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ちょ、ちょっと長いかもです……。
午後のショーも大好評の内に終わったが、大好評過ぎてこれまた再々演の要望に応えるかどうかという話し合いが美術準備室で行われる。
ファッションショーの段取りは基本的に演劇部に丸投げしてあるので、
話し合いにはその演劇部の部長の来栖と生徒会長の七瀬、
そして何故か俺と岬の四人とが向かい合う。
店の売り物のミックスジュースを手に持って、席に着くなり来栖が切りだす。
「いやあ、うちの部員も皆再演には乗り気なんだけど、実はシンデレラ役の子が暑さでやられちゃってどうにもなんないのよ」
シンデレラはショーの後半では金髪のかつらをかぶり、嵩張るドレスを着て踊ったり、白雪姫と立ちまわったりとハードなポジションだった。
「そう。誰か代役か兼任できないの?」
七瀬の提案に来栖が残念そうな笑顔で首を横に振る。
「うちの部員全員出てるから代役は立てられないし、兼任できる役者はシンデレラのドレスにサイズが合わないの」
「そう。じゃあ、残念だけどシンデレラのシーンだけカットするしかないわね」
「うちの部員全員出てるから代役は立てられないし、兼任できる役者はシンデレラのドレスにサイズが合わないの」
「…………」
「ウチの部員全員――」
「ちょっと待って来栖、私別に聞こえてないわけじゃないの」
無限ループに入ろうとする来栖を七瀬が止める。
同じセリフを全く同じテンポでリピートするところは演劇部ゆえの技術なのだろうか?
「な、何が言いたいのよ来栖は」
黙って来栖に見つめられ、わずかに動揺している七瀬。
王子役でもある来栖は、舞台を降りてもそのマスクは甘い。
隣の岬はどうかはわからないが、俺には来栖の思惑はとうに読めている。
「七瀬、お願い!」
来栖が両手をぱちんと合わせて七瀬を拝む。
「お願いって何を?」
勉強ができてもこういうところは鈍いなこいつ。
「要はあれだろ? 七瀬にシンデレラやってくれってことだろ?」
「ザッツライッ!」
そう言って俺に指を差す来栖。
「ええー! いや、無理無理無理無理。無理だって私!」
そう言って、七瀬が細かく首を横に振る。
「大丈夫大丈夫。演出はシンプルなものに変更するし、セリフをしゃべるわけでもないから簡単だって」
「いやいやいや、そういう問題じゃないから。悪いけど私は無理!」
「七瀬、無理は出来るの裏返しだよ?」
「うん。そんな名言っぽく言われても同じだから」
「ななせぇ~」
来栖が七瀬の首に両腕を回す。
「な、何?」
「お願い聞いてくれないと本気チューしちゃうぞ」
「はあ? 何言ってんのよ放しなさいよ」
松野が見たら狂喜しそうな光景だな。
そう思って見ていると、
「どんっ」
岬が七瀬の背中を押した。
七瀬と来栖の唇がぴったりくっつく。
「な、何すんのよ!」
「いや、何か使命感にかられてつい」
「どんな使命よ!」
慌てて唇を袖で拭いながら非難する七瀬と悪びれない岬。
「気にするな七瀬、おいしくいただいた!」
じゅるりと手の甲で涎を拭うポーズの来栖。
「うぅぅぅ、私のファーストがぁ……」
「大丈夫私も初めてだったから」
それは嘘だ。
「あんた、さっきのステージでも白雪姫の子に本当にチューしてたじゃない!」
「わかったよ。じゃあ七瀬のシンデレラにもチューする!」
きりっと男らしく答える来栖。
「来栖、私は別に嫉妬してるわけじゃないの」
何か、女の子同士がチューするしないって話をしてるのって案外悪くない。
「って、まぁ七瀬シンデレラにチューしたいのはやまやまなんんだけど……」
来栖はそう言葉尻を濁すと、穿いていたジャージの裾をするすると捲っていく。
そのスラリとした白い足に、どこまで捲るんだろうとドキドキしていると、太股の辺りで黒いサポーターが現れた。
その下からはベージュのテーピングも見える。
「いやあ、私こないだ短距離走った時に軽く肉離れやっちゃってさ、一回ぐらいだったらステージ立てるかなと思ったんだけど、さすがに本番二回もやるともう筋肉が悲鳴キャーキャーでさ」
そう言うと、来栖は今度は岬に向かって期待するような目を向ける。
「岬さん」
「嫌や」
「お願い!」
来栖が今度は岬を拝むと、七瀬が、えーっと、と声を挟んでくる。
「ちょっと待って。それって私がシンデレラでこの関西娘が王子ってこと? いや、尚更無理でしょ? せめて来栖が王子でリードしてくれないと」
「七瀬、今何キロある?」
「へっ、今? えーと五十……」
答えかけた七瀬は横目で俺を睨むと、
「ちょっと最近量ってないからわからないわね」と答えた。
「55ってところかな?」と来栖。
「失礼ね52……」
七瀬が口をつぐむも少し遅い。
「聞いた?」と今度は真正面から七瀬が俺を睨んでくる。
「52キロというところだけ、急に砂嵐がザーッとなって何か聞こえなかった」
「来栖、そこの三角刀取って。この人の鼓膜にタトゥー彫ってあげるから」
「すまんが、見えないオシャレに興味はないんだ」
そして、そこでなぜか岬が挙手。
「ウチは50キロやで!」と勝手にカミングアウトした。
岬何で今喋ったの?
