オシャレと健康
会議の合間の放課後カフェタイム。
向かいの席ではアイスコーヒー片手に七瀬が腕と足を組んで未だ思案に暮れている。
そして、そんな体勢でパイプ椅子をギシギシ揺らすもんだから、スカートの裾が膝上20センチを寄せては返す波のようだ。
よって、こっちの目も行ったり来たりする。
「ねぇ、あんた自身は何かないの?」
「え、あ? 何か? 何かって?」
注意力散漫なところに七瀬がいきなり漠然としたパスに俺はしどろもどろする。
「会長のスカートの中身が何色か気になって仕方がない」
斜め向かいの長谷川がぼそりと呟く。
「な、何言ってるんだ長谷川! 俺は別に七瀬のスカートの裾の行き来ばかりを追いかけてたわけじゃないぞ!」
七瀬が不安定な体勢を元に戻し、作業台に両肘をついた乙女ポーズで俺に微笑みかける。
「ちょっと疲れてるんじゃない? 今日帰ったらまず手を洗って、うがいして、そしてから死の? ね?」
天使の笑顔で悪魔のような提案をする七瀬。
「優しく諭されると何だかそうした方がいいような気がしてくるからやめてくれ……」
そんなやり取りをよそに、端の席でグラスの底に残った氷をぽりぽり齧っていた、岬が投げやりに呟く。
「なあ、マジックとかは?」
「マジックミラー号ですか? いいですね」
「松野、強引に変な方向に話広げようとすな」
「マジックミラー号って何だ?」
「龍ヶ崎も訊くな」
すかさず携帯をいじり出す龍ヶ崎の手を押さえると、最初の発言者である岬に話を戻す。
「で、マジックってどんなのやるんだよ」
ときとして、こういう物事を深く考えないような奴が突破口を開くというのは間々ある話だ。
「ん? あぁ、せやなぁ、イリュージョン的なやつがえぇなぁ」
「ほう、例えばどんなのだ」
「胴体切断マジックとか」
「できんのか?」
岬は、うんと簡単に頷く。
「まずポチ村が箱に入るやろ」
「で?」
「切る」
「で?」
「死ぬ」
「で?」
「終わり」
「ただの惨殺だな」
突破口どころか袋小路だった。
すかさず松野がそのあとに続く。
「じゃあ、箱にポチさんが入る」
「ほう」
「剣を刺していく」
「で?」
「死にます」
「同じオチなら一層黙っててくれるか、松野」
隣の席で龍ヶ崎がもの言いたげに、じっと俺を見上げている。
「わかった。もうついでだ、言ってみろ」
「首を吊る」
「龍ヶ崎、コンセプトは俺が死ぬことじゃないんだ」
龍ヶ崎の眼差しが本気に見えたので、ここは優しく諭す。
ん? あれ? コンセプト? コンセプトコンセプトコンセプト……。
「こんせぷと。こんせんと。こんたくと。こんぱくと。こんさーと。あ、違う。遠くなった」
「ダジャレしか浮かばないんなら外出ていいわよ」
俺のつぶやきに七瀬から苦情が出る。
「そうじゃない。何だ、何か今一瞬きらんと頭ん中に浮かんだんだ」
「電波?」
「違う。こうコンセプトみたいな、何か、ほらっ、惜しいんだよ、近いんだよ」
「はぁ?」
悶える俺を訝しがる七瀬。
……ああ、伝わらない。
そこに恐る恐るといった様子で菊池が、あのぉ~と声をあげる。
「もしかしてコンテストですか?」
「……それ! 菊池偉い! かしこい! 美人! かわいい! あと……好きなの持ってけ!」
そう言ってやると、存分に照れる菊池。
「で、それが何なのよ」
「コンテストだよ。ミスコン!」
さあ来い七瀬! 膝を叩いて『それだ!』って言え!
「却下」
「なぜに?」
「発想が安直。そんなことだから彼女なしの独身ヘドロゴミ虫教師なんて呼ばれんのよ」
「そんなに酷い呼ばれ方されたことがない」
「いい? 女子高でミスコンって誰が審査するの?」
ああ……。
確かにミスコンということは男子目線の審査基準になる。かと言って――
「じゃあ、男の先生に審査してもらったらどうでしょう?」
発言した菊池以外の全員が溜息を吐く。
「あ、あの、私また間違えちゃいました……ですか」
最後の方は気まずさで菊池の声はほとんど消え入りそうだ。
「女子のビジュアルを審査するのよ? 男子教師が。それって問題でしょ?」
「そ、そうなんですか。すみません私そういうのよくわからなくって」
七瀬のツッコミに縮こまりつつ、何がダメなのかまでは判然としない様子の菊池。
「つまりこの犬村先生が、あんたの水着姿を舐めまわすように見て、それに点数つけるのよ」
何て雑な説明なんだ!
