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七瀬朝乃。


 松野の腐れっぷりに辟易しながら美術準備室を出ると、

「なしなしなーし! 不採用! 却下! 没!」

 不意打ちで俺の鼓膜を震わせた方へと目をやると、隣りの生徒会室前の廊下で金髪美少女が雷を落としている場面だった。


 七瀬朝乃か、今日も元気で何よりだ。

 はっきりとした目鼻立ちに、緩く自然な感じのパーマがかかったブロンドが品の良さを漂わせ、

 更にその女子高生にあるまじきナイスなボディは、校則通りの模範的な服装をしているのにも関わらずフェロモンがだだ漏れている。

 またこれに加えて成績は常に学年でトップ3を争うというのだから、完全なヒロイン素材。女子高に置いておくには非常に惜しいよくある美少女だ。

 そもそも、そんな人材が何でウチのような『そこそこな私立女子高』に通っているのか謎だ。


 ただヒロインとしてひとつ余分なのが――

「はぁ? あんた本当に高校生? 文化祭のオープニングで素人漫才しましょうなんてありえない発想なんだけど。白けるのがオチでしょ? 町内会のカラオケ大会じゃないんだからそういう『何だか楽しそうじゃないか』っていうボヤーンとしたイメージで仕事するのやめてくれる? お笑い部って何? そんな部活あったの? 今すぐ速攻で断ってくるか、速攻であんたが生徒会辞めるかどっちか選びなさい」

 この性格だ。

 アデダスをパクったような我が校オリジナルの上履きに入っているラインの色を見ると、相手はまだ入学して半年も経たない一年生だ。

 二コ上の七瀬にこてんぱんに叩かれた一年は半泣きになりながら、おそらくお笑い部とやらに断りにいくべく走り出すが、

「走るな!」

 後ろから怒鳴られ、ビクッと立ち止まる後輩。

「止まるな!」

 今度はぎこちなく歩き出す。


 俺はその一部始終を眺めていたわけだが、しかし、あまり他人が怒っている姿を眺めるというのはいいことではない。

 案の定、七瀬がキッとこちらを睨んでくる。教師だろうとおかまいないしだ。

 教師だからっておかまいされることもそうないけど。


「丁度よかった。あんたにも話があったのよ」

「いいえ。人違いです」

「まだ、何も訊いてないじゃない」

「俺は君の兄さんじゃない」

「わかってるわよ、そんなこと」

「でも、別にお兄ちゃんって呼んでもいいぞ」

「呼ばないから話を聞きなさい」

「じゃあトイレで聞こう」

「何でよ」

「女子の情報交換の基本はトイレだろ」

「個室に閉じ込めて上から水かけるわよ」

「前時代的だな。しかし俺は本当にトイレに行きたいのだ」

「何しに」

「そんなもの、トイレですることは二つだけに決まってるだろ」

「そんなことないわよ」

「お前も言うのか?」

「化粧直したり、髪の毛触ったり」

「そうか。お前賢いな」

「何言ってんのあんた? 行くならとっとと行って来なさいよ。で、終わったらちょっと話があるから生徒会室まで来て」

「わかった。手を洗う間も惜しんで駆けつける」

「絶対洗ってきて」


 俺は小用を済ませ、美術準備室に戻るとコーヒーを飲みながら、松野らの作業をぼけっと眺め、足の爪を切り、さてそろそろ外に煙草でも吸いにいこうかと考えていたその時。

 コンコン。

扉をノックする音が聞こえる。

しかし、この部屋にノックする用がある人間というのは大抵面倒くさい連中なので、無視することにしている。

 他の三人もそれは心得ている。

コンコン。

 コンコン。

 コンコンコン。

しつこいなあ。

「入ってます!」

 俺がノックの向こうに叫ぶと、がらりと遠慮がちに扉が開く。

 その扉の隙間からどこかで見覚えのある金髪美少女の顔が見えたような気がした。


「何か御用ですか?」

 今更ながら松野が扉前に出向き、隙間から美少女に応対する。

「え、えと、犬村先生に用があるんだけど」

「その方は死にました」

「えっ?」

 松野の思わぬ回答にうっかり声が漏れる。

「い、いるじゃないの! ちょっとあんた、生徒会室に寄ってってさっき言ったじゃない!」

「すまん生徒会室がどこかわからなくて」

「ここの隣りよ!」

「そうか。ところで君は誰?」

「そこの木槌で殴ったら記憶戻る?」

「何だ七瀬じゃないか。遠近法の具合で気付かなかった」

 七瀬がいい加減あきれたといった様子で、溜息ひとつ。

「まぁいいわ。どうせここにいる人達にこそ関わりのあることだから、ここで話しましょう」

「よかったらそこに腰掛けてください」

 そう言って松野が、貸し出し用の彫刻刀が乱雑に入れられた木箱を勧める。

「い、いえ、結構です」

 それに続いて岬が手洗い場の水道を捻り、筆洗バケツに水を入れると、それを作業台の上に置く。

「粗水ですがどうぞ」

 その隣に龍ヶ崎が蜂蜜のボトルをどんと置く。

「粗蜂蜜ですが」

 七瀬に全力でアウェイテンションをかけまくる三人。

「あ、ありがとう。おかまいなく」


 結局、立ちっぱなしで話し始めた七瀬。

 その内容はここでの放課後の過ごし方に関してのことで、要は美術部として活動しているわけでもなく、ただダラダラと美術準備室で過ごしているのは看過できない。

 二週間以内に創部届を提出。

 さらに文化祭に美術部として出し物を提示できないなら然るべき措置を取るという、それはそれはごもっともで今更でよくある話だった。

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