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ヒトオオカミ・8

 平原飯店を出てから、ラティファはアイスを買って歩きながら食べた。

 その後、行く場所も無くぶらぶらと歩いていた。気付くと何らかの磁力が働いているかのようにそこに着いていた。

 レンタルドッグ。ウェアウルフの格納庫前。

「折角だ」

 状況でも確認していくとしよう。

 ウェアウルフが格納してある区画は、無重力/無酸素である。そこに行く前に、すぐ近くで洗浄済みのノーマルスーツを着込んだ。

 格納庫に入り、辺りを見る。ウェアウルフの損傷はカスリ傷程度だったため、装甲表面をカーボンパテで埋めて塗装しなおすオートマトンは既に作業を終えていた。給弾作業も終わりつつある。燃料用Qパックの補給も同様だ。

 ウェアウルフ。自分の機体。

 エグゾースタと、大型のプラズマ・ロケットを搭載した高速戦特化の機体。それに背面方向へのエーテルスタビライザーを有りっ丈付けて、特性を伸ばしたカスタマイズ。前面へ突き刺さろうかというシルエットは、狼を彷彿とさせる、

 速く鋭いが、脆い。

 カトレアは、まるでラティみたいね、とこの機体を評した。

 ペットは飼い主に似ると言うが、そういう問題でもないだろう。

 見上げる。ウェアウルフの頭部を。人の顔と言うには鋭角であり、側頭部には背後に伸びる小型スタビライザーがついた頭部を。

「お前と私、似ているのだろうか……?」

 ウェアウルフが答えるはずもない。

 壁に備え付けられた、巨大なエーテルギア用ケージ。ラティファは地面を蹴って、それを登る。重力下では不可能な跳躍だが、無重力状態では慣性のままにふわりと飛び上がれる。

 胸部のハッチまで到達すると、そこを開けて中に入った。

 中央に浮くシートを中心として、機械類が並ぶ閉鎖的な場所。全天周モニターが起動していないため、極端に狭い印象を与える。こちらが本当の姿だ。

 ――まるで棺桶だな。

 その印象は間違っているわけではない。撃墜されてしまえば、ここがラティファの棺桶になるのだ。エーテルギアの操縦席が棺桶となった人間の数は、少なくない。

 この狭さは棺桶のような、何もかもを削ぎ落したタイトさ故のものではない。むしろ逆。必要な要素を可能な限り詰め込んだが故の窮屈さ。

 同時に、不要なものは完全に削いでもいる。戦うことを詰め込み、それ以外を不要と断じて最適化した形。

「やっぱりお前は私に似ているのかもな」

 戦うしか出来ない。

 似ていると同じは=ではない。

 ウェアウルフはエーテルギア。それはつまり生粋の戦闘マシンであるということだ。戦い、壊すために生み出され、そう動く。

 ラティファはそうではない。そうではないはずだ。真実は分からないが、人は人を殺すために生まれてきたわけではないと、ラティファは思っている。

 シートに腰掛ける。

「――色々やっておくか」

 それでも自分に出来るのは、これだけだ。迷いも不安も、こうして戦闘に身を近くしている時だけは忘れられる。

 それこそが戦闘の才能なのかもしれないが。

 瞳を閉じて、電脳をウェアウルフとリンク。レスポンスの調整等を行う。ウェアウルフの指一本まで、自分の神経が通う感覚。同時に、稼働によって生じた変化が違和として感じられる。修復した傷。ほんの僅かに劣化した電縮性流体金属。それらが、痒みや僅かな疲労、気怠さとして認識される。

 実際の機動に殆ど差は無いが、ラティファはそれらを細かく修正した。万が一ということもあるし、整備出来るのにしない理由もない。身体感覚がクリアになるのを感じた。

 数分で調整が終わると、ラティファは目を開けた。テストモードを起動。全天周モニターに映像が映し出される。

 テストモードは、実際に機体を動かすわけではなく、現在の機体状況を元にデータ上のシミュレーションを行うというものだ。

 全天周モニターが表示した映像はファントムと戦闘した宙域を模したもの。宇宙空間に、多くの小惑星や漂流物が漂っている。

「まずは準備運動といくか、ウェアウルフ」

 言い聞かせるように。

 固定ターゲットを複数出現させる。使用する武装は散弾砲ショット・キャノン機関砲マシン・キャノンを選択。右手に散弾砲ショット・キャノン。左手に機関砲マシン・キャノン。人喰は腰部のハードポイントにマウント。

 仮想の宇宙を、ウェアウルフは飛んだ。

 ターゲットの位置は全てレーダーで把握済みである。最も効率的に破壊して回れるルートを瞬間的に構築。

 飛翔。プラズマ・ロケットが火を噴く。

 左に障害物。右にターゲット。散弾砲ショット・キャノンを放つ/障害物を蹴って加速。散弾砲ショット・キャノンにしろ、機関砲マシン・キャノンにしろ、エーテルによる防御を行う相手には効果が薄い。しかしそうでないものには、口径の大きさ等から絶大な破壊力を誇る。

 左と右にターゲット。散弾砲ショット・キャノン機関砲マシン・キャノンを水平に伸ばす。通り過ぎながら発砲。弾丸がばら蒔かれ、二つのターゲットが同時に破壊される。

 虚空を飛翔する。

 ウェアウルフと同調していることをラティファは感じる。自分が殺戮機械の重要な部品として完全に機能している感覚。それがもたらすのは、自らが強いモノと一つになっている万能感であり。全てが一体として機能している一体感であり。兵器の一部となっている嫌悪感であった。