「先生、自首しましょう」
「おい」
菊池にツッコんでる隣りで、また携帯をカチカチする音が聞こえる。
「何だ龍ヶ崎、また知恵袋か」
「ツイッター」
「何つぶやいてんだ?」
「乙女の国家機密だ」
「国家機密ゆるいな……」
準備部の三人とは最近フォローし合ったので秘密も何もない。
携帯で自分のタイムラインを開いてみる。
『美術のI村が生徒にセクハラで自首。オワタw』
「終わってねぇよ! 俺の教師生活を外堀から埋めるようなことやめてくれ!」
すると、龍ヶ崎の隣とそのまた隣の奴も携帯をいじり出す。
「おい、こら、松野も岬も何してんだ」
「「リツィート」」
「するな!」
慌てて二人の携帯を閉じさせる。
龍ヶ崎のフォロワーならたかが知れてるが、松野なんて同人活動関係で1000人を超えそうな勢いだから、つぶやきひとつが、大きなひとり言になるので迂闊に見過ごせない。
「まぁ、そもそも高校生でミスコンって時点でモラル的にアウトよね 」
七瀬の発言に再びの振り出しかと肩を落としかけたところに、ホワイトボードの前の菊池がそろそろと手を挙げる。
「あ、あの、それではですね……あぁ、いや、でもやっぱりダメかな」
「何よ言ってみなさい。期待しないで聞いてあげるから」
何て高圧的なウェルカム。
「いえ、あのですね。コンテストとちょっと同じかも知れないんですけど、あ、でも、そんな、何ていうか、あの、やっぱり」
「菊池、私全っ然イライラなんかしてないから」
しどろもどろ過ぎる菊池に、七瀬がよく冷えた微笑みを投げかける。
丸く縮こまっていた菊池が背筋が伸ばし、自白を強要されたように叫ぶ。
「ファファ、ファッションショーとかっていうのは、ダメです!」
勢い余って、自分の意見を自分で打ち消す菊池。
それを聞いた七瀬は、グラスの底に残った氷を混ぜ返していたスプーンをからんと鳴らす。
「す、すみません! ウソです。忘れてください。二度と喋りませむむ」
喋り終わるより先に菊池が自分の口を押さえて黙る。
そこまで卑屈にならなくても……。
「いや、いい」
「む?」
七瀬の声に口を押さえたまま小首を傾げる菊池。
「いいわよ、ファッションショー。菊池、あんた今まで生きてて良かったわね」
七瀬が余計なオプション付きで菊池を褒める。
「ファッションショーって、肝心の服はどうすんねん?」
「ウチの学校には被服部という部活があるじゃない。あとは演劇部なんかにも面白い衣裳が眠ってるかも」
岬の疑問に七瀬がさらっと回答する。
「なるほど、面白そうですね。では一緒に飲食の模擬店とタイアップしましょう」
そこで今までやる気のなかった松野が、なぜか急に前のめりで参加してくる。
「いいわね! クレープ屋とか!」
「…………」
賛同する七瀬に、松野が額に手を当て『やれやれ』と言わんばかりに首を横に振る。
「な、何よ」
「いえいえ、いかにも『オンナノコ』だなと思いましてね」
「何よその言い方」
これまでの会議で思い知ったのだが、七瀬は平凡、ベタ、二番煎じといったものを激しく嫌う。
その七瀬にとって松野の『いかにも』発言は聞き捨てならない。
「そこまで言うなら、あんたのアイデア言ってみなさいよ」
眼鏡の奥で松野の瞳がきらんと光る。
「まぁ、クレープやワッフルなんていうイメージ先行の可愛い可愛いしたのもいいですが」
出だしから七瀬を煽りにかかる松野。
「もっと手軽でキャッチーでコスパにも優れて、女子にも人気なものがあります」
「まさか粉ものじゃないでしょうね」
七瀬の言葉にぽかんと口を開けた松野。
そして一気にまくしたてるようにその口を動かす。