「で? 私の体重がどういう関係があるのか聞かせてもらえる?」
岬のセリフに笑顔を引きつらせた七瀬が、来栖に質問の意図を訊ねる。
「いや、さっきのシンデレラ役の子で45だから、それ以上だと今の私では抱きかかえられない。ちなみに私は48だけどね」
何で最後付けたした?
「何よ! 私がデブだって言いたいの!」
「落ち着け七瀬、俺なんて55キロだ」
「へえー、あんたも私にケンカ売るのね?」
どうも俺のフォローはフォローにならなかったらしい。
正直、七瀬の場合は身長もほどほどある上に、女子らしい部位にしっかり肉がついていることを考えるとその数字は決して高くないと思う。
「私そっちのお店手伝うからさ、二人ともお願い!」
王子の役作りの為に髪をボブショートにしたらしい来栖は、
おそらく猫耳メイドもよく似合う。
「んー、わか……った。元々は生徒会の管轄だしね。その代わり本当に簡単な演出にしてよね」
「大丈夫大丈夫! 岬さんは?」
「いやぁ、悪いんやけどウチそういうの医者に止められてるから。ドクタースランプってやつ」
んちゃ!
「それに昔から言うやん? 情けは人のためならずって」
「ありがとう!」
「何でお礼?」
自分の手を握る来栖に困惑する岬。
「お前それ典型的な誤用だからな」
岬がしきりに首を傾げている。
「これ終わったら俺が何か奢ってやるから、やってやれよ」
「え、ホンマに? じゃあ寿司で」
「回るやつなら」
「アホか、回らん寿司なんかあるか」
今ちょっと泣きそうになった。
「えと、じゃあ、これで二人ともOKってことよね。じゃあ七瀬、これ履いてみて」
来栖が差しだしたのはビニール製のガラスの靴。
いや、ビニール製なのでガラスではないのだがそういうことだ。
「すごいな。こんなの売ってんのか」
「子供用のおもちゃだけどね」と来栖。
「そんなの入るわけないじゃない!」
「でもさっきシンデレラやってた奴はこれ履いてたんやんな?」
「私がバカの大足だと?」
だんだん僻みが露骨になってくる七瀬。
「いやいや、うちの子が特殊なのよ。まあ、入るわけないか。ってことで先生の出番。作って」
「え?」
「これ。作って」
「ん?」
「美術教師なら出来るでしょ?」
「来栖、美術教師とおもちゃ屋と靴職人はイコールでは結ばれないんだ。それがお仕事っていうもんなんだぞ」
「頑張って」
「え、まさかの根性論?」
んー……正直出来ないこともないけどもだ、
「次の公演予定は何時だ?」
「四時」
即答する来栖。
今が一時半を過ぎたところ……ギリだな。
「七瀬、靴屋行くぞ」
「何言ってんの? こんなの靴屋なんか行ったって売ってないわよ」
「時間ないんだから、黙ってついて来い」
駐輪場まで行くと愛車のママチャリを引っ張りだす。
「後ろ乗れ」
釈然としない様子で、荷台に横乗りする七瀬。
「菜の花摘みに行くんじゃないんだ。落ちるから跨いで乗れ」
「タクシー使えば?」
「駅前までならタクシーよりチャリの方が早い」
「そう?」
「そうなの。いいから言う通りしろって」
渋々、荷台に跨る七瀬。
「合言葉は命を大事にだ。しっかり掴まれ」
「何それ?」
それでも七瀬は俺のワイシャツの端を軽くつまむ程度にしか握らない。
まあ、いいや。
× × ×
「ちょ、ちょっと止めて! お願い! 本当に! 無理ぃぃぃー!」
後ろの荷台で俺にしがみつきながら絶叫する七瀬。
学校から駅前に出るには学校裏の大通りの坂を下るのが一番早い。
「急カーブにかかったら体外に倒して。そうしないと曲がれないんだ」
「何言ってんのよ、急カーブなんてないじゃない」
そりゃないよマジョ子さん。
「あとお前な、ちょっとしがみつき過ぎ」
「このスピードで無茶言わないでよ。ちょっと痛いぐらい我慢しなさいよ!」
「わかった。我慢する」
痛くはないが、何か柔らかい。
駅前の靴屋に着くと、透明のミュールを見つけてそれを七瀬の足に合わせる。
「これでいけるか?」
「サイズはちょうどいいけど、これってただのミュールよ?」
「いいんだよ。じゃあ脱いで」
七瀬が脱いだ靴をそのままレジに持っていく。
5200円。これって誰持ちなんだろ?
駅前から学校に戻り、職員室の傘立てから透明のビニール傘を一本拝借。
七瀬達がショーの段取り確認をしてる裏で靴の製作に取りかかる。
何とか完成したのは開演30分前の三時半だった。
「すごーい! 本当に作っちゃった!」と感心してくれる来栖。
「元は買ってきた靴だけどな。まぁワンステージ限りの衣裳靴としてなら最後まで保つぐらいには補強してある」
やることはやった。あとは役者の出番だ。




