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陽のあたる保健室。


 正直、52キロを抱えてのジョギングはかなりきつく、

 肌寒いと羽織っていたジャケットの下は汗でぐっしょりとなる。


 よく考えたら52キロって10キロの米5袋分ってことだろ。

 そんなもの日常で持ち上げることはまずない。


保健室に着くと扉には、

 『とてもお腹が空いたので屋台食い倒れの旅に出ます。探さないでください』

 と書かれたA4用紙が貼り付けてあった。

 ここまで正直だと何だか納得してしまう。


 鍵は開いていたので中に入り、七瀬をベッドの上に降ろす。

 まず腫れてる右足の靴をそっと脱がすと七瀬が小さく笑った。


「何だ?」


「王子様がガラスの靴を脱がすなんて変なのと思って」


聞き流す。


「……?」


 そんな七瀬が、ワンテンポ遅れて自分の言葉の収拾に慌てだす。


「い、いやいやいや、違うから! そういう意味とかで言ったんじゃなくて、ほら、く、来栖がさっき、ほら、ね、あの」


「わかってるから黙ってろよ」


 余計に気まずい空気にするのはやめてくれ。


 足首を冷やすのに氷嚢を探すも見つけられず、

 代わりになるものはないかと見渡したところ……。


「七瀬、その手袋はずして」


「何で?」


「いいからいいから」


 そう促すと、七瀬が片方だけ残った白いロンググローブはずす。


 俺はそれに冷凍庫の氷を放り込んで七瀬の足首に当てる。


「どうだクラリス?」


「え、誰?」


 何で知らないんだよ!

 まぁ、本当はお姫様の方が冷やしてくれる方なんだけど。


「でも気持ちいい」


 そう言って目を細める七瀬。


 少しの沈黙があって、


「ごめんな」

「ごめんね」


 お互い吐き出した言葉が重なり、七瀬が噴き出す。

 なにこれ超恥ずい。


「何であんたが謝んのよ」


「いや、俺がもっと安定したもん作ってたらこうはならなかったろうから」


「それは関係ないでしょ。私こそせっかく頑張って作ってもらったのに見せ場なくしちゃってごめんなさい」


 そう言ってぺこりと頭を下げる七瀬。

 うわー。何それ? 新キャラですか?


 ようやく見慣れた七瀬のシンデレラだったが、

 ここに来て再び意識してしまう。


「……その、お前ってさ」


「何よ」


「ちゃんと謝ったりできるのな」


「はぁ? 当たり前でしょ。私をどんな人間だと思ってんのよ」


「高飛車、居丈高、唯我独尊」


「保健室に美術教師の死体ってミステリー?」


「ん? 死亡フラグ?」


 しばらくして窓から射し込む西日がきつくなってきたので、

 カーテンを閉めようと立ち上がる。


「あ、待って」


 七瀬がガラスの靴を持ち上げ、西日にかざすと、

 強い光がコーティングしたビニールをきらきらとすり抜ける。


「ほらほらっ、本物みたいだよこれ」


 そういうことは鏡を見てからもの言って欲しい。

 そんなペラペラ靴じゃつり合い取れてなくて恥ずかしい。


「ねぇ、この靴私にちょうだい?」


「え、ああ、んなもん俺が持って帰っても仕方ないし。そんなんでいいなら燃やすなり捨てるなり好きにしてください」


「そんなことするわけないでしょ! もったいない!」


 そう言って偽ガラスの靴を胸に抱く七瀬。

 何だかそう大事にされると俺自身が照れる。


 考えてみれば、魔法が解けてもガラスの靴だけが王子の手元に残るなんてご都合主義な話だ。


 飽きずに靴を陽に透かしている七瀬を見ながら、

 5200円でこの笑顔は俺のポケットには大きすぎらぁなどと思った。


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