「粉ものて……。あれらしいですね、依存心の強い人っていうのは視野が狭いらしいですね。どうしましたか七瀬さん? 何か心当たりでも? あ、で、話は戻るのですが、ボクの提案はジューススタンドです。『はんっ、ジューススタンドぉ?』って言いたげな顔してますね七瀬さん。リーダーに最も不向きなのはまず否定から入る人らしいですよ。あ、今のはちょっと思い出したから言ってみただけです。で、ジューススタンドだと主な材料は果物と野菜だけで済みますし、失敗や売れ残りのロスも少なく、作る人間の技術もいりません。何より作るのに時間がほとんどかからないので回転率は非常に高いです。それにファッションショーの舞台上でモデル役の人にも飲んでもらったりなんかすると、タイアップ効果も非常に大きいと思いますが、ここはやっぱり何といってもクレープですか?」
「ジュ、ジューススタンドでいいわよ」
苦虫を長靴いっぱい噛み潰したような顔をする七瀬。
菊池がホワイトボードに『ジューススタンド』と書く。
「では、次はこのタイアップ企画のコピーを決めましょう」
七瀬を置いて、なぜか議題を先に進める松野。
しかし何が琴線に触れたのかはわからないが、松野にこんな能力があったとはと感心する。
「そうですねぇ、言わばこれはファッションと健康のコラボですからねぇ、ずばりファッション&ヘルス! キタコレどんです!」
能力の誤用。
「ファッション&ヘルス……」
七瀬がわなわなと震えているのがわかる。
当然、次に来る言葉は、
「いい! いいわ! 何かミュージック&エコロジーみたいでおしゃれじゃない!」
知識の欠如。
「じゃあ決定ですね。女の子達の祭典、ファッションヘルス」
&はどこへやった?
学校の規範となる生徒会のホワイトボードに『ファッション&ヘルス』の文字が並ぶ。
「商品名もせっかくなのでかわいいのを考えましょう。そうですねぇ、ラブ……ラブ」
「ラブジュース」
見え見えの疑似餌にぼそり食いつく長谷川。
「長谷川さん、それいただきです! 女子高生のラブジュースを召し上がれ! うん、かわいいは作れる!」
作っているのはいかがわしいだ。
「『商品名 ラブジュース[ハート]』っと」無邪気なトッピングをする菊池。
『ファッション&ヘルス』と『ラブジュース[ハート]』が並ぶホワイトボード。何これ?
「あと、少し離れた場所への配達も可能です。これは身動きが取れない出店者サイドの需要が期待できます。健康をあなたへお届け的な触れ込みがいいですね。そうですねぇ、名付けるならデリバリー、デリバリー……」
「デリバリートゥーユー!」
さっきので自信をつけた菊池がこれだと声をあげる。
「惜しい、そっちじゃない」
惜しいって。
「わかったわ! デリバリーヘル――」
「もういい七瀬」
「チッ!」
間一髪で先回りして俺が七瀬の言葉を封じると、松野から小さな舌打ちが出る。
七瀬のあの口でそういうこと言われると何かあれだ。
「何よ、せっかく話が煮詰まってきたんじゃない」と七瀬が噛みついてくる。
「お前らはアホか」
「アホ? アホはあんたでしょ。何のアイデアも出さないで。文句あるならファッション&ヘルスよりいいコピー考えなさいよ。女の子の女の子による女の子のためのファッション&ヘルス! これ以上に何かある?」
サービス内容が少し複雑になった。
「あのなあ、お前ら」
「ポチさん、言っちゃうんですか? それ、セクハラ大丈夫ですか?」
「言っとくけど、どの道こんなネーミング学校の許可下りんからな」
「つまんないの」
「そんな面白、いらねぇよ」
俺は松野以外のメンバーにそれぞれの俗称の意味をなるべく遠まわしに当たり障りなく説いた。
龍ヶ崎なんかはまだよくわかってない様子だが、とりあえずやたらに口に出さないようにとだけ教えておく。
岬は「そうなんや。へぇー」という反応。
一方、七瀬と菊池は耳まで真っ赤にする。
特に七瀬はファッション&ヘルスを連呼していただけに悶えまくる。
赤面する女子生徒に風俗事情をしどろもどろに説明する男子教師。
大丈夫これ?
ちなみにほとんど口を開かなかった長谷川はというと、
「はい。知ってましたが」
案外、一番食えないのはこいつかも知れない。