 ターゲットを認識し、最速で攻撃可能な位置へ飛び、撃つ。これらを途切れること無く、機動の中で行う。

 流れるように全てのターゲットを破壊。

 慣らしは終わった。散弾砲ショット・キャノン機関砲マシン・キャノンを脚部側面ハードポイントにマウントし、右腕に人喰マンイーターを持つ。

「本番だ」

 破壊し終わったターゲットをデータ上から消去。代わりに新しいターゲットを出す。ターゲットにしたのは、アドバンスド・テック社製エーテルギア、ザウルス・フレームを模したもの。ファントムがアドバンスド・テック製の機体であることを意識していてのものだ。

 グレーブラウンの機体色。バイザー型のメインカメラ。装甲板を重ねて作ったような、角張った四肢。それでいて全体は整ったバランスをしている。重装甲の歩兵のように、羅ティファには見える。

 武装は右腕に長銃身のロングレンジ・プラズマガン。左手にはウェアウルフが装備しているのと同じ機関砲マシン・キャノン。砲戦仕様機だ。

 互いの距離は視認不可能な程度には離れていて、双方ともにレーダー上での発見はなされている状態に設定。

 状況開始。

 ターゲットが先に動く。ウェアウルフから見て左上方。対して、右方向から回りこむように、円を描く軌道で距離を詰めた。

 何度か、揺らめく光の帯が流れてきた。ロングレンジ・プラズマガンによる砲撃だ。どれも命中はしない。ウェアウルフも人喰マンイーターによる砲撃を行う。こちらは牽制が目的だ。

 遠距離での撃ち合いでは、ウェアウルフに勝ち目はない。敵の一撃は致命のものとなり、こちらの一撃は削りと足止めにしかならない。

 ターゲットはそのことを理解した動きをしていた。機関砲マシン・キャノンを集弾せずに弾幕とし、足を止めたところをプラズマガンで撃つ。それを後退しながら行う。所謂引き撃ち。速度は出ないが、最も有効とされる戦術の一つである。

 ウェアウルフに対しても有効であり、ラティファも多くこの戦術に因る攻撃を受けてきた。そしてこれを叩きのめすことで生き残ってきたのだ。

 ラティファはウェアウルフ肩部のプラズマ・ロケットを吹かす。爆発に等しい推進力が生まれる。更に、アライメントチューナーを駆動。電脳あら発された指令が、機体内部の機関を刺激し、生み出されたものを機体外部へ排出する。

 エグゾースタから排出させた動的エーテルを、各部のスタビライザーで制御。外部でそれを見ている者が居たならば、ウェアウルフは前方への力を追加する。

 吹き飛ばされるように、ウェアウルフが飛んだ。空間を飛び跳ねるかのような機動。一気にターゲットの弾幕の外、射界の外へ。牽制の砲撃を入れて敵の動きを阻害しながら突撃。弾幕が追いついてきたところで、方向を変えて再び飛ぶ。

 敵の砲撃を受けず、距離だけはどんどん詰めていく。

 機関砲マシン・キャノンの弾幕で多少傷は受けるが、機動に問題はない。動き続ける、敵に挙動を読ませない。この二つを忘れなければ、戦場で生き残る確率は飛躍的に向上する。

 敵機を視認。必死に方向転換を図って、ウェアウルフを射界に捉えようとしている。が、もう遅い。肉薄。人喰マンイーターのエーテルブレードを起動。

 その瞬間、相手のエーテル干渉による防御が剥ぎ取られた。

 ターゲットが防御に使っているエーテルを、人喰マンイーターのブレードが上書きしたのだ。

 空間が一定である以上、エーテルも空間の量に対して一定である。故に、幾つかの場合無力化する。例えば自分よりエーテルを操る力が強いもののエグゾースタに影響を受けたとき。或いはより強力な属性のエーテルをぶつけられてしまったとき。

 非防御系のエーテル制御に重点をおいた機体である、イヌガミ・フレーム。並外れたエーテル適性を持つラティファ。この組み合わせに、真っ向からのエーテル制御で勝てるものは早々居ない。

 丸腰になったターゲットにウェアウルフのエーテルブレードが振り下ろされた。ここに来て、エーテルギア型のターゲットはただの獲物に過ぎない存在となった。

 刹那、赤い閃光がターゲットの胴体部に袈裟懸けに走った。

 コクピットを含む部分が破壊され、ターゲットは一撃で機能停止。

 状況完了。テストモード終了。

 全天周モニターから光が落ちて、広大な宇宙空間は狭いコクピットに戻る。魔法が解けたようだとラティファは思う。

「うむ」

 調子は悪くなかった。問題は、今の――何時もの戦術がファントムに通用するのかということだ。

 前回の遭遇戦では失敗している。また同じ戦術で行くとするならば、より先鋭化させるか、相手の裏をかくかしない限り攻撃は通らないだろう。

 別の戦術を取るにはウェアウルフは向いていない。一点特化型故の問題点だ。

 もっとも――

「透明化の仕組みを解くのが先か」

 透明化。そこを突破しさえすれば、ファントムは敵ではない。さしたる武装を持つわけでもなく、ライダーの腕も二流。

 ただ、逃げられるというのが厄介なのだ。

 そういう意味では、ファントムもまた一点特化型の機体であると言える。正面きっての切った張ったではなく、一撃離脱をよしとする。

 しかし、現在のエーテルギアの利用法からは大分外れた構想であるとも言える。エーテルギアはあまり姿を隠さない。姿を表すことで、護衛や警備の場合は対エーテルギア以外に対する大きな抑止力となる。エーテルギアには案山子としての効果もあるのだ。

 だが、ファントムは身を隠す。

「何のためなのだろうな?」

 疑問に思ったが、それをラティファは首を振って追い出した。自分が考えても仕方のないことだ。

 時間を確認。もう大分遅い。そろそろ戻るとしようか。

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