長谷川の恥ずかしい話。
七瀬が学校に来なくなってから一週間が過ぎた。
メールを送るも返事が来ることはなく、モヤモヤしたものばかりが頭の中にはびこっていた。
しかしそんな精神面だけでなく、七瀬がいないことで直接的な悩みを抱える人間もいる。
「お、おはようございます。長谷川と申します。あ、その、生徒会の副会長。二年の長谷川です。文化祭終わり、皆様におかれられましては秋の読書。スポーツの読書。食欲のどく……違う。ダメだ。ダメ過ぎる」
膝を折った長谷川が、きらきら朝日を浴びながら生徒会室で灰になる。
毎月最初の月曜の朝礼は生徒会から定時報告がある日で、いつもは七瀬が快活な喋りでこなしていることだが、その七瀬がいないとなると必然的に副会長の長谷川がその役目を担うことになる。
俺は昨日の放課後に長谷川から練習に付き合ってくれと頼まれ、
今朝は運動部の朝練の連中と同じような時間からここにいる。
挨拶も含めてたった数分の報告なのだが、これが長谷川には果てしなく高いハードルらしく、
手元のカンペを読んでいるのに在日二年目の外国人労働者と並ぶ日本語力だった。
もう二時間練習してこれなのだ。朝礼まであと30分。このままではとても無理だ。
「すみません。人生の浪費が本分の先生に付き合ってもらいながら、私がこの有り様で」
「長谷川、もし申し訳ないという気持ちを伝えたいだけなら、なるべくシンプルでいからな」
「つまり体で払えと」
「言ってない」
そういうところはなめらかに口が動くんだな……。
長谷川が床に落としたままのカンペに目をやると、
細かい文字で書かれたメモに赤ペンでびっしりとダメだしなどが書き込まれてあった。
「で、まあ、その挨拶の方もだな、たぶん色々気の利いたこと言わなきゃいけないと思うから、もう頭ん中でぐちゃぐちゃになっちゃうんだろ? 『文化祭が終わり』とか云々のあそこの部分は全部カットしてさ、もう最初のところだけきちんと挨拶入れて、『生徒会です。特に報告ありません』これだけでいいんじゃないか?」
「な、なるほど」
大きく深呼吸をして俺の方を向くと、はっきりとした声で長谷川が言う。
「生徒会ではありません!」
「言いきったな。大事な部分を見事に端折って」
再び膝を折り、頭を横にふるふるする長谷川。
「死のう」
「死ぬな」
長谷川の自殺宣言にツッコんでると生徒会室の扉が開く。
「あんた達なにしてんの?」
そこにはケロリとした顔の七瀬が立っていた。
「お、お前……」
それ以上の言葉を失っている俺の横を、
長谷川がよろよろと立ち上がり、よろよろと七瀬に近付く。
「な、なに? ちょっと長谷川どうしたの?」
がばっと七瀬の腰元にしがみつく長谷川。
安堵と歓喜で舞い上がっているのか、少し大胆な長谷川だった。
「どうしたの? なんかあった?」
七瀬がもう一度長谷川にそう訊ねると、
先程の練習のせいか、長谷川はやや混乱した様子で話し始めた。
「は、恥ずかしい話なのですが……私がそんなの出来ないって言って……付き合えって朝から……先生が……最初だけだって……あそこがもうぐちゃぐちゃなんだろって……入れていいんじゃないかって……そして無理矢理……」
そう言って顔を伏せる長谷川。
抜粋する部分がおかし過ぎるだろ!? そして無理矢理ってなに!?
案の定それを聞いた七瀬は、
「……信じらんない! サイッテー! 絶対許さない! そんな奴とは思わなかったわ! このクズ! 変態!」
「いや、落ち着けって七瀬」
「近寄らないで! もう皆登校してるわよ! 長谷川と違って私大声出すからね!!」
「だから待てって、俺がそんなことするわけないだろ」
「そんなことってどんなことよ」
「いや、だから、どんなことって、そんなこと言えるわけないだろ」
「言えないようなことを長谷川にしたの!?」
「そうじゃないって、長谷川、お前からちゃんと言ってくれ!」
どさくさに紛れて、未だ七瀬の腰にしがみついたまま甘えている長谷川に助けを求める。
「すみません先生……私うまくできなくて」
絶対わざとだ!
七瀬の血走った目が、「お前、絶対死刑」と言っている。
そのあと、あらゆる状況証拠からなんとか七瀬の誤解が解けたときには、 朝礼が始まる五分前だった。




