オフィスです。
痛ましい事件から三日が過ぎた。
遺族(俺)の傷は癒えないまま、この日も放課後を迎える。
事件後も加害者である少女たち三名は今日も遺族(俺)の前で、反省の色も見せずに今までと変わらぬ学生生活を送る。
「お前達、用が無いならまっすぐ帰ったらどうだ?」
「うち帰る家ないねん」
岬が眺めていた紙から目を離さずに答える。
「じゃあ、お前は毎日どこから登校してんだ」
「ストーキングは犯罪やで」
「お前達がいたら煙草も吸えん」
「いえいえ、どう致しまして」
「岬、日本語は素直に受け取ってくれ」
「いや、もう何ちゅーか、ウチらに取ったらここは部活みたいなもんなんよねー」
岬のセリフにコクコクと頷きながら、筆ペンで真剣に何かを塗っている龍ヶ崎。
「部活ってこれが何部だと言うんだ」
「放課後Tタイムですかね」
そう言った松野は作業台の上でペンをかりかり走らせ、何かを描いている。
「あれは軽音部だろう。お前達はここでダラダラして適当に帰るだけだろうが」
「だからこうやってちゃんと活動してるじゃないですか」
松野が手を止め、作業台の上に広がっている紙を一枚手に取って見せてくる。
「何だそりゃ」
「漫画ですよ」
「はあ? で、他の二人はそれ手伝ってんのか」
「そうです。琴ちゃんはベタ塗り。杏ちゃんは編集長です」
「それなら漫研行けよ」
「ここの漫研はレベルが低いんですよ。ボクは馴れ合いで青春キラリな作品作りにはゲボが出ます」
「ゲボって」
「言うなれば、ここはオフィスレイですね」
「何だよレイって」
「ボクのペンネームですよ」
そう言って松野が名刺を一枚差し出す。
そこには『乃妻レイ』と書かれてあった。
「ノヅマレイ……でいいのか?」
「いいです」
「このペンネームって何か意味あんのか?」
そう訊くと、松野は作業台に散らばってる紙から一枚取ってペンを走らせる。
「ローマ字で書くとボクの名前はMATSUNO RIEでしょ? これを入れ替えてNOTSUMA REI。漢字を宛てて乃妻レイです」
これってわざわざローマ字にバラす必要ないよな、と思ったものの口には出すのを留まる。だって俺、大人だから。
「なるほど、よく考えてるな」
「いやいや、テキトーですよテキトー」
そう言いながらも、てへてへとはにかむ松野。
「で、どんな漫画描いてんだよ」
「見ますか?」
「ああ」
名前を褒められてご機嫌な松野は、岬が読んでいる途中の原稿もひったくり、わざわざページ順にまとめて俺に渡してくれる。
……ああ。なるほど。
それは日曜の朝にテレビでやっている、プリでキュアな少女達が、やや強引な理屈でほにゃほにゃしている漫画だった。
「あぁ……松野はあれか? 学校でいつもこんなの描いてるの?」
「確かに百合が多いですが、BLもショタもロリも触手も描きますよ」
触手って何?
「いや、そういう意味じゃなくて。ってか、お前達もこういうの手伝ってて平気なわけ?」
黙々と作業する龍ヶ崎と原稿を取り上げられボケっとしている岬に訊ねる。
「んー、それはそれで番外編と思えば楽しいし、これ読んでからオリジナル見たらそれはそれでおもろいで」とは岬の意見。
番外過ぎるだろ。
「いや、そうじゃなくて俺が訊いてるのは恥ずかしかったりしないのかってことだ」
「勉強になる」と龍ヶ崎がベタを塗りながら頬を染める。
こいつみたいなのが一番危険だ。
特に龍ヶ崎を見ていると、色々とまだ早いのではという兄心のようなものが湧いてくる。
「何だ。さっきから私の顔を見てうんうん唸って、気持ち悪いな貴様」
「よくわかりませんが、ここにティッシュを置いておきますね」と松野。
「しかしポチ村も琴音をオカズにとは、救いようのない変態やな」
「私がオカズとはどういうことだ?」
「龍ヶ崎は黙ってなさい」
俺がそう言うと、龍ヶ崎がすかさず携帯を開く。
「何してんだ」
「知恵袋」
「訊くな」
すぐに龍ヶ崎の携帯を閉じさせる。
もういい……いちいち相手するのも疲れる。
そう思って、美術準備室を出ようとすると松野がまた声をかけてくる。
「どこ行くんですか?」
「トイレだよ」
「トイレでナニーするつもりですか」
「伸ばすな! トイレですることは二つだけに決まってるだろ」
「そんなことありません! 個室さえあればどこでだってセック――」
「松野、ほんと黙って」