない」


 駐輪場から一旦美術準備室に戻ってから俺は宣言した。

「それは何だ。可能性の問題か?」とは龍ヶ崎。

「可能性以前の問題だ。山へマグロを釣りに行くようなもんだ」

「それは渓流釣りということか?」

「そういうことではないし、マグロは渓流にはいない。美術はお絵描きではない。基本中の基本のデッサンを無視するどころか、一度もモチーフを見ないなんてありえんだろ」


「じゃあ何か? ピカソはあのへんてこな絵をモデルを見ながら忠実に描いたんか?」とは岬。

「お前はどこの天才を引き合いにものを言っとるんだ。ピカソのシュールレアリスムとサンレオの思い出し描きを並べるな。天と地、いや、天と地下5000メートルほど違うわ」

「それは君には隠れた才能があるってことか?」

「どんだけポジティブなんだお前」


「何かと比べていいとか悪いとか、そんなの間違ってます!」と松野。

「とりあえず部分的に黒塗りしなきゃ見せられない絵は間違っている」

「無修正はちょっと……」

「そういう意味じゃねぇよ!」


 そんなやり取りがあってから二週間。

「ポチ村ーガムシロー」

「そこの棚の下ん所に買い置きがあるだろう」

 美術準備室の作業台でジオラマをいじりながら返事をする。

 岬がいて、松野がいて、龍ヶ崎がいる。

 今日も平和。


 コンコン。

 扉をノックするような音がするような気がする。

 ずいぶんと昔にも同じようなことがあったようなそんなような気がする。


 コンコン。

 そもそも、最近耳が遠いのか扉をノックする音は俺まで届いていないようだ。


 コンコンコン。

 俺以外の面子も誰も動こうとしない。やはり空耳だ。


 そして遠慮なくガラガラと扉が開けられる。

「おい、どうして勝手に開けるんだ」

 俺は扉の向こうに立つ金髪少女の無礼を指摘する。

「何度かノックしたんだけど?」

「何度かってたった三回だろ」

「数えてたなら返事しなさいよ」

「で、何の用だ? えと、金ヶ好銭子さんだっけ?」

「誰よそのがめつそうな名前は! 七瀬よ! 七瀬朝乃!」

「どっちが本当の名前なんだ」

「どっちもよ! 七瀬が苗字で朝乃が名前よ! 文句ある?」

「英語圏だとアサノナナセだな。ハハッ」

「どうでもいいわよ!」


 俺の後ろから、松野が声をかける。

「まぁ、立ち話も何ですからそちらにでも座――」

「結構です。水もいりません。蜂蜜も舐めません」

 筆洗バケツに水を汲んでいた岬と、蜂蜜を棚から取り出そうとしていた龍ヶ崎が動きを止める。


「で、もうあれから二週間になるんだけど、返事も何もないのはどういうこと?」

「ああ、悪い。俺も色々考えたんだけど、やっぱりそういうのまずいと思うんだ」

「はあ? まずいって何よ。答えになってないじゃない」

「いや、教師と生徒だし、何よりお前のこと妹のようにしか思えないって言うか……その、ごめん」

「何その、私があんたに告白して振られちゃったみたいなシチュエーションは」

「え、あ、このことじゃなかった?」

「このこともあのことも、そんな事実一秒だってなかったわよ」

「あ、そっか。あれはまた別の未来の話だった」

「なに時を駆けてきたみたいな発言してんのよ。どんなに時間軸が歪んでも未来永劫そんなこと起きないわよ」

「あっちの世界ではあんなに無邪気に懐いてきたのに……お兄ちゃんお兄ちゃんってそりゃもう」

「中二教師、話先に進めるわよ?」

「ああ。肩慣らしはこれぐらいにしておこう」

 七瀬はこめかみに指を添えて大きく溜息を吐くと、本題に入った。


「ここにいる全員が聞いてたはずだけど、今日までに創部届を提出してもらう約束どうなったの?」

 七瀬がそう言うと、龍ヶ崎が一枚の紙切れを差し出した。

「何だ書けてるんじゃない」

「書けてるって、それ創部届か?」

「そうだ。昨日書いておいた」

 俺の質問に龍ヶ崎が事もなげに答える。


「おいたって顧問の判子がいるだろ?」

「ちゃんと押してあるわよ?」

七瀬が見せてくれたそれには確かに『犬村』っぽい判が押されていた。

 ぽいというのは『犬』の『、』の部分が左上に乗っていてこの世に存在しない漢字だということだ。 あと、


「この判子、消しゴム掘って作ったろ?」

「懐かしいだろ」

 なぜか嬉しそうな龍ヶ崎。

