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文化祭当日。

 十月に入ったというのに未だ秋を感じさせてくれない暑さだが、文化祭をするにはいい日和となった。


 あれから菊池の案が本格採用され、野外の特設ステージからランウェイが真っ直ぐに伸びている。

 ランウェイは教室の机の脚を結束させ並べたものに、演劇部のパンチカーペットを敷き詰めて作った。

 そして、それを囲むようにスチールイスの客席が並べられている。


 一方、松野の方のタイアップという発想も大きく跳ねた。

 ジューススタンドだけでなく、定番のたこ焼きや焼きそばを始めとした飲食店なども客席を挟む形で配置することになったのだが、実際にタイアップする企画を校内で募集したところ、縁日の屋台のようだと話題になり、ヨーヨー釣りや輪投げなどの出店依頼が殺到した。


その形式からこの企画は『ENNICHIコレクション』と名付けられ、早い段階から仮チラシを作っては、近所の店や町内の掲示板などに貼り出された。

 学校史上最高の出店数となった今年の文化祭は、準備の段階から生徒達のモチベーションを大いに掻き立てた。


 ジューススタンドは松野の強いこだわりから結局生徒会で運営することになり、それ自体には七瀬も賛成した。

 しかし店の名前を決める段階になり、しつこく『ヘルス』を推す松野と、それを拒もうとする七瀬の間で決着がつかず、最終的に折衷案としてついた名前は、『星蘭ヘルスセンター』という地方の健康ランドみたいな感じになってしまった。


 そして、文化祭開場五分前になって二人はまた揉めていた。

「で、何よこれは」

 七瀬が不満げに、衣裳の一部である頭飾りを指で挟んでプラプラさせる。

「耳ですが。ネコの」

「何でネコの耳を付けるのかって訊いてるの!」


 松野が店員用の衣裳として用意してきたのは猫耳メイドだった。

 そしてこれまた七瀬が着るとめちゃくちゃエロかわいくて参る。


「デフォルトだからです。それ以上でもそれ以下でもありません。人はそこに耳があったら着けるのです。ちなみに挨拶は『お帰りなさい、お兄ちゃん』で、あとちゃんとジュースには魔法もかけてください」

「何よ魔法って?」

「『おいしくなぁれおいしくなぁれ、にゃんにゃんにゃん!』です」

 松野が一切のテレもなく、恥ずかしいポーズで魔法をかける。


「何それ、呪い? だいたい何でそこまでしなきゃなんないのよ」

「当然のサービスでしょ! 一杯800円取るんですから」

「そんなぼったくりみたいな値段設定してないでしょ! 一杯200円って決めたじゃない!」

「それはあくまで基本料金です。別途サービス料ですよ」

「文化祭でそんな商売しないわよ!」

「あの子達のやる気をご覧なさい!」

 松野が指さした先では、菊池と長谷川が衣裳を着てボサっと店先にスタンバイしているだけだった。

 二人ともよく似合っているが、長谷川の似合い方はしっくり来過ぎている。

 安定していると言うか、本当にどこかのお屋敷に長年仕えていそうな雰囲気を醸し出している。

 松野が長谷川にだけ猫耳ではなくレース付きのカチューシャを装着させているのも頷ける。


 そして。

「なあ松野。この着ぐるみ着なきゃダメか」

「ダメです! 子供、引いては親、引いてはサイフのひもを捕むには着ぐるみは必須です!」

「いや、そこは理解するんだが、この着ぐるみはちょっとまずくないか?」


 俺が今入っている着ぐるみは三頭身の白い猫が兜をかぶり、胸には大きな鈴をぶら下げている。

 どう見ても、ゆるキャラ界のトップアイドルであるあいつにしか見えない。

 唯一の違いと言えば、右目に刀の鍔の形をした眼帯を付けていることだが、これはこれでまた違う方面から怒られそうだ。


「何が気に入らないんですか。オリジナルキャラクターのニャン彦君ですよ」

「その名前、大丈夫か?」

 然るべき訴訟に備えなくて。

「大丈夫です。片目に眼帯をつけたひこにゃ……にゃん彦君は性別不詳ではなく男の子ですし、流行りの芸人のネタを使って媚びたりもしません! それにポチさん。右手の先にボタンがあるでしょう。それを押してみてください」

 松野に言われて、着ぐるみの中、少し手を伸ばした指先に触れた突起を押してみる。

 すぐに、おおっと周囲から声があがるが、もちろん俺からは見えない。

「何と右目の眼帯の下はLEDで金色に光ります! にゃん彦君はオッドアイなのです! よって、にゃん彦君は完璧にオリジナルです!」

 そう言ってる間に開場の時間になったらしく一般客が入ってくる。


「あ、エミちゃん。ほらっひ○にゃんだよ」

「本当だ、ひ○にゃんだ!」

「すごい、ひ○にゃんだ」

「ひ○にゃんサイン頂戴」


 完っ璧アウトじゃねぇか!

「はい、こちらにゃん彦です。にゃん彦にゃん彦にゃん彦でーす」

 連呼するな。せめて君を付けろ。 


「さぁ、ジュースを買ってにゃん彦と写真を撮ろう!」

「ちょ、ちょっと、子供相手に何て商売するのよ!」

 松野呼び込みに割って入ってきたのはもちろん七瀬だ。


「こんなのキャラクターショーの鉄板ですよ。グッズを買ってくれたお友達にだけサインしてくれるんです」

「ここでそんな夢のないことやめてよ」

 はんっ、と鼻を鳴らすと松野が得意げに話し始める。


「夢? 何を仰る七瀬さんですよ。日曜の朝に出てくるヒーローも美少女戦士も最初の企画段階からおもちゃ会社とガッツリ手を組んで作られるのです。美少女戦士の変身シーンなんて、その変身アイテムの値段が下に表示されるんじゃないかってぐらいに、ごりごりアピールしてきますよ! 結局、世の中マニマニマニーなのですよ」

 子供達が集まる中で大人の事情を暴露する松野だったが、それでもにゃん彦君は子供から大人まで大人気だった。

 もちろんサインは無料にした。


 ちなみに龍ヶ崎はというと、にゃん彦君の動きの導線を確保したり、子供が殴ったりしないように気を配ったりする、にゃん彦君付きのスタッフを自ら買って出てくれた。

 その働きぶりは非常に熱心で、にゃん彦の左手は常に龍ヶ崎の右手で塞がっている。


「お姉ちゃん、写真撮るからどいてよ」

「絶対イヤ」

 非常にに熱心だ。


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