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岬杏里。


 結局、ショーの方も多少見苦しいフィナーレとなりながらも、

 お客さんの側からは好評だったようでひと安心。

 七瀬の足の方も骨に異常はないようで、全治二週間の捻挫ということだった。


文化祭の終了を知らせる放送が流れると、

 各々のテナントで小さな打ち上げが始まる。


 実行委員である生徒会と準備部のメンバー、

 それに演劇部も合同でステージを使ってお疲れの乾杯をする。


 お互いの労をねぎらったり罵ったりしてる内に辺りが暗くなり始めたので、

 名残を惜しみつつ宴もたけなわということでお開きとなった。


 演劇部と別れ、生徒会と準備部は美術準備室に置いてあった自分の荷物を持ち、下校する。

 俺も自転車を押しながら校門までそれに付き合う。


「貴様にくれてやる」


 そう言って龍ヶ崎が俺に差しだしたのは500mlペットのコーラだ。


「なんだ、いらんのか」


「私は炭酸が飲めんのだ」


 隣りを歩く岬がそれを聞いて大袈裟に驚く。


「えーっ! 琴音、炭酸飲まれへんの?」


 こくりと龍ヶ崎。


「うわぁ、そんなん人生の半分は損してんで」


 二酸化炭素と水に半分も占められているお前の人生の方が損だ。


「いやあ、でもあれですね。夏休みが終わってもまだまだ夏だなぁって思ってましたけど、文化祭が終わっちゃうと、いよいよ夏が終わったんだなって気になりますね」と、しみじみする菊池。


「まあ、これで日焼け止め塗りたくる毎日も終わりね。私の席窓際だから、カーテン閉めてても西日が半端なくって」


 そう言う七瀬は長谷川と菊池の肩を借りながらゆっくり歩いている。

 三人の身長差がバラバラで傍から見ててものすごくバランスが悪い。


「でも私は寒いのは苦手なんで、ずっと夏だったらいいなって思います」


 菊池のこの言葉に長谷川の眉がぴくりと反応する。


「じゃあ、フィリピンにでも行けばいい。段ボールに詰めて海外郵便で送ってやる」


「え……すみません。何か気に障りましたか長谷川先輩」


「そんなことはない。愛だ。かわいい子には国外追放だ」


「あの、追放って言葉に愛を感じられないんですけど私……」


「いいじゃない、フィリピン留学。いつから行く? 死ぬまで行く?」


 長谷川の言葉に乗っかる七瀬。


「えっと……お二人とも私のこと嫌いですか?」


「質問がちょっと気まずいわね。傷つけずに答えるのに三日ちょうだい」


「いえ、今ので十分です」


 七瀬の返答に半泣きになる菊池。


 先輩二人にたっぷりの愛情を注がれる菊池に同情しながら校門を出た時――

 「泥棒ー!」という叫び声がしたかと思うと、

 目の前をフルフェイスヘルメットをかぶった男の乗った原付バイクが走り過ぎる。


 泥棒。原付。泥棒。フルフェイス。泥棒。

 ん。これは……あれだな。いわゆる。


「ひったくり!」


 俺が鋭い推理を展開しているところに七瀬が叫んだ。


「貸して!」


 七瀬は俺の手からコーラを奪うと、助走をつけて原付に向かって投げる。 そしてそのコーラを追うようにしてすぐに岬がスタートを切った。

 空中のそれが失速するかというタイミングで岬がキャッチし、再び全力で投げる。


 縦回転したコーラが右折しようとしていた原付のスロットル部分に当たると派手に中身を噴き出し、原付ごと男が転倒する。


 そこにトップスピードのまま追いついた岬が立ちはだかる。


「やめろ岬!」


 岬を止めるべく、走り出そうとした俺の腕を松野が掴む。


「なにしてんだ松野! はなせ!」


「はなしません。そんなことより七瀬さんの足を見てやってください」


「私は大丈夫だから」


 そう言う七瀬の表情は歪んでいる。


「それに危ないですよ」


「だから――」


「いえ、ポチさんの身が」


「はあ?」


 俺が松野の発言に眉を潜めている間に男が立ち上がる。

 行く手を阻む岬を押しのけようと男が両手を構えるも、

 岬はそれを半身を引いて道を譲る。

 その為、男の両手は空を切るも、構わずそのまま岬の横をすり抜け――られない。


 男はいきなり立ったままの体勢で中途半端なバク宙を披露し、

 そのまま地面に這いつくばった。


「あの人が前に進もうとするから、杏ちゃんが顎のところに手を添えて、ついでに足を跳ね上げただけですよ。もう少し頑張ったらキレイに着地できたのですけど」


 松野がこちらからの死角で見えなかったバク宙について説明してくれるも意味がわからない。


 そうこうしている内に男がすぐに立ち上がる。

 いや、立ち上がるのを待っていたのか?

 岬の鋭いミドルキックが男の脇腹を捉えた。

 しかし、体重50キロの岬の放った蹴りでは男をうずくまらさえには軽過ぎた、

 岬の放った右足はすっかり勢いを殺され、そのまま男に抱え込まれてしまう。


「調子に乗るな!」


 男が空いた右手で岬の顔に殴りかかる。


「岬!」


「あ、飛びますよ」


 俺の緊迫感をよそに、松野がのんびりとつぶやく。


 岬は上体だけを僅かに横にずらして男の拳を受け流すと、

 事もなげにその腕を取った。


 そして次の瞬間、残った左足で地面を強く蹴り、

 ――飛んだ。


 その左足が男の首を狩り、勢いのまま一緒に倒れ込む。

 腕が決まった。


「腕拉ぎ逆十字固め。しかも飛びつきですね。あの人ヘルメットかぶっててよかったですよ」


 松野が道端の野草の種類の話でもするかのように解説してくれる。

 もちろんそんなことに感心することなく一同茫然だが。


「あ、知りませんでした? 杏ちゃんは昔、古武術道場のお弟子さんをしてたのですよ」


 なんじゃそりゃ……。

 その後の流れとしてはセオリー通り警察を呼んで、

 事後処理に付き合って事件は一件落着と相なった。


 しかし、この事件は思わぬ方向へ思わぬ形となって転がっていくことになる。


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