「ああ。こんなノスタルジーいらんけどな。これって印象偽造の罪っていうんだぞ。そもそも創部届ってこんなちゃちな判子で受理されるものなのか?」

「まあ、別に公的な書類でもないし、当の本人が快く引き受けてさえいれば消しゴムでも芋判でも何でもいいわよ」と七瀬が答えるが、全く快く引き受けた覚えはない。


「それより何よこれ、美術部じゃないの?」

「何だ、金髪は漢字が読めんのか」

 七瀬の疑問に龍ヶ崎が挑発気味に答える。

「読めるわよ。読めるから聞いてんのよ。ってか金髪って呼び方やめてよ」

「どれ、俺にも見せてくれ金髪」

「今、木工用ボンドの斬新な使い方思いついたんだけど聞いてもらえる?」

「見せてください。七瀬さん」


 七瀬から受け取った創部届には『美術準備部』と書かれてあった。

「おい龍ヶ崎。何だこのオンリーワン感全開の部活は」

「書いてある通り美術準備部だ。私たちはまだまだひよっこだから美術部を名乗るのなんておこがましく、ましてや美術室を使っての活動など神をも恐れぬ行為だ。だから美術準備室で美術を学ぶ準備をするのだ」

 ひたすら謙虚だが、言ってる内容は何ら明確ではない。


「準備って具体的に何すんのよ」

「それは今から考える」

「はあ? そんな話あるわけないじゃない。それって、会社立ちあげましたけど何する会社かはおいおいって言ってんのと同じよ? だいたいこの活動内容で文化祭にどうやって貢献するつもりなのよ」

「んじゃ、これどっか展示しといてや」

七瀬の疑問に岬が差し出したのは、以前に描いたネコの絵たちだ。


「何よこれ……」

「うちらの作品」

「これをどこに貼れと。そしてこの……いかがわしい絵は何?」

「あ、それはボクが描きました。『タチとネコ』です」

「これのどこがネコなのよ」

「わからないことはウィキってください」

「そもそもこんなもので文化祭を盛り上げることができるとでも?」

「できるできないやない。やるかやられるかやろ。頑張れ」

 何を?


「あと、創部には部員が五名以上必要って創部届に書いてあったでしょ? あんた達三人の名前しかないじゃない」

「二人分頑張る」

「ごめん、龍ヶ崎さん。気持ちの問題じゃないの」

 会話を成立させない三人にあきれ返った様子の七瀬。

「ちょっと貸して」 

 七瀬が俺の手から創部届を取りあげ、まじまじと見つめる。

 やがて創部届の一部にきっちり折り目をつけると、それに沿ってきれいに破り始める。「これなら認めてあげてもいいわ」

 破り終えた七瀬は、左上の角のところがなくなった創部届をひらひらさせる。

 ちょうど『美術』の部分が破り取られ、『準備部』の部分だけが残っている。


「どういうことですか?」

 皆の疑問を代表して松野が訊ねると、七瀬が胸を張って答える。

 ただでさえパツパツな七瀬にシャツは、今にもボタンがはじけ飛ぶんじゃないかと心配と期待が高まる。


「『美術準備部』改め『準備部』でどうってこと。活動内容は現時点では生徒会預かりとする」

「要は保護観察処分ってことですか」

「まあ、そんなところね。こっちから用がない時は好きにしたらいいわ。その間にどうするかを決めなさい」

「期間はいつまでですか?」

「そうねえ。文化祭への貢献度次第では今年一杯様子を見てもいいわよ」

 松野が岬と龍ヶ崎の方へ確認の目線を送ると、二人とも頷く。


「わかりました。交渉成立です」

「成立するな。俺はそんな変な部の顧問になるつもりなんて毛頭ない」

「そう。それじゃ他の先生を探すことにするわ」

 そう言って、七瀬が肩にかかる金髪を跳ね上げる。

「そうしてくれ」

「その代わりここの鍵も生徒会預かりになるから、授業の前とか必要な時にだけ私の所に取りにきてね」

「何でそうなるんだよ?」

「元々ここは学校の設備であって、あんたの趣味の部屋でもなければ待機場所でもないわ」

「失敬なことを言うじゃないか。俺は毎日ここで授業計画を練っているんだ。勝手なことされては困る」

「じゃあ、その窓際に飾ってあるおもちゃに関してどう説明するつもり?」

「これはおもちゃじゃない。芸術だ」

「なるほど。じゃあ今度の文化祭でその芸術も展示しようじゃない。日頃の成果を色んな先生方の目に触れさせるいい機会だわ」

「俺、ちょっと顧問やってみよっかな」

 と、決意を新たにしてみる。


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