ランウェイラン。
開演10分前。
「貢物が少ないぞ。まだどこかに隠してるんじゃないのか? 貴様ら、誰のお陰で平和に過ごせていると思ってるんだ! 金と女と食糧をありったけ出しやがれ!」
「岬さん、本当にお願いだから本番はちゃんとやってね」
ステージの袖パネル裏で、勝手に悪徳領主を演じる岬に来栖が不安気に声をかける。
「大丈夫やって。セリフは全部入ってるから」
「セリフなんてないから、余計なことしないで」
一方の古着ファッションのシンデレラ七瀬は、
「最初は上手登場の下手退場で、次が下手登場の下手退場、次は上手に回って……」
呪文のように自分の登場と退場の袖口の確認を呟いていた。
「ああ、来栖。どっちが上手でどっちが下手だっけ?」
「落ち着いて七瀬。ちゃんと袖口に誘導人員立たせるから、出ハケのタイミングもそれに従ってれば大丈夫」と、七瀬には安心させる言葉をかける来栖。
さすが演劇部部長だけあって、こういった対応にも馴れたもんなのだろう。
「七瀬、いいこと教えてあげる」
来栖はそう言うと七瀬の手を取り、そのひらに『人』という字を三回書く。
気休め的なおまじないだが、その光景は何とも微笑ましい。
「七瀬、人を三人殺せばあとはどうでもよくなるよ」
おまじないでもなんでもなかった。
午後四時。
夕陽に染まるステージで、いよいよ三度目の舞台が開演する。
冒頭の白雪姫から始まり、そのまま赤ずきん登場まではつつがなく進み、
いよいよ七瀬のシンデレラの出番が回ってくる。
最初の登場は例の古着ファッションで虐げられた生活を送るシーンから始まるのだが、その整い過ぎた顔とバンダナ頭巾からこぼれるリアル金髪からすでにお姫様フラグがビンビンに立っていた。
ただそれを踏まえた上でも、後半、実際にドレスアップした七瀬のシンデレラは想像の遥か上を行き、登場するなり客席が揃って恍惚の息を漏らすほどだった。
頭には煌びやかなティアラを載せ、花を模ったバレッタで束ねた自前のブロンドは傾いた夕陽の光を浴びてきらきらと輝く。
その美しさはまさに絵本から飛び出したと言っていい。
そんな光景を売り物のジュース片手に店先から眺めていると、
「すごいでしょ?」
声をかけて来たのは猫耳メイドに着替えた来栖だ。
やはり似合うなこいつも。
「やっぱりああいうドレスは、あれぐらいあった方がグッと映えるのよねぇ」
「身長か?」
「おっぱい」
来栖のセリフに鼻からジュースを吹き出しそうになる。
……確かに。
七瀬のお姫様オーラにあてられてぼぉっとしていたが、そこに注目すると何と言うか……ものすごいボリューム感だ。
「うちの部員の子がやった時はドレスの脇んところを詰めて、更に胸にはパッドを入れてたんだけど、いやあ、やっぱり天然物は迫力が違うわね。ボインボインやでぇ」
そう言って手をわしわしする来栖。
舞台上では、問題なくシーンが進んでいき、いよいよ見せ場となるシンデレラを王子とのダンスシーンが始まろうとしていた。
今までシンデレラに夢中だった女の子たちは、今度は岬の王子様にも目を輝かせている。
このシーンはまずは王子がシンデレラの手を取りランウェイをエスコートして歩いてくのだが、岬の歩くペースが異様に早い。
心配になり近くまで寄ってみると二人とも笑顔だが、微妙に動くその口元を読みつつ耳をすますと、「吊るす」「ブッ刺す」「埋める」「沈める」などあまり人に対して使われない物騒な動詞の応酬が囁きとなって聞こえてくる。
ランウェイの先端は少し広く作られており、そこでワルツの音楽に合わせて二人のダンスが始まるわけだが、これがまた恐ろしく息が合っていない。
ただ体をくっつけてスリーステップで揺れるだけだと言うのに、今度は七瀬の方が岬のリードに合わせようとしない。
もう、足元はヘタなタップダンスのようでみっともない。
そしてその結果。
シンデレラがこけた。
そんな状況になっても手を差し出そうとしない岬王子。
ボリュームのあるドレススカートに苦戦しながら自力で立ち上がろうとするシンデレラ。
「シンデレラ立って!」
ランウェイの下で見ていたひとりの女の子が声をあげる。
すると他の子も、「シンデレラ頑張って!」と続く。
おっちゃんも、「立て、立つんだシンディ!」と叫び出す。
その内、客席にシンデレラコールが巻き起こり、ランウェイはプロレス観戦のような熱気に包まれる。
あくまで手を貸そうとしない王子は必然的にヒール的なポジションを獲得することになる。
見事に少女達の夢をぶち壊した王子には、
「サイテー!」「ニセモノー!」「キライー!」
など野次が飛ぶが、それを更に煽りながらランウェイを練り歩く岬王子だった。
それはそれで盛り上がるが、はっきり言ってめちゃくちゃで、状況を察した音響スタッフが早いタイミングで十二時の鐘を鳴らす。
慌てて立ち上がったシンデレラが段取りに則って、細いランウェイを走り出す。
――あいつ、何か変じゃないか?
そう思った次の瞬間、王子の横をすり抜けようとしたシンデレラの右足首がおかしな方向に曲がる。
客席から悲鳴があがったときにはすでに遅く、七瀬の体は重力のままランウェイの下へと傾いていた。
気付いた岬がすぐに手を伸ばし一瞬七瀬の指先を掴むも、衣裳のロンググローブがするりと抜け、再び落下する。




